西田宗千佳のイマトミライ
第300回
Geminiでは足りない? Nothingが考える「スマホのためのAI」
2025年7月7日 08:20
7月1日(イギリス時間)、Nothingは同社のフラッグシップスマートフォン「Nothing Phone(3)」(以下Phone(3))を発表した。筆者も、ロンドンで開催された発表イベントを取材してきた。
Nothingといえば、ハード・ソフトの両面に凝ったデザインが特徴であり、今回の新製品でもその点が強調されている。
しかし同時に、新機能として軸に据えたのは「AI」だった。ただ、他社が進めている方向とは同じようで違う。非常にNothingらしい方向性が見えていた。
同社のカール・ペイCEOは、フラッグシップ製品を「会社がどこへ向かっているのかを最も明確に示し、我々のビジョンを表現し、次に続くすべてのトーンを設定する製品」と話す。
それはどういうことなのか、彼への取材コメントから紐解いてみたい。
Phone(3)のAI機能とは
Nothingの特徴はデザインだ。他にないテイストなので、好き嫌いは別れるだろう。
ただ、徹底していることは間違いない。
ペイCEOは「まだシェアは0.2%であり、マスへの適応よりも、自分たちの美学を貫く時期」と話す。今回も、背面に様々な意匠を凝らしたデザインを採用しつつ、「美観と機能性の連携」というデザインの本質を追い求めている。
新しいギミックとして導入したのが「Glyph Matrix」だ。
背面に搭載されたディスプレイで、ゲームや個性演出のためにも使えるが、同時に「通知表示」「時計」「ストップウォッチ」に加え、音声録音時に波形を表示し、「ちゃんと録音できている」ことを示すためにも使われる。見た目の派手さと「スマホを裏返しにして置いている時のわかりやすさ」を追求した機能と言える。
同社が現在開発を進めているのが、「Essential Space」と呼ばれるAIアプリだ。
このアプリは、今年4月に日本でも発売した「Phone(3a)」から搭載されているもの。本体右側にある「Essential Key」を押すことで、その時のスクリーンショットや写真、音声などを記録し、Essential Spaceの中に保存する。さらにその内容をAIで解析、内容をベースにタイトルやToDoを作る。
ペイCEOは「まだまだテスト段階で、今後も多数の機能を搭載する」としているが、Phone(3)でも新しい機能が搭載された。
それが「Flip to Record」と呼ばれる機能だ。
いわゆるボイスレコーダー+音声書き起こしなのだが、本体を裏返してEssential Keyを長押しすると音声が記録される。その後はAIで解析し、「話者の認識」「要約」が行なわれる。短い音声メモとは別の機能で、より本格的に仕事に向けたもの、と言えそうだ。
そうやって、スマホと共に生まれる発想をすべて1つの場所に残し、AIで整理するのがEssential Space、ということになる。
さらにPhone(3)では「Essential Search」という機能も搭載される。これはスマホの中にあるデータ全体を検索するもの。写真や予定、メールの内容まで、1つの検索窓から見つけ出すことを目指すもの。さらに、いわゆる生成AIベースの検索機能も組み込まれているという。
他社と異なる「AI機能開発ポリシー」
面白いのは、こうしたAI関連機能群で、NothingはGoogleに依存しているわけでも、自社開発の基盤モデルを使っているわけでもない、という点だ。Phone(3)はAndroid 15搭載で、別途Geminiを搭載している。そちらを併用することもできるが、強く依存してはいない。Essential SpaceもEssential Searchも、Geminiを使ったものではない。
オンデバイスAIとクラウド処理を混ぜており、基本的には通信に依存する。どこのAIモデルをどの機能で使っているかも公開はされていない状態だ。
現状、スマホへのAI搭載は3つのパターンに分けられる。
1つは「自社開発にこだわる」ところ。Googleはもちろんそうだし、サムスンもそうだ。アップルも多少雲行きが怪しい部分はあるが、OS全体での構成はあくまで「アップルの判断による独自のもの」であり、ネット検索的な部分でOpenAIとのコラボレーションがある程度だ。
もう1つは「切り分ける」ところ。ソニーモバイルやシャープが典型だ。一般的な機能はGoogleに任せて、通話機能やカメラなど、自分たちが特化できるところでのみ自社開発AIを入れる。シャープの事例は本連載でも取り上げた。
3つ目は「完全にGoogleに丸投げ」というパターン。コストを抑えたスマホなどでは、独自路線を取るよりそちらの方が賢い。今はまだ、AI機能でスマホが売れる状況にない。そこで無理をするよりは……という発想だろう。
Nothingの選択は、2つ目の「一部自社開発」に近いが、AIの基盤モデル自体は作らずに「機能としての実装」にこだわり、Gemini自体もさほど重視はしていない。
スマホOSとの統合に力を尽くすという意味では、むしろGoogleやアップルがやっていることに近い印象だ。
独自AI開発より「独自機能」開発、わかりやすさと透明性を重視
Nothingの選択は非常に興味深い。
どういう発想で開発を進めているのだろうか? ペイCEOをイベント会場で捕まえて聞いてみた。
――ほとんどの大手テクノロジー企業は、スマホ向けに独自のAIモデルを作っています。しかし、あなたの会社は現在、Geminiではなく独自のAIを使っています。一方で、独自の大規模言語モデル(LLM)は作っていませんよね。
ペイCEO(以下敬称略):ええ、私たちは独自のLLMには投資しません。LLMの研究開発をしている人々は皆、本当に良い仕事をしていると信じているからです。数カ月ごとに、常に以前よりも優れた新しいモデルが出てきますよね。
――確かに。
ペイ:だから、私たちはLLMを構築しようとはしていません。私たちは最高かつ最新のモデルを使います。
私たちにとっての機会は「AIの活用」にあると思います。そのモデルをどうやって消費者に役立つものに応用するのか、ということです。
スマートフォンは、AIの活用に最も重要なデバイスだと思います。最も規模が大きい製品ジャンルですからね。すでに何十億ものユーザーがいます。
そして、我々が持ち歩く機器の中で、最も多くのコンテキストを、私たち一人一人に関する最も多くの情報を持っているからです。
AIが本当に役立つためには、大規模である必要があります。そして、「私たち自身」を知っている必要があります。
そこにこそ、機会があると考えているんです。それが、Essential Spaceへのアップグレードを、Essential Searchを立ち上げた理由です。
これらの新製品のそれぞれには長いロードマップがあります。
――なるほど。今搭載されている機能は、始まりにすぎないということですね。
ペイ:そうですね。
LLMを作るのが私たちの仕事だとは思いません。誰か他の人が私たちよりも優れています。
しかし私たちは、スマホでより良い体験を生み出すことが可能であり、我々にはそれが実現できると考えています。
――今後もGeminiを使わないんですか?
ペイ:私たちは、最新かつ最高のものなら、なんでも使いますよ。現在、Phone (3)ではGemini 2.5を内蔵しています。最高の製品を作るために、常に最高のモデルにアップグレードし続けます。
――結局のところ、スマートフォンAIにおける消費者向けの主要な用途はなんだと思いますか? どこもそれを見つけるのに苦労しています。
ペイ:私たちは新世代の消費者をターゲットにしています。他社に比べ若いユーザー層を持っており、彼らはテクノロジーとデザインと創造性を好みます。だから私たちは、彼らのニーズに応える機能を構築しています。
Essential Spaceは、クリエイティブなツールのようなものです。アイデアを保存したり、アイデアを整理したりするのに役立ちます。
私たちはこの機能をどんどん強力にしていきます。
ペイ:Flip to Recordのデモはご覧になりましたか?
――もちろん。面白い機能ですね。
ペイ:とても価値ある機能になると思います。皆、すでにAIを使って会議の要約をしていますからね。私たちはそれを、より使いやすい方法でそれを提供しているだけです。
将来、Essential Spaceにはさらに多くの機能が追加され、人々がより創造的になるのを本当に助けるでしょう。
Essential Searchも同様です。まず通常の検索を提供しますが、それは、我々がスマホ上で「連絡先などを検索する」ことに慣れているからです。
消費者にとってAIはわかりにくいものです。だから、わかりやすいところからの誘導が大切です。すでに理解しているものから始めないと、理解しにくいものですからね。
だから、私たちは馴染みのある機能の上にAIを追加します。それが、Essential Searchで、質問を入力するだけで答えが得られ、ブラウザや検索エンジンに行く必要がない理由です。
そして、Essential Searchのロードマップの次の段階は、Essential Spaceからあなたを理解し、Essential Searchからあなたを理解し、OSの使い方からあなたを理解した上で、あなたにとって「推奨される行動」を提供し始めることです。提案とともに、「これやりたいですか?あれやりたいですか?」と。
――それらの機能とプライバシーの関係をどう考えていますか?
ペイ:テクノロジー面でできることはたくさんあると思います。
しかし、最も重要なキーワードは「透明性」です。
なぜそれが必要なのか、なにが必要なのかについて、可能な限り透明でなければなりません。
そして、ユーザーが望まない場合、それに参加しないという選択肢も与えなければなりません。
私たちはこれまで非常に透明なブランドであったと思います。
YouTubeのチャンネルでは、私たちの考えの裏側、なぜ特定の決定を下すのかを示そうとしています。失敗した製品についてもビデオを作りました。
――なるほど。
ペイ:だから、AIに関しても同じ透明性の理念を適用する必要があると思います。













