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Turing、東京で30分間の「完全自動運転」を25年に 自社生成AIとAI専用チップ活用

自動運転車両の開発を行なうTuringは、2025年12月に東京で30分間、人間が一切介入しない自動運転の実証実験を行なう。同社CEOで、将棋プログラム「Ponanza」の開発者としても知られる山本一成氏は、「まずはこれぐらい超えられないと世界と戦えない」と意気込みを示す。実現には何が必要なのか。

ルールベースの壁 自動運転の課題

Turingは、自動車をとりまく世界をエミュレートしてモデル化し、そこに世界を理解できるAIを投入することで自動運転を実現するアプローチをとる。

山本氏によると、現在開発されている自動運転システムの多くは、多数のセンサーなどをモジュール化して外界のセンシングを行ない、それらをルールベースのプログラムによって処理することで運転を制御するものが多いという。

Turing CEO 山本一成氏

前方にクルマが居る時は止まる、前のクルマが進めば進む、青信号の時は進む、赤信号は止まる、など、クルマの自動運転が必要とするあらゆる取り決めをすべて人間が書き込んで自動化を実現するしくみだ。ルールベースの場合は、前のクルマが進んだが、歩行者が割り込んで来た場合はどうするか、などイレギュラーな事態も想定してルール化しなければならない。

山本氏は経験上「10万行を超えるルールベースはほとんど機能しない」とし、必ず限界があり、ルールベースでの完全自動運転は不可能だという見解を示した。

人間の「世界理解は深い」とし、例えば路上に通行人または交通整理の警備員が立っていた場合、通行人の場合は道路を渡ってくるかもしれず、クルマを止めるかどうかの判断が必要だが、警備員の場合は誘導に従って通行したり停車しなければならない。それぞれ対応が全く異なるが、人間ならすぐに理解出来る。ルールベースではそれぞれ定義が必要になる。センサーの数を増やしたからといって、これを解決することはできない。

「頭が良いAIがないとダメだ」と山本氏は言う。人間がクルマを運転できるのは、人間が世界を理解しているからで、人間と同じ判断力をもったAIを開発することで、完全自動運転を実現するという。Turingが目指しているのは「カメラとAIだけで完全自動運転が可能なクルマ」だ。

そのために同社が取り組んでいるのは、マルチモーダルAI「Heron」の開発。入力された画像やテキスト、音声など多様な入力(マルチモーダル)を読み取り状況を理解できるAIを作る。道路のどこを走ればいいのか、クルマが前にいるときはどうするか、右折するときはどうするか、などの判断を、ディープラーニングによって学習することでその状況を学ばせる。

これにより、普通に走っているときとは違う状況が起こったときでも柔軟な対応が可能で、事前に条件が設定されなくても「AIが常識的な判断」をすることで、イレギュラーにも対応するという。横断者と警備員の違いも理解できるし、高速道路上で輸送車から豚が逃げ出して路上を歩いているような状況でも必要に応じて減速や停止ができる。単なる障害物として認識しているのではなく、豚として認識し、それがどのような行動を取るかも予測させる。

人のように解釈するというのは、ルートナビゲーションに対しても同様で、人がカーナビを見て運転するのと同様に、AIモデルにもカーナビの「画像」を入力(見せる)することで、ルート情報を与えることができる。路上の看板に書かれた文字も理解して対応する。

世界をモデル化する必要性

先日発表された、OpenAIの動画生成AI「Sora」は、テキストから動画を生成できるが、生成した動画に登場する乗り物や生き物は、それらが実世界でどのように動いているかも再現できる。Turingが取り組むのも、Soraと同様なアプローチだという。

このために「世界モデル」も作る。現在は専用車両で、日本中のあらゆる道路の走行データを集積している段階。これを元にAIが学習するための世界を作り、常識と倫理観を学習させていく。データ収集車両はカメラ8台にGNSS、IMU(慣性計測装置)、LiDARを搭載し、CAN情報(アクセル、ブレーキ、ハンドル操作)を収拾。第一世代収集車はすでに6,000時間走行しており、第二世代収集車も今年中に500時間の走行データ取得を目標としている。

人間の運転の模倣だけではだめで、世界を観察して理解して言語を学ぶことで高度な世界理解を身につけさせる。教習所で習った知識だけでは実際の路上を走ることは不可能で、山本氏は「常識と倫理を持つ生成AIが唯一の解」だとする。

これらを実現するには、クラウドで動作する生成AIではなく、オフラインでもクルマ単体で高度な処理が可能なエッジ方式が前提。そのために画像や音声など多様な入力を理解できるマルチモーダル生成AIを車載で動かせる、生成AI専用アクセラレータ半導体「Hummingbird」を開発し、自動運転システムを実現する。

完全自動運転に必要な生成AIの出力を得るには、1,000Token/sレベルの生成速度が必要で、これを実現可能なエッジデバイスは現時点で存在しない。車載環境で超高速に生成AIを動かす、という特異な目標を実現するには、自社開発しかない。Turingは、2024年夏頃には1.1B(11億パラメータ)モデルを動作させ、同年末頃には7Bモデルで、独自モデルに対応したプロトタイプを完成させる見込み。2030年に完全自動運転車に搭載する。

東京で30分間完全自動運転「Tokyo30」プロジェクト

これらの取り組みにより、まずは2025年12月に、東京の市街地で30分以上、人間が一切介入しない「完全自動運転」を行なう「Tokyo30」プロジェクトを実施する。

山本氏は、「非常に難しい課題」としながらも、「世界に戦うためにはこれくらいは乗り越えないといけない」と、自身の「X」でも発言している。2025年12月に、上記のすべての技術が導入されるわけではないが、その時点で実現している可能な限りの技術を投入して、東京での完全自動運転走行に挑戦するという。