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世田谷区のAI導入はなぜGensparkだったのか AI活用は“導入”から“定着”へ
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- Genspark
2026年5月8日 08:00
4月9日、東京ビッグサイトで開催された「Japan IT Week 春 2026」のカンファレンスセッションでは、自治体として初めてGensparkを導入した世田谷区の事例が紹介された。
登壇したのは、世田谷区でDX推進を担当する深山氏と下岡氏、そしてGensparkのエンタープライズセールスリーダー中島氏。AIを単なる“試しに使うツール”で終わらせず、どう日常業務に組み込み、組織全体の生産性向上につなげるのかをテーマに議論を交わした。
中島氏は、世田谷区の取り組みを「自治体初のGenspark導入事例」と位置づけた。
生成AIの導入というと、チャットボットや文書生成の活用に注目が集まりやすいが、実際に現場で壁になるのは別のところにある。どのツールを選ぶのか、散在するデータをどう扱うのか、情報セキュリティをどう担保するのか、そして何より、現場にどう根付かせるのか。導入の成否を分けるのは、こうした運用面の論点だという。
生成AIへの関心が高まる一方で、「導入したものの、どのツールを使えばよいのか分からない」「部署ごとにデータが散在し、業務にうまく組み込めない」といった課題は、多くの企業で論点になりやすい。そうした導入後の壁に対し、1つのワークスペース上で情報収集から資料作成、データ整理までをつなげ、業務への定着を後押しするのがGensparkだ。
Gensparkが展開する「Genspark AI ワークスペース」は、ドキュメント作成、スライド作成、議事録、データ分析などを単一の環境で扱えるオールインワン型のAIワークスペースだ。用途ごとにAIツールを切り替えるのではなく、日常業務を横断して処理できる設計を特徴とし、分断されがちな業務やデータを1つの流れの中で扱えるようにする狙いがある。
現在は最新版「Genspark AI ワークスペース 4.0」として提供されており、ローカルPC上のファイルやアプリを扱えるデスクトップ向け「Genspark Clawアプリ」に加え、PowerPoint、Excel、Word内でAIエージェントを直接利用できるMicrosoft 365連携を備える。既存の業務環境から離れずに、調査、資料作成、文書編集、データ分析などを進められる点が特徴だ。
こうした製品思想を、実際の行政現場での導入例として示したのが世田谷区の取り組みだった。
世田谷区が抱える“前後”の業務負荷
今回の世田谷区のGensparkの試行導入では、まずDX推進担当課10名、その他各課60名の計70名で検証を行なっていく。
世田谷区が自治体として国内初の「Genspark」を導入“業務の一気通貫”を支援し、職員業務改革を加速
世田谷区側から語られたのは、行政DXの現場にある、より切実で現実的な課題だった。世田谷区は今年3月、自治体として初めてGensparkの導入を発表。その背景にあったのは、行政実務における文書業務の重さだ。
世田谷区でDX推進を担う深山氏は、行政の文章業務には「調べる」「確認する」「整理する」「作成する」といった多くの工程があると説明する。だが、負荷が大きいのは、必ずしも文章を書く作業そのものではなく、むしろ、その前後にある庁内調整や確認作業こそが、実務を重くしているという。
今回の導入にあたっても、関係したのは一部門ではなかった。財政、経理、総務など多くの部門との調整や区議会への事前の情報提供などが必要だったという。しかも、それぞれの部門に対して、同じ説明では通らない。説明の仕方も、資料の切り口も変えなければならない。1つのテーマを進めるだけでも、関係者ごとに資料を作り分け、確認を重ね、説明責任を果たしていく必要がある。
行政実務が企業と大きく異なるのは、その仕事のすべてが住民に向いていることだ。世田谷区は人口約93万人、約1万人の職員を抱える大規模自治体であり、意思決定の影響範囲も大きい。下岡氏は、行政の仕事は93万人の区民に向いており、「たった一つの間違いでも『ごめんなさい』では済まない場面がある」と補足した。
正確性の担保、法令順守、対外的な説明可能性。こうした条件のもとで進める行政業務では、資料を“作る”こと以上に、それが正しいか、説明可能か、制度上問題ないかを確認し続ける工程が重くのしかかる。
深山氏が示したのは、まさにその現実だった。生成AIはしばしば「文章を速く書くツール」として語られるが、行政にとって本当に重要なのは、文章そのものの時短よりも、業務全体の流れをどう軽くするかにある。そこに今回の導入意義があるのだろう。
評価したのは機能の多さではなく「一気通貫」の業務フロー
では、世田谷区はGensparkのどこを評価したのか。深山氏が挙げたのは、文書作成からスライド作成、データ整理までを1つのワークスペースで扱えること、そしてそれを自然言語で一貫して操作できることだった。
行政の現場では、資料作成、関係者との調整、説明資料の更新、情報の整理が断続的に発生する。これらを別々のツールで行なうと、作業はどうしても分断される。ファイルの受け渡しや転記、ツール間の移動が増え、そのたびに思考も途切れてしまう。
これに対してGensparkは、同じ画面上で資料を見ながらAIに加工を依頼し、その場で修正し、合意形成へつなげていく使い方を想定している。深山氏は、他のワークスペースや他アカウントともつながる点に触れつつ、「その場で確認し、その場で修正し、その場で完成に近づける」ことへの期待を語った。
従来の行政業務は、一つひとつ確認しながら次工程に進む“直列型”になりやすい。だからこそ、確認の回数や待ち時間が多くなり、全体のスピードが落ちる。Gensparkの導入によって、これをよりコラボレーティブな進め方に変えられる可能性があるということだ。
つまり評価されたのは、単体機能としてのAIではなく、仕事の流れそのものをつなぎ直す力だといえる。
「Copilotの起動方法が分からない」から始まる現実
もう一つ、世田谷区が率直に示したのが、現場へのAI定着という論点だ。深山氏は、生成AIに慣れていない職員にとって、その利用ハードルは依然として高いと語った。実際、職員の中でも「Copilotをどう起動するのか分からない」という段階からスタートする人もいたという。
この発言が示しているのは、AI活用のボトルネックが必ずしも性能や予算だけではない、ということだ。優れたAIツールでも、現場の職員が使い始められなければ意味がない。
その点で深山氏は、Gensparkについて、自然言語で調査から資料作成までまとめて進められること、そしてAIの利用経験がない職員でも一定の品質で成果物を出しやすいことを評価した。属人的になりがちな業務品質を平準化できる可能性に目を向けた。
世田谷区は、AIを使いこなせる一部の人だけが恩恵を受けるのではなく、まだ使えていない人も含めて、組織全体の底上げを狙う。現場に定着するAIとは、最先端であること以上に、使い手を選ばないことが求められる。その意味でも、世田谷区の視点は実務的だといえるだろう。
導入の進め方についても、世田谷区は慎重な姿勢を見せた。一挙に全体へ展開するのではなく、まずは数カ月しっかり使ってもらい、効果検証を行なう方針だという。4月から試験導入を進めており、一部ではすでに先行利用も始まっているという。
重要なのは、最初から万能な成果を求めないことだろう。世田谷区は、まずROI(費用対効果)が出やすい業務から順に試し、AIに対する心理的ハードルを下げながら、来年度の本格導入につなげたい考えを示した。
将来的には、業務ツールの内製化も視野に入れる。自治体にとってシステム導入は費用負担が大きく、調達や運用にも時間がかかる。深山氏は、AIデベロッパーなどを活用することで、その一部を軽くできる可能性にも言及した。
セキュリティの壁。自治体の現実的な線引き
カンファレンスでは、入力データの扱いや漏えいリスクに関する質問も多く寄せられた。とりわけ行政機関において、AI活用の最大の懸念の一つが情報セキュリティであることは間違いないだろう。
深山氏は、世田谷区ではマイナンバー利用事務系、行政ネットワーク系、インターネット接続系の3つに分ける「三層分離」の考え方を採っており、今回Gensparkを利用するのはインターネット接続系の領域だと説明した。個人情報や非公開資料、マイナンバー関連資料などは入力しない運用としている。何でも入力して使うのではなく、利用範囲を限定したうえで、効果が見込める領域から活用を進める。
この姿勢は、AI活用を進めるうえで現実的なアプローチだろう。セキュリティ上の懸念があるから使わない、ではなく、どこまでなら使えるのかを見極め、その範囲でROI(費用対効果)を出していく。制約がある中でも前に進める道筋を探るのが、行政DXの現実でもある。
中島氏も、Genspark側では入力データを学習しない「ゼロトレーニングポリシー」や、法人利用を前提とした対策を講じていると説明。深山氏も、個人情報を扱う他の業務サービスと同等レベルのセキュリティが確保されていることを確認したうえで導入を判断したと述べている。
AI活用の議論ではしばしば、利便性か安全性かという二項対立になりがちだが、実際の現場ではその間にある現実的な運用設計こそが重要になる。
「AIを使う」ではなく、「どう溶け込ませるか」
世田谷区の事例では、AIを特別なものとして扱うのではなく、日常業務の中にどう埋め込むかという視点が一貫していた。中島氏が示したのは、分散したツールとデータ、人の知見をつなぐワークスペースとしてのAIだった。深山氏と下岡氏が語ったのは、そうしたAIを、行政という責任の重い現場の中でどう現実的に使っていくかという実装の話だった。
AI導入の議論は、しばしば派手な機能や驚くような出力に目が向きがちだ。しかし、実際に組織を変えるのは、そうした“高機能さ”そのものではない。誰が使っても一定品質の成果を出せること、業務の流れの中で自然に使えること、データと人の判断をつなげられること、そして安全に運用できること。
世田谷区の取り組みとGensparkの挑戦は、AI活用の本質が「導入」ではなく「定着」と「実装」にあることを改めて浮き彫りにした。AIを特別なものとして切り離すのではなく、日常業務の流れの中に自然に組み込み、説明責任や安全性を担保しながら成果へつなげていく。その現実的なアプローチは、行政DXのみならず、幅広い組織におけるAI活用のひとつのモデルケースとして注目されるだろう。