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世界がチープカシオを“再発見” 欧米でヒットの理由と魅力

日本で“チープカシオ”、欧米で“カシオヴィンテージ”と呼ばれている製品群が、世界中で人気を集めている。欧州でレトロなファッションアイテムとして注目が集まり人気に火が付くと、世界に飛び火。カシオもラインナップの拡充を進めている。

本稿では、こうした“カシオウォッチ”の企画を担当しているカシオ計算機 時計事業部 商品企画部 第二企画室の衣笠裕氏、市村裕美氏に話を伺い、近年の世界的ヒットの背景などを聞いた。後半は、チープカシオの中心的モデル「F-91W」を代表例として、その魅力に迫っている。

カシオ計算機 時計事業部 商品企画部 第二企画室の市村裕美氏(左)、衣笠裕氏(右)

なお、“チープカシオ”はカシオが公式に用いている呼び方ではないが、ファンの間で広まっており、ポジティブなニュアンスとして文中でも使用している。おおむね1万円以下、特に3,000円以下の製品を指すことが多い。日本ではカシオの「Casio Collection」「Casio Classic」というシリーズが該当し、海外では「CASIO VINTAGE」というシリーズで展開されている。「G-SHOCK」と対比するような、より広範な製品群を指す場合は「カシオウォッチ」と記載している。

欧米でファッションアイテムに

近年のチープカシオの世界的な人気、その発端は、欧州だという。今から約15年前、2000年代後半に欧州でデジタルウォッチの「A168」がヒットしたことがきっかけで、そのレトロなデザインやミニマルさ、買いやすい価格から、主にファッションアイテムとして欧州の10~20代の若者の間で人気を集めた。

A168

その後人気は米国にも飛び火して、欧米諸国のファッション感度の高い若者の間でレトロなカシオウォッチが広まっていった。カシオはこのヒットを受け、欧米市場で「CASIO VINTAGE」として一連の初期製品をシリーズ化。復刻版や流行を反映したアレンジ版も投入し、ファッションアイテムとして市場認知の確立に成功した。

1982年発売の「SA-410」を復刻した「A700」
1988年発売の「AB-100」を復刻した「AQ-800」(6,600円)。これはモダンカラーにアレンジした「AQ-800E-3AJF」

一連の流れは、“G-SHOCKではないカシオの腕時計”や“その他大勢”のような扱いだった、名もなきカシオの製品群に新たな道筋を与えた。

日本では“チープカシオ”としてジャンルが認知されつつあったが、中心になる製品は、元をたどると海外でシェアを取るために開発された製品が多い。コストパフォーマンスを追求する関係上、G-SHOCKのようなプロモーション活動も行なわれていなかったが、近年はファッションブランド側から指名される形でコラボレーションが実現するなど、状況は一変。人気はユーザーだけでなく、ファッションブランドやゲーム・ドラマなどカルチャーの業界側にも及んでいる。

パックマンとのコラボレーションモデル「A100WEPC」(12,100円)
「UNO」とのコラボレーションモデル「A168WEUC」(12,100円)

「当初からは考えられないような形で、店頭、コラボ、ネットと、人気が拡大しています。この15年で、市場の大きさはびっくりするほど広がりました。この数年はさらに拡大が顕著です」(衣笠氏)。

欧米の流行をキャッチアップしたCASIO VINTAGEの取り組みと成功はカシオの社内でも評価され、市村氏は社長賞を受賞した。今後も日本を含めワールドワイドでラインナップが拡充される見込みになっている。

衣笠氏は、カシオがかつて販売したさまざまなモデルをチェックしているとのことで、販売が長らく途絶えているシリーズが復活する可能性にも言及していた。

近年の動向としては、カシオウォッチの中でアナログ表示の腕時計の人気が高まっていることも特徴。「スマートウォッチの動向なども参考にしながら、欧州のトレンドや、クラシックなデザインも取り入れるようになっています」(市村氏)とのことだ。

CASIO CLASSIC AQ-240E-7AJF、7,700円。10月発売予定の新作
CASIO Collection STANDARD MTP-M305D-7AJF、17,600円。10月発売予定の新作

チープカシオの真髄

CASIO VINTAGEの欧米でのヒットや、若年層が魅力を見出していることは注目に値し、これは近年のレトロブームや、古き良きモノを若者が発見・再評価するという流れの中にある。ラインナップにいくつかある、一見すると派手過ぎるような全身ゴールドカラーのモデルも、ファッションアイテムとして使いこなせればアクセントになる。

左から、「CA-500WEG」(10,450円)、「ABL-100WEG」(13,750円)

しかし一方で、チープカシオ自体は本来、実用性を極めたような製品であり、ある地域では支配的で“巨大な存在”という一面も持っている。

チープカシオの代表的な製品に「F-91W」というモデルがある。1989年発売のこの製品は、発売当時からほぼ仕様を変えず、現在も新品を購入可能。日本での販売価格は2,200円、実売価格は1,500円前後だ。部品点数の少ない小型電子機器とはいえ、36年にもわたり現行製品として販売されているのは驚くべきことだが、チープカシオにはアナログの「MQ-24」(1987年発売)をはじめ、同様の製品がいくつも存在する。

「MQ-24」(1987年発売)と「F-91W」(1989年発売)。どちらも現行モデルで、2,200円

チープカシオの核となる製品が今も作り続けられている理由は何なのだろうか。衣笠氏は、代表的なF-91Wについて、「さまざまなカシオの歴史や背景から生まれた製品」と振り返る。

F-91Wは、起死回生を狙った製品だった。80年代前半、デジタルウォッチの需要が落ち込み、カシオが苦境に陥っていた時期に開発され、「とにかく安く作れるように、ありとあらゆる知恵を絞った。でも、品質は落とさなかった」のがF-91Wだったという。

F-91W

F-91Wがターゲットとした市場は、中東諸国やインド、パキンスタン、バングラディシュ、アフリカ諸国、東南アジアなど。「カシオブランドの腕時計はロープライス・ハイクオリティ、それが命」(衣笠氏)と言うように、低コストで製造できて、とにかく買いやすく、実用性に優れた高品質な製品を、これらの地域に提供することが狙いだったという。

「涙ぐましいコストダウンの努力がされている。血と汗と涙の結晶」(衣笠氏)といい、そうした苦労は製品の隅々にまで及んでいる。例えば、製品のケースとバンドをつなぐ部分。一般的には、「バネ棒」と呼ばれる両端が伸縮するピンを用いるが、F-91Wはコスト削減を徹底するため、片側から穴に挿し込む「圧入ピン」を採用、わずか数円のコストダウンにもこだわった。

一般的なバネ棒を採用しているMQ-24(左)と、圧入ピンのF-91W(右)
F-91Wの、バンドとケースをつなぐ部分と圧入ピン
コスト削減のためバネ棒ではなく圧入ピンを採用。バンド裏側には圧入ピンを抜く方向が矢印で記されている ※ピンの着脱は自己責任で行なう作業

安くて電池が長持ちし、壊れにくく、ストップウォッチやアラームなど実用的な機能も搭載。格安で腕時計としての基本を極めたF-91Wは、ターゲットとした市場で大ヒットした。

電池寿命は公称で約7年とされているが、これはライトやアラームといった各機能を使う場合を想定したもの。海外でのエピソードとして、20年以上前に紛失したF-91Wが地中から見つかり、まだ動いていたという報告があったのはファンの間では有名になっている。

また、チープカシオの製品の多くは、すぐにカタログ落ちするようなものではなく、複数年にわたって販売することも目指した。「最低5年、できれば10年は売りたいと思って作っている」と衣笠氏が語るように、長く販売する製品として開発され、実際に長く展開されてきた。

そして、中東をはじめとした市場で脈々と評価され続け、今に至っている。これら地域におけるF-91Wの存在は特別で、現在では「F-91W」という製品型番そのものが“ブランド”として認知されているという。

F-91Wが腕時計の業界人から「控えめな傑作」と呼ばれ、「人類のインフラ」と評されることがあるのも、こうした(欧米以外の)地域で絶大な人気を獲得し普及してきた背景がある。高級品ではなく実用品として、多くの市民の生活にかかせない存在になっており、90年代や00年代にはすでに巨大な存在になっていたのだ。カシオはF-91Wの出荷本数を公開していないが、累計では「非常に大きい数字」(衣笠氏)になるとしている。

中東地域にフォーカスしたエピソードとしては、日本で2025年8月に発売された、アクセントカラーがグリーンの「F-91W-3JH」がある。実はこのカラー、アラブ諸国やイスラム教で象徴的に用いられるグリーンがモチーフで、中東地域では比較的初期から販売されているという。ただしこれらの地域でも、F-91Wは初号機のブルーが最も売れているとのことだった。

F-91Wの初号機であるブルーの「F-91W-1JH」(左)と、グリーンの「F-91W-3JH」(右)

F-91Wが今も変わらず作り続けられる理由には、意外なものもある。それは「偽物対策」だという。

F-91Wには、偽物対策として、右下のボタンを3秒間長押しすると画面に「CASIO」と表示される真贋チェック機能が搭載されている。しかしこの機能は、搭載してすぐにコピーされてしまったという。現在に至るまでコピー品の流通や、それに関する問い合わせは頻繁にあるというが、衣笠氏がとった方法は、同じものを製造し、提供し続けることだった。

右下のボタンを3秒間長押しすると「CASIO」と表示
3つのボタンすべてを同時に押すと液晶が全点灯する。これは出荷時の検査用機能とのこと

「(オリジナルが有名過ぎるため)変えてしまうと、偽物になってしまう。下手に変えられないし、変える必要もない」(衣笠氏)。

調達が困難になった部品は代替品に置き換えるなどしているが、製造方法まで同じまま現在に至っているのは、一貫して“オリジナル”を提供し続ける、という意味もある。

カシオは2025年4月、特許庁に申請を行ない「F-91W」の商標登録に成功している。一般的に型番などは商標登録が難しく、「F-91W」も単なる文字列として一旦は却下されたものの、中東をはじめとした地域での影響力やブランド化している実態について資料を提出、商標登録にこぎつけた。日本では商標保護の側面が強いが、F-91Wにまつわる象徴的な、そして最新のエピソードといえる。

大統領も億万長者もチープカシオ

最後に、F-91Wをはじめ、チープカシオを着用したことが知られている著名人とモデルを紹介しよう。言うまでもなく、カシオがプロモーションとして依頼したものはひとつとしてなく(そんな次元の顔ぶれではないのだが)、各人がそれぞれの理由でチープカシオを選んでいる。

先代の第266代ローマ教皇・フランシスコは、アナログ式でシンプルな「MQ-24」(2,200円)を着用していたことが知られている。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏もチープカシオの愛用者で、「MDV-106-1A」「MRW-200H-1B2VDF」などの着用が確認されている。

「MQ-24」(2,200円)
「MDV-106-1A」(日本未発売デザイン)

映画の中では、マイケル・J・フォックスが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にて電卓ウォッチの「CA-53W」(3,300円)を着用。トム・クルーズは「ミッション・インポッシブル」にて、チープカシオ最強と呼ばれるタフ設計の「DW-290」を着用している。

スポーツ界では、テニスのセリーナ・ウィリアムズ選手が電卓ウォッチ「CA-53W」を着用して、2000年代初頭の試合に出場していたことが確認されている。サッカーのロベルト・レヴァンドフスキ選手は、ゴールドカラーの「A158WETG-9AVT」を着用し、2022年のバロンドールの式典に出席している。

「A158WETG-9AVT」(日本未発売)

今では世界中で有名になったF-91Wは、テロ組織のアルカイダを率いたウサマ・ビンラディンが着用していた写真がつとに有名。一方、同時代のアメリカ合衆国 第44代大統領であるバラク・オバマ氏も、若い頃にF-91Wを着用している写真が確認されている。

これらの逸話は、世界のどんな場所で、どんな人にも、安くて長持ちする道具として信頼されてきた証になっている。最近はそれに「ファッションアイテムとして」が加わった。チープカシオは、“全くチープではないエピソード”に彩られているのだ。

太田 亮三