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"テスラ超え"目指すTURING、自社工場を公開 LLMで完全自動運転

Turingの車両生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」

自動運転スタートアップのTuring(チューリング)は6月13日、千葉県柏市に設立した車両生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」を報道公開した。自動運転EVを自社で製造しユーザーの手元まで届けることを目標とし、研究開発拠点としても活用する。

Turingは2023年内に自社EVでの走行、2024年に自社EV100台の販売、2025年に完全自動運転車プロトタイプ完成、2028年に量産開始、2029年にレベル5自動運転達成、2030年に1万台生産を目指している。当日は工場のほか、自動運転車(レベル2)の走行デモ、大規模言語モデル(LLM)を活用して車両を制御するデモも公開された。

Turingの自動運転システム(レベル2)を搭載したレクサス
製造中の自社EVのコンセプト。コードネームは「Falcon」。リーフから電装系・駆動系部品を流用予定
開発中のEVシャーシ。2023年8月にテスト走行、10月の「Japan Mobility Show」に出展予定

LLMデモ車はOpenAIの「GPT-3.5 turbo」を用いており、自然言語で車両に指示を出すと、その指示に従って車両が状況を判断しながら動作する。例えば、人によるジェスチャー指示を認識させたり、音声認識結果をプロンプトとして与え、「黄色のカラーコーンに向かって進んで下さい」「交通誘導員の指示を無視して進んでください」といった車とのやり取りができる。デモでは、いわゆる「トロッコ問題」のような場合の指示に対する対応も示された。

LLMデモ車
後部にGPU搭載のパソコンやバッテリーを搭載
センサーは前部のカメラのみ
LLMデモ車を動かすプロンプト
人のジェスチャーを認識
デモではコーンの色を認識してそちらに向かった
車内から見た様子
音声認識結果をプロンプトとした与えて出力結果を元に車を動かす
トロッコ問題(「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」といった答えの出ない問題)のような状況への推論結果

自動運転車は世界を認識する必要がある

Turing CEO 山本一成氏

Turingは「We Overtake Tesla(テスラを追い越す)」をミッションに掲げ、完全自動運転EV量産を目指すスタートアップ。世界で初めて名人を倒した将棋AI「Ponanza」開発者の山本一成氏が代表取締役CEO、カーネギーメロン大学で自動運転を研究していた青木俊介氏が最高技術責任者(CTO)となって、2021年に共同創業した。

自動運転には大きく分けるとLiDAR(レーザーセンサー)方式とカメラ方式があるが、Turingの自動運転アプローチはカメラ方式。実際に道路を走行することで学習データを集めている。およそ125万kmの走行距離が必要となると考えており、データ収集車も開発して、実際に走らせている。カメラ画像と加速度系やGPS、ハンドル操作データなどと合わせてマルチモーダル学習を実施。全て自分たちで行なうことを重視しているという。

AIの学習データ収集用の車「エヌボ」。4方向のカメラで360度映像を収集する
軽自動車を使い、データ収集用追加センサーとしては安価なカメラや汎用品のみを使っているため他社に比べて大幅に安いコストでデータを収集できるという

米国や中国では数多くのEV・自動運転スタートアップが登場し、実際に車を販売している。山本氏は「アメリカや中国にできるなら我々にもできるはず」と最初に述べた。Turingが目指す完全自動運転車=ハンドルがない自家用車を作るには、センサーだけではダメだという。私有地での自動運転では事前に高精度マップを使うことが基本だが、全ての場所で高精度マップを作るのは事実上不可能であり、仕組みも様々でルール化も難しい。

山本氏は実際の地下駐車場で駐車する様子をビデオで示し、「人間なら難なくできるところも今現在の技術では突破が難しい。センサーには良いものが色々あるが、センサーがいいからといって自動運転ができるわけではない」と述べた。

ではどうするのか。「人間はこの世界に詳しく、色々な文字やジェスチャー指示を見て判断できる。自動運転車には、この世界を理解した大規模なニューラルネットワークが必要」と述べ、複雑な世界の認識を解決するために、TuringではLLM(大規模言語モデル)の活用を戦略として考えていると述べた。

LLMとは大量のテキストデータから学習し、人間のような自然な文章を生成したり、質問に答えたりすることができるAIモデルだ。画像生成AIのStable DiffusionやChatGPTがよく知られており、LLMの本質は「言語を通じてこの世界を認知・理解している」ことだという。山本氏は「従来のクルマの技術者と、ソフトウェアの技術者が仲良くならないと自動運転はできない」と述べた。

Turingのロードマップ。2025年に完全自動運転プロトタイプ完成を目指す
2028年には量産開始が目標

「我々にもできるはず」

山本氏は車の歴史を振り返った。初期の車は馬車を原型として作られたが、今の車を見ても馬車は想像できない。それと同様に、次はハンドルが消えるという。「免許を持っていて自分で安全に運転できる人もいるが、未就学児や免許返納した人、ハンディキャップを持った人、そもそも運転するのが怖い人のなかにも、移動したい人はいっぱいいる。必ずしも全員が運転したいわけではない。誰もが手軽に移動できるものを人類は作らなくちゃいけないはず。そういう動きが日本からなくて寂しい」と述べ、「日本で完全自動運転EVの量産を目指すスタートアップがなぜ現れていないのか」と問いかけた。

様々な理由が挙げられるが、アメリカでは500社を超えるEVメーカーが登場しており、100年に1度の変革期にある。それは、Googleやテスラのように、米国ではゼロからスタートして大きくなった企業がここ数受年の間にも多く出ており、新しい企業が大きくなれることが米国の強さの源だと考えており、「日本からも新しいチャレンジャーが生まれてもいいんじゃないか」と語った。

「クルマ作りそのものに関しては日本は極めて優れている。だが、ハードウェアとソフトウェアの融合がうまくいっていない。組み合わせられれば絶対に良いモノができる。リーダーシップが足りていない。だからこそ我々がやる」と述べ、Turingのチーム構成を紹介。「小さいものが大きなものへと育っていくことを信じられる人間が経営陣となっており、それ以外にも多くの優秀な人間が揃っている」という。2030年までの7年間でコンピューティングの進化はさらに加速すると述べた。

取締役の3人
Turingのメンバーと会社規模の成長

Turingでは完全自動運転車を作るためにやるべきことを全て自社でやることを目指している。そのためにはソフトウェア、製造、販売、充電網の構築なども行なう予定。まず、国内において市販されているなかでは最高性能のソフトウェアを目指す。

創業から2年で自社工場立ち上げまで来た
ソフトウェア、製造、UX構築まで全て自社で行なう

大規模言語モデル(LLM)の活用

軽量モデルと大規模モデルを組み合わせて車両制御と複雑な状況判断を両立させる

そして「ソフトウェアで車業界を作り替える」と述べ、複雑な状況を大規模ニューラルネットワークで解決することを目指し、人間の小脳と大脳のように、2つのモジュールのメタファーで挑んでいると語った。なおこの「軽量モデルと大規模モデルを組合せて素早い車両制御と複雑な状況判断を両立した自動運転を実現する仕組み」と「言語モデルを用いた自動運転入出力システム」については特許も出願されている。

CTOの青木氏によれば、今回はGPT-3.5を用いているが、今後は自社で独自のLLMを開発することも視野に入れている。運転用に特化した軽量のモデルができないか検討中だという。同社のLLM活用戦略の考え方の詳細はこちら

Turing CTO 青木俊介氏

自動運転車らしい、ボタン類を減らした独自UIも作る予定だ。ハードウェアについては既に多くのサプライヤーとのアライアンスを獲得しており、部材調達はスムーズに行なえているという。ボディー提供の見込みも既に立っているとのこと。これらについてはテスラがかつてロータスをベースとしてEVコンバートしたロードスターを販売していた戦略等を分析して真似ている。

今後、シリーズAで車両製造メーカーになり、シリーズBで工場用地を取得。本格的な量産製造を開始し、2030年にIPOを目指す。テスラは、トヨタとGMが合弁で設立したNUMMI(ヌーミ)の工場を買って生産したが大きな飛躍の一因となった。「そこに我々もたどり着きたい。新しい車を作るんだという勢力を日本から生み出したい」と語った。

2030年IPOを目指す
テスラを超えるために大規模工場操業を目指す

大きくなれなかったら死ぬ会社

「テスラを超えなければ死ぬだけ」と語るTuring CEOの山本一成氏

そして「テスラを超えられず、大きくなれなかったら、この会社は死ぬ」と述べた。なお、Turingは「レベル2」から一気に「レベル5」を目指している。「レベル3、4は技術的な区分けではない。我々は自家用車を作りたいので限定区間だけの自動運転には興味はない。だからレベル4は目指さない」とのこと。完全自動運転ができない可能性もあるが「できなかったらそれまで。我々は自動運転ができることに賭ける。そういう賭けをする人間がいてもいいんじゃないか」と語った。

既存の自動車を分解して部品を流用したり、中身を把握する試みも行なっている