小寺信良のくらしDX

第28回

AIで「公共サービス」の質を向上させるには

AIは今やビジネスツールとして、多くの人の業務を支えている。会議の文字起こしからサマリー、メールの要約、データの分析など、様々な場面で活用されており、20世紀末の「オフィスソフト登場」を超えるインパクトを与えようとしている。

ただこれらのシーンでAIが知ってる情報は、「世の中のどこかで公開されていたが自分は知らない」情報だ。一方公共サービスの分野では、それがそのまま活用できるシーンは少ない。なぜならば、公共サービスで扱っているのは汎用的な情報ではなく、特定の個人に深く関わる情報だからである。

公共サービスの分野でAIを活用しようと思えば、そのサービスで収集したデータを、RAG(Retrieval-Augmented Generation)を用いてAIに食わせる必要がある。

とはいえ、公共サービスで扱うデータは一つではない。複数のシステムでそれぞれがデータを保持しており、それらのデータは構造も違うし、そもそも横に連携することを想定していない。

またそのデータのどの部分を、誰が、どの権限を持っている人なら参照していいのかのルール付けを作る必要がある。もちろんデータを専用システム外で扱うとなれば、情報漏洩などは以ての外であり、セキュリティは特に重要となる。

難易度の高い公共サービスのAI利用について、AWSが主催する「AWS Summit Japan」では、「データとAIが変える公共サービス」と題したセッションが行なわれた。具体的には、行政・教育・医療分野である。今回はこのセッションから、「公共サービスとAIの今」が一体どこまできているのかを掘り下げてみたい。

データカタログの重要性

本セッションは40分だが、その半分はAWSがいかにセキュリティを重視しているか、様々な施策やシステムについて説明された。やはりそこがぐらついていては、次に繋げるのは難しいということであろう。

実際に公共サービスが抱えている「データ」が活用できないのは、以下のような事情がある。


    行政サービス
  • 域内にあるデータの全容が把握しづらい
  • 実施したことがない施策に対しての不安+業務量の増加の懸念


    教育サービス
  • 教育データ利活用における地域格差
  • どのような学習ツールやシステム等を導入すればいいのかわからない

    医療サービス
  • スモールデータが散在し、結果としてビッグデータになっている現状
  • 医療システムごとのサイロ化によるデータの遮断

こうした問題を解決する方法は、複数システムが保有する複数データと、サービスの間を一元的に繋ぐ「データメッシュカタログ」を作ることだ。このデータメッシュカタログに、ガバナンスガイドラインを食わせて、データセットを統合していく。つまり各データをいじって標準化まで持っていくのではなく、カタログ側でインターフェースすればいいということである。

こうして組織内のデータをいかにカタログ化できるかが差別化になるわけだが、カタログ化を高速に、しかもデータの更新にすぐに追従させるためには、各システムが抱えるデータをデータレイク化した方が早い。データレイクとは、データベースやXMLファイル、メール、画像ファイルなどをそのままの形式で格納する格納庫である。カタログ化は、このデータレイクに対して行なわれる。

3分野におけるクラウドとAIの活用例

行政分野では、EBPM(エビデンスベースドポリシーメイキング:エビデンスに基づく政策立案の実現が重要視されている。これは行政が政策を実行する際に、その場限りのエピソードに頼るのではなく(情に訴える地方議会の議員立法にありがち)、データに基づいてその効果を評価し、改善を図る手法である。

具体的な先行事例として、神戸市では「神戸データラウンジ」を通じて職員が様々なデータを確認し、政策の効果を把握することが可能となっている。これにより、政策の実行がより効果的に行なわれ、市民にもそれが公開されることにより、施策の成果が誰でも確認できるようになっている。

デジタル庁では、「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」を策定した。これは政府各省庁向けのガイドであるが、行政が生成AIを活用する上での便益とリスクについての検討結果が記されている。将来的には、各省庁が国として把握しているデータを連携し、国全体の意思決定のスピードと精度をあげることを目的としている。

庁内データ連携基盤の構想。「共通基盤」がデータレイク、「自治体専用クラウドサービス」がデータメッシュカタログに相当する

医療分野においては、病院が年間に生成するデータは50ペタバイトにも上るという。しかしその97%のデータは有効に活用されていないという現実がある。その理由は、各分野のシステムが個別にデータを保持しており、構造化もされていないため、領域ごとに分断されているからである。

厚生労働省は「医療DX令和ビジョン2030」として、2030年を目標に全国医療情報プラットフォームを整備し、データの一次利用と二次利用を推進している。一次利用では患者体験の向上を目指し、データを活用して医療サービスを改善する。二次利用では、データを集めて知見を得たり、薬の開発に活用したりすることが目標となっている。

具体的なAIの活用事例として、藤田医科大学病院では、入院患者の医療記録や看護記録を基に、退院サマリーを迅速に作成するAIシステムを実用化した。これにより、これまで10分程度かかっていた医師の事務業務が、数秒に短縮できたという。

また海外の事例では、レントゲン情報から患者のゲノムデータを分析させて洞察を得るシステムが開発されており、医師の判断を支援する役割を果たしている。どこまでそれを信用するかは医師の判断になるが、医師が想定していなかった問題に気づける点で、医療アシスタントとしては有用なのだろう。

教育分野では、クラウドとAIが個別化された学習体験を提供し、教育の質を向上させる取り組みが始まっている。atama plusでは、生成AIを活用し、生徒一人一人の学習データを分析し、理解度に合わせた解説文を生成するシステムを導入している。これにより、生徒は「自分にもわかる解説」が得られることで、学習効果が向上している。

また東北大学では、教職員向けに生成AIによってアプリを1カ月で開発し、業務の効率化を図っている。教職員は一般に、教えるという本来業務よりも校務の方に忙殺されるという傾向がある。校務のIT化は2020年ぐらいから、GIGAスクール構想とともに実行されてきたが、2024年頃からAIによる効率化のフェーズに入りつつある。

キーワードは、「データの民主化」である。業務の効率化はもちろんだが、これにより最終的には市民の1人1人が公共サービスから恩恵を受けられる社会を実現するのが目的だ。

個人情報保護法により、個人データの扱いは公的ネットワークから分離された状態にあるわけだが、データそのものをオープンにするわけではなく、それをカタログ化することで、ほぼ死蔵状態にあった個人のデータを活用した公共サービスを実現しようというわけである。

元々行政では、「2040年問題」への対応が迫られていた。少子化の進行とともに、団塊ジュニア世代が65歳を超え始めると、今よりもっと少ない人数で、世界でも類を見ない大量の高齢者の面倒を見なければならなくなる。行政や医療を効率化していかないと、現状のままでは年金・医療・介護などの社会保障制度が破綻する。

2040年などまだまだ先の未来だと思われるかもしれないが、たったあと15年後なのだ。考えてみて欲しい。東日本大震災から今年までで、もう14年である。15年が人生にとって、いかに短い時間か。

紙の帳簿を照らし合わせたり、パソコンでExcelをいじってえーとえーとと調べている時間はないし、人もいない。生命や人生に関わる公共サービスは、スピード感を持って提供されるべきである。

その基盤を今作っておかないと、困るのは今を現役で生きている我々の老後だ。AIやクラウドを疑う人は多いが、今やれることをバリバリやっておかないと、我々よりもあとの世代ではできる人が誰もいないという事態になりかねない。

不謹慎な言い方かもしれないが、「ベストな終わり方を探す」ことに、そんなに時間は残されていない。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。