西田宗千佳のイマトミライ

第300回

Geminiでは足りない? Nothingが考える「スマホのためのAI」

イベントはロンドンで開催

7月1日(イギリス時間)、Nothingは同社のフラッグシップスマートフォン「Nothing Phone(3)」(以下Phone(3))を発表した。筆者も、ロンドンで開催された発表イベントを取材してきた。

イベントはロンドンで開催

Nothingといえば、ハード・ソフトの両面に凝ったデザインが特徴であり、今回の新製品でもその点が強調されている。

しかし同時に、新機能として軸に据えたのは「AI」だった。ただ、他社が進めている方向とは同じようで違う。非常にNothingらしい方向性が見えていた。

同社のカール・ペイCEOは、フラッグシップ製品を「会社がどこへ向かっているのかを最も明確に示し、我々のビジョンを表現し、次に続くすべてのトーンを設定する製品」と話す。

Nothingのカール・ペイCEO

それはどういうことなのか、彼への取材コメントから紐解いてみたい。

Phone(3)のAI機能とは

Nothingの特徴はデザインだ。他にないテイストなので、好き嫌いは別れるだろう。

Phone(3)。カラーはホワイトとブラック

ただ、徹底していることは間違いない。

ペイCEOは「まだシェアは0.2%であり、マスへの適応よりも、自分たちの美学を貫く時期」と話す。今回も、背面に様々な意匠を凝らしたデザインを採用しつつ、「美観と機能性の連携」というデザインの本質を追い求めている。

ソフト面での工夫が多いのもNothingの特徴

新しいギミックとして導入したのが「Glyph Matrix」だ。

背面に搭載されたディスプレイで、ゲームや個性演出のためにも使えるが、同時に「通知表示」「時計」「ストップウォッチ」に加え、音声録音時に波形を表示し、「ちゃんと録音できている」ことを示すためにも使われる。見た目の派手さと「スマホを裏返しにして置いている時のわかりやすさ」を追求した機能と言える。

背面のディスプレイ「Glyph Matrix」

同社が現在開発を進めているのが、「Essential Space」と呼ばれるAIアプリだ。

このアプリは、今年4月に日本でも発売した「Phone(3a)」から搭載されているもの。本体右側にある「Essential Key」を押すことで、その時のスクリーンショットや写真、音声などを記録し、Essential Spaceの中に保存する。さらにその内容をAIで解析、内容をベースにタイトルやToDoを作る。

ペイCEOは「まだまだテスト段階で、今後も多数の機能を搭載する」としているが、Phone(3)でも新しい機能が搭載された。

それが「Flip to Record」と呼ばれる機能だ。

いわゆるボイスレコーダー+音声書き起こしなのだが、本体を裏返してEssential Keyを長押しすると音声が記録される。その後はAIで解析し、「話者の認識」「要約」が行なわれる。短い音声メモとは別の機能で、より本格的に仕事に向けたもの、と言えそうだ。

Flip to Record中はGlyph Matrixに波形が表示される
Flip to Recordには話者認識や要約機能がある

そうやって、スマホと共に生まれる発想をすべて1つの場所に残し、AIで整理するのがEssential Space、ということになる。

さらにPhone(3)では「Essential Search」という機能も搭載される。これはスマホの中にあるデータ全体を検索するもの。写真や予定、メールの内容まで、1つの検索窓から見つけ出すことを目指すもの。さらに、いわゆる生成AIベースの検索機能も組み込まれているという。

他社と異なる「AI機能開発ポリシー」

面白いのは、こうしたAI関連機能群で、NothingはGoogleに依存しているわけでも、自社開発の基盤モデルを使っているわけでもない、という点だ。Phone(3)はAndroid 15搭載で、別途Geminiを搭載している。そちらを併用することもできるが、強く依存してはいない。Essential SpaceもEssential Searchも、Geminiを使ったものではない。

オンデバイスAIとクラウド処理を混ぜており、基本的には通信に依存する。どこのAIモデルをどの機能で使っているかも公開はされていない状態だ。

現状、スマホへのAI搭載は3つのパターンに分けられる。

1つは「自社開発にこだわる」ところ。Googleはもちろんそうだし、サムスンもそうだ。アップルも多少雲行きが怪しい部分はあるが、OS全体での構成はあくまで「アップルの判断による独自のもの」であり、ネット検索的な部分でOpenAIとのコラボレーションがある程度だ。

もう1つは「切り分ける」ところ。ソニーモバイルやシャープが典型だ。一般的な機能はGoogleに任せて、通話機能やカメラなど、自分たちが特化できるところでのみ自社開発AIを入れる。シャープの事例は本連載でも取り上げた。

3つ目は「完全にGoogleに丸投げ」というパターン。コストを抑えたスマホなどでは、独自路線を取るよりそちらの方が賢い。今はまだ、AI機能でスマホが売れる状況にない。そこで無理をするよりは……という発想だろう。

Nothingの選択は、2つ目の「一部自社開発」に近いが、AIの基盤モデル自体は作らずに「機能としての実装」にこだわり、Gemini自体もさほど重視はしていない。

スマホOSとの統合に力を尽くすという意味では、むしろGoogleやアップルがやっていることに近い印象だ。

独自AI開発より「独自機能」開発、わかりやすさと透明性を重視

Nothingの選択は非常に興味深い。

どういう発想で開発を進めているのだろうか? ペイCEOをイベント会場で捕まえて聞いてみた。

カール・ペイCEOをイベント会場で直撃取材

――ほとんどの大手テクノロジー企業は、スマホ向けに独自のAIモデルを作っています。しかし、あなたの会社は現在、Geminiではなく独自のAIを使っています。一方で、独自の大規模言語モデル(LLM)は作っていませんよね。

ペイCEO(以下敬称略):ええ、私たちは独自のLLMには投資しません。LLMの研究開発をしている人々は皆、本当に良い仕事をしていると信じているからです。数カ月ごとに、常に以前よりも優れた新しいモデルが出てきますよね。

――確かに。

ペイ:だから、私たちはLLMを構築しようとはしていません。私たちは最高かつ最新のモデルを使います。

私たちにとっての機会は「AIの活用」にあると思います。そのモデルをどうやって消費者に役立つものに応用するのか、ということです。

スマートフォンは、AIの活用に最も重要なデバイスだと思います。最も規模が大きい製品ジャンルですからね。すでに何十億ものユーザーがいます。

そして、我々が持ち歩く機器の中で、最も多くのコンテキストを、私たち一人一人に関する最も多くの情報を持っているからです。

AIが本当に役立つためには、大規模である必要があります。そして、「私たち自身」を知っている必要があります。

そこにこそ、機会があると考えているんです。それが、Essential Spaceへのアップグレードを、Essential Searchを立ち上げた理由です。

これらの新製品のそれぞれには長いロードマップがあります。

――なるほど。今搭載されている機能は、始まりにすぎないということですね。

ペイ:そうですね。

LLMを作るのが私たちの仕事だとは思いません。誰か他の人が私たちよりも優れています。

しかし私たちは、スマホでより良い体験を生み出すことが可能であり、我々にはそれが実現できると考えています。

――今後もGeminiを使わないんですか?

ペイ:私たちは、最新かつ最高のものなら、なんでも使いますよ。現在、Phone (3)ではGemini 2.5を内蔵しています。最高の製品を作るために、常に最高のモデルにアップグレードし続けます。

――結局のところ、スマートフォンAIにおける消費者向けの主要な用途はなんだと思いますか? どこもそれを見つけるのに苦労しています。

ペイ:私たちは新世代の消費者をターゲットにしています。他社に比べ若いユーザー層を持っており、彼らはテクノロジーとデザインと創造性を好みます。だから私たちは、彼らのニーズに応える機能を構築しています。

Essential Spaceは、クリエイティブなツールのようなものです。アイデアを保存したり、アイデアを整理したりするのに役立ちます。

私たちはこの機能をどんどん強力にしていきます。

すでにOSアップデートは予告されており、「Nothing OS 4.0」では各種AI機能も強化される

ペイ:Flip to Recordのデモはご覧になりましたか?

――もちろん。面白い機能ですね。

ペイ:とても価値ある機能になると思います。皆、すでにAIを使って会議の要約をしていますからね。私たちはそれを、より使いやすい方法でそれを提供しているだけです。
将来、Essential Spaceにはさらに多くの機能が追加され、人々がより創造的になるのを本当に助けるでしょう。

Essential Searchも同様です。まず通常の検索を提供しますが、それは、我々がスマホ上で「連絡先などを検索する」ことに慣れているからです。

消費者にとってAIはわかりにくいものです。だから、わかりやすいところからの誘導が大切です。すでに理解しているものから始めないと、理解しにくいものですからね。

だから、私たちは馴染みのある機能の上にAIを追加します。それが、Essential Searchで、質問を入力するだけで答えが得られ、ブラウザや検索エンジンに行く必要がない理由です。

そして、Essential Searchのロードマップの次の段階は、Essential Spaceからあなたを理解し、Essential Searchからあなたを理解し、OSの使い方からあなたを理解した上で、あなたにとって「推奨される行動」を提供し始めることです。提案とともに、「これやりたいですか?あれやりたいですか?」と。

――それらの機能とプライバシーの関係をどう考えていますか?

ペイ:テクノロジー面でできることはたくさんあると思います。

しかし、最も重要なキーワードは「透明性」です。

なぜそれが必要なのか、なにが必要なのかについて、可能な限り透明でなければなりません。

そして、ユーザーが望まない場合、それに参加しないという選択肢も与えなければなりません。

私たちはこれまで非常に透明なブランドであったと思います。

YouTubeのチャンネルでは、私たちの考えの裏側、なぜ特定の決定を下すのかを示そうとしています。失敗した製品についてもビデオを作りました。

――なるほど。

ペイ:だから、AIに関しても同じ透明性の理念を適用する必要があると思います。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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