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PFN、「新世代プログラマ」を育てる教育事業。やる気スイッチと提携

機械学習・ 深層学習の実用化を目指すスタートアップ・Preferred Networks(PFN)は、7月6日、世界レベルで活躍できる人材の育成を目指してコンピュータサイエンス教育事業の立ち上げを発表した。

小学生向け教材「Playgram(プレイグラム)」を用いたプログラミング教室パッケージを新規に開発した。総合教育サービス事業を展開するやる気スイッチグループと提携して、2020年8月から首都圏の3教室での対面授業および家庭でのオンライン授業に順次導入する。やる気スイッチグループは全国1,000教室での展開を目指す。

PFNが開発した「Playgram」は、米国のコンピュータサイエンス教育のガイドライン「K-12 Computer Science Framework」を参考にした本格的なプログラミング教材。小学1年生から始めることができ、小学校高学年から中学生まで学ことができる。

「楽しみながら学ぶ」、「創造力を働かせて作る」という「Playgram」での学習体験と、やる気スイッチグループが個別指導学習塾「スクール IE」や、英語で預かる学童「Kids Duo」、バイリンガル幼児園「Kids Duo International」等で培ってきた、子どものやる気を引き出す(生徒が自律的に学ぶ力をつける)指導メソッドとを組み合わせることで、子どもたちが将来のアプリケーション開発に生かせるスキル、課題解決力、自由な創造力を身に付けることを目指す。

やる気スイッチグループは、「Playgram」を活用したプログラミング教室パッケージを、8月から、Kids Duo 有明ガーデンを皮切りに、やる気スイッチスクエア武蔵小杉校、スクール IE 立川校の首都圏3教室、およびオンライン教室で第1期生を募集し、授業を先行スタートする予定

PFNは今後、子どもたちの学習の様子や成果を見ながら継続的に追加コンテンツの開発を進める。将来的には、PlaygramをAR、IoT、AI技術等も組み込んだ、プログラミング教育のプラットフォームに育てていくという。

プログラミング教材「Playgram」

PFNが開発した「Playgram」は、ビジュアルプログラミングから始め、タイピング、プログラミングの基礎、Pythonによるテキストコーディングまで、子どもの理解度と意欲に応じて段階的に学習を進めることができるプログラミング教材。ゲームやARに欠かせない3Dグラフィックを採用し、ロボットを動かしたり、空を飛んだり、プログラミングを駆使して課題解決する面白さを体感しながら、自由な表現力、空間認識能力を身につけることができる。

また、学習データから一人ひとりの得意や苦手分野を見抜き、学習状況を「見える化」してリアルタイムで共有することができる。進捗に応じた最適な学びをカスタマイズするため、プログラミング経験のない講師・保護者でも学習指導できるという。

新世代プログラマが育つ環境を作る

Preferred Networks フェロー 丸山宏氏

7月6日に行なわれたオンライン記者会見でははじめに、PFN フェローの丸山宏氏が教育事業の背景と考え方について紹介した。丸山氏はまず「世の中の価値がソフトウェアにシフトしている」と紹介した。

世界の企業価値ランキングはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)が占めており、文部科学省は「AI人材50万人計画」を立ち上げている。「AI人材50万人計画」は、AI人材をエキスパート、応用基礎、リテラシーの3段階にわけて育成するとしたもので、丸山氏は「特に初等中等教育段階でのプログラミング教育が重要だ」と述べた。

ソフトウェアが価値の原動力に
文部科学省のAI人材50万人計画

初期のプログラミングはアセンブリ言語が用いられており、扱うためにはハードウェアの知識が必要だった。その後、人が書きやすい高級言語が現れて、ハードウェアのことをあまり意識しなくてもよくなった。

オブジェクト指向の言語が登場した後、ライブラリやツールを使いこなすスタイルへと変わって来ている。では、今の子供達が20年後に大人になったときのプログラミングはどのようなものになるのか。

PFNは深層学習に力を入れている。深層学習のような統計的機械学習は入力と出力のデータセットによる帰納的プログラミングであると捉えることができる。PFNではこれを「ものまね算」と呼び、従来のルールベースのプログラミングだけではなく、計算の進化に柔軟に対応できる人材が必要だと述べた(詳細はこちら)。

プログラミングの変遷
計算の進化に柔軟に対応できる人材が必要

そのような人材をどのように育てればいいのか。丸山氏は創造力が重要だとし、今後のIT人材は、伝統的なIT企業が担って来た役割ではなく、自分たちがビジネスをどのように改革していくかを考えることができる人材だと強調した。

従来のIT人材は正解のある問題に対して取り組む人たちだったが、今後は正解のない問題を自律的に考える必要がある。そのためには発想力やイマジネーションが重要になるという。

これから必要な新しいIT人材
正解のない問題に挑める人にはイマジネーションが重要

丸山氏は、アリソン・ゴプニック著『思いどおりになんて育たない 反ペアレンティングの科学』(森北出版)という教育の本を紹介し、設計図に従って大工が作るようなスタイルではなく、庭師が、植物が育つ環境を整えるような教育プログラムが必要であり、新しい世代のプログラマが自ら「育つ」環境作りが重要だと述べた。これが今回の教育事業の背景にある考え方だという。

人が育つ環境を整えることを目指す

子供たちが自発的に際限なく能力を高めていける環境を提供

Preferred Networks 代表取締役 最高経営責任者 西川徹氏

PFN 代表取締役 最高経営責任者 西川徹氏はPFNのビジョンを改めて紹介。コンピュータサイエンスは産業を繋げるノリ(接着剤)のようなもので、今後の社会において様々な事業の核となる重要な領域であり、計算を知り尽くしている人たちの層の厚さが競争力の源泉になると述べた。

そのためには物事の本質を捉える深い理解力を持った優秀な人材層を厚くしていくことが社会全体のために重要であり、中長期的かつサステイナブルな視点で教育にコミットすることを決めたと語った。具体的には、昨年春ごろから本格的に教材開発に取り組みはじめ、だんだん形ができた段階で提携のかたちを探り、やる気スイッチグループと意気投合したという。

プログラミング教育には既に様々なところが参入している。ではなぜ今、PFNがプログラミング教育に力を入れていくのか。西川氏は、PFNは実社会の問題を日々、新しい技術を開発して現場に適用していると述べ、最先端技術が実際に役立っていることを伝えたいと語った。またPFNにはプログラミングに没頭して技術を磨いて来たメンバーが多数在籍しており、プログラミングへの本質的な理解があり、面白さを伝えられると述べた。

ただし、CSR(企業の社会的側面)だけを考えて教育に参入するわけではなく、今後、より良いサービスを作り上げ、大きな柱とすることを目指していると語った。

PFNはこれまでにも、2019年2月に、文部科学省、総務省、経済産業省の3省が連携して運営する「未来の学びコンソーシアム」に協力して、全国の小学校の総合的な学習の時間におけるプログラミング体験を含めた授業の学習指導案「自動化の進展とそれに伴う自分たちの生活の変化を考えよう」コンテンツを作ったり、同年10月には、アフレルと共同でロボットカーを使って深層学習フレームワークChainerを学ぶ教材をしたと発表してきた

今回、小学生向けプログラミングサービスを新しく発表した理由は、小学校でプログラミング教育が義務化されるなか、誰もが触れることは素晴らしいものの「あまりに『教育教育してしまう』と、本来、プログラミングの才能を持っていた子供たちが興味を失ってしまうのではないか」という懸念があるからだと述べた。

西川氏自身、子供の頃に周囲の子供たちがが触れたことがないものにふれて、わくわくしていたと振り返り、義務教育化によって教育の型にはめすぎることで、子供たちがわくわくする気持ちがなくなってしまうと残念だと考えているという。

そして教育市場が盛り上がっている一方、正しく教えられる人材は不足しており、先生や親が教えられる範囲に限定してしまうと、才能をもった子供は興味を失ってしまいかねない。

西川氏は「今の算数教育はうまくいっている」と見ているという。義務教育の範囲で将来の社会で必ず必要になるリテラシーを身につけつつ、より高度な発展的部分は中学受験で極めることもできるからだ。

「好きなだけ取り組める環境は才能のある子どもにとっては理想的な環境なのではないか。そこで培った思考力が重要だ」と述べ、算数オリンピックに出場している選手たちにも「やらされてる感じはない」とし、才能ある子供たちが自発的に際限なく能力を高めていくことの重要性を強調した。

そして、プログラミング教育でも没頭して必要な能力を高めていけるサービスを目指していきたいと述べた。

「Playgram」

「Playgram」は、つまづかないようにスモールステップからのステップアップを意識しつつ、3D空間での表現は「Unity」にシームレスにアップデートしたり、ブロックコーディングからテキストコーディングにスムーズに移行することもできるように設計されている。

「自由自在に組んでいくには高度な抽象化の概念は必須。自由に試しながらそのような仕組みに早い段階から慣れてもらう」ようになっているという。今後は副教材も取り入れていくことで、コンピュータに興味をもった子供たちが、より先端の技術に触れられるようにしていく予定で、西川氏は「楽しみながら際限なく才能を伸ばせるサービス」だと述べた。

今回の「Playgram」はやる気スイッチグループと提携して、対面とオンラインで実施する。もともと指導者がいなくてもオンラインで自学自習できるようにデザインされているが、やる気スイッチと共同することで、コミュニケーションしながら子供の発達段階と向き合って、よりきめ細やかに何を指導するべきかを判断しながら指導していく。

西川氏は実際に校舎での授業を見て、そのノウハウや企業理念に感銘を受けたと述べ、「子供のやる気を加速させ、加速させたその先でより広い世界を提供する仕組みを組み合わせることができれば」と語った。

また、やるきスイッチグループとの協業でサービスデータを集めることで、どこでつまづきやすいのかを調べ、サービス改善に活かしていく。

特に教育については、つまずいた点が解けるようになったとき、具体的に何が効いて理解できたのかについては、データだけではなく、人と向き合うことでしかわからない部分があると思っていると述べた。

そして「小学生向けプログラミング教育はいま始まったところ。多くの小学生に才能を伸ばしてもらえるサービスとなることを確信している。小学生の可能性は無限に広がっている。優秀な小学生は大人顔負けのことを成し遂げてしまう。様々な産業の中心的な存在になっていく人を育てることを目指す」と強調した。

自由に試しながら技術を習得
小学生の可能性は無限

「ミッション」と「クリエイト」の2つのモードを用意

PFN エンジニア 西澤勇輝氏

Playgram」の詳細についてはPFN エンジニアの西澤勇輝氏が紹介した。「Playgram」には「ミッション」と「クリエイト」の2つのモードがある。ミッションは基本で、クリエイトは創作だ。

「Playgram」起動画面
「ミッション」と「クリエイト」の2モードを用意

ミッションは、ビジュアルプログラミング自体が初めての子供達に概念から教えるため、最初はタップしていくだけでクリアしていくことができ、徐々に障害物を避けないといけないような複雑なものになっていく。

結果は点数で評価される。評価は電力・ブロック数・実行回数の3種類で、それぞれが実用的なプログラミングにおいて実際に考慮しないといけない要素になっている。また制限時間内に課題をクリアするタイムアタックモードなど、だんだん難しい問題が出てくる。子供のほうはゲーム感覚でクリアしながら学んでいく。

プログラミングで実用上重要な要素を遊びながら学べる
タイムアタック問題なども

各チャプターの最後にはチャレンジステージを用意。チャレンジステージでは抽象的な課題に取り組まなければならない課題が提示される。たとえばロボットと人間が協力して解かなければならない問題で、正解も一つだけではなく複数の解がありえるような問題に取り組む。遊びながら順次処理のような基本から条件分岐やイベント処理などプログラミングの基礎を楽しく、かつ効率的に学んでいけるという。

チャレンジステージでは思考力も試される
楽しく効率的に学べる

クリエイトモードはプログラミング能力を実践するためのステージで、プレイヤーが自分の作りたいものを作ることができる。西澤氏は「覚えるだけではプログラミング能力は伸びない。何かを作りたいと思ってもらわないと伸びない」と述べ、そこで自由度の高く、何でもできるようなものとしたという。

具体的には家を作ったりすることもできるし、階段を作って高いところから見下ろすこともできる。次のゴールを子供が自分で設定できる点が特徴で、ミニゲームなども簡単に作れるという。

創作が可能なクリエイトモード
ミニゲームも作れる

そしてブロックプログラミングからPythonによるテキストコーディングへの移行も自然に行なえるという。アルファベットや英単語レベルからプログラミングに慣れてもらうことを目指している。全てのステージがテキストコーディングにも対応しており、ブロックプログラミングの先まで開発できる教材を意識して開発したと述べた。

ブロックプログラミングからテキストコーティングへの移行を支援
すべてのステージがテキストコーディングにも対応

やる気スイッチグループの実際の教室では、Androidタブレット端末を使って教える。講師はプログラミング教育に特化した経験がない人でも担当できるという。