西田宗千佳のイマトミライ

第66回

ついに民放全局カバーした「radiko」。音声コンテンツの追い風

インターネットラジオサービスの「radiko(ラジコ)」が、9月1日から、日本のラジオ民放局、全99局の聴取に対応する。

radikoのサービス開始から10年、ようやくの「全国完全対応」。radikoは10年で着実に利用者を伸ばしている。それだけでなく、現在、世界的に「音声コンテンツ」の価値に対する見直しが進んでおり、radikoの価値についても、その流れの中に位置づけられるものだ。

radiko、9月1日から民放全99局が聴取可能に

テレワークで増えた「仕事中に音楽やラジオを聴く」人々

新型コロナウィルス禍の中、「仕事しながら音楽や音声を聞く」という人の数は増加している。

ニールセンデジタルが8月27日に公開した調査資料によると、無料のオーディオ・ストリーミングサービスのアクティブ利用率は、若干ではあるが、自営業を除く全業種で拡大している。

テレワークで音楽聴きながら仕事する人増加。ニールセン調査

同調査によれば、利用者数の多い上位2サービスは「radiko」と「Spotify」。これら2つを合わせると、18歳以上のスマートフォン利用者の15%にあたる、1,225万人に達するという。2018年7月時点では776万人であり、50%以上の急速な伸びだ。

これは、無料の音楽ストリーミングサービスが定着し、それだけ利用が進んだ、ということだ。また、自宅で仕事をする人が増加した結果、より自由に利用する人が増えているから、という分析結果も出ている。2018年には通勤・通学時間の利用に偏っていたが、2020年にはそうした傾向が薄くなっているという。

一方で、radikoとSpotifyでは、日本の場合、利用形態が異なる。Spotifyは音楽が主軸だが、radikoは「ラジオ放送をネットでも聴取可能にする」もの。ラジオの場合には音楽だけでなくトークなどの要素も多く、それぞれ別の利用者が使っている、という側面があるようにも思う。

海外で一足先に広がる音声コンテンツ

利用形態が異なる、という説明に、あえて「日本では」という注釈をつけた。おそらく多くの人にとって、音楽サービスはまだ「音楽を聴くもの」という印象が強いのではないのかと思う。

だが海外、特に欧米では状況が変わりつつある。トークを含めた「ポッドキャスト(Podcast)」の配信も増え、「音声」のコンテンツとしての価値が高まっているのである。

Spotifyも2019年からポッドキャストへ力を入れ始め、今は主要なコンテンツの一つとして展開するようになった。日本でも7月からランキングがスタートし、サービス内でも目立ちやすくなっている。だが、コンテンツの量・バリエーションの厚みともに、アメリカなどに比べ大きく劣っている。

Spotifyには音楽だけでなく、「ポッドキャスト」のコーナーもある
日本でもランキングが始まっている(上)が、アメリカ(下)に比べコンテンツの量もバリエーションもまだまだ弱い

なぜアメリカでポッドキャストが注目されるのか? そこにはアメリカならではの理由がある。それは「車社会」である、ということだ。

日本の場合、都会と地方では自動車の利用率が大きく異なる。東京・大阪・福岡などでは、通勤・通学での公共交通の利用率が高い。東京都環境局が公開している資料によれば、東京都内への通勤・通学者の84%が公共交通を使っている。

一方、国勢調査のデータでは、通勤・通学に最も使われているのは「自家用車」であり、全国平均だと5割に近い。東北や北陸などの場合、自家用車での通勤・通学率は7割を超える。

一方、アメリカは都市部であっても自家用車の利用が圧倒的で、アメリカ版国勢調査の結果では、自家用車の利用率が8割を超えるとされている。ロサンゼルスやサンフランシスコのような大都市も自動車通勤。ニューヨークなどごく一部の例外を除き、公共交通の利用率は低い。

しかも、都市部の渋滞は厳しい。自動車の中の時間をどう使うかが、アメリカ人にとっては重要な課題である。そのため、「耳で聞く」形での情報利用が重視される。ラジオや音楽はもちろんだが、いわゆる「オーディオブック」の市場が大きいのも特徴。ポッドキャストの価値が高いのも、そうした文脈に基づく。

特に2015年以降、ポッドキャストの広告収入が増え、本格的に作り込んだコンテンツの市場が広がっている。Spotifyのポッドキャスト強化もこの文脈に属する。

コロナ禍の中では、海外でも日本と同じようにテレワークが増え、「通勤時間を効率的に活用するための音声コンテンツ」という考え方は重視されなくなってきた。だが、より働き方の自由度が上がって、「仕事しながら音声の情報に接触する」ニーズが増えているのは間違いないようだ。

radikoはラジオの「デジタルトランスフォーメーション」

日本でも海外での音声コンテンツ需要拡大に影響され、音声コンテンツを扱うサービスは増加中だ。「Voicy」などはその一例と言える。もしかすると、YouTubeの「実況」「解説」コンテンツなども、そうした需要の一部になっているのではないだろうか。

その中で、radikoの価値はさらに高まるだろう。ラジオ放送の最大の価値は、「大量にプロが作った音声番組が、日常的に生まれること」だ。ラジオという機器に閉じ込められていたときは、それを完全に生かすことができなかったように思う。radikoが登場し「機器の壁」が取り払われ、さらにタイムシフト視聴が可能になったことで、番組が「流れて消えていく」だけではなくなった。自動車の中での利用などでは、まだまだマスは「ラジオ」からの利用だと思う。しかし、若年層はラジオを持っておらず、スマホが唯一のオーディオデバイスだったりもする。

1年ほど前、AV WatchでTBSラジオがradikoからリアルタイムのアクセスデータを得て、それを見ながら放送をする……という取り組みについて取材した。ここでも狙いは「ラジオが不要になった、ということでなく、ラジオというメディアのデジタルトランスフォーメーション」と明確に語られていたのが印象的だった。

ラジコのデータから何が見える? TBSラジオが進める「可視化」と、変わる番組作り

現在の音声コンテンツへの追い風は、radikoというメディアにとってはプラスの状況であるのは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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