西田宗千佳のイマトミライ

第108回

日本で育った「ヤフー」、ついに商標権を取得。その意義とこれから

7月5日、Zホールディングス傘下のヤフー株式会社は、日本における「Yahoo!」「Yahoo! JAPAN」の商標権取得を中心とした新たなライセンス契約を締結した。取得額は1,785億円。

ヤフー、日本における「Yahoo!」の商標権を取得。1785億円

ヤフーはZホールディングス、ひいてはソフトバンクグループにとって大きな資産と言える伝統あるブランドだが、そのライセンス利用料の支払いは巨額であり、利用にも制限が多かった。その理由は、日本のインターネット普及期まで遡る、歴史的な経緯にある。

今回はその経緯と、買収の結果どうなるかについて解説してみよう。

「ヤフー」とはどんな会社だったのか

「ヤフー(Yahoo!)」は1994年に生まれた最初期のウェブサービスである。ウェブサイトを収集して分類し、そこから検索して自分が見たい情報がどこに載っているかを見つけ出す、「ディレクトリ型」と呼ばれる検索サイトだった。ただし、ウェブの情報量爆発に伴って数年後には他社から、データを自動的に収集してインデックス化する「ロボット型」検索エンジンのライセンスを受けることになるので、ディレクトリ型としてのサービスは次第に弱くなっていくのだが。

それはともかく、ネット利用者拡大とともに検索エンジンのニーズは増え、「ウェブを使い始める時にまずみんなが見る入り口のようなサイト、という扱いになって広告やニュースなどのビジネス価値が生まれていった。これがいわゆる「ポータルサイト」であり、2000年代前半まで、インターネットビジネスにとって極めて大きな意味を持っていた。ヤフーはその草分けである。

ただ、2000年代前半のドットコム・バブルが過ぎ去り、世界的には検索サイトとしてGoogleの勝利は明らかなものとなっていった。2004年にFacebookが、2006年にTwitterが、2007年にiPhoneが生まれ、時代はPCから「モバイルとSNSの時代」に変わっていく。米・ヤフーはその変化に対応できず、どんどん力を失っていった。2008年から従業員の大規模レイオフや経営陣の刷新が続く。2016年7月、事業はVerizon Communicationsに買収され、さらにAOL(旧America Online)と統合ののち、「Oath」(現Verizon Media)という新会社を作った。

さらにVerizon Mediaは、今年の5月、投資ファンドApolloへの売却が合意された。今回話題となったヤフー株式会社とのライセンス契約は、今年後半に完了を予定しているVerizon Media売却後を前提としている。

……なんか複雑でよくわからない? たしかにそうだろう。ここで示したかったのは、そうした複雑な流れが生まれるほど、もはや「ヤフー」のブランド価値は失われてしまっている、ということだ。

ただし、日本をのぞいては。

日本で独自に育った「ヤフージャパン」ブランド

ヤフーはアメリカで生まれて他国へと展開していくのだが、日本でのみ、特殊なビジネス形態を採ることになった。ソフトバンクとのジョイントベンチャーの形を採ったためだ。ブランドや技術などで関連性はあるものの、ビジネス展開やユーザー情報の管理などは、完全に日本独自のものとなった。これが「ヤフージャパン(Yahoo! JAPAN)」こと、ヤフー株式会社だ。

ヤフージャパンはずっとアメリカとは異なる、独自のビジネス展開をやってきた結果成功した企業、と言っていい。ポータルサイトの力が世界的に弱くなってGoogle一強になる中、日本ではヤフーの利用率が維持されていた。海外から見ると「なぜ?!」と驚かれるくらいだったのだ。「ヤフオク!(元々はYahoo!オークション)」にしろ「Yahoo!ニュース」にしろ、構造は日本独自のもの。「Yahoo!知恵袋」なんて名前からして日本的だ。スマホ以前にPCで確固たる地位を確立し、収益性の高いビジネスを積み上げた結果、世界にも類を見ない「ずっと収益性が高くあり続けるポータルサイト」になった。

ただ、ヤフージャパンは米ヤフーからブランドを「借りた」ビジネスだった。だから、ずっとライセンス利用料を日本から払い続けてきた。その契約内容は、「日本のヤフーの売上から、手数料などを引いた3%」と言われている。

ブランド支払いだけでなくシステム利用料も3%の中に含んでいたので、最初に米ヤフーとの合意した頃には、決して悪い契約ではなかっただろう。

しかし今は技術的に米ヤフーとの連携は以前より薄くなり、割に合いづらくなってきた。現状の支払いは毎年百数十億円規模と言われていおり、「借りている」ものだから、扱い的にも完全に自由というわけではなく、ヤフージャパンが海外展開する際などには、ヤフーブランドは使えなかった。

Zホールディングスの川邊健太郎Co-CEOは、LINEとの統合会見などで「ヤフーブランドの利用について、特に海外展開に制限がある」旨訴えてきた。彼らにとってヤフーブランドは大きなものだが、自由に使えたわけではない。費用負担もある。

2019年11月の、Zホールディングス・LINE統合に関する発表会見より。川邊健太郎Co-CEO(左)は、ヤフーブランドの活用に幅がある、という課題を語っていた

2019年11月の、Zホールディングス・LINE統合に関する発表会見より。川邊健太郎Co-CEO(左)は、ヤフーブランドの活用に幅がある、という課題を語っていた。

ヤフー事業がアメリカではまた売却されるというタイミングになり、Zホールディングスは戦略変更を検討できたのだろう。1,785億円という金額は高いように見えるが、10年以内で元が取れるし、ビジネス展開の自由度も高まる。

ヤフーのブランドが日本だけ強いまま残ったのは、間違いなくヤフージャパン独自の努力による功績だ。だとすれば、彼らの手元に商標権が渡るのは、彼らとしては願ったり叶ったり、だろう。

「ヤフーブランド」は今度どうなるのか

残る点は、「どこまでヤフージャパンブランドを使うのか」という点だ。

過去には「今のヤフーブランドはやめて、もうPayPayに寄せるのではないか」という予想もあった。ヤフーはPCに強く年齢層も高いブランド。一方でスマホ時代にはPayPayがあり、LINEもある。

だが、このまま行くならヤフージャパンブランドはそのままだろう。PCやECではヤフーを使い、スマホ決済が絡むとPayPayになり、コミュニケーション軸ならLINE……といった感じだろうか。底堅い領域をヤフーが固め、新規領域はPayPayで……というのは、わかりやすいあり方かと思う。

今年3月の会見で示された、ヤフーとLINEの事業領域。PayPayも含め、この割り当てに変化はないだろう
ソフトバンクとしての役割も、ユーザー基盤の固いところがヤフー・LINEという扱い。これは今後もこのままだろう

まだちょっとわからない部分もある。忘れがちだが、ワイモバイルの「ワイ」はヤフージャパンの「ワイ」だった。さて、これはどうなるのだろうか?

ただ、福岡ドームが再び「福岡ヤフオク!ドーム」になることはないだろう。ソフトバンクグループとしてより周知したいのはPayPayであり、その辺の戦略に変化はないと思われるからだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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