西田宗千佳のイマトミライ

第96回

「Xperia 1 III」に見るソニーのスマホの今

Xperia 1 III。テスト機なので、外観撮影のみが許された

ソニーは「Xperia 1 III」と「Xperia 10 III」を、日本を含む地域で今年の初夏に発売する。

4K・120Hzディスプレイと可変式望遠レンズ搭載の「Xperia 1 III」

ソニー、5G対応になった「Xperia 10 III」

また、「Xperia 5 III」も一部地域で発売することも発表している。こちらは日本市場への投入は未定だ。

ソニーからXperia 5 III、可変式望遠レンズ搭載のコンパクトモデル

筆者も短時間であるが、Xperia 1 IIIおよび10 IIIの実機に触れることができた。今回は実機から感じた、今季のXperiaの戦略について考えてみよう。

なお、ソニーは4月1日より組織変更を行なった。従来の本社機能を「ソニーグループ」、AVやカメラ、スマートフォンなどのコンシューマ商品関連事業を統合した新会社に「ソニー」の商号をまとめている。そのため、従来「ソニーモバイル」ブランドだったスマートフォン事業は、改めて「ソニー」ブランドでの発売となる。

Xperia 1から変わったソニーのスマホ

ソニーのXperiaは、2019年発売の「Xperia 1」以降、方針を大きく転換している。いったん振り切ったキャラクター性を持つ製品を企画したのちに、それを維持して改善を続ける方向性になったのだ。

Xperia 1以降の方向性はシンプルに2つだ。

まず「ノッチもパンチホールもない、21:9のディスプレイ」を採用すること。次に「カメラとして、αとの連続性を持つ」こと。スマホとしての機能の重要さはもちろん、「カメラを搭載したスマホとして、ソニーらしさとはなにか」を、よりわかりやすく定義し、その延長線上で改善を積み重ねる方針となったわけだ。

それまでは、ディスプレイパネルデバイスのトレンドなどに引っ張られ、世代ごとに形や出来の異なる製品になりやすかったが、あえて軸をつけることで「Xperiaはこういうスマホです」という主張を強めた、といってもいい。

こうした方向性は、元ソニーモバイル社長で、現・ソニー常務の岸田光哉氏、同じくソニモバイル元副社長で、新たなソニー(エレクトロニクス事業)のトップとなった槙公雄氏が、ソニーモバイルを改革する中で生まれてきたものだ。槙氏はデジタルイメージング事業本部で事業部長として、「α」の陣頭指揮をとった経験もある人物である。

「ソニーの総力をスマホに」というキャッチフレーズは10年以上前から聞かれたものだったが、内実として、徹底度には疑問もあった。それがXperia 1以降、かなりはっきりとした形で「振り切った」ものになったのは間違いない。その経緯は、2019年に筆者が行なったインタビューからも見えてくる。

ソニー“厚木”の血が入ったスマホ「Xperia 1」はいかに生まれたか【前編】

ソニー“厚木”の血が入ったスマホ「Xperia 1」はいかに生まれたか【後編】

とはいうものの、完成度の点で、Xperia 1が最初から完璧だったか、というとそうではない。ディスプレイの画質チューニングやカメラ性能など、当時の製品として「もう一声」という部分があったのも事実だ。

それが、間に「プロ向け製品」「SIMフリー版」などが出るたびに少しずつ改善され、2020年の「Xperia 1 II」でまた改良が進み、さらに2021年、本当に業務向けのバリエーションモデルである「Xperia PRO」が出て、また改良が進んだ。

本物の「プロ仕様」 Xperia PROとソニーの強さ

ここで改めて新型であるXperia 1 IIIを見ると、驚くほどにメッセージが変わっていないことに気づく。

カメラで望遠側に105mmを追加したことが目立つが、すべて「ZEISSレンズ」「12メガピクセル」で、24mmのみセンサーサイズが異なるものの、基本的には同じ感覚で使える。ペリスコープ構造の可変式望遠レンズを採用しているが、カメラ部の出っ張りも大きくなっていない。デザインイメージもそのままだ。

Xperia 1 IIIのカメラ部。一番下の望遠がペリスコープ構造になり、70mm・105mmの切り替え式になった

ボディサイズは若干小さくなり、背面は「反射しづらい」ことを重視したフロストグラスだ。

本体背面。照り返しを防止する「フロストグラス」仕上げになった

Xperia 1があり、IIがあり、PROがあってIIIがある……という連続性がよくわかる。

左がXperia 1 III、右が1 II。ほぼ同じデザインだが、上下のサイズは1 IIIの方が若干小さくなっている
Xperia I IIIの側面。基本的には1 IIを継承しているが、ボタンの出っ張りは小さくなり、「外付けホルダーで挟んだ時などにも干渉しづらくなっている」(ソニー担当者)という
Xperia 1 IIIのカラーバリエーション。各色の右隣にあるのは1 IIだ

今回はあくまで外観のチェックであり、実際に動かすことはできなかった。音などをデモで試すことはできたが、スマホとしての性能はチェックできていない。

スピーカー音質は明確に向上しており、少なくともここは安心していい部分だろう。

ただ、ミリ波対応ではあるが、Xperia PROのように「360度どこからでもミリ波を受信できるようには作っていない」とのことなので、ミリ波を重視するプロ用途は、やはりXperia PROに任せる作りのようだ。

奥が1 III、手前が1 IIのカメラ部。ペリスコープ構造である点が大きく違うが、デザインイメージは共通だ

「数を追わない」戦略の中でいかに「買う気にさせるか」が勝負

Xperiaがキャラクターの強いスマホを指向しているのは、スマホ市場の変化と、ソニーの置かれた立場による部分が大きい。

スマホ市場は強い競争にさらされており、特に中国メーカーは、中国国内に存在する旺盛な需要を背景に数を確保し、コストパフォーマンスの良い製品を続々と市場投入している。ミドルクラス以下の製品の「お買い得度」が急速に増しているのはそのためだ。単に安い製品を出しているのではなく、「数の力を背景に良くて安い製品を出しやすくなっている」のが強さなのだ。

この領域において、ストレートに他国のメーカーが競合するのは難しい。サムスンのように最初からシェアのある企業は戦えるが、他の企業は難しい。先週、LGエレクトロニクスのスマホ撤退について書いたが、これも要は「数を重視する市場での中国メーカーの強さ」に圧倒された結果と言っていい。

アップルのように圧倒的に強いブランド力でハイエンドだけを、しかも大量に販売する戦略を取れるなら勝ち目もあるが、他社はそうはいかない。

ソニーはずっと苦しんできたが、選んだのは「縮小均衡」である。Xperia 1の路線は、「日本を中心とした勝ち目のある市場に、利益率の高いハイエンドを少数投入する」戦略の象徴と言っていい。そうするなら、無理にパーツトレンドに合わせて解像度を合わせる必要も、カメラの選択を変える必要もない。「Xperiaはこうです」ということを主張すればいいのだ。

ただしそれは、販売数量をこれ以上大きくできないこととイコールでもある。

Xperia 10シリーズは、実質的にXperia 1の廉価モデルであり、「Xperiaというブランドが強い」地域でしか通用しない。価格もそこまで安くはないが、日本のようにXperiaブランドが通じる地域では、「1シリーズは高くて買えないが10ならば……」と考えてもらえる。悪い製品ではないが、ミドルクラスとしての対価格性能比だけならば、他にもっと良いものがあるのもまた事実だ。

Xperia 10 III。イメージは1シリーズを継承し、カメラは通常の3眼。より手頃なシリーズにまとめられている
Xperia 10 IIIのカラーバリエーション。価格的により手頃なモデルなので、カジュアルなイメージが強い

Xperiaはキャラクター性を高めることでわかりやすくなり、「なぜXperiaを選ぶのか」というモチベーションを作れた。それはとても良い戦略だ。一方で、そのことは他のスマートフォンメーカーと数では戦わないことを意味している。

ソニーのスマートフォン事業は、2020年に単年黒字化を達成したが、一方、国内シェア自体は4位に下がった。ここから極端に下がることはないだろうが、シェア1位へ……というようなことも考えてはいないだろう。

そうしたバランスの中で、いかに「心を惹きつけるスマホを作るか」がXperiaには求められている。あくまで外観とスペックをチェックしただけだが、「1 III」「10 III」は。まだその路線をうまく継承できている印象が強い。

Xperia 1 IIIの価格は公表されていないが、カメラ高度化やミリ波の搭載により、従来より高くなっている可能性が高い。10万円を超えるハイエンドスマホは、なかなか買い替えが難しい価格帯だが、その中でいかにファンを「買う気にさせる」かが、Xperiaというブランドの価値となりつつある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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