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“麻婆豆腐”の表記はNG? 雑学満載の「記者ハンドブック」が面白い

“わかりやすい文章表現"のよりどころとして、メディア関係者やライターから重宝されているアイテムに「記者ハンドブック」があります。名前だけを聞くと新聞記者のための本のような印象を受けますが、さにあらず。文章を書く一般の人にとっても非常に有用で、筆者も長年愛用しています。

そして実用面のみならず、思わず唸ってしまう豆知識の宝庫という点も見逃せません。ただ眺めているだけでも楽しめること請け合いです。加えて、ニュース記事でよく使われる用語の解説も充実していますから、記事をより理解するスキルの向上にもなるでしょう。

広辞苑より古い歴史

本書は、共同通信社が自社での出稿ルールをまとめた「新聞用字用語集」で、同様の本はいくつかのメディアから出版されています。その中でも、広く使われているのがこの「記者ハンドブック」です。

実はかなりの歴史があり、前身の「ニュースマンズ・ハンドブック」の登場が1949年と言いますから、広辞苑よりも古いわけです。以来、数年おきに改訂しながら版を重ねていき、2022年3月に6年ぶりの改訂となる第14版が登場しました。

「記者ハンドブック」の名称になったのは1956年

漢字か? 平仮名か?

記者ハンドブックのメインとなるのは、表記ルールを辞書のようにまとめた用語集のパートでしょう。表記に迷ったら、まずはここを引いてみることです。文章を書いていて、結構迷うのが漢字にするか平仮名にするかです。例えば「いただく」はどう表記するのでしょう?

漢字では「戴く」という書き方もありますが本書のルールでは使わず、「頂く」と漢字で表記することになっています(例:頂き物)。このように意味が似ている漢字の表記を揃えれば、より読みやすくなるということです。

ただし、「食べる」の謙譲語やあいさつの「いただきます」は平仮名書きとの注記があります。この場合は平仮名書きした方が、確かに自然に感じます。このように、同じ言葉でも用いられ方で表記が変わる場合が少なくありません。

品詞によって表記が変わる例もあります。「及び腰」のように動詞的な場合は漢字書きですが、「AおよびB」のように接続詞の場合は平仮名書きといった具合です。このようなルールに従うと、なんとなく文章がプロっぽく見えてくるので不思議なものです。

本書には「使い分けに注意」という解説が随所にあって、例えば「おく」を漢字と平仮名で書き分ける際に、「並べて置く(置くに重点)」、「並べておく(並べるに重点)」といった具合に表記例を示しているので助かります。筆者もこうした例を目にするまで意識していませんでしたが、言われてみると納得します。

使い分けの用例には「新型コロナウイルス」も。終息への願いが込められているように感じました

また、同音異義語も使い分けに迷うことがあると思います。例として「訊く」「聞く」「聴く」を見てみました。すると「訊く」の表記は使用せず、基本的には「聞く」を使うとされています(例:意見を聞く)。一方で“身を入れてきく特別な場合"として「聴く」を使うそうです(例:国民の声を聴く)。記者ハンドブックは用例が充実しているのも特徴で、「聞く」と「聴く」の使用例は実に40個近くも載っていて非常に参考になります。

パソコンなどの日本語入力を使えばあまり困らなくなりましたが、「ぢ」「じ」、「づ」「ず」の使い分けのページも用意されています。

パソコンなどの日本語入力を使えばある程度アシストされるようになっていますが、仮名遣いに関してはいわゆる「四つ仮名」の使い分けページも用意されています

表記の基本は「常用漢字表」

ところで、表記に使える漢字は常用漢字表をベースに共同通信社が定めた「漢字表」にある字と読みの範囲を主体とすることになっています(固有名詞は除く)。そのため、馴染みのある表記と異なった書き方になる言葉もあります。

漢字表パートの例。使える“読み”も決まっている

新聞記事などで「高嶺の花」を「高根の花」と書いてあるのを見たことはないでしょうか。筆者もこの表記を見たときに「?」となって本書を見たところ、「根」の字を使うとの記載がありました。実は「嶺」の字は常用漢字ではなく漢字表にも無いため、こうしたルールになっているわけです。もっとも、「高根」は高い峰の意味で辞書に載っていますから、間違いというわけではありません。

そこでタイトルにもある「麻婆豆腐」ですが、「麻」と「婆」が漢字表に無い読みのため「マーボー豆腐」と前半を片仮名で表記するとありました。ちなみに「餃子」は「ギョーザ」、「焼売」は「シューマイ」です。これは「餃」は漢字表に無い字で、「子」「焼」「売」は漢字表に無い読みのためです。麻婆豆腐と漢字書きしているニュース記事もありますが、その場合は読み仮名を付けている例が多いようです。

「麻」と「婆」に付いている黒丸は、“漢字表にない音訓”を表しています

また、ニュース記事でよく見るのが「研さん」や「改ざん」といった漢字と仮名の混じった不思議な表記。これは「交ぜ書き」というそうですが、理由は先の麻婆豆腐と同じです。本書を引けば、このような交ぜ書きの書き換え例(研さん→研究、改ざん→改変、など)が案内されています。

とはいえ、個人的には「研鑽」や「改竄」という具合に漢字書きの方がすっと入ってくるように感じるので、なるべく交ぜ書きは使わないようにしています。それに、「麻婆豆腐」と書いた方がなんだかおいしそうに感じるのは筆者だけでしょうか。

常用漢字表に基づいた表記という点では、ニュース記事の他には公文書もあるそうですが、翻って一般的な文章は用字用語集の表記に必ずしも合わせる必要はありません。なので、「高嶺の花」を使ってももちろんOK。柔軟に対応したいところです。

実は変な「プレーヤーが課金する」

こうして見てくると辞典のように思われるかも知れませんが、用語集の部分は半分弱。残りは文章を書く際のさまざまな情報が満載されており、特に読んでいて楽しい部分でもあります。以下に、いくつかのパートを紹介しましょう。

まずは送り仮名のルール。簡単なようですが例外もたくさんあって分かりにくいためか、「送り仮名の付け方」というパートが用意されているほどです。

「送り過ぎ」や「送り不足」といった間違えやすい送り仮名が列挙してあります

その中で、ビジネスパーソンだと押さえておきたいのが経済用語独特の送り仮名ルールでしょうか。例えば、「預け入れ」や「取り扱い」などの語句は単体では送り仮名が付きますが、これに「期間」や「銀行」といった語句が付くと送らなくなり、「預入期間」「取扱銀行」となります。これらは組み合わせられる語句が決まっており、本書ではその組み合わせが表になって掲載されています。このルールに従うと、とてもスッキリした表記にできます。

“経済関係複合語”の組み合わせ表では、上(A欄)と下(B欄)を組み合わせたとき送り仮名が不要になります

続いて「誤りやすい語句」のパートでは、誤用の多い慣用句などが列挙されています。今風だなと思ったのが、「(プレーヤーが)課金する」という言葉。この場合の「課金」は業者が料金を課すことで、プレーヤー側は「金を注ぎ込む」などの表現になるそうです。今まで特に変な言葉だとは思いませんでしたが、言われてみれば確かに……。ただ、プレーヤー側が「課金する」という言い方は、広く使われているのが現状ではあります。

見渡すと誤解していた語句が結構あり、冷や汗ものです

そのほか、意味が二重になっていて誤用とされる“重複表現”にも気をつけたいところ。有名なのは「馬から落馬」などですが、本書には「古来から」「被害を被る」「まだ未解決」などの重複表現とその言い換え例が示されています。その中でなるほどと思ったのが「製薬メーカー」。しばしば見かける表記ですが、メーカーの意味が二重になっていたわけですね。

そして、最新版から加わった新パートが「ジェンダー平等への配慮」。男性や女性を殊更強調する表現を避けることや、性的少数者に対して気をつけなければならない、あるいは使用が不適切とされる表現についての解説がありました。

ジェンダーに関する基本的な用語もまとめられているので、目を通しておきたいところです

記事の書き方まで解説してある

記事の書き方に関する解説も必見でしょう。これらは新聞や雑誌記事を想定しているものですが、一般の人が書く文章でも有用な点が多いと思いました。加えて記事の書き方のルールを知ると、ニュース記事を読むのもまた面白くなります。

結論を先に書く逆三角形型の構成などは、一般的にも活用できるテクニックでしょう

「見出しは12文字以内」「リード(概要部分)だけを読んでも理解できるように」「文は工夫してなるべく短くする」など、記事そのものの書き方はぜひ参考にしたいものです。ビジネス上の文章でもうまく使えそうです。

また、「数字の書き方」というパートも実用的だと思います。洋数字と漢数字の使い分けでは数量や順序などは洋数字で、慣用句などは漢数字を使うことになっています。比喩表現の「百点満点」は漢数字というイメージです。また、同じ「代」を表していても「七代目菊五郎」「8代将軍吉宗」のように書き分けるとのこと。固有名詞とカウントを表す場合で使い分けるという基本を知っておくのがポイントでしょう。

具体的な数字の表記例もかなりの数が挙げられていて、大いに参考になります

地名や社名も正しく書きたい

記者ハンドブックの最後の方は「資料編」なのですが、ここがまさに雑学の宝庫と言ってよい充実ぶりとなっています。

「紛らわしい地名」のパートでは全国の地名をどう表記するかが一覧できます。例えば「ススキノ」は歓楽街としての呼称、「薄野」は地域の総称と交番名、「すすきの」は地下鉄の駅名だそうです。なお、この3つとも行政上の地名としては存在しないとありました。

いままで“なんとなく"で使っていた地名表記が、理由を伴って使い分けられるようになると思います。そのほかには「霞が関」と「霞ヶ関」、「由比ヶ浜」と「由比ガ浜」なども。知っているとちょっと自慢できるかも知れませんね。

似た読み、似た表記がいくつもある地名は全国に存在するようです

そして、仕事上の文章なら特にチェックしておきたいのが「紛らわしい会社名」「登録商標と言い換え」ではないでしょうか。

比較的知られた話だとは思いますが、社名の片仮名部分が発音は小文字なのに表記が大文字になっているところは意外と多く、「キヤノン」「キユーピー」「三和シヤッター工業」「シヤチハタ」「富士フイルム」などは注意が必要です。また「ブルドッグソース」ではなく「ブルドックソース」だったり、漢字を間違えやすい「大陽日酸」(「太陽日酸」は誤り)などを知ることができます。

ならば全ての会社名はそのまま書けばいいのかと思いますが、記者ハンドブックによると実は登記・登録通りに書かない会社もあります。例えば「日本電気」は「NEC」、「麒麟麦酒」は「キリンビール」、「小松製作所」は「コマツ」、「東京地下鉄」は「東京メトロ」といった具合です。このあたりも文章の読みさすさに繋がると思いますので、自分で書く際の参考にしたいものです。

そして、これまた注意が必要なのが登録商標。特定の会社のものなので、一般の名称として使う場合は気をつけなければなりません。結構意外なものが多く、一般的だと思っていた名前が実は商標だったということも。記者ハンドブックでは原則として登録商標は使わないとしていて、言い換えの例が挙げられています。

一例としては、「オービス」→「速度違反取り締まり装置」、「形状記憶シャツ」→「形態安定シャツ」、「弾丸ツアー」→「弾丸旅行」、「ポリバケツ」→「プラスチックのバケツ」など多数。正直「これも商標だったの?」と驚かされるのではないでしょうか。もちろん、商品の紹介記事やその商品を問題にしている場合は使用可能としています。また、一般名称化している場合も柔軟に対応できると記載されています。

「メード」はいつしか「メイド」に

記者向けらしく、「紛らわしい法令関連用語」などというパートもあります。「違法」「不法」「不当」、「現場検証」と「実況見分」、「自首」と「出頭」の違いなど、ニュースではよく耳にしていても意外と曖昧な言葉の意味も簡潔にまとめられているのでスッキリします。

法令用語も使う機会があれば正確を期したいものです

さて、先に紹介した用字用語集のパートには外来語は含まれていませんが、巻末に外来語の表記方法と表記例がまとめられています。例えば、お手伝いの「メード」と「メイド」はどちらにするか? メディアでは以前「メード」の表記が多く見られましたが、本書では「メイド」となっていました。新聞などでも今はすっかり「メイド」の表記に切り替わっているようです。

最後になりますが、「外国地名表記例」のページでウクライナの首都を確認してみると、「キエフ(Kiev)」になっていました。ご存じの通り、既に共同通信社発の記事は「キーウ」または「キーウ(キエフ)」の表記に変わっています。これに関しては、本書の出版からひと月もたたずに同社の表記ルールが変わった項目となりました。世界の激動ぶりを感じた次第です。

文章作成で困ったときの十徳ナイフ

この本は、その名前で損をしている面もあるとかねて思っていました。文章を書く一般の人にもとても有用なのに、“記者専用アイテム”のような印象を受けるからです。もちろん内容的には新聞や放送を想定してのものですが、わかりやすいさを追求している点では、十徳ナイフのごとく広く活用できるアイテムだと思っています。

中には「首相動静」の書き方も。まさに記者向けのものですが、どのように書かれているかを知るとまたニュースにも親近感が湧きます

これで高価な専門書というなら話は別ですが、約750ページのボリュームで2,090円はお薦めです。現代は誰もがインターネットで文章を発信できる時代。文章作成で困ったときのツールとして、また日々のニュースの理解の助けにと手元に置く価値は十分あるでしょう。

1981年生まれ。2006年からインプレスのニュースサイト「デジカメ Watch」の編集者として、カメラ・写真業界の取材や機材レビューの執筆などを行う。2018年からフリー。