西田宗千佳のイマトミライ
第87回
“営業”から“技術”の会社に向かうソフトバンク。宮川新社長と5G以降
2021年2月8日 08:15
4月1日より、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOが、現在の宮内謙氏から、現・代表取締役副社長執行役員兼CTOの宮川潤一氏へと変更になる。
2月4日に開催された同社の2020年度第3四半期決算会見では、同社の現状が解説されるとともに、宮川氏によって、今後の社長となることへの意気込みが語られた。
ソフトバンク新社長宮川氏「総合デジタルプラットフォーマーになっていく」
筆者も会見に出席したが、なかなか興味深いものだった。ソフトバンクという通信を中核とした企業のトップが宮川氏に変わることには、5G以降の通信事業を語る上で、非常に重要な要素が多く含まれていたからである。
それがなにかを解説してみたい。
営業より「技術」を選んだ孫氏、宮川氏の経歴から見える技術的志向
「打診された時に、本当に私でいいのか、と孫(正義)さん、宮内さんにきいた」
宮川氏は、会見での質疑応答でそう答えた。これはなにも、自身にソフトバンクの社長としての能力がないから……という話ではない。
「率直に言って、ソフトバンクは営業が引っ張って大きくしてきた会社。なので『営業の方が』と私も孫さん・宮内さんに言った」
宮川氏はそう述べる。これは、ソフトバンクを知る人ならば皆が納得する点だろう。技術がないわけではない。だが一方、横並びになりやすい中で、代理店や販路開拓、導入支援も含めた「営業」の力で不利をカバーし、成長してきたのがソフトバンクという会社だ。
現社長の宮内氏も、孫正義氏の右腕として実務を担当する立場の人間。「孫さんが新しい事業へと興味が移るたびに『みやうっちゃん、あとは頼むよ』と任されてきた」と自身も笑うほど、ビジョナリーの孫氏と実行の宮内氏、というコンビネーションで続いてきた。
そんな関係もあって、ソフトバンクの次期社長としては、現・副社長執行役員 兼 COOの榛葉淳氏や今井康之氏といった、営業畑の人々が本命……と言われることが多かった。おそらく宮川氏も、そんな意識を持っていたのではないだろうか。
だが、孫氏・宮内氏の判断は違った。
「『いや、技術で』とお二人に言っていただけた」と宮川氏は、新社長就任の経緯を語る。
これはすなわち、これから進む「5G以降」の世界では、より技術的なビジョンの明確さが求められており、それをソフトバンクの中で一番コントロールできるのは誰か、という判断がなされた……ということである。
宮川氏は1965年生まれ。事業家としてのスタートは、1991年にインターネットサービス・プロバイダー(ISP)である「ももたろうインターネット」を起業したところから始まる。
当時はISPなどまだ非常に珍しい時代。一方で、民間でのインターネット利用が開放され、個人などへの事業が広がる可能性が見えてきた時代でもある。
2000年前後になり、日本にもADSLの導入によって「ブロードバンド」時代がやって来ようとしていた頃、宮川氏は、東京にあった「東京めたりっく通信」と連携する形で「名古屋めたりっく通信」を立ち上げ、ADSLを使ったブロードバンドの旗振り役の1人となる。記憶をたどると、筆者が宮川氏に初めて会ったのはこの頃だった。
知名度は低いものの、東京めたりっく通信グループは非常に先鋭的なところで、日本のブロードバンド事業の萌芽となった存在と言っていい。
その後経営破綻によってソフトバンクに買収され、同社内で進んでいた「ヤフーBB」と統合されるのだが、実質的に、この統合後の組織とノウハウが、ソフトバンクによるブロードバンド事業を立ち上げる上での中核となっていく。
宮川氏はこの段階でソフトバンクに合流、孫氏から現場を一手に任される立場となった。その関係もあり、ブロードバンドビジネスが立ち上がっていく2000年からの数年間は、関連取材で宮川氏と頻繁に顔を合わせていたことを思い出す。
その後、携帯電話事業の立ち上げとネットワーク構築、米・スプリントの立て直しなど、多くの関連事業の技術責任者を担当。この数年は、成層圏プラットフォームを使った携帯電話エリア構築事業「HAPSモバイル」や、トヨタなどとの合弁によるMaaSプラットフォーム事業「MONET Technologies」などを手掛けてきた。最近は携帯など5Gの話題以上に、HAPSモバイルやMONETの取材で会う機会も多かった印象がある。
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ソフトバンクの回線事業の技術面と、未来を担うプラットフォーム事業の両面を見てきたのが宮川氏、ということになる。
孫氏・宮内氏が「技術で」と判断したのは、宮川氏が20年以上にわたって行なってきた、さまざまなネットワーク関連技術でのリーダーシップを評価してのことであり、これからはそうした「技術的判断」が重要と考えた、ということだろう。
5G時代は技術による「非通信」の開拓が必須、自らを羅針盤に
宮川氏は、就任に向けての意気込みとして次のように語っている。
「これから5Gの時代が来る。プラットフォームの提供事業も始めます。5Gにはインフラの顔と、MEC(モバイルエッジコンピューティング)やネットワークスライシングのような、プラットフォーム的構造を持った顔がある。両方を理解し、総合デジタルプラットフォーマーになっていきたい」
技術的な言葉がそのまま出てきているので、パッと理解しづらい部分があるかもしれない。だが、このビジョンは、今のソフトバンクを示すものであり、価値拡大には必須の考え方だ。
宮内・現社長は、決算会計の中で「ソフトバンクは非通信領域が大きな会社になる」と説明している。
ソフトバンクはコンシューマにとっては「携帯電話事業者」というイメージが強いが、その売り上げだけに頼っているわけではない。2017年以降は法人事業やヤフー事業などの売上が大きく、通信事業の割合は30%以下になろうとしている。
携帯電話料金は(半ば強いられたものではあるが)値下げ合戦も起きており、収益拡大が難しい。宮内氏は「コンサバに見て、通信のところの営業利益は落ちると思う。顧客数は取れると思うが。最大これくらい(利益が)下がるだろうと見越して、コストダウンを含めて調整化。来季、大きく伸びることはないだろう」と見通しを語る。
宮川氏も、5G以降の通信収入についてこう述べている。
「コンシューマ事業の売上が多少下がっても、法人含めてなんでも稼ぎまくって、社としては増収していきたい。5Gで今度、モノとモノがつながってくる。あらゆる産業が再定義される時期。その産業改革の中に、ソフトバンクが入っていけるかがテーマ。今までの通信会社とは違う構造になっていかなくてはいけない」
先ほどの宮川氏のコメントは、まさにこうしたことを想定してのものだ。
5Gではネットワークを企業に販売し、網側で利用状況をコントロールするような使い方が増えてくる。5Gネットワーク内、もしくは非常に近い位置にサーバーを置いて遅延を短くする「エッジコンピューティング」や、ネットワークを仮想的に分割し、セキュリティ・速度・信頼性などの条件を分けて提供する「ネットワークスライシング」といった技術を活用することによって、色々な回線の使い方が可能になってくる。
自動車と自動車会社を結ぶ専用ネットワークや、工場とその管理会社を結ぶネットワーク、山林に配置された大量のセンサーと管理会社を結ぶネットワークなど、多彩な形での利用が考えられる。
個人にとっては「スマホが速くなるだけ」に近いが、企業にとっては、今までのネットワークよりもはるかに自由度の高いものを使える時代がやってくる。
現在もソフトバンクでは、テレワークなどの進捗により法人市場が活況だ。そこに加え、「5G時代ならではのネットワーク」を組み合わせていくことでソリューションの付加価値を高めていくことが必要になる。
極論すれば、NTTがNTTドコモを完全子会社化したのも、NTTのソリューションビジネスとNTTドコモの回線事業の一体性を高めるためであり、KDDIも法人事業の強化を進めている。
こうした競争の中では、営業力・提案力も重要だが、他社と同等以上の「技術的ビジョン」によっていち早くソリューション提供が行なえる体制作りが必須となる。ならば、この数年間、「モバイルの次の姿」を考えてビジネス構築に勤しんできた宮川氏をソフトバンク自体のトップに据えるのは、納得できる話である。
孫氏はことあるごとに「テクノロジーが」と言ってきたが、彼の本質はやはり投資家であり、技術的ビジョナリーではない。そこを支えてきたのが宮川氏であり、これからはついに彼が表でビジョンをコントロールする立場となる。
「テクノロジーを羅針盤にして新たな常識を作る」
宮川氏は、新社長としての方針としてこの言葉を挙げた。これはまさに、自身が「羅針盤となる」ことの宣言ではないか、と思えるのだ。