トピック

75年ぶり誕生の新路面電車「宇都宮ライトレール」沿線を走破した

宇都宮駅東口に停車中のLRT。スタイリッシュな外観は、それまでの路面電車のイメージを大きく刷新した

8月26日に栃木県の宇都宮市と芳賀郡芳賀町を結ぶ新しい路面電車「宇都宮ライトレール」が、芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)として開業します。今回、開業を間近に控えた宇都宮ライトレールの起点である宇都宮駅東口から終点の芳賀・高根沢工業団地までの約14.6kmを自転車で走破し、試運転が行なわれている車両や沿線の様子を見てきました。

外国でも新増設されている路面電車を進化させたLRT

近年の路面電車の利用開始については、2006年に富山県富山市でJR富山港線が路面電車の富山ライトレールへと転換され、2012年には北海道札幌市の札幌市電が延伸して環状線化しています。そうしたトピックはありましたが、宇都宮ライトレールのような日本国内における純然たる路面電車の新設は75年ぶりです。

宇都宮ライトレール整備区間

路面電車というと昔ながらの通称「チンチン電車」という古のイメージを持つ人もいるかもしれませんが、宇都宮ライトレールは決して時代遅れの産物ではありません。近年、諸外国ではLRT(Light Rail Transit)と呼ばれる路面電車を進化させた公共交通が新増設されているのです。

LRTが新増設されている背景には、渋滞の解消や郊外化の抑制、CO2の削減など、さまざまな理由があります。日本でもLRTと称した路面電車の新設計画は、各地で持ち上がっています。しかし、マイカー利用を前提とした生活習慣や都市構造は簡単に変えることはできません。

そうした流れから、路面電車の新設は容易ではなかったのです。宇都宮市のLRTも順風満帆に計画が進んでいるとは言い難い状況でした。宇都宮市では1987年から新しい公共交通機関の検討を開始。当初の検討は必ずしも路面電車を想定していたわけではありません。

路面電車として整備方針が固まるのは、2001年頃です。そこからルートの選定、さらには採算面を含む費用対効果などが試算され、2015年に運行事業者である「宇都宮ライトレール株式会社」が設立されました。

整備方針が決まってから開業までに20年以上もの歳月を要したのは、前述したようにマイカー利用を前提とした生活習慣や都市構造は簡単に変えることが容易ではなかったからです。路面電車は主に道路上を走るので、その分だけ車線を削ることになります。そうなると、余計に渋滞してしまう恐れもあります。メリットを市民に根気よく訴えかけ、ようやくLRTの利便性や意義が浸透してきたのです。

実は、路面電車最盛期だった昭和30~40年にかけて、「道路が渋滞する原因は路面電車」との主張が根強くありました。当時の東京都内には網の目のように路面電車(都電)が走っていましたが、他方で経済成長に伴ってマイカーが急速に増えていたのです。

都内に残る都電荒川線

そのため、道路をのんびりと走る路面電車は自動車から邪魔者と扱われるようになりました。マイカー利用者は、路面電車を廃止すれば、その分を車道へと転換できると主張。行政も都電を廃止する方針を打ち出しました。

しかし、その後も自動車は増え続けていきます。結局、都電の廃止は渋滞の解消に寄与しませんでした。それどころか、それまで都電に乗って通勤していた人たちや買い物へと出かけていた人たちも自動車を使うようになってしまったこともあり、むしろ渋滞は深刻化したのです。

宇都宮ライトレールは一編成3両・定員160名

LRTは既存の路面電車を進化させた公共交通です。宇都宮ライトレールを走るHU300形電車は一編成が3両で、座席数は50席、定員は160名です。通常の路面電車よりも輸送力や速度に優れ、路線バスよりも定時性が確保されています。そうした利点から、これまでマイカーを使って移動していた人たちがLRTを使うことが期待されているのです。マイカーからLRTへと利用が移れば、それだけ渋滞の緩和につながります。

開業前から、LRTの習熟運転が繰り返されている

なお、本来のLRTは電車(=車両)を指す言葉ではありません。しかし、多くの宇都宮市民は電車そのものをLRTと呼び、親しみを感じています。そのため、本記事でも電車そのものや路線をLRTと表現して書き進めます。

侃侃諤諤の議論を経て、宇都宮ライトレールは開業することになりました。開業を間近に控えた7月下旬、筆者はLRTの起点である宇都宮駅東口から終点の芳賀・高根沢工業団地までの約14.6kmを自転車に乗って走破することに挑戦しました。

沿線を走破して試運転の様子を見た。約14.6kmの間には何がある?

LRT大半の区間は、道路の上を走る併用軌道です。併用軌道区間は線路に沿って移動することが可能です。

電車だけが走れる専用軌道も一部にあり、線路に沿った側道がない区間もあります。その区間は迂回を余儀なくされますので、実質的には15km以上を走ることになりました。それでも、約3時間あれば十分に走破できます。

宇都宮では、すでにLRTの習熟運転を開始しています。そのため、沿線で走行しているLRTを目にする機会が増えました。習熟運転には運転士が路面電車の運転に慣れるという訓練的な意味合いがあります。

宇都宮東口を出発するLRT。背後に見えるのがJR宇都宮駅

他方、宇都宮周辺のドライバーは、これまで路面電車と一緒に走る経験がほぼありませんでした。路面電車は道路上を走ることから自動車のドライバーも注意が必要です。習熟運転期間は、ドライバーが併用軌道区間で混乱しないようにするといった目的も帯びています。そのため、習熟運転は通常よりもスピードを落として運行しています。

LRTは自動車と一緒に道路を走る。そのため、緊急連絡先を告知する貼り紙も

LRTの起点である宇都宮駅東口は、市が2017年に整備方針を策定。これに基づいて、LRTの停留所や交流広場、複合商業施設や病院などがつくられました。市の整備によって、それまで雑然としていた東口がガラリと雰囲気を変えました。広々とした駅前は、歩ける街を意識した雰囲気になっています。

路面電車ののりばは電車停留所(電車停留場)、略して電停と呼ばれます。電停と呼ばれているところからも分かるように、路面電車の停留所は鉄道の駅とは異なる扱いをされます。その存在感はバス停に近いのですが、路面電車はれっきとした鉄道です。発表されたLRTのダイヤを見ると、宇都宮東口発は6時台から23時台まであり、6時台から19時台までは8分間隔で運転します。

LRTは快速運転を想定して追い越し用の待避線を設けている停留所もありますが、現在の発表では各駅停車のみです。快速の設定は、今後の様子を見てからということになるでしょう。

LRTの起点として整備された宇都宮東口を出発すると、鬼怒通りを東へと進みます。LRTは鬼怒通りの中央部を走るので、交差点には黄色の矢印が表示される信号機も設置されています。黄色い矢印が表示される信号機は路面電車が走る各都市ではお馴染みですが、路面電車が走る都市は決して多くありませんので、信号機の黄色い矢印は珍しい光景といえるでしょう。

路面電車が走る都市ではお馴染みの、黄色い矢印が表示される信号機

併用軌道を東へと走るLRTは市内を南北に貫く国道4号線をオーバークロスで越えていきます。またLRTの車庫がある平石の東側でも国道4号線バイパスと交差しますが、こちらは線路がアンダークロスしています。こうした立体交差を巧みに用いて、路面電車が走ることによる道路の渋滞を起こさないように工夫されているのです。

宇都宮市街地では、LRTと主要道路の立体交差化が図られている

宇都宮市は雷の発生数が多い都市のため、雷都(らいと)との別称もあります。ライトレールのライトはLightの意味ですが、雷都にかけていることは言うまでもありません。

近年、宇都宮市街地は都市化し、ヒートアイランド現象が顕著になっています。そのため、ゲリラ豪雨の発生も増え、市街地で冠水が起きることも珍しくありません。LRTの沿線でも、冠水に注意を呼びかける標識を目にします。

宇都宮市は雷都とも呼ばれる。ゲリラ豪雨に備えた標識が各所に立てられている

宇都宮駅東口から順調に走ってきたLRTは、宇都宮大学陽東キャンパスを過ぎてから高架線になります。その高架線を渡ると、車庫のある平石に到着。それまで市街地然としていた風景は、このあたりから農村然とした風景へと変わります。

LRTの車庫は平石停留所に隣接

ここからさらに東へ進むと、鬼怒川を渡ります。鬼怒川にはいくつか橋梁が架かっていますが、宇都宮市が単独で整備した橋梁はLRT専用の高架橋だけです。習熟運転中は乗車できないので、鬼怒川を眼下に見る車窓風景は開業後。もうしばらくのお楽しみです。

鬼怒川の橋梁を渡るLRT

鬼怒川を越えると、飛山城跡に到着。同停留所の周辺は史跡公園として整備されていますが、LRTが開通した今でも自然豊かなエリアです。LRTの停留所を新設するにあたり、交通広場とロータリーが整備されます。LRT開業を機に同停留所が交通結節点となることが期待されています。

LRTの停留所新設と同時に駅前広場やロータリーを整備し、利便性向上を図っている

飛山城跡の次は清陵高校前です。文字通り清陵高校の最寄りですが、同停留所の近くには作新学院大学もあります。先ほど通過した宇都宮大学陽東キャンパスも宇都宮大学に通う学生の利用が想定されているので、LRTは通学需要が旺盛な路線ともいえます。

清陵高校前を通過すると、線路はサイドリザベーションと呼ばれる片寄せとなり、それがゆいの杜西付近まで続きます。ゆいの杜西の手前には歩道橋があり、LRTの撮影スポットになっています。筆者が歩道橋で撮り鉄に挑戦していたわずかな時間にも数人の撮り鉄らしき人がカメラを構えて写真や動画を撮影していました。

グリーンスタジアム前-ゆいの杜西間にある歩道橋は絶好のLRT撮影スポット

歩道橋の付近から、線路は高架線となり東へとカーブしていきます。そしてゆいの杜西からは郊外の街並みへと変貌します。ロードサイドには全国チェーンの大型店が並び、いかにもニュータウンといった雰囲気です。

LRTは、ゆいの杜中央、そしてゆいの杜東と走り、芳賀台から芳賀町へと入ります。清陵高校前-ゆいの杜⻄間にもキヤノンや東洋紡、カルビー、久光製薬といった企業の事業所を目にしましたが、芳賀台から先にも大企業の営業所や工場が多く並んでいます。その中でも、ひときわ目立つのが本田技研工業の研究所と工場です。

LRTの沿線には大企業の工場などが多くあり、特にホンダの研究所・工場はひろきわ大きな存在感を放っている

そうした工場群を見ながら進んでいくと、芳賀町工業団地管理センター前-かしの森公園前には最後の関門ともいえる心臓破りの急坂が立ちはだかります。宇都宮市が公表している計画書を見ると、同区間の勾配は60パーミル(=6%)となっています。60パーミルとは、1,000m進む間に60m登る(もしくは下る)という意味です。

日本国内の鉄道路線で急勾配で有名なのは大井川鐵道の90パーミルや箱根登山鉄道の80パーミルですが、60パーミルも相当な急勾配といえます。ゆっくり走る路面電車でも、これほどの急勾配を走ることは大変です。

芳賀町工業団地管理センター前-かしの森公園間にある60パーミルの急勾配区間

LRTは急勾配をゆっくりと通過。そして、かしの森公園前を過ぎると終点の芳賀・高根沢工業団地に到着です。

LRTの終点となる芳賀・高根沢工業団地

LRTは宇都宮をどう変えるのか

今回走破したLRTの沿線は、企業の工場などが多く立地しています。特に清陵高校前-芳賀・高根沢工業団地間には集積しており、それらの工場には宇都宮駅から通勤用の送迎バスが頻繁に運行されています。

本田技研工業も工場や研究所を行き来する送迎バスを運行してきましたが、LRT開業を機に工場への送迎バスを廃止すると表明しました。今後、本田技研工業は通勤も含めて工場・研究施設への行き来の手段をLRTへと切り替えていくようです。本田技研工業が移動手段の切り替えを表明したことで、同じように切り替える企業が出てくることは確実です。

こうしたように、沿線の企業から協力を得ることでLRTの需要は堅調になるでしょう。それは、LRTの利用者を増やすことにつながりますが、利用者数だけではなく、存在意義を高めることにもつながります。市民や来街者が、宇都宮にとってLRTはなくてはならない存在と認識することは、公共交通を維持するためにも重要です。ひいては延伸議論を活発化させることにもつながるでしょう。

例えば、現在の終着駅となっている芳賀・高根沢工業団地から先にLRTの線路は延びていません。芳賀・高根沢工業団地の停留所に隣接している歩道橋から北を眺めると、道路の幅員は十分にあることが分かります。そこに線路を敷くことは可能でしょう。

芳賀・高根沢工業団地は芳賀町の北端に所在し、同停留所から少し北は高根沢町です。高根沢町の意向にもよりますが、LRTの利用が堅調ならさらに北へ延伸を望む声が挙がる可能性もあるでしょう。

宇都宮市は宇都宮駅東口-芳賀・高根沢工業団地間を開業させた後の青写真もすでに描いていて、宇都宮駅東口から東北本線の線路を跨ぐようにして宇都宮駅西口へ、そして栃木県教育会館までLRTを延伸させる計画を固めています。

壮大な計画のようにも思えますが、宇都宮市は同延伸計画を2030年代前半まで実現するという目途を示しています。決して夢物語ではありません。実際、宇都宮市と芳賀町は困難を克服してLRTの開業に漕ぎ着けました。

今回、LRT全線を自転車で走破することにチャレンジしました。実際に沿線を走ってみると、LRTの沿線は起伏の激しい土地であることを実感しました。LRT開業後は地域住民をはじめ多くの人がスムーズな移動ができるようになり、利便性の向上に寄与することは間違いありません。

また、沿線の至るところで宇都宮駅やLRT沿線でライトレールを大々的にPRする看板や幟などを見かけました。そこからも、LRTを盛り上げていこうという意志を感じました。

地元のみならず全国的からも注目を集める新しい路面電車は、間もなく走り始めます。

LRTの開業日を告知するポスターは、街のあちこちに貼られている
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。