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アップル創業50周年 変わり続けたアップルが変えなかったもの
2026年4月1日 08:20
アップルは4月1日に創業50周年を迎える。
多くの人にとって今のアップル製品といえば「iPhone」かもしれないが、もちろん多数の製品があり、それらが連携していることが価値になっている。
では、アップルはこれまでどのような経緯を経て今のような会社になったのだろうか?
そのことを少し振り返ってみたい。
アップル50周年記念イベントにみる「アーティストとの距離」
3月27日、アップルは同社の直営店であるアップル表参道で、「Mori Calliope - 創造性とテクノロジーの祝典」と題したパフォーマンスイベントを開催した。同社が世界各地で開催している「アップル50周年記念イベント」の一環だ。
3月13日、米・ニューヨークのApple Grand Centralでのアリシア・キーズによるパフォーマンスから始まり、ロンドン・成都・ワシントンDC・シドニー・バンコク・ソウルと続いたツアーの、日本での開催が表参道でのものだ。各国でのイベントの模様についてはアップルも紹介している。
日本のアーティストとして選ばれたのはMori Calliopeだ。英語での楽曲が多く国際的な活躍が目立つ「Virtual Artist」として、Virtual Artistの概念が育った日本から発信する存在として選ばれたのだろう。
アーティストとの関係が強調されるのはもちろん、アップルにとって「Apple Music」というサービスが重要なものであるからだ。
現在、自社のOS・ハードウェアと連動し、音楽サービスを提供しているのはアップルだけではない。しかし、アップルは長く音楽業界・映像業界などのコンテンツ産業と関係を築いており、その結果としてこうしたイベントが成立するし、ファンも自然なものとして受け入れるのだ。
iPhoneとiPodはなにを変えたのか
利用者にとって中心にあるのは、あくまで「自分が使っているハードウェア」だろう。実際、性能だけでなく質感を含めた良いハードウェアを作ることがアップルの特徴であり、収益の大半もハードウェアの販売で成り立っている。
だが、現在のアップル製品の構成は、ハードウェアとともにサービスがあり、連携することで価値を最大化する形になっている。そのことで「サービスの選択余地が狭まる」という指摘もあるし、そうした部分があるのは否めない。しかし、アップル製品を使っていくのならばアップルのサービスを使うことがシンプルであり、わかりやすいこともまた事実だ。
すなわち、現在のアップルの製品は、ハードウェアそのものが中心にあるのではなく、Apple IDが中心にあり、それに紐づいたサービスとハードウェアをともに使う……という構造であるのがわかる。
この要素はiPhoneが生まれ、iPad/Apple Watchと製品ラインナップが増えていく過程で強化されてきたものだ。別の言い方をすれば、色々な生活シーンへとアップル製品が拡大していく過程で出来上がったもの、といってもいい。スマートフォンとしてだけでなく、エコシステムを変える存在として、iPhoneは大きなゲームチェンジャーだった。
ただ、その前には大きな存在があった。もちろん「iPod」だ。
初代iPodの登場は2001年のこと。同年に生まれた「iTunes」と連携して楽曲を管理し、外で聴くところからスタートした。
2000年前後には、MP3をはじめとした「楽曲をファイルとしてデジタル圧縮して保存する」仕組みが拡大した。MP3ファイルを持ち出して屋外で聴く「MP3プレイヤー」はすでに存在しており、iPodが初の製品ではない。
しかし、楽曲の管理が簡単な上に、初代でも一度に1,000曲を持ち運べたことでほとんどのライブラリーを持ち運べるようになったため、「どの曲を屋外で聴くのか、家を出る時に悩む」ことがなくなった。
その後、楽曲や映像を販売する「iTunes Store」が生まれ、CDやDVDをリッピングして転送する手間も減らしたことから、コンテンツのオンライン配信は急速に拡大する。
当時アップルは「デジタルハブ」という名称の戦略を押し出していた。
海外、特にアメリカでは、スマートフォンが登場する前だから、主なプラットフォームはMacもしくはPCであり、そこにiPodが連携する……という形になった。iPodはPCでも使えて、そのことが市場拡大のカギになっていた。しかしアップルとしては(当然)Macを推していたわけで、Macを中心に置き、自転車の車輪を構成する「ハブ」のように、価値がMacの外へと伸びていく構成を指していたのだ。
その後アップルは、自社サービスのIDを軸に置く「プラットフォーム型」へ変わっていく。
なお、日本でのオンライン配信定着は、いわゆるサブスクリプション・モデルが定着する2020年前後までかかることになる。そのため、本格的普及期には最初からプラットフォーム型になってからということになる。
PCの会社としても位置付けを変えていくアップル
iPodは、それまでのアップル製品とはかなり異なるものだった。アップルの変化がiPhoneで始まった、と感じる人も多いかもしれないが、実のところ、iPodでの変化こそが、アップルとコンシューマの関わりを変えた、といっても過言ではない。
1976年、アップルは「パーソナルコンピュータを売る」企業として生まれた。当時のパーソナルコンピュータは趣味性も高く、未来を楽しむためのデバイスでもあった。
PCが教育やビジネスの分野に拡大していくに従い、アップルは「多くの人にパーソナルコンピュータを売る会社」になっていく。これは結果として、アップルを一般的なPCメーカーとの競合の中に置いてしまい、一時的な苦難をもたらしたかもしれない。
スティーブ・ジョブズが1996年に復帰して取り組んだことは、競合との関係で肥大化したMacのラインナップを整理し、「iMac」というシンプルな製品を打ち出したことだ。ある意味で「個人路線」への回帰だ。
その後、アップルはコンシューマ路線を強化し、iPodもその中で生まれていった商品といえる。
そういう意味では、家電メーカーでもなく周辺機器メーカーでもないアップルが音楽プレイヤーを作り、結果として音楽産業を変えてしまったのは非常に稀有なことであると同時に、当時のアップルが置かれていた状況からの積み重ねで生まれたもの、とも言えるだろう。
今はもちろん、Macも企業向けに売れているし、教育向けの需要も大きい。それも、ラインナップを整理した上で「同じモデルをできるだけ大量に売る」「必要な部品は複数のモデルで利用する」という考え方を徹底、1製品あたりの完成度を高めていった結果という部分も大きい。
印刷もクリエイター文化も結果として変わった
個人的に、アップルが変化していく中で「起点の一つ」としておきたいのが、プリンターである「LaserWriter」を、1985年に発売したことだろう。
単にプリンターを出したのではなく、高解像度・高品質なプリンターをオフィスで使いやすい環境を整えたことが、オフィスでの印刷以上に、「印刷という産業」を変えた。
それまで、オフィスや個人の手による印刷と「印刷会社」の仕事は別物だったが、PC・Macの上で作ったデータから商業印刷物を作るという作業が、当たり前のプロセスとして存在することになった。これが、「デスクトップパブリッシング(DTP)」の登場だ。
日本の印刷業界も1990年代から変わり始め、「業務用の機材を導入した印刷所で版下を作って印刷物を作る」世界から、DTPでの作業になった。筆者は1990年代にこの仕事を始めているが、デザインの過程が変わっていくのを実際に体験することができた、貴重な体験だったと思っている。
そして、DTPの登場は小規模出版の勃興を促し、いわゆる「同人誌文化」も作った。ファンコミュニティの拡大だけでなく、プロフェッショナルなクリエイターを生み出す経路の変化も、1990年代にMacが生み出した……ということもできる。
アップルの置かれた立場は、時代によって異なる。
だが、「その製品を持つことで、人の人生が変わる」ことを意識していた点は変わらないだろう。
同じような志を、他のメーカーが持っていなかったとは思わない。他にもエポックメイキングな企業はいた。色々な企業の切磋琢磨があって今がある。
だがアップルのように、50年の間、その場所を一貫して守り続けている企業は他にない。
そのこと自体がアップルの特殊性であり、積み重ねの価値だと思うのだ。













