西田宗千佳のイマトミライ

第112回

携帯大手3社決算にみる「ケータイ料金値下げ」の本当の影響

携帯電話大手3社(NTT、KDDI、ソフトバンク)の決算が出揃った。楽天の決算は8月11日と先だが、ビジネス環境が異なる部分がある。今回は大手3社の決算から、携帯電話料金低価格化の影響と今後の展開について分析してみよう。

・KDDIの1Q決算は増収増益――通信値下げの影響を成長領域でカバー

ソフトバンクの22年3月期Q1は、増収増益の滑り出し

NTT・ドコモ第1四半期決算「料金値下げの影響は大きい」

各社の通信費売上は大幅減少、だが「企業間での顧客流動」は限定的

3社の決算を見ると、共通項はシンプルだ。料金値下げを軸とした「低価格プラン」の影響で、ARPU(ユーザー当たりの売上)は減少、携帯電話関連事業の利益は下がっている。

KDDIのセグメント別利益。通信ARPUの減少を他事業でカバーしている
ソフトバンクのコンシューマ事業売上。携帯電話端末販売の好調さが強調されているが、モバイル事業の売上自体は下がっている。
NTT/ドコモのセグメント別売上・利益。移動体通信(携帯電話)事業の利益は大きく減少している

値下げしたのでそうなるのは誰でも予測できることかと思う。各社年間で数百億円単位での売上減を想定していたが、ほぼその通りになったといえる。

ただそこで、「顧客の流動」が起きたわけでもない、ということが見えてきた。

KDDIの高橋誠・代表取締役社長は「我々でいうとUQ mobileやpovoにお客様が流れていくので、auの稼働数がその分減少」と説明している。MVNOも含む他社からの流動は比較的少ないようだ。

KDDI高橋社長

ソフトバンクは若干解約率が上がったものの、「ソフトバンクユーザーで、価格に敏感な方はワイモバイルに移動することが多い。LINEMOもソフトバンクからの移行が多い」(ソフトバンク・宮川潤一代表取締役社長執行役員 兼 CEO)という。

ソフトバンク宮川社長

NTTの澤田純代表取締役社長は、「13年続いたMNPの転出超過がahamo提供以降、月によって変わるものの、転入と転出がほぼ変わらないような状態で推移している」と話す。ahamoは180万加入を超えたというが、「ドコモからの移転が多いが、他社からのMNPもそれなりにある」(澤田社長)ともいう。

他の大手がそこまで顧客を減らしてはいない、というところを考えると、ドコモから流出するのでなくahamoに移行した人が多いこと、KDDIやソフトバンクではなく、MVNOや楽天からの移行者、もしくは新規加入者がいた、ということと解釈できる。

だとすると、今春の値下げプラン提供以降、低価格化による家計負担軽減はなされたものの、企業単位で見れば顧客の流動性はそこまで高まったわけではない……ということになる。

手続きや出費の簡素化が進んだとはいえ、携帯電話事業者の移行は面倒なもの。消費者は面倒なことはしたがらないものだ。料金による移行施策は一定の効果があるものの、携帯電話事業者の側が「同じ企業グループのままプランだけ移行する」形をアピールすれば、そちらを選ぶ人が増えても不思議はない。

さらにいえば、NTTは「NTTコミュニケーションズ」の統合を控えている。こちらはまだ総務省側での検討結果が出ておらず、今夏に予定されていた統合が遅れている状況だ。

ahamoよりも低廉な料金体系のサービスがどうなるかなど、NTTのコンシューマ向けサービスには影響範囲も広い統合となるが、しばらくは統合を除外した形での戦略展開が続くものと思われる。

「電気料金セット」で顧客を引き止め。顧客維持が進む

もう一つ、低価格プランの件で興味深いのは、KDDIとソフトバンクの施策だ。

KDDIはahamoと直接的に競合する「povo」と、UQ mobileでの低価格プランを提供している。povoは100万加入前後ということだが、現状はKDDIがUQ mobileをより強く拡販した結果、「povoの契約者数は現在は落ち着いた」(KDDI・高橋社長)という。

KDDIとしては、より低価格なプランとして、6月にUQ mobileで提供を始めた「でんきセット割」をアピールしている。スマホ料金が月額990円からと安くなること、電気料金とセットにすることでグループ内収益が高まることなど、消費者と企業側双方にメリットがあるのが特徴だ。

UQ mobileの「でんきセット割」をアピール

ソフトバンクがLINEMOで「3GB・月額990円から」という新プランが登場したことについても、高橋社長は「すぐには手を打たない」としており、その根拠の一つが「でんきセット割」の存在だ。

UQ mobileが「でんきセット割」、スマホ料金を月990円~に

ソフトバンクのahamo対抗プランである「LINEMO」の契約者数は「50万に満たない」(ソフトバンク・宮川社長)とのことで、ワイモバイルが主軸になる。すなわち「低価格対応は、ワイモバイル+LINEMOの、700万+数十万」(宮川社長)ということになる。

実はこちらでも、電気料金とのセット割は重視されている。「ソフトバンクでんき」の累計契約数は188万契約となり、前年同期比で45%増となった。スマートフォンとのセット契約が解約の抑止力になっているそうだ。

「ソフトバンクでんき」の累計契約者数が初めて公開に。188万契約となり、携帯電話サービス解約の抑止力になっている

各社とも以前より、「携帯電話料金がこのまま下がるのであれば、通信料金での収益拡大は厳しい」という見方をしていた。それは実際そうだったし、今後もさらにその傾向は続くだろう。

NTTは課金決済を含む「スマートライフ事業」などの収益でカバーするとしている。KDDIも決済を含む「ライフデザイン領域」が増え、ソフトバンクもPayPayを収益軸の一つに据えているので、これもまた共通の方向性である。

そう考えると、携帯電話契約については、確かに電話契約自体は移行しやすい土壌ができているものの、電気料金とのセットや決済時のポイント優遇などで「セットにすると有利になる」形で囲い込む流れが強くなる……と考えられるわけだ。

通信世代が変わるたびに通信料金が高くなる、ということは許容されない。全体としての通信料金が高い、ということもあるだろう。その中で通信料収入は下がらざるを得ない。収益源は他に求めることになるわけだが、また別の考え方として、「料金は下げつつ固定的な顧客を増やす」というアプローチも強くなるだろう。

顧客流動性は落ちる可能性が高いが、それを市場はどう判断することになるのだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41