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スターリンク V3は何がすごい? 1機1Tbps・巨大化と低軌道化で変わる衛星通信サービス

Starship初の衛星軌道投入となったFlight 14。Starlink衛星から撮影したStarlink衛星放出の様子(出典:SpaceX Starship Flight 14)

2026年9月28日、SpaceXの大型宇宙輸送システム「Starship」は14回目の飛行で初めて地球周回軌道に到達し、次世代通信衛星「Starlink V3」26機を軌道上に放出しました。SpaceXはV3を従来のStarlink衛星より大幅に大型化し、1機あたり最大1Tbpsのダウンリンク能力を持たせました。さらに運用高度もより低い330~370km級へ移していく計画です。

一方でStarlink(スターリンク)には、ブロードバンド用の「V2 Mini」「V3」と、携帯電話との直接通信を担う「V1 Mobile」「V2 Mobile」が並存し、世代番号だけを見ると非常に分かりにくくなっています。V3によってStarlink網は何が変わるのか。衛星の大型化と低軌道化、そして複雑になったStarlinkの“系統”を整理してみましょう。

26機のStarlink V3 初めて実際の軌道へ

StarshipはFlight 14で初めて地球周回軌道へ入り、実用ペイロードを投入しました。これがStarlinkの第3世代を意味する「V3」衛星です。衛星の詳細スペックは公表されていませんが、太陽電池パドルを折りたたんだ状態で約7m、質量約2トン級とされ、イーロン・マスクCEOは「ボーイング737ほど」と表現しています。

これまで主力ロケットのFalcon 9で積み上げてきたStarlink衛星とは、サイズ感が大きく変わっています。V3衛星は100トン級の搭載能力を持つStarshipでの軌道投入を前提として設計されており、将来的にはStarshipによる輸送1回で最大60機を投入する計画です。

V3は1機でどんな能力を持つのか

SpaceXの説明によれば、V3衛星は1機あたり、ダウンリンク最大1Tbps、アップリンク最大160Gbpsの通信性能を持ち、ダウンリンク/アップリンクそれぞれ2,048ビームを形成可能だとしています。従来のV2衛星に対しダウンリンクは約10倍、アップリンクは約22倍の増強です。V2が192本のダウンリンクビーム、144本のアップリンクビームだったのに対し、V3は双方2,048本になります。

Starship搭載を前提に従来衛星よりも大型化したStarlink V3衛星(出典:SpaceX Starlink Version 3 Satellites)

衛星間通信は400Gbps級レーザー×6、RFバックホールは1.2Tbps、Ka、E、V、Wの4周波数帯に対応し、太陽電池アレイ発電能力はV2のおよそ2倍と衛星全体の性能が向上しています。

ここで「ビーム数」というキーワードが浮上します。通信衛星では、1機の衛星から地上全体に同じ電波を広く照射するのではなく、「スポットビーム」と呼ばれる細い電波の範囲を多数作り、それぞれの地域に通信容量を割り当てています。

ビーム数が増えれば、1機の衛星が広い地域へ1本の通信を提供するのではなく、多数の狭い通信ビームを別々の地域・ユーザーへ割り振れるようになります。1衛星が同時にさばける通信量・ユーザー数の増加につながるのです。

SpaceXはV3衛星で新しいビーム形成チップと、従来の約64倍の処理能力を持つモデムチップを導入し、人口密集地域と過疎地域の双方で需要に応じてビーム容量をリアルタイムに配分すると説明しています。

一般的にStarlinkのような低軌道衛星通信は、地上の通信インフラが乏しい地域ほど強みを発揮するものでした。地上の光ファイバー網や携帯基地局は、人口の少ない地域まで敷設すると利用者1人あたりの設備費が高くなってしまいますが、衛星ならば上空から広い地域をまとめてカバーできるからです。

反対に、都市部では事情が異なります。限られた衛星の通信容量を狭い地域に集中する多数のユーザーで分け合う必要があるため、ユーザー密度が高くなるほど衛星側の容量がボトルネックになってしまいます。地上で光ファイバーを高密度に敷設できる都市では、Starlinkのような衛星通信はそのままでは固定網の置き換えにはなりにくいのです。

V3は、この弱点をある程度補う方向の衛星といえます。1機あたりの通信容量と形成できるビームの数を大幅に増やし、さらに衛星を低い軌道で運用すれば、1本のビームが担当する地上範囲を小さくし、離れた場所で同じ周波数を繰り返し使いやすくなるからです。

衛星1機の通信速度を上げるだけでなく、一定の面積に供給できる通信容量を増やす設計です。これまでよりも人口密度の高い地域や、イベント会場、災害時の都市部、航空・海運拠点など、短時間に通信需要が集中する場所にも対応しやすくなる方向性がうかがえます。

能力増強を支える衛星の巨大化――アンテナ、電力、周波数

通信衛星では、より大型のフェーズドアレイアンテナを搭載すれば、電波を特定方向へ集中させる能力(アンテナ利得)を高め、細いビームを多く形成しやすくなります。V3ではこのアンテナ能力と信号処理能力を一体で大型化しています。

太陽電池パドルも大型化(出典:SpaceX Starlink Version 3 Satellites)

さらに1Tbps級の通信を処理するには大量の電力が必要です。SpaceXはV3の太陽電池アレイについて、V2の約2倍の発電能力を持たせると説明しており、19m長の太陽電池を4枚接続して1枚のアレイを構成するという、量産を意識した製造方法も採用しています。Starshipでの打上げを前提としたV3衛星だからこその大型化だといえるでしょう。Starship 1回のV3打上げで、Falcon 9によるV2打上げの約20倍の通信容量を軌道上へ追加できるとしています。

もう一つの変化は「低く飛ぶ」こと

SpaceXが現在公開している軌道計画では、V1/V2ブロードバンド衛星は450~490km級に対し、V3ブロードバンドは高度330~370kmで運用する計画だといいます。V1のDirect-to-Cell衛星も約358~360kmなので、Starlink全体が低高度側へ比重を移しているのです。

低高度化には複数の効果があります。まず通信距離が短くなるため、電波の損失を減らしやすくなります。ユーザー側から見れば、端末から衛星までの距離が短くなり、同じ送信電力・アンテナ条件なら通信条件を改善できます。

距離が短くなることにより遅延低減効果もありますが、通信全体の遅延は地上ネットワークや衛星間ルーティングにも左右されるため、低高度化でただちにレイテンシ低減とまではいえないかもしれません。

一方で、「周波数の再利用」の観点では効果があります。高度を下げて衛星1機がカバーする地上範囲を狭くすることが、大規模通信網では利点になります。1本のビームが担当する範囲を狭くすると、十分に離れた別の地域で同じ周波数をもう一度使っても、互いの電波が干渉しにくくなります。これが「周波数再利用」です。

例えば、東京を照らすビームと北海道を照らすビームには十分に距離があり、両方で同じ周波数帯を使って別々の通信を同時に行なうことができるのです。限られた周波数資源を地域ごとに繰り返し使えるため、衛星全体として扱える通信量を増やせる。反対に隣り合うビームで同じ周波数を使うと干渉しやすいため、実際の衛星では使用周波数をずらすなど再利用向けの設計が必要になります。

狭いビームを大量に形成するV3の能力と周波数再利用を組み合わせれば、単位面積あたりの通信容量を増やしやすいといえるでしょう。

低高度化には、衛星運用の安全性という意味もあります。SpaceXは、Starlink衛星を500km付近からより低高度へ移すことで、故障した衛星でも大気抵抗によって軌道から離れ、自然落下するまでの時間を大幅に短縮できるとしています。

ただし、低高度では軌道の維持に必要なエンジンの推進剤はより多く必要になり、姿勢・太陽電池設計も難しくなります。SpaceXはV3衛星を「低高度での抵抗を減らすよう最適化した」と説明しており、衛星のサイズと低高度化のトレードオフに対処した上での計画であることがうかがえます。

V3でStarlinkのサービスは何が変わる?

V3衛星によるStarlinkサービスの変化は、最高速度だけではなく、混雑時にも使える容量が増えることです。ユーザー数が多い都市周辺や航空機、船舶、災害時の集中利用などでは、個々の衛星の総容量がボトルネックになります。V3衛星では1機あたりの容量とビーム数が大きくなるため、「つながる/つながらない」から、「多数のユーザーが同時に高速通信できるか」へサービスの質が変化していきます。

SpaceXは2026年中にStarlinkでギガビット級サービスを可能にするネットワーク改良を進めるといいます。現行のPerformance端末についてはハードウェア交換なしで将来のサービス向上に対応するといいます。

ややこしすぎる「V3」「V2 Mobile」――Starlinkには2本の系統がある

ここまでStarlink V3衛星の期待される性能について整理してきました。ただし気をつけなければならないのが、Starlink衛星は現在、2つの系統といくつもの世代が絡み合い、複雑な構成になっていることです。

米国証券取引委員会(SEC)から用語の整理を求められ、SpaceX自身もStarlink衛星のブロードバンド衛星と衛星ダイレクト(携帯電話との直接通信)は別のコンステレーションであり、同じように世代に「V」の命名を使用しているために混乱しやすいと認めています。SECへの説明を基に、少し整理してみましょう

SEC文書によれば、V2 Miniは現在のブロードバンド衛星、V3は1Tbps級の次世代ブロードバンド衛星。これとは別にV1 Mobileが現在約650機あり、V2 Mobileは従来比約20倍のスループットを持ち、通常のスマートフォンへ直接、地上5Gに近い通信体験を提供する構想で、2027年からStarshipで展開予定の次世代携帯電話直接通信衛星と定義されています。

つまりStarlink V3はスマホ直接通信衛星にはならず、世代番号の小さいStarlink Mobile V2の方が異なる系列の次世代衛星だということになります。Starlink V3で開発した太陽電池、電子回路、フェーズドアレイなどの技術はV2 Mobileにも転用される予定で、「別系統だが技術的には兄弟」ともいえる関係性です。この点から、Starlink V3衛星は今後の衛星ダイレクト通信のサービス向上に向けた先行的な存在だといえるでしょう。

初期のStarlinkは、比較的小型の衛星をFalcon 9で大量投入することで、低軌道通信網そのものを成立させました。V3ではStarshipの輸送能力を前提に衛星を大型化し、1機あたりのアンテナ、計算能力、電力、通信容量を桁違いに増やしました。運用高度を330~370km級まで下げることで地上との通信条件や周波数再利用も改善しています。低軌道衛星通信を成立させる段階から、通信容量の高密度化へ進む段階だといえるでしょう。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)