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USJ輸送で活況の桜島線を全踏破 万博の夢の跡・IR開発の夢洲へ延伸計画も

桜島線の西九条駅-安治川口駅間を走る電車

2025年4月13日から10月13日までの約半年にわたって、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博/EXPO 2025)が大阪府大阪市で開催されました。大阪・関西万博は開催前からさまざまな意見・指摘が飛び交いましたが、無事に閉幕しました。

現在、会場地は大阪府・大阪市が推進する統合型リゾート(IR)へと生まれ変わる予定で再整備中です。

万博会場地となった夢洲は、大阪湾に造成された人工の埋立地です。そのため、市内中心部からアクセスできる公共交通は限られていました。万博開催にあたり、Osaka Metro(大阪メトロ)が中央線を延伸。万博会場地の目の前に、新駅の夢洲駅が新設されました。

もうひとつのアクセス手段として機能したのがJR桜島線(ゆめ咲線)です。桜島線の終点でもある桜島駅と夢洲は大阪湾・安治川といった海水面で隔てられ、直通する鉄道はありません。万博会期中は桜島駅から夢洲まではシャトルバスが運行され、中央線の補完的役割ではありましたが万博会場までのアクセス手段を果たしました。

万博閉幕後、万博輸送は消失した桜島駅ですが、新たな局面を迎えています。沿線の状況を探りつつ、桜島線の全線踏破に挑みました。

大阪の経済成長を支えた貨物列車

JR桜島線は西九条駅-桜島駅間を結ぶ約4.1kmの短い路線です。同線は明治時代に西成鉄道として開業し、大阪港への貨物輸送を担ってきました。そうした貨物輸送の重要性から、政府は西成鉄道を国有化しています。国有化されたことで、西成鉄道は西成線と呼称を変更。その後は長らく、物資輸送のための貨物列車が頻繁に行き交う路線として大阪の経済・産業・物流を支えてきました。

大正期に大阪は工業化が進み、東京を凌ぐ経済発展を遂げます。当時の大阪は、工業で発展したイギリスのマンチェスターになぞらえて、“東洋のマンチェスター”と称されるほどでした。大阪発展の陰には、西成線の貨物輸送があったのです。

太平洋戦争が開戦すると、西成線の安治川口駅から分岐する貨物支線が開業。同支線は南方への積出港の役割を果たしました。

終戦後も桜島線は貨物輸送を担いましたが、1961年に大阪環状線が全通したことを受けて、桜島線の安治川口駅から分岐して大阪北港駅までを結んでいた貨物支線が分離します。これに伴って西九条駅-桜島駅間は、新たに桜島線と呼ばれるようになりました。

日本が高度経済成長に突入すると、貨物輸送は鉄道からトラックへのシフトが進みます。その影響もあり、1982年に安治川口駅-大阪北港駅間の貨物支線が廃止。1986年には桜島線の安治川口駅-桜島駅間でも貨物列車が走らなくなりました。

大阪の繁栄を支えてきた桜島線(西成線)から貨物列車が完全に消えたわけではありませんが、少しずつ存在感を低下。そうした流れは大阪の産業構造が大きく転換したことを印象づけることになりました。

USJ開園で沿線風景が一変

最盛期と比べると勢いを失った桜島線でしたが、近年は再び勢いを取り戻しつつあります。そのターニングポイントになったのがユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の開園です。

桜島線の沿線に誕生したUSJは、千葉県浦安市に所在する東京ディズニーランド/シーと並び日本を代表するテーマパークになっています。もともと桜島線の沿線は大規模工場が並ぶエリアでしたが、USJの誘致に際して、大阪市は企業側に工場移転を打診。それと同時にJR西日本に対しても、桜島線のルートを変更するように要請しています。

こうした大阪市の奔走が奏功してUSJは2001年に開園を果たし、それと同時にユニバーサルシティ駅が安治川口駅の旧貨物ヤード跡地に誕生しました。

また、大阪環状線と桜島線の直通運転も開始。大阪環状線と桜島線は1968年以前に直通運転をしていましたが、桜島線が貨物輸送の趣を強くしていたこともあり、旅客輸送をメインにしていた大阪環状線にとってダイヤ上のネックになっていたのです。そうした事情から直通運転を止めていました。

USJという全国から人が集まる巨大テーマパークが沿線に誕生したことに伴い、大阪駅から一本で移動できるという利便性の向上が図られることになり、大阪環状線との直通運転が復活。直通運転が始まったことで、桜島線の沿線は工業地帯から住宅地、そして観光客・来街者が足を運ぶようなレジャー色を少しずつ強めています。

西九条駅は昭和の雰囲気と最新駅舎が同居

そんな桜島線の起点でもある西九条駅は、JR線のほか阪神電気鉄道(阪神)も駅を構えています。

西九条駅前から。桜島線へと走る貨物列車
阪神の西九条駅。右手に見えるのがJRの西九条駅

阪神は大阪梅田駅-元町駅を結ぶ本線が主要路線です。阪神の西九条駅は阪神なんば線の駅ですが、かつては尼崎駅-西九条駅間を行き来する西大阪線という路線でした。その頃の西大阪線は梅田や難波といった大阪の繁華街へのアクセス路線ではないので利用者は多くありません。

2009年に西九条駅から大阪難波駅まで延伸開業すると、状況は一変します。路線名が西大阪線から阪神なんば線へと変わっただけではなく、大阪難波駅で近鉄線とも相互乗り入れを開始。難波駅は阪神・近鉄だけではなく、南海電気鉄道や大阪メトロが駅を構える大阪屈指の繁華街です。

難波へ乗り入れるという動線の変化により、人流にも変化が生じました。それに伴って西九条駅の街にも変化の兆しが現れ始めています。

それを象徴する動きが、高架下に誕生した西九条ブリッジです。西九条駅は昭和の面影を色濃く残す駅で、高架下には懐かしさを感じさせるような飲食店が軒を連ねています。西九条の高架下飲食店街はゴールドタウンと呼ばれて多くの人に親しまれていましたが、JR西日本は万博開催に合わせてグループ会社であるJR西日本不動産開発とともにリニューアルを計画。2025年3月に西九条ブリッジへと生まれ変わりました。

西九条ブリッジへと生まれ変わった高架下ではありますが、大阪環状線の線路に沿った一帯は今でも昭和の雰囲気を残している印象を受けます。一方、阪神の西九条駅は駅舎が新しくなり、西九条の街で異彩を放っています。

阪神の西九条駅はJRと比べて今風の外観

西九条駅前の大通りを渡って、桜島線の高架に沿って歩いていきます。大通りを渡ると、駅前の喧騒は消え、すぐに住宅街然とした風景へと変わります。そのまま住宅街の中を歩き続けると、大阪府立咲くやこの花中学校・高等学校の校地に突き当たります。

同校は一風変わった校名ですが、2008年に大阪市立初の中高一貫校として誕生した歴史を有します。そして2022年、同校は大阪府へと移管。大阪府立としても初の中高一貫校になりました。

咲くやこの花中学校・高等学校に突き当たったところで、線路沿いの道路は途切れます。線路を歩くために、いったん安治川沿いの道路へと迂回しますが、その途中で大阪環状線の橋梁が見えてきます。このあたりで南側へと進む大阪環状線は安治川を、西へと進む桜島線は六軒家川を渡ります。

六軒家川を渡る桜島線の電車
大阪環状線を走る電車は、西九条駅を出ると安治川を渡る

六軒家川に架かる橋梁の手前には、かつて大阪鉄工所がありました。大阪鉄工所は、1881年にイギリスから来日したお雇い外国人のエドワード・ハズレット・ハンター指導下で創業。造船・橋梁を得意とするメーカーとして業績を伸ばし、1898年には工場を桜島へと移転します。そして三井・三菱と伍する一大工業メーカーへと飛躍を遂げたことから、大阪近代重工業の代表として語り継がれる伝説の企業です。

明治・大正期において日本の重工業を発展させた大阪鉄工所は、1934年に日本産業に統合されて、1943年に日立造船と社名変更します。

戦後復興期・高度経済成長期は日本経済の牽引役として重厚長大の象徴でもある造船業で存在感を発揮しました。大阪鉄工所があった場所から六軒家川の方向を望むと、六軒家川水門を目にできます。

六軒家川水門

住宅地・工場地帯・USJと変わっていく景色

大阪鉄工所の跡地を過ぎ、右手に桜島線を眺めながら道路をひたすら歩くと、国道43号線へと出ます。そして国道43号線を北へと歩けば桜島線の線路が見えてきます。国道43号線と桜島線の交差部から側道が現れるので、ここから再び線路に沿って歩きます。

しばらくは住宅地のような風景が続きますが、最初の踏切に出くわしたかと思いきや急に線路の南側が工場地帯へと変わります。工場地帯は背の高いフェンスに囲われているので、線路沿いからは中の様子を窺うことはできません。

フェンスからはみ出している工場の屋根を見ながら進んでいくと、今度は北側に住友化学の巨大工場が現れます。住友化学は線路の南側にも工場があり、敷地内には煙突のような建造物が立っています。周辺には高い建物がないので、同エリアのシンボルのような存在になっています。

住友化学は桜島線の沿線に広大な工場を構える
住友化学大阪工場内に建つ煙突

住友化学の工場を通りすぎると、線路と側道の間に緑道が現れて安治川口駅に到着です。同駅付近から、少しずつ背の高い建物が視界に入るようになりました。それらは住居用のマンションだったりホテルだったりと用途はさまざまですが、駅周辺からは特に商業地のようなにぎわいは感じられません。駅南側にはJR貨物の安治川口駅があり、その側線には留置されている貨物列車を目にできます。

安治川口駅
安治川口駅の南側には多くの側線があり、貨物列車を見ることができる

安治川口駅を過ぎると、遠目に貨物列車が見えつつも線路と道路の間に背の高いマンション群が現れます。USJが近いという立地もあって、マンションの外観デザインがどことなくアメリカナイズされているようにも感じます。

そうしたマンション群に隠れるように、ユニバーサルシティ駅へつづく通路が設けられています。側道からユニバーサルシティ駅へつづく通路がどことなく寂しい雰囲気を醸しているのは、駅南側にUSJや関連の施設がほとんどなく、いわば“裏口”にあたるからです。駅を挟んで南北の街並みや人通りが対照的であることを見ても、ユニバーサルシティ駅利用者の大半はUSJを目的にしていることが伝わってきます。

USJがあるユニバーサルシティ駅の北側から見える多くの来園者
ユニバーサルシティ駅の南側通路はひっそりとした雰囲気

USJは駅北側に位置していますが、駅からUSJまでの間にはエンターテインメント型複合商業施設のユニバーサル・シティウォーク大阪が広がっています。ユニバーサル・シティウォーク大阪はUSJに隣接したショッピングモールといった趣です。飲食店やお土産店のほか、ホテルなどもあり、遠方からUSJへと遊びに来た観光客が多いと思われますが、普段使いできるファミレス店やファストフード店などもあります。

駅北側には複合商業施設のユニバーサル・シティウォーク大阪が広がる
日本を代表するテーマパークになったUSJ

家族連れやカップル、友人グループで混雑するユニバーサルシティ駅を後にして、終点の桜島駅を目指します。

夢洲までの延伸期待もIR開業には間に合わない

桜島線の線路は西九条駅では高架線でしたが、安治川口駅では地上に降り、以降は地上を走ります。ユニバーサルシティ駅は地上駅ですが、駅舎や接続するユニバーサル・シティウォーク大阪との兼ね合いから、駅の構造は半地下といった感じになっています。

ユニバーサルシティ駅を過ぎると、線路上部は遊歩道に変わりました。線路の上部の遊歩道を歩きながら桜島駅へと向かいます。遊歩道からはUSJのバックヤードを見ることができ、途中でキティちゃんと思しきキャラクターの造形物を目にできました。

ユニバーサルシティ駅-桜島駅間の線路上部に整備された遊歩道

遊歩道にはベンチや花壇などが設置されていますが、特に観光名所になっているわけではありません。遊歩道を歩いているのは、犬の散歩をしている近隣住民らしき人ぐらいで、観光客・来街者が足を運んでいる気配は感じられませんでした。

遊歩道の終端は桜島北公園になっています。特に公園らしい雰囲気はありません。公園の手前にあるスロープから道路に降ると、目の前に終点の桜島駅があります。

遊歩道の終端にある桜島北公園は、こぢんまりとした広さ

桜島駅は1面2線で、今後は線路の延伸ができるように島式ホーム構造になっています。同駅は桜島線の終端で、特に利用者が多いわけではありません。そのため、簡素な駅舎です。

桜島線の終点・桜島駅
桜島駅からは安治川の対岸に立つ天保山大観覧車が見える

しかし、将来的に桜島駅は大きく変わる可能性を秘めています。というのも、大阪府・大阪市は大阪・関西万博の閉幕後に跡地をIRに再整備することを表明しています。IRには世界各国から観光客が集まることが期待されていますが、現時点で夢洲へのアクセスは大阪メトロ中央線と桜島線だけで、桜島線はあくまでも補完的な役割でしかありません。

万博閉幕後の夢洲駅は万博開催中と変わらぬ姿をとどめているが、利用者は激減
会場地のシンボルだった大屋根リングは解体中
会場地が仮囲いで覆われている。夢洲駅は駅から出られるものの、会場地はフェンス越しでしか見えない

そのため、IR開業後の夢洲は中央線に依存することになります。そうした中央線依存という交通アクセスが不安材料として潜在しているのです。

大阪・関西万博の会期中だった8月13日、中央線で電気設備のトラブルが発生。中央線の電車は夢洲駅まで運行できなくなり、来園者は夢洲に足止めされることになりました。不運にもトラブルの発生時刻は夕方で、帰宅困難者が夢洲駅の内外に溢れました。緊急避難的に万博会場のパビリオンを開放して対応しました。

これらがIRへと置き換わった場合、同じような事態が起きても帰宅困難者に対応できるのでしょうか? 民間施設であるIRが帰宅困難者の受け入れを歓迎するかどうかは確約できません。そう考えると、中央線が不通になった有事に備えて、別のアクセス手段を確保しておきたいところです。

鉄道アクセス候補と目されているのは、当初から夢洲延伸を目指している京阪電鉄、そして桜島線です。

京阪は2008年に中之島線を新規開業させましたが、同線の終点である中之島駅から夢洲へと延伸する計画を温めています。現在、中之島駅から夢洲までのルートは決定していませんが、一時期は桜島線の起点となっている西九条駅を経由するルート案も有力候補になっていました。

同区間は京阪の電車が運行しますが、線路などの建設は大阪府・大阪市をはじめとする公が担当します。大阪府・大阪市は検討を重ね、現在は西九条駅ではなく、中之島駅から九条駅へと至るルートを有力案にしています。

くわえて、JR西日本には桜島線を夢洲へ延伸してほしいと要請しています。桜島線の延伸は、京阪の計画と同様に大阪湾を渡らなければなりません。同区間は地下線になることが有力視されていますが、現段階では確定していません。地下線になるのか橋梁を建設して夢洲へと渡るのか、いずれの案でも夢洲までの延伸は大工事です。工費は莫大になり、工期も長くなることでしょう。

大阪府・大阪市はIRを2030年秋に開業させる目標を掲げていますが、JR西日本は仮に桜島線を夢洲へと延伸させることになっても、IR開業までに間に合わないとしています。

そうしたことを踏まえると、当面の桜島線はUSJへの輸送をメインにすると思われますが、昨今のUSJは人気を急上昇させて多くの来街者・観光客を集めているので、今後の桜島線はレジャー路線としての趣を濃くすることになるでしょう。目まぐるしく変わる桜島線の今後に注目が集まります。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『鉄道がつなぐ昭和100年史』(ビジネス社)、『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。