鈴木淳也のPay Attention

第272回

京都市のバス二重料金はアリか? 疲弊する人気観光地の交通オーバーツーリズム対策

バルセロナのエスパーニャ広場にある「ラス・アレナス・デ・バルセロナ(Las Arenas de Barcelona)」。かつての闘牛場であり、現在はショッピングモールに改装されて観光スポットとなっている

先日、スペインのバルセロナでMWC Barcelona 2026が開催されたが、現地を取材した報道関係者の知り合いがSNSのX上で「バルセロナの路線バス、クレカのタッチでもいける?」というメッセージを写真付きで投稿していた。

筆者が現地に行ったのは2020年3月が最後だが、当時はサグラダファミリアも絶賛工事中で、まだクレジットカード等を使った“タッチ決済”による公共交通機関の乗車サービスは開始されておらず、非接触のスマートカードどころか磁気切符が幅を利かせている状態だった。現在では磁気切符からチャージ式ICカードへと置き換えが進み、域外からの訪問者には“タッチ乗車”によるサービスの提供が行なわれている状態へと変化したわけだ。

そんな時代の流れを感じる投稿の傍ら、少し現地事情を調べてみると面白いことが分かった。バルセロナ市内や周辺部を移動する場合、公共交通機関は地下鉄やトラム、バスなどの利用はすべて統一の運賃体系となっているゾーン制を採用しており、特に中心部については「Zone 1」に含まれている。Zone 1内の移動であればすべて一律運賃というわけだ(※)。

※例外があり、バルセロナ主要空港であるエルプラット空港はZone 1に含まれるが、空港と市内を結ぶL9S、Aerobus、R2 Nordの利用においては別途追加料金がかかる

“タッチ乗車”でこれら交通機関を利用した場合、1回券のシングルチケット運賃「2.90ユーロ」が適用され、乗車のたびに2.90ユーロが逐次請求される。

ロンドンのTfLなどで提供されている、「運賃キャップ制」のような請求額に上限があるサービスは存在せず、しかも地下鉄からバスへの乗り換えなど、別の交通システムへの移動が発生した場合にも都度請求が行なわれる仕組みだ。

円安という事情を差し引いても1回の乗車あたり500円以上の請求があるわけで、正直言って近距離移動にしては高いという印象を受けた。

バルセロナ交通局(TMB)が運行する路線バスにはICカードを“タッチ”して検札を行なう装置が出入り口に取り付けられている。なお、写真奥に従来型の磁気切符の検札機が写っているが、この写真が撮影された2026年2月28日をもって運用が終了され、3月以降は使えなくなっている(写真提供:中山智)

筆者が毎年のようにバルセロナに行っていたころ、「T-10」という10回利用可能な回数券を使って現地のバスや地下鉄に乗っていた。2011年から2020年まで、毎年のように少しずつ値上げ(もしくは値下げ)が行なわれていたが、おおよそ9~10ユーロの水準で購入が可能だった。T-10は2019年をもって廃止され(新規購入不可)、2020年以降は「T-casual」という新システムの10回券へと移行し、本稿執筆の2026年3月時点での購入価格は13ユーロまで上昇したが、1回あたりの乗車運賃は1.00~1.30ユーロであり、2.90ユーロと比較しても大幅に安い。

下記は現在入手可能な回数券と割引券の例だが、日本でいう定期券に該当する1カ月券の「T-usual」が22.80ユーロと大幅に安くなっている。

バルセロナで2026年時点で利用可能な乗車券の一部を抜粋

仮に1カ月通勤に公共交通機関を使うとして、20日間で1日あたり2回、計40回の利用があると仮定すると、T-casualの値段の4倍にあたる52ユーロか、少し割引があって40ユーロ台後半の値付けというのが1カ月定期券としては妥当なところだ。だが22.80ユーロという数字はその半分程度。実は、バルセロナでは時限措置ながらT-usualとT-joveについて政府補助が出ており、本来の価格から50%割引(内訳はスペイン政府30%+バルセロナ20%)が適用されている。

理由としては自家用車から公共交通への転換による省エネ施策、そしてインバウンド増加などにともなう物価高騰対策が挙げられており、いわゆるオーバーツーリズムで苦しむ地元民への還元施策という側面がある。

これら割引乗車券を利用するには「T-mobilitat」と呼ばれるシステムで発行される“非接触”ICカードを用いる。「紙でできた簡易タイプ」「プラスチックカード型」「モバイルアプリ」の3種類の媒体が存在し、観光客らが駅などの券売機でT-casualを購入する場合、1つめの紙タイプが発券される。もし、紙やカードのような形で持ちたくない場合にはモバイルアプリの利用も可能だ。それぞれに新規発行手数料が存在し、紙とモバイルアプリが1ユーロ、プラスチックカードが5ユーロとなっている。

バルセロナ市内に数日滞在する場合はT-casualが圧倒的にお得なので、一般にはT-mobilitatで紙の“非接触”チケットを発行し、T-casualを購入する形になる。ICカード型のためT-10時代のような複数人での1枚のカード共有はできず、家族など大人数で一度に移動する場合には別途専用の割引チケットが存在している。このように、T-mobilitatに合わせてバルセロナに導入された“タッチ乗車”のシステムは多くの旅行者にとって便利な反面、交通費の大幅増となって跳ね返ってくる。

少しでも安く済ませるのであれば独自の交通系ICカードを購入してT-casualを利用することになるが、この両者での差別化がオーバーツーリズム対策の1つとなり、利便性と引き換えに大幅に高い値段で徴収された運賃は最終的に市民への「安価なサービス提供」という形で還元されるわけだ。

バルセロナ市内を走るTMB運行の路線バス(写真提供:中山智)

世界のオーバーツーリズム対策による二重料金例

バルセロナは税金による補助を組み合わせた公共交通機関のオーバーツーリズム対策として機能するが、同様に公共交通機関で明確な“二重価格”を設定している著名な例がイタリアのヴェネツィアだ。

水の都として有名な同所だが、干潟に浮かぶ小さな島群という地理的な制約があるなか、毎年のように多くの観光客が押し寄せて市民の生活を圧迫していることが知られる。島内には自動車などで進入できないため、本土と本島を結ぶ橋にある駐車場から歩くか、あるいは鉄道でサンタルチア駅に到着、もしくは対岸から船で到着することになる。島内移動も徒歩か海上交通に頼るため、公共交通機関とは「ヴァポレット(Vaporetto)」と呼ばれる海上バスのことを指している。これで島内の主要拠点や離島間の移動を行なう。

ヴァポレットの移動を1回券で利用した場合、観光客向けの一般料金が9.50ユーロなのに対し、現地住民向けは1.50ユーロと6倍以上の価格差がある点で特徴がある。ヴェネツィアはヴァポレットのみならず、地域圏で運行される(地上を走る)バスやトラムを含んだ交通ネットワークを運行しているが、そこで利用される交通系ICカードが「Venezia Unica」だ。

こちらは主に現地在住者向けであり、カード代10ユーロと在住地域別のアクティベーション費用(ヴェネツィア市在住者は無料、都市圏在住者は10~30ユーロの追加料金)を支払うことで前述の割引料金が適用される。観光客向けの「Venezia Unica City Pass」はヴァポレット等を含む交通機関と周辺の美術館等を組み合わせた割引バウチャーの性格が強く、複数の施設を回るのであれば1回券の料金を都度払うよりもお得という流れになる。

一方で滞在期間が短く、ヴァポレット等の移動も最小限であればクレジットカード等による“タッチ乗車”サービスも利用可能だ。“タッチ乗車”は1回ごとに9.50ユーロの支払いとなるが、“料金キャップ”が存在しており、例えば25ユーロの24時間券の運賃は超えないように設定されている。

サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂(Basilica di San Giorgio Maggiore)。ヴェネツィア本島の対岸にあるため、移動にはヴァポレット乗船が必要

このほか、美術館や博物館、宗教施設等の入場料で二重料金を設定するケースがある。

例えばタイでは、涅槃仏で有名なバンコク市内のワット・ポーをはじめ、主要な寺院群で外国人料金が設定されているのに対し、タイ人の場合は基本的に無料となっている。古都アユタヤにある遺跡群も同様に二重料金が設定されており、こちらはさすがに維持管理などの理由もあるのかタイ人であっても入場料がかかるが、こちらが10バーツなのに対し、外国人は80バーツと8倍の開きがある。

タイの場合、ポイントとしては「タイ人と外国人」で二重料金を設定している点が挙げられる。在住証明ではなくパスポート等による国籍証明となるため、見た目で支払いを巡るトラブルの原因になることがあるほか、仮にタイ在住者で現地で働いて税金を納めている人物であっても料金は外国人の扱いとなる。

所得格差という問題はあるものの、一見して判断しにくい基準が対面の支払いの場だけで発生するため、前述のヴェネツィアのように在住証明をもって事前登録するタイプのサービスとは異なり、毎回議論を巻き起こす要因になる。近年は単純な二重価格ではなく、国への貢献度や出身地域に応じて複数の料金ティアを設定したり、外国人向けには付加サービスを用意したりと、観光大国であることを反映した動きが出つつあるようだ。

アユタヤ遺跡のワット・マハタート入り口に掲げられた入場料金表。なお、これは2024年撮影のため、2025年に外国人向け料金が値上げ(80バーツ)された点を反映していない
タイ国鉄のアユタヤ駅ではあまりの暑さに猫が床でのびたまま身動きしていない

日本国内での入場料の二重料金設定は、姫路城の事例が知られている。

2026年3月1日にスタートしたばかりだが、もともと18歳以上の入場料が1,000円だったものが、2,500円へと引き上げられる一方で、姫路市民は1,000円の据え置きとなっている。基本的に城の修繕費や維持管理費を賄うための値上げで、世界遺産かつ国宝として世界的に知られ、インバウンドの観光客が多く訪れるようになり、やはりオーバーツーリズム対策としての一面がある。

タイと異なる点は、現地在住者と“それ以外”を区分けする料金で、後者は日本人と外国人など国籍を考慮しない。市内在住者はマイナンバーカードや運転免許証、あるいは在留カードといった写真付き公的身分証明書を支払い時に提示することで割引金額が適用される。

外国人差別という文脈で議論が白熱する傾向があるが、あくまで在住者と観光客という区分けのため、前述の修繕費や管理費の捻出という側面を説明しやすい(現地在住者は税金という形でインフラ等の一部を肩代わりしているため)。

オーバーツーリズムで疲弊する京都市バスの二重運賃

今回のテーマであるオーバーツーリズム対策の二重料金だが、日本での姫路城や寺院といった施設への入場料の場合と公共交通機関の場合とでその導入難易度が大きく異なる。

姫路城等のケースでは、“差別”価格について自治体が条例を制定することで個別に法的問題をクリアできるため、前述の維持管理費の高騰や税金等での貢献から市内外で料金を“区別”することで対外的な説明が可能だ。

一方で公共交通の場合、鉄道事業法や道路運送法による縛りがあり、例えばバスで二重運賃を設定する場合に道路運送法の第九条にある「特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき」という文言に抵触し、運賃に対して認可を出す国土交通省によって是正命令が出される可能性がある。

そんななか、最近特に話題となっているのが京都市バスの事例だ。

世界的観光都市として知られる京都だが、昨今の円安もあり大量の外国人観光客が集中した結果、宿泊施設や寺社等の観光スポットが大量の人で溢れるのみならず、実質的な市内の公共交通機関による移動手段がバスに集中していることもあり、一般市民が通勤・通学を含む普段の利用に支障が出るレベルにまで状況が悪化している。

オーバーツーリズム対策等を公約に掲げて2024年に当選した京都市長の松井孝治氏は市バスの混雑にたびたび言及しており、2月18日には国土交通省と共同でマイナンバーカードを組み合わせた市民向けバス割引運賃適用の実証実験の報告と、2027年度をめどにバス運賃の現行からの約2倍への引き上げを表明している。

京都の鹿苑寺にある金閣寺舎利殿
伏見稲荷大社の千本鳥居。日中はつねに人がいっぱいで抜けるのも容易ではない

説明によれば、現在京都市バスは均一区間運賃が230円で、これを2027年度をめどに350~400円程度に引き上げる。一方で京都市民については200円へと値下げし、この割引運賃適用の仕掛けとして事前に交通系ICカードをマイナンバーカードと紐付けることで、京都市民(京都市に現住所がある)の交通系ICカードがバスの運賃箱に“タッチ”されると、自動的に割引運賃での引き落としが行なわれるという仕組みだ。

前述のように二重運賃を適用する場合には道路運送法における「差別的取扱い」の解釈に引っかかるため、「オーバーツーリズム対策は果たして“差別的取扱い”を許可するための理由になり得るのか」という部分を法的解釈を含めて国土交通省を含む関連機関で議論する必要がある。

京都市役所前での実証実験に参加する京都市長の松井孝治氏(写真提供:国土交通省)

この点が導入時の課題となるが、2月18日に実証実験を行なった国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課の担当者によれば、実験そのものは二重運賃の是非ではなく「マイナンバーカードを使った市民の“属性判定”による割引サービスを適用するシステムが成り立つか(そして横展開できるか)」を検証するためであり、モビリティサービス推進課の役割自体がこうした公共交通機関でのシステム検証や技術開発をメインとした部署であり、法制度には直接タッチしていないという。

従来まで紙等を使ってやっていた(敬老パスや住民割引の)仕組みをシステム化して柔軟にすることが狙いだと説明する。

もし法的解釈を含めて二重運賃を設定する場合、バスで利用される運賃テーブルを2種類用意し、その使い分けについて国土交通省の物流・自動車局 旅客課でその是非が判断されることになるが、もし市民向けの運賃が「割引」だと解釈する場合、前述のようにすでに“正規運賃”からの“割引”は存在しているわけで、その場合の導入ハードルは大きく異なると同課では説明している。

つまり、京都市の松井市長が語る「350~400円」を京都市バスの正規運賃だと解釈すれば、市民向けの「200円」はあくまで割引運賃であり、二重価格とは解釈が異なってくる。

いずれにせよ、年度明けには導入を巡っての議論の進展があると思われ、モビリティサービス推進課が検証するマイナンバーカードの連携システムと合わせ、全国で同様の悩みを抱える自治体の試金石となるだろう。

実証実験の様子。マイナンバーカードで京都市の住所が確認できた交通系ICカードを運賃箱のリーダーに“タッチ”すると「京都市民」の表記が出てくる(写真提供:国土交通省)

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)