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広島のニュータウンを支えたスカイレール廃止 全踏破してきた

スカイレール車内の眺望は抜群

広島駅からJR山陽本線の電車に乗り、揺られること約25分。広島市東郊にある瀬野駅に到着します。広島駅の喧騒から打って変わり、瀬野駅前は閑静な住宅街といった雰囲気です。なんの変哲もない瀬野駅周辺ですが、昨年から今春にかけて少しずつ同地を訪れる来街者が増えました。その理由が、駅北口から発着しているスカイレールです。

スカイレールはモノレールとロープウェーを組み合わせたような新交通システムで、1998年に開業。丘の上に造成されたニュータウン「スカイレールタウンみどり坂」住民たちの貴重な足として整備されました。

開業から約25年が経過し、スカイレールそのものが老朽化したことを理由に廃止が決定。4月末にスカイレールは役目を終えることになったのです。そのため、多くの訪問者が足を運びました。

スカイレール廃止後はバスが運行される(出典:国土交通省 中国運輸局)

スカイレール運行終了が迫る3月末に現地を訪れてスカイレール全線を歩き、その実態を見てきました。

スカイレールは住民にとって欠かせない存在だった

高度経済成長期やバブル期、大都市は地価が高騰しました。これにより、庶民がマイホームを持つことは高嶺の花になります。しかし、当時は戸建のマイホームを持ちたいと考える、いわゆるマイホーム神話が根強い時代でした。

そうしたマイホームを希望する人たちの受け皿になったのが、郊外に造成されたニュータウンです。ニュータウンの嚆矢は、大阪府が千里丘陵に計画した千里ニュータウンといわれています。千里ニュータウンの造成を皮切りに、名古屋圏では高蔵寺ニュータウンが、東京圏では多摩ニュータウンが造成されていきました。

ニュータウンのトップバッターでもあった千里ニュータウンが計画された時期は、マイカーが急速に普及していました。そうした時代背景もあり、千里ニュータウンや高蔵寺ニュータウンには公共交通を整備するという考え方が希薄でした。

ニュータウン住民の多くは大都市から転入してきたファミリー世帯です。その生活スタイルは、お父さんが働き、お母さんが家庭を守るというものでした。そうした生活スタイルを維持するためには、通勤手段としての公共交通が欠かせません。

千里ニュータウンや高蔵寺ニュータウンでは、バスが通勤の足を担うことが想定されていました。そのため、ニュータウン内には車線の多い大型道路が整備されます。

しかし、通勤時間帯は深刻な渋滞が発生。バスは時間通りに運行できませんでした。そうした反省を踏まえ、東京圏の多摩ニュータウンは都心部とつながる鉄道路線を計画しています。ニュータウンのまちびらきに鉄道が間に合わないという計算ミスが生じ、当初はバスによる通勤を強いられました。そして、そのときの多摩ニュータウンは大渋滞が引き起こされています。その後、多摩ニュータウンに鉄道が整備されたことで、渋滞は解消されていきました。

スカイレールが整備された広島市郊外の「スカイレールタウンみどり坂」も同様に、通勤の足を確保したニュータウンです。

スカイレールタウンみどり坂は、JR山陽本線の瀬野駅の北側に造成されました。駅前広場からもニュータウンに並ぶ家々を目にできるので、直線的な距離なら自転車や徒歩でも何とかなる距離です。しかし、スカイレールタウンみどり坂は急勾配の高台に造成されています。健脚な人でもためらう急勾配なので、駅からニュータウンへと移動する手段としてスカイレールが整備されたのです。

高台に延びるスカイレールの軌道

こうした経緯により、多くの住民にとって欠かせないスカイレールが誕生しました。スカイレールはモノレールとロープウェーのいいとこ取りをした乗り物で、旅客運転をしていたのは世界でもここだけでした。

スカイレールが普及しなかった理由はいくつかあり後述しますが、広島では廃止後はEVバスに置き換えられることになました。スカイレール(鉄軌道)のメリットは時間通りに運行できる定時性と一度に多くの人を運ぶことができる輸送力、所要時間が短く済む速達性の3つです。スカイレールは全線を乗り通しても約5分です。運行は約10分間隔なので、待たずに乗れるというメリットもあります。

家の上をゆうゆうと走るスカイレール

一方デメリットとして、バスのように小回りがききません。ニュータウン内の大型スーパーや公園へ行くには不向きな乗り物です。そうした点などが考慮されて、今年4月末にスカイレールは役目を終えることになったのです。

約1.3kmの距離ながら高低差は約160m

筆者は3月末に現地を訪れて、このスカイレールに乗車することにしました。すでに廃止がアナウンスされていたこともあり、3月から鉄道ファンをはじめ多くの人が瀬野駅を訪れるようになりました。

瀬野駅の駅前広場には、スカイレールの勇姿を記録しようとする人たちが多く集まってスマホやカメラを向けていました。そして、スカイレールにも多くの人が乗車していました。

瀬野駅は広島駅からは電車で約25分の通勤圏にある

スカイレールは一乗車170円で、きっぷの券面にはQRコードが印刷されています。これだけを見ると、スカイレールは最新の機器を備えていたことがわかります。

券面にQRコードが印刷されているスカイレールのきっぷ

ホームでは多くの人が次の出発を待っていて、車両に乗り込むとスマホで動画を撮影していました。全員が鉄道ファンというわけではなさそうですが、スカイレールとの別れを惜しんで足を運んできたことは伝わりました。

スカイレールは総延長が約1.3kmの短い路線で、瀬野駅とつながっている「みどり口駅」と中間にある「みどり中街駅」と高台にある「みどり中央駅」の3駅のみです。通しで乗っても乗車時間は約5分です。

高台から眺めるみどり口駅

スカイレールの高低差は約160mあり、その最急勾配は263パーミル(‰)となっています。パーミルは馴染みの薄い表現ですが、1,000分の1を表す単位で、つまりスカイレールの最急勾配区間は1,000m走る間に263m高さが変わるということです。

急勾配の鉄道として有名な箱根登山鉄道の最急勾配は80パーミル、大井川鉄道の最急勾配は90パーミルですから、スカイレールが勾配に強く、高台のニュータウンへと向かうのに適した公共交通機関であることがわかります。乗車中、急勾配を登っているときに車両が大きく揺れるように感じましたが、それもスカイレールの魅力なのかもしれません。

スカイレールは急勾配でも問題なく運行できる新交通システム

眼下にニュータウンの街並みを眺めながら、みどり中街駅に到着。スカイレールは全区間が複線になっていますが、ここで高台側から来た車両とすれ違うために少しばかり待ち時間が発生しました。そして高台側からの車両が到着すると、筆者が乗ってきた車両は静かに動き始めました。

中間駅のみどり中街駅。多くのファンが詰めかけていたものの、下車する人は見当たらなかった

そして、すぐに終点のみどり中央駅に到着。中央駅という駅名からニュータウンの中心となっていることは想像できますが、駅周辺に商業施設はありません。駅を出ると、目の前から緩やかな坂と住宅地が広がっています。Googleストリートビューで確認すると、駅周辺は整然とした区画になっています。いかにもニュータウン然とした区画ですが、平日の昼間ということもあり、駅前を歩いている住民は見当たりませんでした。

ニュータウン内に開設されたみどり中央駅

並んでいる家々はわりと新しく、昨今のニュータウンが抱えるような高齢化や人口減少といった、いわゆる限界ニュータウンのような雰囲気も感じられません。

駅の横には代替交通となるEVの車庫があり、多くのバスが並んでいました。筆者が訪れた日は、すでにスカイレールの廃止が迫っていたこともあり、EVバスの習熟運転も始まっていました。

スカイレールの代替として運行されるEVバスの車庫は、みどり中央駅に隣接

沿線を歩いてみると商業施設が見当たらない

みどり中央駅を出てスカイレール沿いに高台を下っていきます。駅南側には、みどり坂中央公園という大きな公園があります。同公園はニュータウンの核ともいえる公園で、春めいた陽気だったこともあって親子で遊んでいたり犬を散歩させている近隣住民をたくさん見かけました。みどり坂中央公園は高台にあるので、瀬野駅やJR山陽本線を遠望できます。

近隣住民の憩いの場になっているみどり坂中央公園ですが、なによりも特徴的な点が公園内に配置された“石”です。謎の石造物があちこちにあり、その立地とも相まって雰囲気はまるでインカ帝国のようです。公園側も明確にそれを意識しているようで、公園内には“インカの道”や“インカの神殿”“マチュピチュの階段”と名付けられたスポットがあります。

みどり坂中央公園内には、あちこちに謎の“石”が置かれている

みどり坂中央公園から丘を下っていくと、どんどん住宅街の雰囲気が強くなっていきます。高台に造成された住宅街一帯には小学校や小さな公園も整備されていますが、商業施設のような店舗は見当たりません。そんな住宅街の中に、途中駅のみどり中街駅があります。

みどり中街駅の駅前も閑静な住宅街なので、駅前には小さな公園があるぐらいで商業施設は見当たりません。

スカイレールが走るエリアは、完全な住宅街

みどり中街駅を過ぎて、みどり口駅方面へと向けて高台を下っていきます。戸建住宅が大半を占めるスカイレールタウンみどり坂ですが、賃貸アパートもいくつか確認できました。おそらく、広島市街へと通勤・通学している人たちが暮らしているのでしょう。

スカイレールの真下をひたすら歩いていくと、ようやく総合スーパーマーケット「ショージ みどり坂店」が姿を現しました。同店はスカイレールタウンみどり坂住民のライフラインを担っている店ですが、スカイレールの駅からは距離があるので買い物に来ている人たちの多くはマイカー利用者です。しかし、スカイレールの代替交通となるEVバスは同店の目の前に停留所が設置されます。

ニュータウン内の生活インフラとして機能する総合スーパーマーケット「ショージ みどり坂店」

スカイレールタウンみどり坂を歩くと、ニュータウンに共通する高齢化といった問題を感じることはありません。しかし、自動車を運転できずに買い物難民化している住民はいるでしょうし、そうした買い物難民が増えるという将来的なことを考えると、スカイレールから小回りのきくバスへと転換することは地域住民の利便性を考えたら自然な成り行きなのかもしれません。

「ショージ みどり坂店」を過ぎると、瀬野駅は目の前です。スカイレールはわずか1.3kmの路線ですので、ゆっくり歩いても下りなら1時間足らずで全線を踏破できます。

このほど廃止されたスカイレールは、開業から廃止まで約26年という短命に終わりました。スカイレールが短命に終わった理由は、なによりも中途半端な存在だったからです。

急勾配を克服する技術は開業当時としては素晴らしく、風にも強い特性がありました。風に弱いと運休が増え、運休が多いと通勤手段として頼りなくなってしまいます。風に強いスカイレールは頼りがいのある交通機関でもあったのです。

また、スカイレールはモノレールのように大量輸送を当て込んだものではないため、建設費は安価に抑えられ、ニュータウンの規模に合わせた車両サイズなども経済効率性を踏まえたものでした。多くのメリットがありながらも、その規模感が中途半端と受け止められ、スカイレール導入を考える事業者は現れなかったのです。

普及せず、そして短命に終わったスカイレールですが、鉄道史に記録・保存する価値は十分にあります。そうした事情を踏まえ、運行事業者は広島市に車両の保存を要望しています。

スカイレールからEVバスへと転換したことで、スカイレールタウンみどり坂はどう変化するのでしょうか? すぐに変化が生じる話ではありませんが、ニュータウンと公共交通の今後を考える上で、その動向に注目が集まります。

スカイレールの代替として運行されるEVバス。筆者が訪問した日は習熟運転中だった
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。