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経営“崖っぷちライン”銚子電鉄全踏破 ぬれ煎餅やまずい棒が経営を支える
2026年4月2日 08:20
全国の鉄道会社は人口減少という局面を迎えて、経営が厳しさを増しています。JRは大都市部に保有している不動産を有効活用し、運輸外収入を増やして減収分を補おうとしています。
鉄道事業者が本業である運輸収入ではなく、運輸外収入を増やそうとする動きは鉄道事業者に課せられた本来の目的とは異なっているといえます。とはいえ、運輸外収入によって鉄道事業者の経営基盤が安定し、それが鉄道運行をスムーズにしている面は見逃せません。とりわけ私鉄は、明治時代から運輸外収入で経営を支えてきた歴史があります。
しかし、不動産を有効活用できるのは大都市の一部に限られます。地方都市では駅前が必ずしも一等地とは限らず、それゆえにローカル線は赤字を不動産収入で補填できません。
銚子電気鉄道(銚子電鉄)は千葉県銚子市に路線を有する私鉄です。従来より、沿線人口が少なく、運輸外収入で事業を支えてきた歴史があります。銚子電鉄の主な運輸外収入は食品の製造・販売の収益で、これらが鉄道事業を支えています。
これまで銚子電鉄は何度も経営危機を乗り越えています。現在も経営は楽観視できる状態にはなく、2025年度は「犬吠崖っぷちライン」という自虐的な愛称をつけて世間にPRするとともに集客に努めています。
なんとか路線を維持しようと試行錯誤する銚子電鉄の全線踏破に挑みました。
ぬれ煎餅の売上で電車の修理代を調達
千葉県銚子市に路線を有する銚子電鉄は、銚子駅-外川駅の約6.4kmの短いローカル私鉄です。起点になっている銚子駅は総武本線が接続し、特急列車も停車します。そのため、観光客が足を運びやすい環境といえます。
しかし、銚子電鉄にJRの列車は乗り入れをしていません。そのため、銚子電鉄に乗るには銚子駅で乗り換える必要があります。
銚子電鉄の沿線は農村然としているため、通勤需要が少ない路線です。利用者は平日なら高校生、土日祝日なら沿線外からの来街者や観光客がメインです。しかし、全線が約6.4kmと短いため、中高生などは自転車で移動することも珍しくありません。
そうした沿線環境のため、銚子電鉄はマイカーが普及していなかった昭和期から苦しい経営が続き、平成期には常に経営危機と隣り合わせの状態でした。
銚子電鉄の経営危機が全国的に知れ渡ったのが、2006年に「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」という文章を公式サイトに掲載して、自社で製造・販売しているぬれ煎餅の購入を呼びかけたことでした。
当時はSNSのような手軽に発信できるツールはなく、まだスマホも普及していません。そのため、インターネットでの訴えは今ほどは多くの人の目に留まりません。
ところが、銚子電鉄の悲痛な叫びは鉄道会社の本業である電車に乗ってほしいというものではなく、副業で販売していたぬれ煎餅を買ってほしいというものでした。そのユニークな訴えがインターネットユーザーに注目されて結果的に広く拡散されたのです。
インターネットユーザーによって拡散されたぬれ煎餅を購入してほしいという呼びかけは大反響を呼びました。その話題を聞きつけたテレビや新聞が取り上げることで、さらにぬれ煎餅を買って銚子電鉄を助けようという支援の輪が広がります。こうして全国から注文が相次ぎ、ぬれ煎餅の販売収入によって電車の修理代を調達することに成功しました。
危機は脱したものの、それは一時的に過ぎません。利用者が増えなければ、会社の利益は増えず、再び経営危機に陥ります。
とはいえ、沿線人口が急増するような魔法はありません。そうしたことから、銚子電鉄はその後も運輸外収入を稼ごうと模索しています。2015年には駅名を販売するネーミングライツを導入し、2018年には“経営がまずい”にひっかけて、スナック菓子の「まずい棒」を販売しました。
2019年には音楽メーカーのヤマハミュージックエンターテイメントの協力を得て電車走行音や踏切音の音楽配信を開始。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大によって来街者や観光客が急減したことを受けて、自主制作映画「電車を止めるな!」を公開。2021年には電力事業にも参入しています。
このように、銚子電鉄は鉄道の運輸収入一本槍の経営ではなく、物販や飲食業といった副収入の選択肢を増やしてきました。それは年を経るごとに多角化しています。
それでも過疎化の影響から、利用者は右肩下がりを続けています。そうした状況を受け、銚子電鉄は2025年度から1年間限定で「犬吠崖っぷちライン」という愛称をつけました。これは、銚子電鉄が太平洋に突出する犬吠埼を走っていることに由来していますが、同社独自の経営が崖っぷちというダブルミーニングを含んでいることは言うまでもありません。
漁港として栄えた銚子と鮮魚列車
前置きが長くなりましたが、銚子電鉄の全線踏破へと出発しましょう。スタート地点の銚子駅はJR総武本線を走る特急「しおさい」の停車駅かつ終着駅です。
銚子と東京を結ぶ特急列車の「しおさい」は、1975年に総武本線の全線電化に伴うダイヤ改正から運行を開始しています。「しおさい」には183系電車が使用され、同車両は2005年まで特急列車として銚子-東京間を走り続けました。
「しおさい」に使用されていた183系は、2005年に新型車両の255系とE257系500番台へと置き換えられ、現在はE257系もしくはE259系で運行されています。183系が「しおさい」として銚子駅へと乗り入れていた期間は30年ですが、昨年、特急「しおさい」が運行を開始してから50年を迎えました。
当時を懐かしむとともに銚子のにぎわいを支えてきた「しおさい」の功績を讃えるため、昨年に銚子駅の構内で特急「しおさい」の写真展が開催されました。そこで展示された写真は、引き続き現在も駅構内に飾られています。銚子市および銚子市民にとって、「しおさい」は運行される車両が代わっても銚子発展の立役者であることに変わりはないのです。
銚子駅はJR東日本が管轄する駅ですが、銚子電鉄はJRと改札・ホームを共用しています。乗り換え時に改札を通る必要はないのですが、銚子電鉄の電車に乗車する際に通るのは銚子電鉄の改札ではなくJRの改札です。こうした構造は乗り慣れた地元住民なら、乗り換えのために長々と歩く必要がないと便利に思うでしょう。一方、初めて銚子を訪れた来街者・観光客は銚子電鉄ののりばを探して右往左往するかもしれません。
銚子駅を出て、駅南側へと通じる跨線橋へと足を向けてみます。跨線橋からは銚子駅に並ぶ列車を眺めることができます。かつて銚子は関東最東端の都市として、漁港として栄えました。銚子で水揚げされた魚介類は新鮮なうちに一大消費地の東京へと運ぶため、自動車が普及する1970年代まで鮮魚列車が頻繁に運行されていました。銚子駅には多くの側線があり、これらは貨物列車が行き交った時代の往時を伝えるものといえるでしょう。
銚子駅の北東には、かつて新生駅がありました。明治期に開設された新生駅は砂利輸送目的とした貨物列車の専用駅として使用されていましたが、昭和戦前期には軍事目的の資材輸送を担う貨物駅となり、戦後は鮮魚列車が発着する駅になりました。
時代によって役割を変えてきた新生駅は、高度経済成長期にトラックが普及して鉄道輸送が衰退したために1978年に役割を終えました。
銚子駅の駅舎はそれなりの規模で、駅前広場やロータリーも広々としています。また、駅前から北へと伸びている県道37号線も大型道路へと整備されました。大きな道路がまっすぐと伸びていますが、駅前の交通量は多いようには感じません。
駅前ロータリーには国木田独歩百年忌記念石碑や日本初の修学旅行到達の地碑が建立されています。国木田独歩は宮谷県海上郡銚子(現・千葉県銚子市)出身の小説家で、その才能は文豪・夏目漱石や芥川龍之介から高く評価されていました。しかし、満36歳で病没。活躍期間が短かったことなどから、誰もが知る代表作があるというほどの認知度はありません。
駅前ロータリーの掲示板や照明柱には、国旗に似たデザインの外国旗が描かれています。これは国際信号旗と呼ばれるもので、各国の船舶が海上において通信に利用する世界共通の旗です。そうした国際信号旗が描かれているのも、いかにも港町・銚子を感じさせてくれます。
ロータリーから駅前商店街の結節点には、千葉県のマスコットキャラクター「チーバくん」が自転車を漕いでいる像が設置されています。これは太平洋岸自転車道起点モニュメントです。
太平洋岸自転車道は銚子市を起点に和歌山県和歌山市の加太海岸までの約1,200kmにも及ぶ長大なサイクリングロードです。
昨今は環境保護の観点から自転車利用が見直されるようになりました。それと並行して自転車競技やレクリエーションとしてのサイクリング・ツーリング・ポタリングを奨励する機運も高まり、各地で自転車道の整備も進められています。
2026年4月から自転車は歩道ではなく自転車道を通行するようにルールも変更。自転車利用者の違反を取り締まる青切符も導入されます。まだ自転車使用および自転車道の環境がきちんと整備されているとは言い難い状況で、青切符の導入などは見切り発車のような気もしますが、競技・レクリエーションとして自転車が利用される風潮が高まっていることは移動の選択肢を増やすという意味で決して悪いことではありません。
JR東日本千葉支社は、房総半島の活性化を企図して2013年から断続的にサイクリングイベントを開催してきました。こうした事前準備で機運を整えた後、JR東日本は車内に自転車をそのまま積み込める列車「BOSO BICYCLE BASE(B.B.BASE)」の運行を2018年1月から開始しています。
B.B.BASEは主に東京・墨田区の両国駅発着で、館山方面の「B.B.BASE内房」、安房鴨川方面の「B.B.BASE外房」、銚子方面の「B.B.BASE佐倉・銚子」など数ルートが運行されています。そのため、銚子駅にもB.B.BASEのステーションが設置されています。JR東日本の後押しもあり、銚子駅から太平洋岸自転車道を走っていくファンも多そうです。
銚子駅前から離れて線路沿いを東へと歩いていきます。電柱にも銚子電鉄を応援しているプレートがとりつけられていて、街全体から銚子電鉄愛が伝わってきます。
経営を維持するために売れるものはなんでも売る
歩いてすぐ駅前の喧騒はなくなり、最初の踏切に出会います。そこから側道に沿って歩くと、遠目にしょうゆ工場のプラントが見えてきます。これが銚子に本社を置くしょうゆメーカーのヤマサの工場群です。
千葉県は全域的にしょうゆ製造が盛んな土地です。その理由は江戸期に利根川の水運を利用して、一大消費地の江戸にしょうゆを運ぶことができたからです。銚子ではヤマサ醤油やヒゲタ醤油が創業。ヤマサ醤油は現在でも銚子市に本社を置き、銚子電鉄の沿線にも工場があります。ヒゲタ醤油も市役所の近くに研究所などの事業所を置いています。
ほのかに漂うしょうゆのにおいを嗅ぎながら線路沿いを歩くと、ヤマサの工場敷地へとつながる踏切が見えてきます。
経営を維持するため、銚子電鉄は売れるものはなんでも売る姿勢を貫いてきました。そうした取り組みの中で、踏切の名称もネーミングライツとして販売しています。ヤマサの工場につながる踏切には、“ヤマサ踏切”という名称がつけられています。
ヤマサ踏切を横目に東へと歩くと、仲ノ町駅に到着。駅舎はこぢんまりとしていますが、同駅は銚子電鉄の本社所在地でもあり、隣接地には銚子電鉄の車庫が併設されています。車庫の見学は、基本的に入場券を購入することで時間内ならいつでも可能です。
仲ノ町駅から次の観音駅までは、線路沿いを歩きます。観音駅は和風な駅名でありながらも、駅舎の意匠はスイスの登山鉄道風になっています。その駅名が示す通り、飯沼観音で親しまれる圓福寺観音堂の最寄駅です。
自動車が普及していない時代は、多くの来街者・観光客が同駅で下車して飯沼観音へと向かっていたことでしょう。そうした参詣者を見込み、1976年に同駅構内にたい焼き屋がオープンしています。
当時の経営方針は定かではありませんが、観音駅のたい焼き屋が銚子電鉄の物販で稼ぐことのルーツにもなっているように思えます。しかし、飯沼観音には広大な駐車場が整備されているので現在は観光バスで足を運ぶ観光客が多くなっています。そうした影響から、観音駅の利用者は急減。2017年には、たい焼き屋は閉店してしまいました。
観音駅から本銚子(もとちょうし)駅へと向かいます。本銚子駅は観音駅から県道244号線を東へと向かいますが、その途中に、なだらかな坂を登ることになります。山中へと分けいるような雰囲気の道路を歩くと本銚子駅に到着です。
本銚子駅の駅舎は1913年に開設されて以来、大規模な改修・補修をされていませんでした。苦しい経営が続く銚子電鉄は、費用面から駅舎を新しくできなかったのです。
日に日に朽ち果てていく駅舎を新しくするべく、タレントのヒロミさんが2017年に放送された日本テレビ系列「24時間テレビ」の企画で本銚子駅舎のリフォームに挑戦します。ヒロミさんは実家が工務店を営んでおり、自身のYouTubeチャンネルも「Hiromi factory チャンネル」と名付けています。そうしたところからも、DIYが好きであることは伝わってきますが、そうしたDIYの腕が見込まれて声がかかったことは想像に難くありません。
ヒロミさんは2日間にわたって外壁や屋根、待合室を手直しし、同駅を大正モダン風の見違える姿に生まれ変わらせました。ヒロミさんが手直ししたという評判も相まって、本銚子駅そのものが観光地になっています。
また、本銚子駅は切り通しの中に所在しているので、駅を見下ろすように跨線橋が架かっています。そのため、本銚子駅を訪れた観光客の多くは駅からいったん出て跨線橋に立ち、そこから駅舎やホームにカメラを向けて記念撮影します。しかし、銚子電鉄は1時間に1本程度と運転本数が少ないため、記念撮影のために電車に乗らないとなると、次の電車まで手持ち無沙汰になります。
筆者のように全線踏破を目的としているなら別ですが、電車を撮影するために電車を1本見送る観光客は多くありません。跨線橋からカメラを構えていた多くの観光客は、電車の入線シーンを跨線橋から撮ることなく、ホームへと戻り次の電車に乗って移動していきました。
駅のスポンサーは育毛剤開発企業のちナウル共和国
銚子電鉄は駅名や踏切の名称をネーミングライツで販売していることはすでに紹介しました。駅名のネーミングライツは全国の鉄道事業者が取り組んでおり、踏切よりも一般的です。駅名のネーミングライツは、副駅名として販売されるケースが一般的です。
そうした駅名のネーミングライツは地方のローカル鉄道・路線に限った話ではありません。東京では山手線の神田駅が2023年からアース製薬本社前、池袋駅が2024年からビックカメラ前の副駅名称をつけています。
銚子電鉄が取り組む駅名のネーミングライツは、ほかの鉄道事業者と比較するとかなり尖っている印象を受けます。それを端的に表しているのが、本銚子駅と隣駅の笠上黒生駅です。
本銚子駅は2016年からヒゲタ醤油がスポンサーとなって「ヒゲタ400年玄蕃の里」という副駅名称がつけられていました。
翌2017年からは京葉東和薬品がネーミングライツを取得。新たに「上り調子 本調子 京葉東和薬品」という副駅名に変更されました。副駅名というよりは企業のキャッチコピーを織り交ぜたダジャレといった印象です。銚子電鉄が販売する商品の多くはダジャレを織り交ぜていることを踏まえると、むしろ銚子電鉄らしい副駅名称といえるかもしれません。
次の笠上黒生(かさがみくろはえ)駅は、そのユニークな駅名から育毛剤の企画と開発を手掛けるメソケアプラスが2015年にネーミングライツを取得しました。そして、駅名をもじった髪毛黒生(かみのけくろはえ)という副駅名をつけました。
この副駅名は笠上黒生からの連想によって付けられているわけですが、副駅名というよりも駅名を変更したと思わせるような名称になりました。同駅では副駅名称の導入を記念して、昆布を使用した「髪毛黒生駅」記念入場券を販売。2017年からは正月に「黒髪祈願・発毛祈願バージョンの初詣用駅名看板」を設置。同駅名標は正月の限定バージョンとなっていました。
笠上黒生駅のネーミングライツは全国に話題を振りまきましたが、2025年からはスポンサーがナウル共和国になりました。ナウル共和国は南太平洋に浮かぶ小さな島国です。日本からは約5,000kmも離れ、日本からの直行便もありません。
そのため、日本や日本人とは縁が遠い国です。ましてや千葉県の片隅を走る銚子電鉄とは何の関係もないように思います。それにも関わらず、ナウル共和国が笠上黒生駅のスポンサーになったのは、どういった経緯なのでしょうか?
そのきっかけとなったのは、銚子電鉄がネーミングライツのスポンサーを求めて制作したWebサイトです。財政が苦しい銚子電鉄は広告制作を専門業者に任せられず、職員が短時間で作成しました。そのため、現代風なデザインにはならず、古臭いデザインになりました。
一方のナウル共和国は、2025年に開催された大阪・関西万博2025にパビリオンを出展することになっていました。その宣伝をするため、広告を作成する必要に迫られていたのです。そこでナウル共和国の政府観光局は、銚子電鉄と似たようなデザインで広告を制作しました。
広告が似ているといった縁から、銚子電鉄とナウル共和国は急接近。晴れて、笠上黒生駅の新たなスポンサーになったのです。さらに笠上黒生駅のホームには日本ナウル友好記念博物館が開館。友好の架け橋を担っています。
本銚子駅は山奥にあるような佇まいでしたが、笠上黒生駅は開けた場所にあります。銚子電鉄は全線が単線ですが、笠上黒生駅は2面2線構造です。ラッシュ時などは同駅でのぼり列車とくだり列車の行き違う光景が見られます。
そして、同駅を過ぎると沿線にはキャベツ畑が目立つようになります。銚子市は春キャベツの栽培が盛んで、出荷量も全国一です。春キャベツの収穫時期は4月から6月ですが、3月頃から畑一面が緑色に染まります。
沿線を歩いていても、先ほどまでほのかに漂っていた醤油のにおいからキャベツのにおいへと変化していることを実感します。また、キャベツ販売を宣伝している農家の看板も目にできます。
こうしてキャベツ畑を眺めながら歩くと、西海鹿島(にしあしかじま)駅に到着です。同駅は1970年に開業した銚子電鉄でもっとも新しい駅です。最新といっても、開業から半世紀以上が経過しています。そのため、ホームにある待合室は時代を感じさせます。
西海鹿島駅から海鹿島駅へと向かう途中、一般的に“勝手踏切”と通称される私設踏切を発見しました。銚子電鉄にはいくつか私設踏切がありますが、危険だから渡らないように注意喚起の看板が立てられています。
私設踏切は事故が起きやすく、人命や鉄道を守るという意味でも閉鎖・廃止は鉄道事業者の課題になっています。しかし、複雑な歴史的経緯があり、鉄道事業者の判断だけで閉鎖・廃止できないのが現状です。
西海鹿島駅から住宅地の中にある海鹿島駅へと到着。海鹿島駅のホームには、日本一ちっちゃな美術館があります。美術館というよりは、ギャラリースペースといった趣です。
海鹿島駅の周辺はのどかな住宅地ですが、同地は保養地として文人墨客から愛されてきました。銚子駅にも碑がある国木田独歩も海鹿島を愛していたため、同駅の近隣に碑が建立されています。
大正ロマンの画家・詩人の竹久夢二も海鹿島に縁があります。竹久が作詞した「宵待草」は大正時代にヒット曲になりましたが、竹久が存命中は「宵待草」の舞台が明らかになることはありませんでした。竹久没後、研究者の調査によって舞台が海鹿島と判明します。それにちなんで、詩碑が建立されたのです。
そのほか、海鹿島駅の周辺には画家・小川芋銭の句碑や尾崎行雄(咢堂)の歌碑も点在しています。憲政の神様とも呼ばれる尾崎は政治家として有名ですが、書画にも造詣が深く、揮毫の際には咢堂の号を用いていました。
海鹿島駅から次の君ヶ浜駅までは国有林の中に線路が敷設されています。特に側道はないので、県道244号線まで歩き、そこから南下していきます。途中の脇道を入っていくと、君ヶ浜駅が見えてきます。
同駅はホームに柱だけが立っている殺風景な印象ですが、もともとはイタリア風のゲートが建っていたようです。それらは、やはり財政難から再建されず、今に至っています。その様子は、まるで両腕を失ってしまった古代ギリシャ彫刻のミロのヴィーナスを彷彿とさせます。
再び県道244号線に戻って、次の犬吠駅を目指します。県道244号線は交通量が比較的に多い幹線道路ですが、線路との間にはキャベツ畑が広がります。キャベツ畑を眺めながら歩き、銚子電鉄の線路が近づいてくると犬吠駅に到着です。
銚子市は房総半島の最東端に位置し、太平洋に突き出た岬は犬吠埼と命名されています。犬吠埼は日本一早い初日の出スポットとして元日はにぎわいますが、普段は静かな雰囲気です。それでも夏季は海水浴客でにぎわい、最近は重要文化財にも指定された犬吠埼灯台や白亜紀の地層を見ることができる地としてファンの間では人気を高めています。
そうした名所旧跡の最寄駅でもある犬吠駅そのものも、1997年にヨーロッパスタイルの白壁と絵タイルが美しいとの理由から関東の駅百選に選出されました。
犬吠駅は駅舎も大きく、駅前広場と駐車場も併設されています。これまでの駅とは明らかに異なる規模と雰囲気で、そのために銚子電鉄関連のイベントは同駅で開催されることが多いようです。駅舎内には売店などもあり、名物のぬれ煎餅やたい焼きなどが販売されています。自動車で観光に来た人たちが食事やお土産購入で立ち寄っていました。
銚子電鉄は飲食や物販の収益で鉄道事業を支えているので、犬吠駅は貴重な営業拠点といえます。2025年には犬吠駅の販売力を強化するべく、「てつみちの駅・犬吠店」としてリニューアルオープンしました。
道の駅は国土交通省に登録されている道路施設の名称で、国土交通省のWebサイトでてつみちの駅・犬吠店が登録されていることは確認できませんでした。犬吠駅は鉄道施設ですから不自然なことではありませんが、そうした事情を斟酌しつつ、自動車で同地を訪れる観光客を取り込むべく鉄道と道路の施設名を混ぜ合わせたのではないかと推察できます。
にぎわう犬吠駅を後にして、終点の外川駅に向かって県道244号線を歩きます。犬吠駅から徒歩5分ほどで到着です。
駅に隣接して銚子信用金庫が立地していますが、駅周辺は商業地といった趣はありません。静かな住宅地といった雰囲気です。外川駅には留置線があり、デハ801形が保存展示されています。かつては車内を見学できたようですが、現在は公開していません。
2016年、同駅の北側に画家の間弓莉絵さんがデザインした笑顔の塔が建てられました。笑顔の塔は高さ3.2mで、外川駅のネーミングライツを取得して千葉県を営業エリアにしている工務店の早稲田ハウスが寄贈しています。
そして駅内にはぬれ煎餅やまずい棒などを販売している売店があります(3月14日より窓口業務および売店は当面の間、休止)。また、待合室のベンチにはヤマサ醤油やヒゲタ醤油といった地元の企業名が入っているベンチが置かれていました。
銚子電鉄は2025年度に1年間限定で犬吠崖っぷちラインという愛称をつけたことは先述した通りです。自虐的な愛称は、あくまでも生き残るための戦略です。
そうした試行錯誤の取り組みは評価されるものですが、現実は自虐を超えて厳しさを増しています。2025年は米価格が高騰しました。ぬれ煎餅の原料はうるち米で、主食の米とは異なりますが、それでも、うるち米やしょうゆといった原材料費が高騰しています。そうした原材料費の高騰は、ぬれ煎餅の利益を圧縮します。それは銚子電鉄の経営を揺るがす一大事です。
また、2026年2月末にアメリカがイランを攻撃し、それに伴って中東諸国から日本への石油輸送が困難になっています。日本政府は早々に備蓄石油の放出を発表していますが、それでも原油高、ひいてはエネルギー価格全体が高騰することは避けられません。当然、電気代にも反映され銚子電鉄の経営を圧迫します。そうした世界情勢もローカル線の命運を左右します。
「犬吠崖っぷちライン」の愛称は2025年度の限定使用です。しかし、使用しなくなるからといって、経営危機から脱するわけではありません。
今回の全線踏破で、銚子電鉄は沿線住民や利用者、そして地元企業に愛されている鉄道会社であることを実感しました。米価・エネルギー価格の高騰に負けぬよう、走り続けてほしいと願うばかりです。




































