ニュース

パナソニックコネクト、社外秘情報にも対応する「自社特化AI」展開へ

パナソニックコネクトは、国内全社員約13,400名に展開しているOpenAIの大規模言語モデル「ChatGPT」をベースに開発した自社向けのAIアシスタントサービス「ConnectAI(旧称ConnectGPT)」を、自社の公式情報も活用できるよう機能を拡大し、業務での活用を目的とした試験運用を開始する。10月以降にカスタマーサポートセンターの業務への活用を目指す。

10月時点では、自社のニュースリリースやウェブサイトなど「公開情報」について回答してくれるAIの活用から始めるが、'23年度内には「社外秘情報」を含む自社固有への回答も予定。さらに、'24年度には個人の役割に応じて回答するAIの実現を目指す。

同社では、'23年2月から生成AIによる業務生産性向上と、社員のAIスキル向上、シャドーAI利用リスクの軽減を目的に、ChatGPTをベースとしたAIアシスタントの運用を推進してきた。導入は順調な一方で、「自社固有の情報に関する質問に回答できない」などの課題が見えてきているという。新たな取組により、自社の情報も使ったAIの業務改善につなげていく。

ConnectAI

「ConncectAI」をベースにした「PX-AI」へ

パナソニックコネクトでは画像認識やデータ分析など幅広い分野でAI、データ分析技術を活用している。しかしメールやチャットなどにはAIを適用していなかった。

最新技術活用のためには自社開発にこだわらず、まず使ってみることが重要

「ChatGPT」のような最新テクノロジーを企業に持ち込むにあたって色々な気づきがあったという。一つ目は、自分たちで一から全て作ろうとしないこと。現場効率を上げることに特化し、あるものを使いこなすことにフォーカスして、他に良いものがあればすぐにスイッチすることにした。

二つ目は失敗OK、とにかく使ってみること。新技術が登場したとき様子見する人は多い。だが様子を見ていると技術はどんどん進歩する。だから早くやる。すると課題が出てくるので色々な人がアドバイスをくれるので、それを通じてさらに取り組みを改善する。

3つ目は従業員に安全・簡単に使える環境。必要なときにいつでも使えること、そして安全であること。

パナソニック コネクト 執行役員の河野昭彦氏は「これらを実行できた。挑戦する人を応援する企業カルチャーがあるからだ」と語った。

パナソニック コネクト株式会社 執行役員 アソシエイト・ヴァイス・プレジデント CIO (兼)IT・デジタル推進本部 マネージングダイレクターの河野昭彦氏

この取り組みはパナソニックグループ全体に広がっている。パナソニックでは「ConncectAI」をベースにグループ全体に最適化した「PX-AI」を開発、展開することで、グループ全体で業務の現場改革を加速しようとしている。河野氏は「日本の企業の生産性・効率性を上げる参考になれば」と語った。

「ConncectAI」をベースにグループ全体に最適化した「PX-AI」を開発、展開

「どのみち社員はAIを使う」 であれば「ConnectAI」

パナソニック コネクト IT・デジタル推進本部 戦略企画部 シニアマネージャーの向野孔己氏は、活用実績と戦略を紹介した。

「ConnectAI」はChatGPTをベースにしたAIアシスタント。現在は13,400人が使っている。プロジェクト開始は2022年10月18日、4月からはGPT-4を提供している。

「ChatGPT」をベースに開発した自社向けのAIアシスタントサービス「ConnectAI(旧称ConnectGPT)」

導入目的は3つ。業務生産性の向上、社員のAI活用スキル向上、シャドーAI利用リスクの軽減だ。

導入目的は業務生産性の向上、社員のAI活用スキル向上、シャドーAI利用リスクの軽減の3つ

一つ目の業務生産性の向上については、大規模言語モデルは言葉を理解できるので非定型業務でも展開できる。

たとえば資料作成は、おおむね「情報収集」「整理」「ドラフト作成」「仕上げ」と4つのステップからなる。AIが進化すると1から3まではAIがしてくれる時代が来る。そうすると人間は創造性を働かせて仕上げることにフォーカスできる。

非定型業務の自動化にも活用可能

二つ目は社員のAI活用スキル向上。これまで20年以上、多くのビジネスパーソンが検索エンジンで調べ物をしてきた。従来はキーワード中心だったが、これからは自然言語中心になる。プロンプトエンジニアリングにおいて重要なことは、人に頼むのと同じように丁寧に頼むと期待した答えが返ってくること。期待すること、状況、何をしてほしいのか、どんな成果物が欲しいのかを明確かつ適切に伝えることだ。

プロンプトエンジニアリングなど社員のAI活用スキル向上

3つ目はシャドーAI(会社で許可されないAI)の利用リスク軽減だ。

今後、AI活用は当たり前になる。

「どのみち社員はAIを使う」(向野氏)であれば、社内AIを提供しないと、社員はシャドーAIを使ってしまうので、リスクはむしろ高くなる。似たようなAIを社内で提供することで、安全なAI利用を推進していきたいと考えているという。

パナソニック コネクト IT・デジタル推進本部 戦略企画部 シニアマネージャーの向野孔己氏

向野氏は「もうAIをビジネスに活用するかではなく、いつからどのように活用するべきかを検討するフェーズに入っている」と語った。

どのみち社員はAIを使うので社内で提供したほうがローリスク

生産性が90倍に向上も 「ConnectAI」利用実績と活用事例

3カ月の「ConnectAI」活用実績も紹介された。利用回数は想定の5倍以上の1日 5,000回以上。使わなくてもいいツールだが利用回数は上昇傾向を維持しており、社員が日常的に業務に使っていることがわかる。また、ITや技術職がよく使うかと思っていたが、想定外の使われ方もしているという。不適切な利用については、重大な過失につながるような利用はなかった。

3カ月の「ConnectAI」活用実績のサマリー

向野氏は「生成AIはインターネットやスマホと同じような技術革新だと思っている。今のようには騒がれなくなるだろうが、日常・ビジネスに溶け込んで当たり前になる」と語った。

3カ月間の利用回数は26万件。直近1カ月の労働日で見ると1日あたり5,800回使われている。

3カ月の利用回数は26万件

同社ではAIの回答を社員が評価できるしくみを設けており、それによれば平均は5点満点で3.6。内訳を見るとGPT-3.5のときは2.8、ChatGPTのときは3.8へと上昇。現在のGPT-4では4.1、つまり100点満点で見ると80点の評価となっている。

モデルが向上すると人間に役立つ回答を出すことが、この結果からも伺える。

モデルが向上すると評価も向上

実際の業務への効果はどうだったか。「実際にこのくらい減った」という評価は難しいが、二つ例が紹介された。まずプログラミング業務におけるコーディング前の事前調査として拠点場所ごとの緯度経度情報をを集めるのに従来は3時間かかっていたが、5分ですむようになった。

また社内広報業務ではオールハンズミーティング(全体集会)での1,500件のアンケート結果分析に従来は分析に9時間かかっていたのが6分、つまり90倍の生産性向上につながったという。

大幅に生産性が向上した事例も

不正検知84件も「重大な過失」はなし

不適切な利用については、26万件のうちシステムが検知した事例が84件。それを人がチェックしたところ重大な過失につながるような例はなかった。

不適切利用を検知する仕組みは3段階。まずOpenAI公式のモデレーションAPIを使い、そこにMicrosoftのコンテンツフィルターを入れ、さらにOpenAIでの対応となっている。最後に引っかかったものは人による目視でチェックする。

3段階の不適切利用を検知するしくみの上、人が目視でチェック

具体的にはどんなものだったのか。以下の3つが紹介された。

「電気分野での自殺回路の意味を教えてください」
「寄生インピーダンスとはなんですか」
「切削加工で四角に穴をあける方法を教えて」

これらは一般ではあまり聴き慣れない言葉を、フィルターが他の意味で解釈した可能性がある。つまり実際には問題なかったと判断された。

「不適切」とシステムが検知した事例

1,059件を分析対象にして実際の利用ケースの内訳を見ると、一番多いのは質問応答で、6割くらいを占める。なおこの分析自体もGPTが使われている。社員の評価が一番高いのはプログラミングで、5点満点で4.3。次は翻訳で4.2。

実際の利用ケースと評価。プログラミングと翻訳の評価が高い

アイデア出しや専門的な質問にも回答

事例紹介も3つ行なわれた。一つ目はキャリアに関する質問。ジョブ型人事制度導入によってこのような質問が行なわれたのではないかという。

具体的には「データアナリストが自分のキャリアオーナーシップについて考えないといけない要素を教えてください」というもの。これに対してどんなスキルセットが必要なのかを答えてくれる。

キャリアに関する質問・応答の例

素材に関する質問も例として紹介された。「耐薬品性・耐衝撃性・難燃性(UL94 V-0)を満たすことのできる樹脂材料を複数上げてください」といったかなり専門的な質問に対し、複数の候補を挙げ、ちゃんと注意事項まで付記する。

素材に関する質問・応答の例

3つ目は技術をビジネスに活用する上でのアイデア出しに使われている事例。同社ではハードウェアとソフトウェアを合わせてソリューション提供している例がある。質問されたのは「360度カメラの映像をLTE回線で映像伝送し、遠隔地でVRゴーグルで閲覧するシステムの使用用途をいくつか挙げてください」というもの。このような質問にもシステムの使用用途を複数挙げることができる。

技術をビジネスに活用する上でのアイデア出しの例

企業での活用における課題。自社データの学習を開始

一方で、見えてきた課題もある。主な課題として挙げたのは以下の4点だ。

・自社固有の質問には回答できない
・回答の正確性を担保できない
・長いプロンプトの入力が手間
・最新の公開情報は回答できない

これらに対して、それぞれに対策を打つ。企業データを使ったり、検索エンジンと連携することで最新情報にも連携する。「自社特化AI」もその中に位置づけられる。

ChatGPT活用の課題と解決策

今後の戦略としては、AI活用を4段階で深化させて業務改革を加速させる。9月からは公開情報を使って自社特化AIの試験運用を開始する予定。それがうまくいけば、年度内に社外秘情報の活用へ進み、2024年度には個人の役割に応じて回答する個人特化のAIも検討していく。

AI活用を4段階で深化させて業務改革を加速させる

まずは6月から、自社公式情報を使った自社特化AI検証プロジェクトを開始する。自社データをChatGPTと連携して有効に機能するか検証するために、パブリックに公開されているウェブサイトページ 3,700ページ分、ニュースリリース495ページなどを活用し、9月から試験運用開始する。

9月から自社特化AIを試験運用する

具体的にはセマンティック検索を活用する。LLMはそのまま活用し、自社データをためたデータベースを使い、プロンプトに応じた自社データを挿入することで、企業固有の回答ができるようにする。

セマンティック検索とLLMを組み合わせる

開発中のシステムのデモも行なわれた。パナソニックコネクトは2022年に設立された会社なので、2021年9月までのデータしか学習していないChatGPTは、コネクト社のことは知らない。だがその質問にも答えられる。音声入出力にも対応する。

回答の正確性の担保についてはデータソースを確認することで、裏付けを取れる。デモでは社内の人事制度についての質問にも回答可能であることが紹介された。

デモンストレーションの様子。2022年以降の情報も的確に回答

試験がうまくいけば、10月からは実業務に適用していく。まずはカスタマーサポートにて適用する。すでに使われているFAQなどのデータを使うことで、サポートに寄せられた質問に対して、「回答文」のかなりの部分までをAIが準備してくれるといった利用方法が想定されている。

カスタマーサポートから始める

ロボットとAIの活用研究も紹介

最後にパナソニックコネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CTOの榊原彰氏が、パナソニックホールディングスと行なっているロボットとAIに関する取り組みを紹介した。

パナソニックコネクト 執行役員 ヴァイス・プレジデント CTO (兼)技術研究開発本部 マネージングダイレクター、知財担当、現場ソリューションカンパニー シニア・ヴァイス・プレジデント 榊原彰氏

同社ではサプライチェーンマネジメントを手がける「Blue Yonder」を買収してSaaSを提供している。目指しているのは「オートノマス サプライチェーン」。現実世界の様々なデータをリアルタイムにセンシングして解釈、クラウドデータと結合して現場のロボットやデバイスにフィードバックすることでサプライチェーン全体を最適化する。このような仕組みを「オートノマス サプライチェーン」と呼んでいる。

オートノマス サプライチェーンを目指すパナソニックコネクト

機械は経験から学ぶことができない。そのために機械学習を使うが、現実世界のデータすべてを扱って教師あり学習をさせることは現実的に不可能だ。そのため強化学習がロボットの世界では注目されている。これは環境を用意し、環境がロボットの動きに対して報酬を与える仕組み。

榊原氏は「環境を用意するところが曲者」と述べた。多くはシミュレーションを使う。たとえば自動運転ならシミュレーターのなかでソフトウェアエージェントが動き回って、事故を起こさないような走り方をすれば報酬が得られるようにし、この学習を繰り返す。だがシミュレーターを人間が使うと、現実世界とは乖離が生まれる。「仮想世界とリアル世界が交差するところをいかにうまく作れるかが肝。Sim-to-Real(ロボットがシミュレーションで学習した内容を現実環境に適用すること)の問題と言われている」と紹介した。

そこで注目されているのが世界の振る舞いを模した「世界モデル」だ。観測をベースにし、それをシミュレーションのなかに取り入れることで現実世界を学習できるように工夫する。具体的には画像生成によく使われているVAE(変分オートエンコーダ)を活用してシミュレーション環境を作る方法がある。

世界モデルの活用。パナソニックは「Newtonian VAE」活用を提案

パナソニックでは「Newtonian VAE」という手法の活用を提案している。ニュートンの運動方程式を入れて制約をもたせることで、物理空間に対応した潜在表現を獲得できる世界モデルだ。これを使って、ロボットの動きを制御することで、端子挿入のような手探りが必要なタスクなどをロボットに実行させられるようになる。

ただし複数動作を組み合わせたタスクには不向きという課題がある。そこで大規模言語モデルと組み合わせる研究を行なっている。ロボットを動かすには指示を与えて、そのとおりに動かす方法が一般的だ。このティーチングは決まり切った座標で決まり切ったものを動かすには良い方式だが、変化する世界には対応できない。

大規模言語モデルのロボットへの活用も注目されている。Googleは「Code as Policies」という研究を進めている。自然言語で指令すれば、ロボットが自分でコードを生成して動きを生成できるようにする。だがこれも現実世界のフィードバックは得られないので、決まり切ったもの以外はつかめない。

大規模言語モデルのロボットへの活用は各社で進められている

そこでパナソニックではロボット制御における大規模言語モデルと世界モデルを融合させる研究を行なっている。先頃行なわれた人工知能学会では、GPT-4によるコード生成とVAE上での制御を組み合わせた例を発表した。GPT-4で自然言語文に対応するコードを生成し、「Newtonian VAE」での比例制御をAPI化することで、自然言語による指示に従い、コードを生成して制御APIを叩いてロボットが動作するという仕組みを作った。

たとえば「大きなブロックの上に小さなブロックを積んで」という指令や「青い積木の上に赤い積木を積んで」といった指示だけではなく、「太陽の色の積木を空の色の積木の上に積んで」といった、抽象的な指示も大規模言語モデルが解釈して、コードを生成して動作してくれる。

大規模言語モデルと世界モデルの融合

「まだ実際の現場で使われているわけではないが、このような研究をしている例として紹介した」と述べた。大規模言語モデルをユーザーインターフェースとして様々なデバイスやソリューションを扱うことができるようになるかもしれないという。