いつモノコト
令和に国語辞典を3冊も買った話
2025年7月21日 09:15
最近読んでいる本は、私がちょっと背伸びをしているせいか難しい内容のものが多く、単語の意味が分からない、漢字の読み方が分からない、というケースにチラホラと出くわすようになっていました。
こうした小さなつまずきを解消したいと思い、まず電子辞書を探したのですが、最安価格帯のモデルでは収録語数や機能が物足りないですし、しっかりとした国語辞典搭載モデルとなると1万円以上、電子辞書のミドルクラスでは3万円台や5万円台も珍しくありません。私が使いたいのは国語辞典だけなので、ほとんどのモデルは搭載コンテンツが多すぎるという結論になりました(後述しますが、国語辞典は1冊3,000円台です)。次に考えたのはスマホアプリやWebサービスを使うというもので、いくつか候補を探しましたが、別の理由で止めました。
私にとっての読書の時間は、最近は“デジタルデトックス”のような意味もあり、スマホ・PCの雑事や通知から距離を置いて、好きなことに集中しよう、という試みの時間でもあります。これを満喫するための大きなイスも買いました。そういう背景があるので、スマホを傍らに置いて読書をするのは本末転倒だと思ったのです。
そんな訳で、以前の引っ越しで持っていたモノを大量に捨てたこともあり、物理媒体の国語辞典を新たに買うことにしました。少し難しい単語や古めの語句にも対応できそうなことを条件に調べたところ、岩波書店の「岩波 国語辞典」(第八版)が良さそうということで、これを買ってみました。第八版は2019年11月刊で、価格は3,520円です。
ペラペラの薄い紙の質感が懐かしく、辞書をよく使っていた高校生の頃を思い出します。調べたい語を見つけた後、開いたページにあるほかの語に目が行き、雑学を得るかのように、いろいろな言葉の意味に触れられるのも、紙媒体の辞書ならでは。付録として漢字索引も付いているので、読み方が分からない漢字・単語も調べられます。
しばらくすると、せっかく辞書が手元にあるので、文章を書く際にも語句の確認などで少しずつ使うようになりました。しかし、そこで気になってきたのは、国語辞典の“キャラクター”です。「岩波 国語辞典」を選ぶ際に調べていて把握していたことなのですが、国語辞典には出版社や編集委員の意向が反映されていて、想像以上に個性(語釈の違い)があるらしい、ということです。
本を読むのに使うのであれば1冊で十分だと思えますが、文章を書くのに使いはじめると、途端に1冊では物足りないと感じるようになりました。正しい使い方は? ほかの解釈は? 言い換え方は? ……などなど、「ほかの辞書ならどう書かれているのか」が気になってくるのです。
という訳で、読むよりも、言葉を「使う」際に便利に使えそう、という観点で、三省堂の「新明解国語辞典 第八版」(2020年11月、3,410円)と、誤用や類語に強いという大修館書店の「明鏡国語辞典 第三版」(2020年12月、3,300円)を追加で買ってみました。
「岩波 国語辞典」は、「100年の日本語」を掲げるなど自他ともに認めるやや保守的な方針で、格式を感じさせる内容です。紙面は見出し語を含めすべて明朝体。語の説明は簡潔で、研ぎ澄まされています。新語の収録は最低限にとどめる“塩対応”ですが、知っておくと役立ちそうな小ネタ(補足的説明)が▽印で挿入されている場合があり、これがなかなか興味深く、秘伝のタレのような独自の魅力につながっています。第八版の収録語数は約67,000語です。
「新明解国語辞典」は、その名が示すように独自の分かりやすい説明がウリで、用例も充実していて、確かな満足感があります。見出し語はゴシック体、それ以外は明朝体です。三省堂の国語辞典の特徴を反映し、新語の収録にも積極的。アクセント表示という、ほかの2冊にはない特色もあります。収録語数は約79,000語で、3冊の中では最多です。
「明鏡国語辞典」は、誤用を指摘する「注意」欄や、“改まった場面でも使える類語”を示す「品格」欄など、言葉の正しい使い方や使い分けなどについて手厚く解説しているのが特徴です。誤用の指摘は、少し押し付けがましいという意見もあるようですが、判断基準がないのであれば確かな指針になり得ます。付録の敬語解説、手紙の書き方なども、品格や教養、学習に焦点を当てたもので、日常生活からビジネスシーンまで役に立つ内容です。
明鏡の第三版では「エモい」「推し」「サブスク」が収録されるなど、新語の増補にかなり積極的という側面も。また、数は多くありませんが図説もあり、例えば人体の骨格や床の間の構成などが分かりやすく説明されています。ほかの2冊にある漢字索引はありませんが、難読語索引が付いています。見出し語(ひらがな)はゴシック体、解説は丸ゴシック体、紙面は二色刷りで、親しみやすい雰囲気です。収録語数は約73,000語。3冊の中では物理的に最も厚いので、比較すると、手に持った際の引きやすさは多少劣ります。
例えばこの3冊で「ことば」(言葉)という語を引いてみると、最初の説明は以下のようになっています。なかなかの違いです。
- 岩波:
意味を表すため、口で言ったり字に書いたりしたもの。 - 新明解:
その社会を構成する(同じ民族に属する)人びとが思想・意志・感情などを伝え合ったり諸事物・諸事象を識別したりするための記号として伝統的な慣習に従って用いる音声。また、その音声による表現行為。〔広義では、それを表す文字や、文字による表現及び人工言語・手話に用いる手振りをも含む〕 - 明鏡:
人間の言語。社会的に決められた音の組み合わせで、意志・思想・感情などを表現するもの。広くは、文字によるものもいう。
今回買った3冊からどれか1冊をオススメするなら、「新明解国語辞典」でしょうか。どれを買っても困ることなどありませんが、特に、言葉を「使う」目的で調べるなら、「新明解」はさまざまな語を尽くし何としてでも理解してもらう、という熱量が感じられますし、言葉を使う側がどのようなことを理解しているべきか、示してくれます。漢字索引などの付録を含めて、万能型だと感じます。
重箱の隅をつつくようですが、「新明解」に唯一注文したい点を挙げるなら、小口に「あかさたな」が印刷されていないことでしょうか。さほど影響がないとはいえ、なぜここだけ不親切にしてしまったのだろうと思いました。
改めて国語辞典を手元に置き、しばらく使ってみて感じるのは、語を調べていて「安心できる」ということです。
ネットの普及で情報化社会となって久しいですが、情報がイマイチ信用できなかったり、話半分で聞いたりしなければいけないことが、以前よりも増えたと感じています。国語辞典が収録しているのはシンプルに日本語の単語の意味ではありますが、「もしかしたら正しくない情報かも」といった、ネット時代に求められる“警戒心”は必要ありません。どこを読んでも自分の血肉になる知識のみです。出版物として歴史があり、実績を積み重ねてきた内容は、最終的な安心感につながっています。
ひとつ言いたいのは、項目数7万9,000(新明解)とかの国語辞典が1冊3,500円前後で買えるということです。いろいろなものが値上がりしている昨今、外食2回分程度の価格で、この膨大な“知の泉”を入手できるのです。コストパフォーマンスとやら、すごくないですか?
3冊も買ってしまいましたが、どれも個性があって面白い、というのが正直な感想です。難しい本を読む際には岩波を、文章を書く際には新明解を、誤用や類語が気になったら明鏡を、というように使い分けられますし、同じ語でも複数の辞書の解説に触れると、安易な受け売りにならず、より理解が深まります。私はもともと「言葉はもっと自由でいい」と思っているタイプの人間ではあるのですが、読書にしろ文章作成にしろ、言葉の意味や本質、その源流にたどり着きたいと思った時、辞書はまさにその源泉だったのだなと、改めて感じています。











