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目指すは「テスラ超え」 ハンドルの無い自動運転EVを2030年に

Stable Diffusionで本格的にデザインを行なった完全自動運転EV

自動運転車両を開発するスタートアップのTuringは3月1日、事業戦略に関する説明会を行なった。2030年にハンドルの無い完全自動運転EVを開発し、販売する。

Turingは、将棋プログラム「Ponanza(ポナンザ)」を開発したことで知られる、山本一成氏が代表取締役CEOを務める企業。「テスラを超える自動車メーカーを作る」ことを掲げ、2022年7月にはKDDIなどから10億円のシード調達を実施した。2023年12月にはシリーズAの資金調達を計画している。

Turing代表取締役CEO 山本一成氏

同社は、自動運転車両をシャーシから全て自社開発・量産することを目標として掲げており、これまで2022年8月には本社がある千葉県柏市で自動運転車両の公道走行試験、2022年10月には北海道を一周し、総走行距離1,480kmのうち95%を自動運転モードで走破したという。

柏市内には車輌製造工場も確保。東大柏の葉キャンパスの真横に位置し、建物面積は約1,800m2。車輌製造と研究開発の双方に活用する。

また、車両開発にあたっては、国内外の主要自動車メーカーの開発を支援してきた東京R&Dを戦略的パートナーシップを締結。その知見を活用して車両開発を推進する。

Stable Diffusionで車両デザイン

Turingはそのロードマップとして、2023年にレクサスをベースとしたLevel 2自動運転搭載改造車を1台開発し、販売を完了。2025年にはLevel 2+自動運転機能を搭載した、完全自社開発のEV車両を100台、2030年にはハンドルのない完全自動運転車EV 10,000台を市場に投入することを目指している。

山本氏は、Turingについて「AIネイティブ」企業であるとし、開発車両のベースとなるデザインは画像生成AIのStable Diffusionを使ってデザインを行なっている。Stable Diffusionをベースに実車をデザインするのは世界初ではないかという。

社内には機械学習を担当するチームと車両開発を担当するチームを設置。

機械学習のチームでは完全自動運転EVの「脳」を開発する。自動運転には、Level 1~5までの段階があり、レベルが上がるにつれて人間の関与が減り、Level 5で完全自動運転となる。Turingでは、Level 2車両開発のあと、一気に難易度の高いLevel 5車両の開発を目指している。

自動運転を実現するにあたり、センサーは重要な役割をしめ、一般的には、LiDARを使った方式と、カメラによる映像から周囲の状況を認識する方法がある。LiDARはAlphabet(Google)傘下のWaymoやGM傘下のCruise、Amazon傘下のZooxなどが採用し、車両開発を進めている。LiDARはレーザーによって周囲の物体をスキャンし、高精度3次元マップと組み合わせて自動運転を行なうが、山本氏は「高精度3次元マップを用意する必要があるなど、事前の準備が必要でコストが高いのが難点」だとする。

一方、カメラ方式は深層学習との組み合わせにより、カメラからの映像で状況を判断し、運転を行なう。テスラが既に採用している方式で、Turingもこれに習う。理由はコストパフォーマンスに優れるからだという。センサーを少なめにしてコストを下げ、自動運転の判断は深層学習による「脳」で行なう。

山本氏は、「人間が運転できるのは視力がよいから運転しているわけではない。この世界の仕組みを理解できているから運転ができる。機械もそうなるべき」だとし、深層学習によって“脳”を開発することで、その機能を実現するとしている。

日本中の道路の走行データを収集

運転中、物体の検出や経路計画、信号の認識、周囲のクルマや歩行者、障害物など、リアルタイムで認識する必要のあるものは膨大だ。これらの情報で深層学習を行なう為には無数の環境に対応するための大量の走行データが必要になるが、日本国内にオープンソースのそうしたデータは存在しない。

そのため同社は、日本の道路の総延長に相当する125万kmの走行データを自社で行なっていく。市販のドラレコを活用した安価なシステムを開発し、多数の車両に搭載してペタバイト単位のデータセットを収集。学習することで自動運転で使える脳を開発する。

実際、同社が現在試験を行なっているシステムでも、深度情報のない画像のみから走行経路を算出し、走行することはある程度可能になっている。これをさらに学習を重ねることで精度を向上していく。

現状でも走行経路の算出はある程度可能

「人間のプログラマーがルールを作って走行させるのには限界がある。AIによってクルマの操作を任せる必要がある」(山本氏)という。

ただ、道路の進路だけを予測できても、自動運転は実現しない。複雑な交通標識の解釈や、学校の近く、住宅地など潜在的な危険の予測、他の車両や歩行者に対する対処など、判断が必要なものは多い。

山本氏は「最後の3%は運転外の知識が必要」とし、AIがこの世界を理解出来るよう、ChatGPT的な自然言語理解や、未知の状況を説明可能にする統合された入力と潜在空間を学習することが必要で、これらを実現するためのエンジニアを集め、開発にあたっているとしている。

まずは2025年に100台を販売

車両開発チームでは、2025年に100台の少量生産を実現することを目指している。このため、プロダクトの企画と開発の実行、設計、試作、評価のループを迅速に回し、開発プロセスを確立。量産部品を調達して生産体制を整えるため、サプライヤーとの関係構築にも重点をおいている。

特にサプライヤーに関しては、現時点の少量生産では大手といきなり取引をすることは難しい。コツコツと実績を積み上げて関係を構築していくしかない。

試作車を作るため、既存EVの調査も実施。既存のEVを分解し、その構造やパーツを調査することで流用する部品を選定している。選定したシャーシに既存EVのパーツを組み合わせ、オリジナルの車両制御によって試作車を製作。2023 JAPAN MOBILITY SHOWへの展示を目指す。

車両開発にむけて戦略的パートナーシップを締結した東京R&Dは、これまで多くの主要メーカーと車両開発を手がけている企業。秘密保持のため具体的な社名などは公表されていないが、1981年の創業以来、42年にわたって国内外の自動車メーカーと協力して車両開発を行なってきた。EVの開発においても、リチウムイオン電池が無いころから開発を行なっており、鉛バッテリーと自作モーターを使って電機自動車を開発し、これまで数百台のEV開発を手がけたという。

東京R&D代表取締役社長の岡村了太氏はパートナーシップ締結について、「ソフトウェア技術に強いTuringと、車両開発に強い東京R&Dはお互いの弱みを補完でき、本当に完全自動運転車両が出せるかもしれない。ハードルは高いが、挑戦のしがいがある」とコメントしている。

質疑応答では、「2030年代の10,000台という台数では、1両3,000万円ぐらいにしないと採算が合わないのでは?」と質問がされたが、山本氏は「テスラも最初は10,000台だったが、価格は1,500万円ほどで赤字だった。その間、資金調達などによって乗り切っている」とし、同社も同様の戦略をとる方針。

山本氏は、「車種を抑えることで価格も下げていき、将来的には100万台を作れる工場を作る」とし、「テスラより早い段階での収益化」も目指すとしている。

左からTuring取締役CTO 青木俊介氏、Turing代表取締役CEO 山本一成氏、東京R&D代表取締役社長 岡村了太氏