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AI時代に“人間”を証明するID 「Worldプロジェクト」日本展開を強化

Tools for Humanity(ツールズ・フォー・ヒューマニティ)は、AI時代におけるデジタル空間の信頼性課題に対応する取り組み、「World Project」の日本での活動方針について発表した。インターネット含めたデジタル空間で、自身が人間であることを証明する認証手段「World ID」の導入拡大を軸に、今後日本での展開を加速する。

Tools for Humanityは、OpenAI CEOのサム・アルトマン氏らが2019年に設立。AI技術の急速な進化に伴い、ボットや偽アカウントの拡大、フェイクニュースの拡散といった社会課題への対策として、自身が人間であることを匿名かつ確実に証明する仕組みの構築を目的に活動している。

「World Project」は次の4つの要素で構成される。ユーザー認証に用いる端末「Orb(オーブ)」、それを管理するアプリ「World App(ワールドアプリ)」、認証したユーザーに付与するデジタルID「World ID」、暗号資産「Worldcoin(ワールドコイン)」。World IDの認証を開始したのは2023年7月。World Appのユーザー数は全世界(22カ国以上)で2,600万人、Orbによる認証が完了したユーザーは1,200万人。

また、日本での展開強化にあたり、Tools for Humanityは、AI普及に向けた取り組みを行なっている団体「生成AI活用普及協会(GUGA)」に加盟した。今後、GUGAと連携し、生成AIの普及啓発活動やパートナーシップなどを推進する。

人間であることを証明する「Orb」

ユーザーが人間であることを証明するには、「Orb(オーブ)」と呼ばれる認証端末を利用する。日本国内では、カフェや商業施設、イベント会場など、約60〜70カ所に常設されている。端末にはAIと高精度カメラが搭載されており、利用者の両目の虹彩を数秒から数十秒でスキャンする。スキャン後は、「認証者が人間であること」と「過去にIDを取得していないこと」の2点を確認する。

「Orb」本体 人の頭と同じくらいのサイズ

こうした手間を掛けてまで人間であることを証明する理由は、AI時代の到来により「人間」と「AI」の区別が難しくなり、インターネットの根幹である「信頼」が揺らいでいるためと指摘。

AIやボットが急速に普及するなかで、「クチコミの不正操作」「フェイクニュースの拡散」「本人のなりすまし」といった問題がすでに顕在化している。

Tools for Humanityとアクセンチュアが共同で実施した調査によると、日本国内では約40%の人が生成AIを日常的に活用している一方、生成AIに対して不安を感じている人は全体の半数に上るという。こうした状況からも明らかなように、従来のパスワード認証や二段階認証だけでは対処しきれない高度な自動化が進むなか、インターネット上で「人間らしさ」を技術的に証明する手段が求められている。

プライバシー保護にも配慮されており、取得された虹彩情報は復号不可能な形式で暗号化されたうえで、撮影後すぐにOrb本体から削除される。暗号化された虹彩データは、World Appを通じて利用者のスマートフォンにのみ保存され、バックアップや管理はクラウドサービスなどを通じてユーザー自身が行なう必要がある。

World IDは“人間であること”を証明することに特化しており、氏名や住所、電話番号といった個人情報は不要。ほかのサービスでWorld IDを利用する際も、ゼロ知識証明と呼ばれる技術により、個人情報を明かすことなく「人間である」ことを証明できる。

日本でも広がりを見せる「World ID」

World IDの活用先も徐々に広がりを見せている。マッチングアプリを展開するTinder Japanでは年齢・本人確認にWorld IDを活用している。

ゲーム向けのパソコン周辺機器を開発・販売するRazerではゲーム内のボット対策に導入。暗号資産をゲームに取り込んだWeb3ゲームの「TOKYO BEAST」では、暗号資産を守る目的以外にも、不正プレイやボットによるサーバー負荷軽減といった目的での活用を進めている。

さらに、複数の企業や団体とも連携が進んでおり、総合デジタルショップの「テルル」やアパレルブランド「Baroque Japan Limited」などでOrbを設置している。また、World IDパートナーも増えており、SNSの「Yay!」やグルメレビューアプリ「SARAH」などでの認証導入が行なわれている。

国内でも実利用が進む「Worldcoin」

World IDとあわせて展開されているのが、暗号資産「Worldcoin」。Worldcoinには3つの役割があるとされており、1つはWorld IDの取得者に対するインセンティブとしての配布。2つ目は、World Projectそのものを運営・発展させるための資金源としての活用。そして3つ目は、Worldcoinを経済的な価値だけでなく、将来的にプロジェクトの方針を決める際の“投票権”として機能する可能性を持つこと。

すでに米国では、World Appと連携したVisaのデビットカード「World Card」も発表されており、2025年後半から提供を予定している。World App内のウォレットで管理されるWorldcoinを使って、Visa加盟店で買い物ができるという。

日本国内でも活用が始まりつつある。岡山県の「奉還町(ほうかんちょう)商店街」では、Orbで認証を受けてWorld IDを取得した人にWorldcoinを配布し、それを8,000円分の地域商品券に交換できるキャンペーンが実施されている。商店街側にとっては活性化や地域振興としての活用、Worldcoin側にとっては実利用の促進という双方の利点を見込んだ取り組みとなっている。

セキュリティ重視ゆえの“ID再取得不可”問題

一方で、World IDには解決すべき課題もある。それは、スマートフォンの紛失や故障時のリスクで、World IDは一人につき一つしか発行できない点。認証時に生成される虹彩データは暗号化された情報としてWorld Appに保存されるため、「バックアップを忘れていた」「端末を紛失してデータを取り出せない」といった場合、World IDを移行することはできないほか、再取得は原則認められていない。

この仕組みは、不正な多重登録を防ぐ設計として機能しているが、ユーザーがIDを失った場合、本人であっても再登録できないため、復元できる状態でのデータのバックアップは必須ともいえる。

プライバシーや匿名性の確保と引き換えに、利便性や復旧性に制限がある点は、Tools for Humanityも今後の課題として認識しており、こうしたリスクへの対応やサポート体制の整備を検討している。