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なぜ博多は「駅そば」ではなく「駅ラーメン」なのか 国鉄民営化から始まった
2025年10月2日 08:40
電車を待っているけど、コバラが空いている。もし東京なら「ホームの『駅そば』食べていこう!」となるが、博多駅だと「ホームで『豚骨ラーメン』食べていこう!」となる。
ラーメン文化が根強い福岡県の中心駅である鹿児島本線・博多駅では、普通なら「駅そば」があるホームの一角に、JR九州系列の「まるうまラーメン ぷらっと」(以下「駅ラーメン」)がある。普通なら昼・晩になって店を開けるが、駅ラーメンは朝7時から営業。広範囲で美味しそうな匂いを漂わせる店に、電車を降りた乗客が、次々と吸い寄せられていく。
福岡の街は、駅を一歩出るとラーメン店だらけ。市内で1,000軒ものラーメン店がひしめくなかで、駅ラーメンは「切符・入場券がないと入れない」という制約があるにもかかわらず、1日平均240人(1時間平均で15人程度)、もっとも賑わう21時ごろは忙しいときに1時間40人以上もお客さんが殺到するという。中には、帰りの電車が発車する間際まで、必死にラーメンを啜っている人までいて……それほどまでに、鉄道の利用者は駅ホームのラーメンを欲しているのだ。
なぜ、博多駅ホームのラーメンは繁盛しているのか? そしてなぜ、無性に食べたくなるのか? まずは暖簾をくぐり、ホーム上で豚骨ラーメンをいただいてみよう。
博多駅の豚骨ラーメン、コスパ・タイパは抜群!
博多駅ホームの「駅ラーメン」の人気の秘訣、それは「コスパ・タイパ・満足感」に尽きるだろう。
福岡市内は物価・人件費の高騰もあって、市内では「ラーメン一杯1,000円の壁」に迫るラーメン店も受け入れられるようになってきた。一方で、駅ラーメンは1杯650円、朝限定メニュー(朝ラー)なら520円からというお手頃価格を維持しており、また食券を出して2~3分もあれば、目の前にラーメンが到着する。
さらに、駅ラーメンは紅ショウガや高菜を自由に取ることができ、多めにトッピングを入れれば「こってりしたラーメンを食べた!」という満足感を得ることができる。もっと食べたければオプションで明太ご飯を頼むもよし、焼き豚・ねぎ増量などのトッピングを頼むもよし、替え玉を頼むもよし。
缶ビールもあるので、豚骨ラーメンをアテに発車時間まで飲むことだってできる。快速電車や「ソニック」「にちりん」などの特急列車の発車を眺めながら、美味しい豚骨ラーメンとビールを味わいながら過ごす電車待ちの時間は、控えめに言って「至福」のひとことだ。
立ち食いそばの文化がある東京・大阪だと「駅ナカ=駅そば」になるが、豚骨ラーメンが圧倒的に支持を得ている福岡県では、やはり「駅ナカ=駅ラーメン」だ。一方でそば店は?……ラーメンとならぶ福岡名物である「うどん」を出す店(博多ホームうどん店)もあるが、そばをメインとした店は探しても見つけられなかった。
ただ、駅ラーメンの運営は、そうラクではないようだ。運営するJR九州フードサービスによると、駅ホームのラーメン店ならではの苦労もあるという。
ホーム上にある店舗は幅数mの長方形で、厨房は見るからに狭い。店内での作業は米の炊飯・高菜炒めづくり、そして「麵をゆでる、スープをかける」といった基本部分に限られるが、それでも特にピーク時の1時間40人の来客を、1~2名体制でさばく苦労は、並大抵ではないという。
また休憩室などは離れた場所にあり、1人体制でトイレなどに行く際は、一時閉店するという。なかには電車の発車時間前で「早くラーメンを出して!」と催促する利用客がおり、気苦労もあるのだとか。
駅ラーメンは「極小面積・少人数で高回転のラーメン店を経営」という効率の良いビジネスモデルではあるが、その分店員を多く置けず、トラブルがあると対応は難しくなるという。また長期休暇の際には食材の置き場所に苦労するなど、スモールビジネスなりの悩みもあるようだ。
それでも、「博多の駅ラーメンを食べたい!」という人は多く、なかには九州外から来た出張族が、新幹線を降りて真っ先に食べにくることもある。近年は「安くておいしい日本食」としてインバウンド観光客(訪日客)が食べに来ることも多いそうで、今後とも「博多の駅ラーメン」は、多くの通勤・通学客や旅行客の胃袋を満たし続けることだろう。
「国鉄リストラ」鉄道マンのラーメン屋から始まった
1987年の国鉄民営化によって、九州全域の国鉄路線の運営は「JR九州」に託された。しかし、大半の路線は赤字とあって、初年度(1988年3月期)の決算は280億円の赤字。ここから、いまの駅ラーメンに繋がる「JR九州・副業の歴史」が始まる。
発足後は「とにかく収益を挙げねば!」とばかりに、ベーカリー・アイスクリーム店・自動車販売業・農業……鉄道の赤字をカバーするため、多種多様な副業で稼ごうとした。その中で、人員整理で離職を余儀なくされた元・鉄道マン達が関わり、JR九州が立ち上げた「マイタウンラーメン」店舗が、九州全域で増加していく。これが、現在の「まるうまラーメン ぷらっと博多」の源流だ。
「マイタウンラーメン」はその後「ラーメン驛一番」に改名。年月を重ねるにつれてスープやチャーシューの手作りや、麺の自家製麺化などを進め、味も評判も向上していった。
そのラーメンを朝から晩までホームの乗客に提供すべく「朝からあっさり食べられる豚骨ラーメン」にこだわって改良を行ない、ホーム上の極小店舗で提供できるよう「材料の製造は店舗外、現地では最終仕上げのみ」という店舗のスタイルも確立。2003年には、博多駅1・2番線ホームのうどん店を改装して、現在の「まるうまラーメン ぷらっと博多No.1」が誕生した。なお、博多駅1・2番のりばにてNo.1、5・6番のりばにてNo.3を展開している。
博多駅のホームで食べることができるラーメンは、一見すると何の変哲もない。しかし、どこにでもありそうな外見とは裏腹に、JR発足後の「マイタウンラーメン」「驛一番」から徐々に研究を重ね、「電車に乗るついでに食べたい」「朝から食べたい」というニーズに合わせ、数十年がかりで考え抜かれて作られた「JR九州ならでは、駅ならではのラーメン」なのだ……そんなことを考えていると、麺が伸びてしまう。ズズッと手早く啜って、満足してサッと店を出るのが一番だ。
全国の「駅ラーメン」事情 小倉駅で新店・東京では「東武名物のラーメン」も
JR九州の管内では、コロナ禍の2021年にラーメン店が閉店した小倉駅で、2025年に新店「のぼれ天まで」が開業した。5番・6番ホームにあるラーメン店は以前と同じように見えるが、メニューやルールはまったく別。この店の運営は「JR九州フードサービス」ではなく、地元・北九州市の「リズム食品」が経営しているそうだ。
さっそく7月のオープン直後に食べてみたところ、白・赤・黒のとんこつスープと極細麺は、博多駅の「まるうま」とは、確かに全然違う。しかし、トッピングで付くバラ軟骨・スペアリブが噛むごとに味わい深く、肉のうまみが溶けだした部分との味のコントラスト・変化を味わえる、なかなか楽しい一杯であった。
ほか小倉駅では、3・4番線ホームに立ち食いカレー「小倉五街道 常盤橋加厘」も8月にオープンしており、7・8番線ホームのうどん店「ぷらっとぴっと」(北九州駅弁当が経営)、コンコースの「玄海うどん」(JR九州フードサービスが経営)とあわせて、一日中食べ歩きができそうなほどに駅ナカフードが充実した。
駅ホームで提供するラーメンといえば、ほかにも東武鉄道アーバンパークライン 春日部駅(埼玉県)などで営業する「東武らーめん」がある。素朴な味わいの醤油ラーメンはチャーシュー・わかめ・なると・ねぎなどが乗り、トッピングでコロッケもある。ふと、食べに行きたくなる一杯だ。
「駅そば店ながら特徴のあるラーメン」に広げれば、大宮駅・京浜東北線ホームで「佐野ラーメン」を提供していたり、静岡駅ホーム「富士見そば」がラーメンをオススメの1つとして掲示していたりなど、意外と全国に散見される。ありそうで意外にない「駅ラーメン」。気軽に各地を巡って、食べに行きたい。











