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DeepL CEOに聞く「翻訳」から「AIエージェント」へのビジネス成長

東京都内で開かれた「DeepL Dialogues Tokyo」の様子

翻訳サービスで知られるDeepLは、11月27日、東京都内で「DeepL Dialogues Tokyo」と題するイベントを開催した。

最近は翻訳サービスも増え、DeepLの競合も増えているように感じる。

一方で同社はAIエージェントの領域にも参入、今後は翻訳とAIエージェントの2つを柱にビジネスをしていく。

このイベントに合わせて来日した、同社のヤレック・クテロフスキーCEOに単独インタビューした。DeepLが考える「生成AI時代にも彼らが優位を保てる」理由とは、どんなところにあるのだろうか。

DeepLのヤレック・クテロフスキーCEO

翻訳を求めているのは「日本の大企業」である

まずは翻訳サービスから行こう。

DeepLといえば翻訳。2020年に日本に参入した当時、その翻訳品質の高さで話題になった。

その後、生成AIブームもあって多数の翻訳サービスが登場。今はチャットAIサービスを翻訳代わりに使っている……という人も多いだろう。

では、DeepLが翻訳サービスとして単純に下火かというと、そうではないようだ。

クテロフスキーCEOは、現在同社が「エンタープライズマーケットにフォーカスしている」と話す。

クテロフスキーCEO(以下敬称略):我々は規模の大きな顧客に焦点を当ててきました。

なぜなら、彼らの言語に対する課題は非常に焦点が絞られているからです。顧客が望んでいるのは、1つのメールが翻訳できるかどうかでなく、常にうまく翻訳する必要があります。ビジネス運営での評判がかかっているからです。そのために、翻訳モデルが企業のルールに沿って確実に動作する必要があります。

大企業での翻訳AI需要は大きく、50%以上の経営者が実際に活用し、30%が2026年度の投資拡大を計画しているという

企業向けでは、その企業や業界で使われる用語・言い回しへの対応が必須になる。企業向けの翻訳サービスはもちろんその機能を備えている。その上で一定以上の精度があるものを企業が一括導入する、というのはよくわかる。

また同時に、企業内の個々人が独自の判断でAIサービスを使う「シャドーAI」を防止する目的もある。ルールに則って使わないと、情報漏洩などのトラブルが懸念されるためだ。

発表会でも、国内大手として第一三共や日本旅行、長島・大野・常松法律事務所、富士通、トヨタ紡織などの導入例が紹介され、東京都教育委員会や長崎大学などの教育関連機関での導入例も多いという。

大企業での導入例が増えている
東京都教育委員会など、教育での導入例も

DeepLがスタートした時、事業は個人や中小企業など、比較的小さな規模の相手が多かった。それが大手に偏ってきたのには、翻訳サービスのニーズと企業規模のマッチング、という問題もある。

クテロフスキー:歴史的に、私たちは中小企業の部分で強みを持っていました。この傾向は、基本的に私たちが事業を行なっているすべての国において、大きな違いはありませんでした。

しかしここ数年、私たちはより大きな顧客に焦点を当ててきました。なぜなら、大手の方がより課題を抱えているからです。

中小企業は通常、国内市場で事業を行っています。もちろん海外ビジネスもあるでしょうが。一方大企業の場合、収益の80%が自国以外から生まれていることも珍しくありません。

そうすると、言語対応は彼らにとって中核的課題であり、より重要なことになるのです。

大企業では翻訳AI導入の成果を実感する声が多い

日本で特に大きい「リアルタイム翻訳」需要

さらにクテロフスキーCEOは、日本企業の要望に多い特徴として「リアルタイム翻訳」を挙げる。

同社は「DeepL Voice」というリアルタイム翻訳機能を持っている。以下の動画は、発表会でのデモの様子だ。

リアルタイム翻訳「DeepL Voice」のデモの様子

クテロフスキー:DeepL Voiceへのニーズは、特に日本で非常に強い。ヨーロッパにも顧客はいますし、彼らにとっても重要な製品だと思います。ですがリアルタイム翻訳製品への関心は、日本では別のレベルにあると思います。

それはおそらく、言語の壁がわずかに大きいことと、同時に、日本という国が外に出て拡大したいと強く望んでいるためでしょう。

多くの顧客から、海外に事業を拡大し、新しい市場を構築したいという声を聞きます。ただ、それは彼らにとってそれほど簡単ではありません。言語の問題があるからです。そのため、リアルタイム翻訳全般は、信じられないほど重要なものになっています。

さらに、この種のサービスは企業内だけでなく、企業を介してコンシューマ向けのサービスとして提供される場合もある。

クテロフスキー:コンピューターの前にいるときだけではないユースケースでもよくあります。

例えば、ユーザーが外にいて電話を持って誰かに電話をかけ、そのために翻訳が必要な場合にサービスを提供したいと考えているお客様です。

最近お客様の一人から聞いた良い例は、車の中で「緊急ボタン」連動です。

高速道路を走行中に車が動かなくなって、サービスセンターに電話をかけるとしましょう。通常、その国のサービスセンターにつながります。

でも、私がそのボタンを押したら?

私は日本語を話せませんから、高速道路上にいて、大きなストレスを抱えることになります。

そこでこの顧客は、DeepL Voiceをワークフローに組み込めないか、と考えていました。いわゆるプレミアムブランドを扱う企業でしたが、ユーザーが最高の体験を得られ、厄介な状況で途方に暮れることがないようにしたい、と考えていたのです。

新たな柱になるエージェント事業 数年で翻訳と並ぶ規模に

さらに現状、同社は、翻訳だけでなくAIエージェント事業にも注力しようとしている。

同社はAIエージェントサービス「DeepL Agent」を今年9月に発表、11月から一般提供を開始している。

発表会での「DeepL Agent」のデモの様子

他社のAIエージェントと同じく、自然言語の指示に基づいて作業を簡便化することを目指したものだが、特徴は「反復作業を自動化すること」に注力している点にある。

企業内には経理・営業・人事などの部門を横断する形で行なわねばならない作業が多いが、手間がかかることが多く負担になる。

AIエージェントはそうした領域で活用が期待される部分が多いが、DeepL Agentも狙う部分は同じだ。

ただし同社が特徴とするのは、新しいAPIやソフト開発を求めず、既存システムをそのまま使って自動化を実現する、という点だ。画面の読み取りを軸としたマルチモーダル動作を活用し、新たな開発を伴わずに導入することにある。

また、AIエージェント自体の用途は多数あるが、特に直接的に業務効率改善に有効な「自動化」に特化したサービスである、という点も大きいだろう。

クテロフスキー:ご存知のように、ほとんどの企業は自社のシステム内でAIエージェントを使用したいと考えています。

我々のエージェントは本当にAIを中心に構築されています。世の中には多くのエージェントソリューションがありますが、 中には、既存のワークフロー自動化技術のようなものがあり、そこに少しAI的な側面が組み込まれているようなものも少なくありません。

私たちはAIがあらゆるものの核となるよう構成しており、可能な限り使いやすい製品にするために本当に懸命に取り組んできました。

2025年はAIエージェントの年ですが、まだまだ新しい技術であり、最終的に機能するかどうかは、サービスの品質に帰着します。

実際に多くのAIエージェントをテストしてきたお客様から聞いているのは、私たちの技術が、最も長く、最も複雑なワークフローを実行できるということです。

中には、8時間に及ぶ自動化ワークフローを定期的に実行しているお客様がいました。そんな使い方にも耐えます。

言語の分野で私たちが集めた多くの学びは、本当に信頼できる最高のエージェントを構築する方法にも適用できると考えています。

もちろん、こうした技術はB2B向けです。そこにフォーカスすることで、より良いパフォーマンスの維持に役立ちます。

そこで気になることが1つ。

同社は翻訳とAIエージェントの2つの顔を持つことになる。今後はどちらが主になっていくのだろうか?

クテロフスキー:2本の柱が同じ割合になるには、かなり時間がかかるでしょう。

私たちの言語ビジネスは、ここ数年で発展してきました。AIは非常に速く成長し、スケールが大きくなっていきます。

しかし、AIエージェントビジネスが翻訳ビジネスに追いつくにはまだ時間がかかります。

ただ私は、数年後には同じレベルになるだろうと考えています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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