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歴代文化オタク大名が揃えた国宝20点以上がズラリ! 特別展「百万石!加賀前田家」
2026年4月18日 19:00
東京・上野の東京国立博物館で、前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」が始まった。会期は6月7日まで。
同展のチラシや特設サイトは、事前に何度か確認していたが、正直に言えば、それほどの展覧会とも思えなかった。だが、実際に展覧会場へ踏み入れると、国宝20点以上、重要文化財に至っては数えるのが面倒になるほどの数の作品が揃った展覧会だった。以下では、そんな、神レベルの作品が揃った同展の魅力を伝えていく。
会期:2026年4月14日〜6月7日
会場:東京国立博物館 平成館
料金:一般 2,300円、大学生 1,300円、高校生 900円
なお同展は、最後のひと部屋(第5章の一部エリア)を除いては、観覧者による撮影は禁止。以下は、主催者の撮影許可を得たうえで掲載している。また、以下で紹介する展示品は、記載がなければ前田育徳会の所蔵。
戦国最強クラスの武将・利家と「加賀百万石」の始まり
加賀前田家といえば、まず思い浮かぶのは前田利家だろう。現在放送されているNHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも登場し、まだ身分の高くなかった豊臣秀吉を、主君の織田信長が観覧する武芸の御前試合にて、容赦なく叩きのめしている。槍の名手だったことで「槍の又左」と呼ばれた彼は、間違いなく戦国最強の武将の1人に挙げられる。
前田利家を含む当時の戦国武将が凄いのは、単に武芸に秀でた脳筋だった訳ではなく、智謀にも優れていたこと。前田利家は、織田家の中では豊臣秀吉のライバルであり、友人であり、豊臣政権下ではもちろん重用され、秀吉死後には五大名の1人として徳川家康を牽制した。
ここまでの史実をみれば、徳川家康が天下を取る過程で、減封または改易(取り潰し)されていても不思議がないように思えるが、実際には、関ヶ原の戦いの際には、既に家督を継いでいた長男の前田利長がしっかりと東軍(徳川家康方)について戦い、今の石川県と富山県にあたる加賀、越中、能登の3カ国、あわせて百万石以上が安堵されている。
約250年続いた徳川幕府の政権下で、100万石を越える藩は加賀前田家が唯一であり、徳川家を除けば最大の家ということになる。
まだまだ加賀前田家の凄さを記したいところだが、そろそろ特別展についての話に移そう。
会場に入ると、まず正対するのが鮮やかな金色の甲冑《金小札白糸素懸威胴丸具足》。
名前が漢字ばかりで、お経か呪文か? というほどだが、これは「素材+飾り糸の色+結び方+形+セット内容」を記したもの。まず「金小札(きんこざね)」は「金色の小さな板」を使っているということ。その小札同士を連結している糸が「白糸」であり、その白糸で小札同士を「素懸威(すがけおどし)」……つまり、動きやすいよう少し間隔をあけて素懸にして編んだ、「胴丸」というタイプの鎧だということ。「具足」とは、兜から手を守る籠手や脛当てまでの一式が揃っているという意味だ。
意味が分かれば「そのまんまのネーミングだな」となる。以下のほとんどの出品名も、難しい漢字が使われていることも多いが「そのまんま」のものがほとんどだ。
そして歩を進めると、前田利家の長男の利長から14代の慶寧(よしやす)までが作った、甲冑がズラリと並べられている。おそらくほとんど使われることはなかっただろうが、約250年の江戸時代だけでなく、その後の明治や大正、昭和の時代も1つの家が続いたことの重みを感じる(もちろん令和の現在も続いている)。
武家としての加賀前田家を象徴する展示品は、これら歴代当主の甲冑だけではない。甲冑を見た後に振り返れば、様々な彩りと意匠の陣羽織が壁いっぱいに掛けられている。思わず「オッシャレ〜!」と、感嘆してしまった。
甲冑や陣羽織などをじっくりと見た後には、畳み掛けるように、藤原俊成や定家などを含む、平安鎌倉の能書家というか書のスーパースターたちの作品が並ぶコーナーが続く。
だが、この記事では先に進んで「刀剣の間」とでも呼びたくなる、太刀や刀、短刀が並ぶ部屋へと進む。「何があるの?」と聞かれれば、「よくぞ聞いてくれました」と、とうとうと語りたくなるような逸品が、この部屋にも揃っている。
ここで最も注目を集めるだろう太刀が《銘 光世作》。「名物 大典太(おおでんた)」という通称でよく知られる、12世紀の平安時代に三池光世により作られた、伝説的なひと振り。室町時代には足利将軍家に伝わり、足利義昭から豊臣秀吉、そして前田利家へと渡ったとされている。
その名物の大典太を収めるための刀装が、《茶皺韋包糸巻太刀(ちゃしぼかわつつみいとまきのたち)》だ。3代の利常が、刀剣鑑定家で研師として知られる本阿弥(ほんあみ)の光甫(こうほ)に作らせたもので、茶色の皺(しぼ)感のある雰囲気が、触ってみたくなるほど渋い。ちなみに制作者の光甫は、国宝の「舟橋蒔絵硯箱」などが有名な本阿弥光悦の孫。この刀装自体が国宝で、大典太の背後のケースに展示されている。
ほかにも前田家重宝の刀剣が見られるが、国宝だけ挙げておく。
まず、《銘 行光(ゆきみつ)》は、柄に刻まれている(きられている)銘のとおり、相州(相模国)の行光が作った短刀。現在は東京国立博物館の所蔵だが、6代の前田吉徳が、徳川綱吉の形見として拝領したものだという。
前述の行光と同じく、刀工の国光(くにみつ)の弟子だったとも言われる、鎌倉時代末期の刀工、相州正宗が制作したとされる刀が《無銘 正宗(名物 太郎作正宗)》。徳川家康の家臣、水野太郎作正重が所有していたため、この通称となった。
その正宗の弟子で、鎌倉から南北朝時代の刀工、江義弘(ごうのよしひろ)により作られたとされるのが、《刀 無銘 義弘(名物 富田江)》。作刀した刀工の名が刻まれていないことから「無銘」なのだが、本阿弥家から「義弘の作だろう」と推定され(極められ)た逸品。
そのほか、前述した国宝の《茶皺韋包糸巻太刀(ちゃしぼかわつつみいとまきのたち)》をはじめ、刀装もいくつか展示されていた。さらに、刀装を飾る金具の制作者として有名な、後藤祐乗(ゆうじょう)をはじめとする、後藤家の作品がファイリングされた《後藤家歴代装剣小道具》などは、よく知る人ならば、展示ケースに張り付いて離れられなくなるだろう。いや、よく知らない筆者もその精緻な細工に驚き、離れられなくなった
国宝の古書跡の数々から耀変天目まで!
途中の部屋を飛ばして書き進めてしまったが、刀剣の部屋の前には、書跡マニアが狂喜乱舞しかねないエリアもある。全く大げさな表現ではなく、実際に、神レベルの古書跡が揃っているのだ。
なお、古書跡については、時期によって展示品が異なる場合がある。以下に記すのは、展示期間の最初期のものだという点に留意してほしい。
古いものから言えば、奈良時代の8世紀に記された国宝の《賢愚経残巻》がある。これは聖武天皇が書いたと伝わり「大聖武」と通称されている。
時代が下り平安の作品は、同時代の書跡界隈のスーパースターが揃い踏みと言っても良いだろう。真筆なのか不明だが“伝”小野道風筆の《白楽天続古詩断簡(綾地切)》から、藤原定信が書いた国宝の《金沢本万葉集》(文化庁保管)、筆者不明ながら国宝の《古今和歌集 巻十九残巻(高野切)》などは序の口と言っていい。
まだまだ国宝は続き、藤原清輔の筆と伝わる《古今和歌集(清輔本)》や、東京国立博物館所蔵の《元永本古今和歌集》、はたまた能書家の三蹟の1人に挙げられる、藤原行成(こうぜい)の孫、藤原伊房筆の《十五番歌合》、または《十巻本歌合》、千載和歌集の撰者として知られる、藤原俊成(しゅんぜい)が平安時代後期に書いた《広田社二十九番歌合》と、国宝だけをピックアップして書き連ねるだけでも骨が折れる。
多くが、書がしたためられている紙、料紙が美しく、平安時代に完成していったひらがなの優雅な筆跡とあわせて、この時代の人たちの美的感覚に圧倒される。
そうして国宝の出品が続いて感覚が鈍った頃に、展示ケースには《土佐日記》が、なにげなくポンッと置かれているのを見た。これは馴染み深いタイトルなのでホッとする。しかも見てみれば、誰もが知る同日記の冒頭の「をとこもすなる日記といふものを……」で始まるページが開かれていて、しかも筆者でも読める。
特別感もなく置いてあるわりには、こちらも国宝で、藤原定家(さだいえ/ていか)によるものらしい。「定家って、こんな独特の形をした字も書いていたのね」と思うほど書に通じているわけではないが、少し風変わりな書き方。土佐日記の著者である紀貫之の自筆本を定家が手に入れ、ウキウキしながら写し取ったものだという。その筆跡を忠実に真似て書写した箇所もあるそうで、その直後には「令知其手跡之体、如形写留之、謀詐之輩、以他手跡多称其筆、可謂奇怪」と、記されているとか……。
「(紀貫之公の)直筆の筆跡がどのようなものかを後世に伝えるため、その形通りに書き写しておいた。最近、偽造を企む輩が、他人の筆跡を(貫之公の)真筆だと称して多く出回らせているというが、全くもってけしからん(奇怪な)ことである」
この一文は、藤原定家が「私は紀貫之さんの筆跡を知っているのだよ、フフフ」と勝ち誇っているようにも思える。
古書跡ばかりでなく、絵巻もいくつか展示されている。その中で筆者がムムムと唸ったのが、鎌倉時代に描かれた《豊明絵草紙(とよのあかりえぞうし)》。その一部しか展示されていないが、この絵草紙は「最愛の妻をなくしたエリートの公家が、世俗の栄華を捨てて、妻の菩提を弔うために出家する」というストーリーだという。墨線のみで描く、一見すると「下書きかな?」と思ってしまう「白描画」というもの。これが、ものすごい緻密さで情景が描かれているのだ。しばし見入ってしまった。
茶道具の名品から幻の耀変天目まで
当時の最もポピュラーな文化系の趣味の1つ、「茶の湯」にまつわる展示品も多かった。見る人が見れば「おぉ!」の連続となるようなお宝が並んでいるのだろうが、残念ながら筆者には素養がなく、唯一「ほほぉ〜」となったのが、12〜13世紀、中国の南宋時代に建窯(ようけん)という窯で作られた、《大名物 耀変天目(ようへんてんもく)》。
「え? 耀変天目が展示されるなんて聞いてなかったよ」というほど、キラキラと耀変に輝く茶碗は有名。日本に、というより世界に3点しか残っていないと認識していたが、前田家にも伝わっていたのか……と。だがよく見れば、こちらの耀変天目は重要文化財の指定。世界に3点と言われているのは、いずれも国宝に指定されている。筆者も他で何度か見たことのある一品があるが、もっと、誰もが分かるくらいにキラッキラとしていた。それでも、耀変天目が見られるのはとても貴重な機会だろう。
学芸員のような5代当主が築いた国内有数のコレクション
同展の会場を進むほどに、ワクワクする気持ちが高まっていく。展示品に国宝や重要文化財が多い、つまりは美術品または学術分野における価値が高いと認められているものが多いからなのだが、単に質の高い美術品が多いからではない。刀剣や甲冑、書跡や絵画など、江戸時代までの日本の博物誌を見ているような面白さが感じられる。
当たり前だと思われるかもしれないが、前田家には、博物館の学芸員のような藩主がいたからこそ、この質の高いコレクションが形成されたのだと思う。他藩にも数寄者や趣味人は多かっただろうけれども研究者のような大名は、それほど多くはなかったはず。
加賀の前田家当主の中でも、もし同時代人であったなら、最も会いたいと思っているのが、5代当主の前田綱紀(つなのり・4代藩主)。1643年の生まれなので、江戸時代の前期から中期までを生きた人。政治家としても有名だったのかもしれないが、筆者が注目しているのは、この時代から文化的なトレンドとなる博物学の分野においてだ。
カール・フォン・リンネに由来する「西洋式分類学」が日本で普及するのは明治時代以降のこと。だがそれ以前、大陸伝来の、本草学などの学問が主流であった、日本の博物学黎明期において、前田綱紀が示した存在感は極めて大きいと言える。大名の趣味が高じて、などというレベルではない。漢字やその用例と類語を書きとめた百科事典的な雑記帳「桑華字苑」と、蔵書目録である「桑華書志」の全83冊を、自身が筆をとるほどのガチ勢なのだ。
その文脈で、前田綱紀と彼が蒐集して分類したコレクションは、今展では広いスペースを使って展開されている。中でも見応えがあるのが《百工比照(ひゃっこうびしょう)》。工芸を対象とした実物資料および図案と技術見本をまとめ、木箱に収めたもの。展示室をぐるりと巡ると、息を呑むほどすばらしい、おそらく当時の最高水準の工芸品の数々が、引き出しのような箱に整然と納められている。まるで宝石箱のようだ。これらを見れば、加賀前田家が治めた現在の石川県において、今なお加賀友禅や輪島塗、金沢箔といった多彩な伝統工芸が盛んであることにも頷ける。
前田綱紀は、今回の主人公と言ってもいいだろう。《百工比照》をはじめ、彼が残した日記帳や、集めた書の数々、保護した宝生流の能楽に関連する品々など、所狭しと展示されている。
その中で、誰でも価値が分かりやすい国宝指定の展示品に触れておく。平安時代の藤原道長と同世代の、藤原公任(きんとう)がまとめた儀式書《北山抄(ほくざんしょう)》、同じく平安時代の源俊房の日記である《水左記(すいさき)》、平安時代後期に書写された伝存最古の正史である《日本書紀》、菅原道真が六国史を分類再編集した《類聚国史(るいじゅこくし)》の現存最古の写本などもある。ほかにもいくつもの国宝があるが、それぞれ歴史資料としての価値が高いものが多い。また、後年になって、これだけのものが国宝に指定されるというのは、前田綱紀の審美眼の鋭さを示している。
今展では、前田綱紀以降の、近代の侯爵前田家から昭和時代の当主が蒐集したコレクションも見られる。
こういうものも国宝に指定されるのかと思ったのが、《孔侍中帖(こうじちゅうじょう)》。書聖、書の神様と言われた中国・東晋時代の王羲之(おうぎし)の書簡の「模本」。つまり複製品なのだが、王羲之が活躍したのが4世紀のことで、模写されたのが7〜8世紀の唐の時代ということ。普段は想像することもないくらいに昔の人の書跡を体感して、頭がクラクラして……楽しい。
とりとめもなく綴ってしまったが、特別展「百万石!加賀前田家」の魅力は多岐にわたっているため、まとめるのが難しい。とにかく、国宝ハンター的な感覚で行くのはもちろん、古書跡が好きな人、または「名物 大典太(おおでんた)」をはじめとした刀剣が見たいという人、そのほかにも茶器が見たい、布や織物などのテキスタイルを見たい人にも、強くおすすめしたい。
筆者は全てを見たい派だが、特化型の人には、1つの展示室または展示ケースを見るだけでも大満足できるのではないだろうか。それくらい、一つ一つが強いオーラを放つ展示品が、無数に散りばめられた展覧会だった。

































