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日本全国の廃線を9割以上カバー 「全国鉄道地図帳」制作者の執念

このほど第2版が発売された『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』

道路地図でお馴染みの『マップル』を発行している昭文社が、12月8日に『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』第2版(3,960円)を刊行した。2020年11月に刊行された第1版は日本全国の鉄道路線を詳しく載せただけではなく、廃線も図示されていて鉄道ファンを中心に旅行好きなどからも好評を博した。約3年の歳月を経て、第2版が刊行されることになった。

昭文社出版メディア編集部出版編集課長の工藤信広さんと出版メディア編集部デジタルメディア編集課編集チーフの星野俊也さんの2人には第2版を含めて、これまで昭文社が手がけてきた一連の鉄道地図シリーズの話を回顧してもらった。

第1版を手にする星野さん(左)と第2版を手にするも工藤さん(右)。第1版も濃い内容で話題を呼んだが、第2版はそれを上回る内容

コロナ禍で地図の売上減。そんな中で売れる地図を模索

――12月8日に『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』(以下、全国鉄道地図帳)第2版が発売されました。

工藤:第2版の話をする前に、2010年3月に発売された『レールウェイマップル』の地方版から話をしたいと思います。地方版は、「北海道」「東北」「関東」「中部」「関西」「中国・四国」「九州」の7地域に分冊して出版していました。

どうして7エリアに分冊して出版していたのかというと、当時は多くの出版社から鉄道地図帳が刊行されていましたが、地域で分冊することよりコンパクトにして、旅行に出かける際に持ち運びしやすくするのが狙いでした。

――2010年というと、まだスマホが今ほど普及していない時代ですね。現在ならスマホで簡単に検索できますが、当時はまだスマホで地図を見るという環境にはなかったと思います。

工藤:スマホで地図を見るより紙の地図を見る人がまだ多かった頃です。しかし、スマホで地図を見る人は急激に増えていました。そのため、出版して数年経って編集部内で「改訂版を出そうか?」という話は出るものの、なかなか改訂版を出すまでには至りませんでした。

そうこうしているうちに2020年になるわけですが、2020年は新型コロナウイルスの感染が拡大してしまい、外出や旅行の自粛ムードが広がりました。そうした環境下で、改訂版を出したのです。

――外出需要・旅行需要が喪失したら、地図は売れなくなると思います。それなのに、なぜ改訂版を出すという決断をしたのでしょうか?

工藤:ご指摘のように、コロナ禍により弊社の道路地図の売上は減りました。弊社は地図の会社ですから、そんな逆風でも地図を売っていかなければなりません。そこで考えたのが、自宅でも読めるような地図です。

編集部でいろいろ検討した結果、歴史の流れを感じられる廃線を重点的に載せていこうという結論に至りました。外出や旅行で携帯してもらう地図ではなく、全国鉄道地図帳は机上で読む、自宅で楽しむことを想定しました。だから、情報量を増やして分厚くなっても、重くなっても問題はないと判断したのです。

7冊に分冊して出していた地方版にも廃線は収録していたのですが、地方版は1984年以降に廃線になった路線を載せていました。それでは物足りないですし、2010年の頃とはデバイスや通信環境が大きく変わっています。2020年はスマホで誰もが簡単に廃線について調べられます。そうしたことから、全国鉄道地図帳 第1版は、1945年以降の廃線まで範囲を広げました。

星野:日本の鉄道は1872年に開業していますから、150年の歴史があります。そこから多くの路線が生まれましたが、惜しまれながら役割を終えた路線も多く存在します。制作者としては全廃線を載せたいわけですが、古い廃線は記録が乏しく調べるだけでも非常に多くの時間を必要とします。

しかし、本には出版日や予算の制約があります。ずっと廃線のことを調べ続けるわけにはいきません。それらを考慮すると、鉄道開業から現在に至るまでの全廃線を載せることは難しい。調査・制作工程をさまざまな条件で見積もった結果、1945年以降の廃線だったら何とか全部を収録できそうだということがわかったんです。

こうして、戦後の廃線跡を調べて地図に落とし込んでいく作業が始まりました。そうした作業と並行して廃駅や名称が変更された路線なども調査し、それらも地図に反映しています。

第2版では明治時代以降の廃線を90%以上カバー

――第2版の発売は、第1版発売の2020年から約3年後ということになります。特にパワーアップした部分を教えてください。

星野:第1版でも廃線については力を入れていたのですが、第2版では廃線をさらにパワーアップさせました。第1版は1945年以降の廃線を収録しましたが、第2版は明治時代以降の全年代の廃線を収録しています。残っている資料がなかったり、資料が残っていても地図に落としこめる正確かつ精度のある情報が得られなかった廃線もあり、残念ながら一部の路線は収録を見送りました。そのため、全廃線にはなりませんでしたが、およそ90%以上はカバーしていると自負しています。

レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳 第2版
第2版で図示された北海道大雪山付近(提供:昭文社)

工藤:第1版を刊行した際に、読者から「〇〇線が収録されていいない!」という指摘を多くもらいました。第1版には、「1945年以降の廃線を収録している」とことわり書きを入れてはいるものの、それでも思い入れのある路線が収録されていないと残念に感じますよね。だから、第2版では購入者全員がそうした思いを抱くことがないように努めました。

盛り込んだ情報という点ではありませんが、第2版では拡大図を増やしました。第1版に対して空知・夕張、横浜、京都、西宮・神戸、福岡などの拡大図を増強しています。

第1版では北海道函館市の拡大図が見開きで紹介されている一方で、博多駅周辺の拡大図は小さな扱いでした。函館市の拡大図が見開きになっているのは路面電車の路線網を載せたことが理由です。

理由があるとはいえ、都市規模や路線の密集度の観点から考えれば、福岡市の鉄道路線をより詳細に描く必要があります。そうしたバランス面を鑑みて、第2版は福岡の拡大図を増強したのです。横浜や京都の拡大図も、そうした大都市の鉄道路線を詳細に図示する必要があると感じたからです。

同じ拡大図の増強でも大都市の拡大図と、意味が異なっているのが北海道の空知・夕張です。空知・夕張は、かつて炭鉱で栄えた地域です。だから、このエリアは炭鉱に関連する路線がいっぱいありました。第1版でも空知・夕張の廃線跡は記載しているのですが、限りある誌面に情報を詰め込んだので、見づらくなっている感じがありました。それらの廃線を図示するのであれば、読者にも見やすい誌面にしたいという方針から第2版では空知・夕張の詳細図を新設しています。

廃線を盛り込むことにこだわった工藤さん

――今回は34路線の未成線を新たに収録したと聞いています。

星野:計画があったのに実現しなかった未成線は、全国に100線以上あります。その中から路線や駅の場所を必要な精度で図示できる、という基準でセレクトしました。そのため、工事が始まっていた路線もしくはある程度の用地買収が済んでいた未成線を対象としています。もちろん、最近産業遺産として注目されている線区も対象にしています。

そうした路線を総合的に検討して34線を収録したのです。構想・計画だけで終わってしまった未成線は原則掲載していません。一部だけ着工していた路線も、図示できるだけの内容がなければ文字情報だけ載せている場合があります。

森林鉄道や未成線まで描かれている熊本県と宮崎県の県境周辺(提供:昭文社)
現在はゆいレールのみが走る沖縄県だが、同地図を見ると過去に多くの鉄道路線が運行されていたことがわかる(提供:昭文社)

森林鉄道を知ることは日本の林業の歴史を知ることにつながる

――第2版では、森林鉄道もたくさん載せています。

星野:森林鉄道というのは、山林で伐採した木を街や港まで材木を運ぶための鉄道です。第2版では、約8,000kmの森林鉄道を収録しています。全国の国有林に敷設された森林鉄道は、おおよそ9,000kmあったとされ、林野庁がリストにして公開しています。

そのほかにも国内には、宮内庁が管轄していた御料林や森林組合が管理していた森林があり、そうしたところにも鉄道が敷設されていました。

それらの森林鉄道を合計すると、国内には1万km以上の森林鉄道があったと推測できます。しかし、すべての森林鉄道をまとめたようなリストを発見できませんでした。

JR全路線営業キロの延長は約1万9,000kmです。森林鉄道は、その半分かそれ以上のスケールだったんです。例えば、現在の下北半島に鉄道路線は少ないですが、津軽地方・下北半島のあたりは森林鉄道が網の目のように走っていました。そうした森林鉄道の痕跡を知ることで昔の日本が森林大国だったこと、そして林業が盛んだったことが伝わってくるわけです。

第1版の下北半島(提供:昭文社)
第2版で森林鉄道を図示した下北半島(提供:昭文社)

――森林鉄道というマニアックな路線も収録しようと考えたのは、なぜでしょうか?

星野:全国鉄道地図帳 第1版では、森林鉄道は基本的に除外しました。というのも、森林鉄道の数が多く、前回は制作上の時間も予算も足りなかったのです。そうした残念な思いがあったので、第2版では森林鉄道も掲載対象にし、できるだけ載せることを心がけました。

ただし、先ほども申し上げたように森林鉄道は国有林・御料林・森林組合などの民間所有など多くの路線がありました。それを網羅することは不可能に近く、採択にあたり「5km以上ある路線」「枝線・一時的な作業線は除く」といった基準を設けました。

国有林はリストがあるので90%以上を掲載できていますが、そのほかの森林鉄道はそもそも全貌がつかみにくいので、調査・収集・判定にはかなり苦労しました。そのようなことから第2版に収録した森林鉄道は、全国にあった森林鉄道のだいたい90%ぐらい掲載しているとしか言えませんが、それでも森林鉄道を全国レベルでここまで図示した地図帳はこれまでにないと自負しています。

森林鉄道についても熱く語る星野さん

――先ほど、未成線も地元では観光資源として活用されているという話が出ました。森林鉄道が現役で稼働しているのは鹿児島県の屋久島ぐらいですが、ほかの森林鉄道は観光資源として動態保存されているケースもあります。全国鉄道地図帳 第2版では、そのあたりの情報がわかるのでしょうか?

星野:おっしゃる通り屋久島の森林鉄道は現在も森林鉄道としての機能を有している鉄道ですので、きちんと図示しています。

一方、廃線後に現役に近い状態で保存されている施設もあります。北海道の丸瀬布森林公園いこいの森や長野県上松町の赤沢森林鉄道など、現在は観光用として運行されています。

工藤:そういった観光用に保存された森林鉄道は、ほかの保存鉄道と同様にミュージアムとして扱い、地図にコメントを付記するなどの形で補足的に掲載しています。

第2版で図示された長野県木曽周辺の森林鉄道(提供:昭文社)

鉱山鉄道と森林鉄道は連携していた

――森林鉄道がこれだけ充実していると石炭などを運搬していた鉱山鉄道も気になります。

工藤:鉱山鉄道の廃線跡は全国鉄道地図帳 第1版から図示していますが、第2版は戦前まで遡っています。第2版を編集・制作していて新たな気づきがあったのですが、鉱山鉄道と森林鉄道がつながっていた区間、つまり、鉱山鉄道と森林鉄道が連携していたところも多く見られます。

例えば、北海道の天塩炭砿鉄道は留萌本線と羽幌線の留萌駅を起点に達布駅までを結んでいた鉱山鉄道ですが、達布駅から先は小平森林鉄道(達布森林鉄道)が延びています。同線は帝室林野局が管理する御料林から切り出された材木を留萌港へと運搬していましたが、第2版ではそうした路線のつながりが図で示されています。

第1版では天塩炭砿鉄道のみが描かれている(提供:昭文社)
第2版で天塩炭砿鉄道から先の延びる森林鉄道を図示(提供:昭文社)

星野:北海道のページを開くと、廃止されたローカル線の先に森林鉄道が延びています。山奥で伐採された木が森林鉄道で運搬され、ローカル線の駅で貨物列車に積み替えられてからさらに運搬されていく。そこからさらに国鉄の本線を走っていくという路線のネットワークが見えていきます。これは鉱山鉄道も同じで、石炭の運ばれていく経路を知ることができます。

編集・制作の作業が終わってから改めて第2版を見てみると、同書は地図であり、鉄道書であり、そして昭和の世相や産業を伝える歴史書でもあることを実感します。

完成したばかりの『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳』第2版を手にとりながら、制作時を振り返る工藤さんと星野さん

――第2版を刊行したばかりですが、もし第3版を出すことになったら、新たにこういった情報を入れたいという希望はありますか?

星野:情報ではありませんが、もっと地図情報を見やすく詳しく見せられるような工夫をしたいと思っています。というのも、やはり現在の地図ではトンネルや橋梁を表現しても小さくなってしまいます。トンネルや橋梁は鉄道路線の魅力や醍醐味でもありますので、しっかり情報を盛り込んでみたいところではあります。

あと、現在では廃線になった年月を入れています。しかし、供用開始の年月は入れられませんでした。供用開始年を地図に盛り込むと、その鉄道が何十年にわたって活躍していたことがわかり、それが地域を支えるインフラになっていたことを実感できると思うんです。第2版を増強した第3版が出せたら、こんなにうれしいことはありません。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。