鈴木淳也のPay Attention

第100回

日本拡大を狙うStripe。パートナー戦略とローカライズ強化

米カリフォルニア州サンフランシスコ市内にあるStripe本社

Stripeという企業をご存じだろうか。アイルランド出身のPatrick Collison氏とJohn Collison氏の2人の起業家によって2009年に設立された決済サービスを提供するスタートアップで、日本には2016年に本格進出を開始している。

Stripeの特徴を簡単に言い表せば、「数行のコードを加えるだけでWebサイトに決済機能を追加できる」という手軽さにあり、セキュリティや契約などとかく実装面で面倒なインターネットのサイトへの決済機能の導入を誰もが簡単に行なえる点にある。

モバイルアプリへの実装も容易で、例えば米国で配車サービスを提供するLyftはアプリへの決済機能の組み込みにStripeを採用していることが知られている。

ほかにもメジャーな顧客は多く存在しているが、Stripeはその性質から資本やマンパワーを多く抱える巨大企業よりも、どちらかといえば「思い立ったらすぐにサービスを実装して素早く展開する」というスタートアップや、決済機能の実装にそれほど労力を割けないSMBと呼ばれる中小企業に好まれる傾向がある。このあたりは大手をターゲットとしている先日紹介したAdyenなどとは大きく異なっている。

日本への進出当初も、ワールドワイドへの展開を視野に入れつつもローカルを地場とする日本ブランドの企業を開拓したり、実際に機能の組み込みを行なうエンジニアを対象としたコミュニティの育成に労力を割いたりと、ボトムアップに近い活動が中心だったといえる。

こうした活動を続けてきたStripeの日本法人だが、2020年5月にApple Japan出身の荒濤大介氏をビジネス面でのオペレーションを担当する共同代表に迎え、これまで単独の代表だったDaniel Heffernan氏をエンジニアリング担当オフィスの共同代表として2頭体制にする戦略を発表している。つまり、ビジネス面の拡大を強化しつつ、エンジニアリングのオフィスを新たに日本国内に設立することで、さらにローカライズを進めるということを意味している。

プレスリリースでは「銀行送金やコンビニ払い(bank transfers and Konbini payments)」に触れられているが、いわゆる「請求書払い」といった国内独自の決済文化をサポートしていくとのことで、従来のクレジットカードやデビットカードの仕組みに縛られない、柔軟な決済手法の受け入れが今年中にも可能になる。

今回はこのStripeの日本での最新の取り組みについて、荒濤氏に話をうかがった。

2016年10月に行われたStripe日本参入会見での模様。左からStripe共同創業者兼CEOのPatrick Collison氏、三井住友カード取締役会長(当時)の島田秀男氏、ストライプジャパン共同代表取締役(プロダクト・開発)のDaniel Heffernan氏。ちなみにCollison氏とHeffernan氏はともにアイルランドのリムリック出身だ

Stripeのユニークなところ

Stripeの現状と注力分野について、荒濤氏は次のように説明する。「『インターネットのGDPを増大させる会社』というのがPatrickとJohnが創業当初から掲げていたミッションだが、そのミッションから導かれるのは当然ながらオンラインのビジネスへの価値の提供。だが現在では、いまオフラインで動いているものをオンライン化するにあたっても価値を提供していくというのがミッションになっている。幸い、昨今のパンデミックの環境もあり非常にオンライン化が進んでいる。これまでオフラインや紙ベースで進んでいた事業のオンライン化が加速しており、われわれにとって価値を提供しやすい環境ができつつある。このようにオンラインで活躍する企業がでてくるのを(決済面で)支援するのがわれわれの役割だといえる」。

Stripeは決済インフラで企業の活躍を支援する

また会社の特徴について同氏は次のような例を挙げている。

「面白いプロダクトを送り出している点が他の決済プロバイダと異なっている。例えばConnectという製品があるが、いわゆるマーケットプレイス型のサービスではそこに販売者がたくさんいて、マーチャント同士を結ぶ“MtoM”の仕組みを提供している。現在のところ、日本ではわれわれ以外に提供できていない。Billingでは月額課金を行なうサブスクリプションの仕組みを提供するが、パンデミックで業容を拡大したSlackやZoomといった世界的なプレイヤーに採用いただいている」(荒濤氏)

ここまでは日本で展開されている製品群だが、まだ北米のみでの展開に留まっている製品もある。Terminalはその典型例で、オムニチャネルを展開するようなオンラインとオフラインの兼業マーチャントがオフラインでの決済システムを導入したいと考えたとき、この仕組みは有力な選択肢となる。このほか、Issuingという製品ではカード発行が可能であり、例えばUberのような会社が契約のドライバーや配達員への報酬支払いのためにIssuingで発行されたカードを利用するケースがある。これはいわゆる「給与デジタル払い」そのものだ。

最近発表されたばかりのTreasuryという製品では、「埋込型金融」の仕組みを提供する。例えばShopifyと展開している例では、Shopifyを利用するマーチャントが同製品を使って簡単に銀行を開設し、売上金などの資金移動が行なえる。いわゆるBaaS(Bank as a Service)の一種であり、「銀行口座開設」というフロントエンドの部分をShopifyがStripeを介して提供できるというものだ。

「われわれの特徴として、単にオンラインで決済を提供するというだけでなく、いろいろなことを実現する『イネーブラー(Enabler)』であることが挙げられる。もちろん、Issuingなど北米からスタートした製品には各国で法規制が存在するが、日本を含む各国にこれら製品を提供していくのが目標だ。Stripeにとって日本は重点市場の1つであり、とにかくいち早く製品を展開していきたい」(荒濤氏)

ローカライズの重要性

荒濤氏によれば、Stripeは現在世界で100万社以上の顧客を抱えているが、冒頭でも触れたようにその多くはSMBやスタートアップに属している。ゆえに、今後の拡大を見込むうえで戦略的にエンタープライズと呼ばれる大企業の開拓に注力しており、実際にその比率は増大しているという。

日本における現状については、ビジネス的には非常に好調であり、前年比倍のペースで拡大を続けているという。そうした背景に加え、Stripe自身が日本を重点市場と捉えているため「日本法人を率いる私には非常にやりやすい状況ができており、営業やマーケティングなど業容拡大に必要な支援や人的投資も本社から引き出しやすい」(同氏)という。短期的目標を「この受け皿になる体制を作っていくと同時に、『大企業では名前が知られていない』「名前は知っていても価値が認知されていない」という問題を解決していきたい」と同氏は挙げている。

2020年5月にストライプジャパンの共同代表に就任した荒濤大介氏(提供:Stripe)

もともと前職Apple JapanでもDX(デジタルトランスフォーメーション)関連の事業を担当していた経緯か、同氏はStripeのプラットフォームを使ったDXに積極的だ。今年2021年4月には電子カルテなど医療関係者向けのサービスプロバイダであるエムスリーデジカルと提携し、キャッシュレス決済サービス「エムスリーデジカルスマート支払い」の提供を発表している。仕組みとしては前述のConnectのプラットフォームを利用しており、エムスリーがこれを基盤に会員の医療機関向けにキャッシュレス決済サービスを提供する。医療機関の多くはいまだ現金払いが中心であることは、多くの人々が感じていることだが、このように垂直市場における主要プレイヤーと積極的に組むことで、製品提供範囲を一気に拡大していくというのが荒濤氏の狙いだ。医療関係以外では政府案件や教育市場など「デジタル化の途上にある」という業界を重点領域としており、9月に設立が予告されているデジタル庁なども追い風もあり、積極的に食い込んでいく。

また同氏はローカライズの重要性にも言及している。6月11日にはダブリンのエンジニアリング拠点で開発された「Stripe Tax」の提供が発表されたが、このように北米を含む各国市場で出てくる製品について、グローバル展開にあたって規制への対応を行ないつつ、いかに市場に適合させていくのかが大事だとしている。

「日本には非常にバラエティに富んだ決済手段が普及しており、その中でも特にプライオリティの高いものについて、どう対応していくかという課題がある。コンビニ決済と銀行振込については今年じゅうに実装を終える予定だ。このほか、新しい日本独自の決済手段の取り込みにも注目しており、例えばWallet系のサービスが該当する(○○Payのようなサービス群)。まず対面決済での普及が進んだが、今後はオンラインでも利用頻度が上がっているので無視できない。これをわれわれとしてどのように取り組んでいくのか検討中で、全体の方針としては『グローバルの製品をどうローカライズしていくのか』『日本で未導入の先進的な製品をどうローカルに取り込むのか』の2つのポイントがある。そのために日本に開発拠点を設立し、Daniel率いる日本固有の製品チームが実装を担当することになった。私のチームは製品をいかに市場に展開するかという部分であり、認知拡大や前述エムスリーのようなプレイヤーとの提携で業界のDX推進を行なっていくとか、パートナー戦略を中心に利用拡大に努めていく」(荒濤氏)

ローカライズという点では「日本語化」も重要なポイントで、製品マニュアルと呼べる「Stirpe Document」の日本語化も2020年からスタートし、現状では全体の約半分、使用頻度の高いもので8割程度まで作業が完了しているという。実は、世界的には同社のドキュメントはすべて英語で統一されており、言語翻訳まで含めたローカライズが行なわれているのは日本が唯一だという。サポートについても日本語でのサポートを強化しており、今年じゅうに日本語でのチャットや電話対応などを拡充していく意向だ。

Stripe本社入り口にあるロゴアート。決済サービスを提供する会社だけあってセキュリティが非常に強固で、社内で撮影が許可されたのは入り口と屋上の休憩コーナーのみだった

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)