ニュース
建設中の"ニュートリノ観測装置"を見てきた ハイパーカミオカンデ計画
2026年4月8日 08:00
高エネルギー加速器研究機構(KEK)は「ハイパーカミオカンデ計画」の実験に向けて、新たに開発したニュートリノ観測装置「中間検出器(IWCD:Intermediate Water Cherenkov Detector)」を、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)のニュートリノ発生地点から約1km離れた地点に設置中だ。
この施設は、約295km離れた岐阜県のハイパーカミオカンデへ向かう人工ニュートリノを、発生直後の段階で高精度に測定する役割を担う。最大の特徴は世界初の可動式水槽となっている点で、水の浮力を利用して装置を上下させることで、異なるエネルギーを持つ粒子の反応を、より詳細に捉えることが可能となる。目的は、物質と反物質の振る舞いの差を示す「CP対称性の破れ」を検証し、宇宙の成り立ちに迫ること。2028年度の観測開始を目指しており、加速器のパワー増強や国際的な研究協力体制を通じて、科学の新たな扉を開くことが期待されている。
装置は、深さ約50m、直径約10mの立坑に設置される。2026年4月2日現在は掘削中の立坑の先端部分に当たる「刃口」と、地下に順次埋め込んで立坑の壁となる構造物(躯体)の最初の一つが完成した段階で、報道関係者公開が行なわれた。
宇宙の謎を解明する「ハイパーカミオカンデ計画」とは
記者説明会では、KEK素粒子原子核研究所 教授の中平武氏が計画の概要を説明した。ハイパーカミオカンデ計画は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と東京大学宇宙線研究所がホスト機関となり推進されている国際共同実験である。
陽子崩壊と、ニュートリノと反ニュートリノの振る舞いの違い(CP対称性の破れ)を解明して「なぜ宇宙には物質が存在し、反物質がほとんど存在しないのか」という現代物理学最大の謎の一つに挑む。
宇宙には、もともとは物質と反物質が同量あったと考えられている。しかしながら物質と反物質にはわずかな性質の違いがあり、結果的に物質だけが残ったと考えられている。その謎に挑んでいる。
実験の大枠はこうだ。まず、茨城県東海村のJ-PARCの加速器で人工ニュートリノビームを生成する。そのニュートリノを295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の「ハイパーカミオカンデ検出器(超大型水チェレンコフ装置)」で観測する。その飛行過程では「ニュートリノ振動(時間によってニュートリノの種類が変化する現象)」が発生する。そのニュートリノ振動を詳細に観測することで、「消えた反物質」の謎に迫る。
「ハイパーカミオカンデ検出器」は、現行の「スーパーカミオカンデ」の約8倍の有効体積を持ち、2028年度からの観測を予定する。ポイントは、「ニュートリノ振動」におけるニュートリノ「変身」の仕方が、ニュートリノと反ニュートリノとでは違うのではないかと考えられており、それは出現確率の違いとして観測できるという点だ。そこから物質と反物質の性質の違いを細かく調べられるのである。
「ハイパーカミオカンデ計画」について、より細かい話は、昨年の本誌記事「KEK、ニュートリノ実験施設を公開宇宙から反物質が消えた謎の解明に挑む」をご覧いただきたい。今回の記事は、この記事の続きにあたる。
世界初の可動式水チェレンコフ検出器「IWCD」
J-PARCから約1km離れた地点に設置される「中間検出器(IWCD)」は、J-PARCで生成された直後のニュートリノを、「ニュートリノ振動」が起こる前の段階で、高精度に測定する役割を担う。
生成されたばかりのニュートリノ/反ニュートリノを、神岡で観測する前に、ニュートリノの反応確率や反応検出効率などを共通化して東海村で観測しておくことで、「ニュートリノ振動」をより正確に測定でき、「CP対称性の破れ」を検証できるようになるのである。
よってIWCDの検出原理は「ハイパーカミオカンデ検出器」と同じで、水中を荷電粒子が放出する微弱なチェレンコフ光を観測する「水チェレンコフ検出器」となっている。壁面に光電子増倍管(PMT)を敷き詰めた構造で、チェレンコフ光(ニュートリノが、まれに水の原子核や電子とぶつかったときに飛び出すミューオンや電子が水のなかを通るときに発する微弱な光)を捉える。
同じ測定方法を用いることで、検出器の原理的な違いに起因する誤差を排除し、変身前後のニュートリノの状態を直接比較することが可能となる。T2K実験で使用されている前置検出器に加え、IWCDを連携させることで、生成直後のニュートリノおよび反ニュートリノビームの観測精度が飛躍的に向上する。
深さ約50m、直径約10mの立坑内に、高さ約12m、直径約9m、有効体積800tの水槽(検出器)が設置される。現在もまだ開発中だが、ステンレスのフレームに「ジオメンブレン」というシートをつけた構造体となる予定だという。その内部に光電子増倍管が付けられる。
技術的な大きな特徴は「世界初の可動式水チェレンコフ検出器」であるというところだ。約30mの幅を持つニュートリノビームに対し検出器を40mほど上下に動かすことで、「ニュートリノ分光」を行ない、観測するエネルギーの異なるニュートリノの性質を詳細に調べることができる。
「CP対称性の破れ」の検証には、主に低いエネルギー(600MeVくらい)のニュートリノが用いられる。これまで非弾性散乱から生まれる高いエネルギー(1,000MeVくらい)のニュートリノが検出に混ざってしまっていたが、IWCDを使うことで、それを区別して、より高精度な検出・推定に用いることができるようになる。この中間検出器の導入により、従来手法では10年程度は必要だと想定されている「CP対称性の破れ」の確認が、約半分の5年程度の短期間で可能になると期待されている。
検出器の移動方法は浮力。検出器上部に浮力体を備え、立坑内の水位を変えることで、船のように浮かせた状態で上下にゆっくりと移動させる。移動には約2週間を必要とする。加速器の運転は基本的に1週間サイクルなので、2週間程度測定して、また移動させるといった運用になるという。ただし「実際の運用はやってみて考えたい」とのことだった。
なお光電子増倍管には、3インチの小型PMTを19本まとめた新型の光センサーモジュールを採用している。それを合計400組設置する。従来の大型PMTよりも精細にチェレンコフ光を捉えることができるという。信号の読み出しなどは上部にまとめられるケーブルで行なわれることになるが、光信号処理などは全てモジュール内で行ない、出てくるのはネットワークケーブルのみとなる予定だ。ハイパーカミオカンデでも信号処理については同様の構成となっているという。
工法は周囲への影響が少ない「圧入式オープンケーソン工法」
立坑工事については、高エネ研(東海)ハイパーカミオカンデ中間検出器新営その他工事 工事所長兼監理技術者である森組の水野祥司氏が解説した。
工法は「圧入式オープンケーソン工法」。コンクリートのケーソンを打ち込んでいき、内部の土を掘っていく方法だ。建設地は近隣に住宅や畑がある。そのため可能なかぎり周辺環境への影響を少なくすることや、経済性から選ばれた。地下水を汲み上げる必要がないことも利点だ。
具体的には地表面の余分な押し込みを防ぐための鉄板を施工したあと、グランドアンカーを打ち込み、据えつける地盤を整え、刃口金物をセットする。現時点はこのあとケーソンの圧入を行なう段階にある。所定の深度まで刃先が届いたら底蓋をして、躯体との隙間にセメントを注入し、水を抜いて完成となる。
浮力、摩擦力、刃先にかかる抵抗力は掘削が進むにつれて変化する。また、躯体の自重は増加していく。地層も砂礫層や泥岩層と変化する。それらを鑑みながら掘削・圧入作業を行なっていく。躯体の自重だけでは沈まないので、300tを出せる油圧ジャッキ8~12本を使って押し込んでいく。また「押すことはできるが戻すことはできない工法であり、圧入抵抗をリアルタイムに計測・確認しながら、できるだけ傾斜しないよう水平に沈めていくことが重要だ」と水野氏は語った。
沈設工事は、周面摩擦を減らすためにベントナイト溶液や滑剤からなる懸濁液を、ロット外側に吹き出しながら進めていく。この配管は最終的には、逆に、周辺の地盤と躯体を密着させるためにセメントベントナイトを吐出するために用いられる。水中での打設には水中コンクリートを用いて、管を通してコンクリートを直接水底へ送り込む「トレミー管方式」で行なわれる。
打設が終わって底蓋をしたら、水を徐々に抜いていきながら壁の点検を行なっていき完了となる。水を入れているあいだは周辺地盤、浮力や地下水とのバランスが取れているが、最後には水を抜くので、そこが一番重要な作業となる。
見学が行なわれた翌日3日から、坑内の掘削を本格的に始めるという。立坑の上部には付帯施設として、データの読み出し装置や水の循環装置を収める建物が建設される予定だ。立坑を掘り終えたあとに、周囲に観測器本体を動かすためのレール等を設置していくことになる。
建設現場すぐの道路脇付近には「東海村発! ニュートリノがここを通る 宇宙の謎を解く実験装置を建設中」という看板が設置されている。
一般の方が居住している田園風景の中での施工となるため、環境への配慮と地域住民の理解を得ながら進められている。
























