西田宗千佳のイマトミライ

第242回

MetaのXR新戦略、ライバルはアップルかGoogleか

4月23日、Metaは同社のXRデバイスである「Meta Quest」とそのOSやアプリケーションストアについて、大きな戦略変更を発表した。

どのような戦略に基づくものか、という話については、発表直後にMetaのMixed Reality担当バイスプレジデントであるマーク・ラブキン氏に取材し、ある程度の流れを掴むことができた。

この発表は「アップル対策」と報道されることが多いが、実際のところはそれだけが目的と判断するのは難しい。

今回はもう少し俯瞰し、XR関連機器全体が今どのような状況にあり、そこに各社がどう対応しようとしているかをまとめてみよう。

実はアメリカのZ世代で伸びるMeta Quest

現状、XR機器は「誰もが持っている機器」とはいえない。Meta(旧Facebook)がOculusを買収して10年が経過したが、派手に喧伝されたように「メタバース全盛時代」がきているわけではない。

現実問題として、人々が長く仮想空間で過ごす環境を整えるにはまだ相当の時間がかかる。当初はMetaを含む各社ももう少し楽観視していたかもしれないが、少なくとも2018年頃までには、「可能性はあるが長期的な取り組みになる」とスイッチを切り替えていたはずだ。現在のその過程にあり、市場は開拓途上にある。

ではXR機器は売れていないのか?

これは「メーカーによる差が出てきた」という見方ができる。

IDCが今年3月に公開した調査データによれば、2023年の市場は全体での年率30.4%の拡大。そこまで悪い数字ではない。

シェアの大半はMeta。2023年第1四半期にはPlayStation VR2の販売でソニーのシェアが拡大したがその後は伸びず、Meta Quest 3を発売したMetaが順調にシェアを伸ばしている。サングラス型ディスプレイを手がけるXREALのシェアがジリジリ伸ばしている一方で、「PICO」ブランドを手がけるByteDanceは大きくシェアを落としたままだ。

IDCが今年3月に発表した調査より抜粋。各社の2022年以降のシェアをまとめたものだが、Metaの拡大が著しい

要は、ソフトウェアがあって市場が出来上がっているブランドは市場が伸び、そこで苦戦しているプラットフォームは伸びていない……というシンプルな話である。

アメリカの投資銀行Piper Sandlerが今年4月に公開した調査結果では、アメリカのZ世代(調査での平均年齢は16.1歳)の30%以上がVR機器を所有しているとしている。これもおそらくは、ほとんどがMeta Questシリーズと推察される。

現状のコンシューマ向けXR機器の用途は、主にゲームと「VR Chat」に代表されるコミュニケーション・プラットフォーム。ただSteamのデータを見る限り、PC経由の利用はあまり拡大しておらず、Meta Questのストア経由アプリケーションが中心と見られている。

Steamが公開している統計データより。いまだMeta Quest2が強く、Quest 3も伸びている。全体的には減少傾向で、PC向けVRゲーム自体に元気はない

あまり大きく語られることはないが、アメリカにおいて一種のゲーム専用機として特に若い世代を中心に一定の支持を得ており、Metaの強気の裏にはそうした動向がある、と考えられる。

Meta・ラブキン氏のチームは、今回の訪日で日本の利用者12人を直接訪れ、利用状況を直接確認したという。日本でのMeta Quest 3の売れ行きも「事前の予想を超えている」(ラブキン氏)という。

Meta MR担当バイスプレジデントのマーク・ラブキン氏

Meta Questシリーズはブームのような爆発的な売れ行きになっているわけではないが順調に新しい市場を開拓しており、ソフトウェアの市場構築につながっている……とみなすことができるだろう。

XRハードを支配するQualcomm、その中で差別化するMeta

この動向を見れば、Meta以外が結局うまくいっていない、という状況がはっきりする。

現状、XR機器で最も大きな利益を得ているのはどこか?

これは明確にQualcommだ。

Apple Vision Pro(以下AVP)やPlayStation VR2のようなごく一部の例外を除き、ほとんどのXR機器ではQualcommのプロセッサーが使われている。QualcommがXR機器開発用のソフトウェアスタックを同時に提供しており、同社のプロセッサーを使うことで開発負荷を軽減できるためだ。

ただ、その上で同じ製品をどこでも作れるか、というとそうではない。特に、ビデオシースルーを使った「Mixed Reality」機能を搭載して快適な製品を作る場合、多くのノウハウが必要になる。そしてその上で、アプリケーションストアを使った流通まで含めると、開発は簡単なことではない。

そして、Qualcommから供給されるプロセッサーはPCというよりもスマートフォンに近い。同じ世代・型番に見えても出荷先に合わせて細かくカスタマイズされるのが一般的。そこでどのような選択をするかも、ノウハウの塊といっていい。

これらの条件を加味すれば、MetaがASUSやLenovoをハードウェアパートナーとし、「Horizon OS」とその上で動くアプリケーションのエコシステムを拡大しようとしている理由もわかりやすくなってくる。

今回の施策は「オープン化」と呼ばれているが、OSをオープンソースにするわけではなく、パートナーシップに基づくアライアンスなので、実質的にMeta Questシリーズの互換機・バリエーションモデルを展開するもの、と考えていい。

ラブキン氏はHorizon OSデバイスの中でのMeta Questの役割を「多くの皆さんに買っていただける、中央にあるデバイス」と語っている。おそらく、ASUSやLenovoから出てくるのはより用途特化の製品であり、価格面でも機能面でもベーシックなものは、これまで通りMetaから出ることになるのだろう。

Metaの製品を主軸としつつも、ニッチな部分、特にハイエンド向けや特定用途向けはパートナーと組んでビジネスを行ない、市場の幅を広げることが狙いなのだ。

現在のライバルはそこまで怖くない。手強いライバルになる可能性があったByteDance(PICO)も、想像以上の苦戦から展開にブレーキを踏んでいる。

だとすれば、同じようにソフトウェアを含めたプラットフォーム化で幅広い市場を目指すところはどこか……という話になってくる。

Metaの競合はアップルかGoogleか

ここでMetaのライバルを考えたとき、アップルはすぐに直接的な競合にはならない。

アップルはハイエンド志向でスタートした。理由は、彼らがMixed Realityをベースとした「空間コンピューティング」に注力しているためだ。現状、高品質な空間コンピューティングを実現するには高価なハードウェアが必要になる。だからこそ、画質や手の認識精度で言えば、AVPはMeta Quest 3を含むライバルを凌駕する品質になっている。

一方、アップルは「自らが目指すところを示すにはあの品質でなければならない」と判断して商品化しているわけで、短期的にMeta Quest 3のような価格に下げていくとは考えづらい。

極論、ニーズも世界観も違うデバイスなので、市場では当面共存しうる。Z世代での人気が後押ししているとすれば、高価なAVPとの競合はなおさら起きづらい。直接競合が起きるとすれば、アップルが低価格デバイスを出して、本格的に幅広い市場を目指すタイミングだ。それにはどんなに少なくとも1年、おそらくは2年以上の時間が必要になるだろう。

なお、AVPについてはアナリストが「生産台数を減らした」「後継機種の計画が変わる」とコメントしたと報じられている。ただ、アナリストの予測における「生産台数」は時期によって大きく変動しており、本当のアップルの計画とどれだけ等しいか、筆者は疑問を持っている。予定よりも出荷台数が芳しくない可能性は高いと思うが、アメリカ以外での出荷が始まっていない段階で、後継機種の噂について鵜呑みにできるかは怪しい。

高価で用途に特化したXR機器はいくつも市場に出てくる。B2Bだけでなくコンシューマ向けもあるが、「Bigscreen Beyond」や「Visor」、「MeganeX」などが代表格だ。Apple Vision Proと競合するとすれば、そうした機器の方だろう。

具体的なライバルとなりうるのは、Googleがサムスンと組んで開発中のデバイスだ。

こちらは2023年2月にQualcommから発表があり、2024年中には発表されると予測されている。昨年のGoogle I/O 2023でも「やっている」ことだけはアナウンスがあり、昨年5月の段階では「まだ詳細を話すことはできない」(Google AndroidおよびGoogle Play、Wear OS プロダクトマネジメント担当のサミール・サマット バイスプレジデント)とされていた。今年の「Google I/O 2024」で発表されるかはわからないが、サムスンに近い韓国メディアでは「2024年後半発売」とする声が多い。

2023年2月に行なわれたサムスンの「Unpacked 2023」イベントより。Qualcomm・Google・サムスンの3社が共同でXRデバイスに取り組むと発表済みだ

Google・サムスン連合のデバイスがどのような製品になるかはわからないが、ハードウェアの特性は、AVPよりはMeta Quest 3やMeta Quest Proに似たものになるだろう。スマホにおけるAndroidを狙うなら、Google・サムスン連合をMetaが意識しないはずはない。

三社三様になるアプリエコシステム

この3極が競合するのだとすれば、次に課題となるのは「アプリのエコシステム」だ。

一番わかりやすいのはアップルだ。アップルは同社製品同士の連携を強固にする一方、AppStoreに閉じたエコシステムになる。スマホと違い市場が支配的ではないので、いわゆるサイドローディングに対応する必然性も薄い。いわゆるウォールドガーデンモデルになる。

Google・サムスン連合はGoogle Play Storeを軸にしたモデルになる。Androidスマホに倣うとすればサイドローディングも可能だろうが、メインはあくまでGoogle Play Storeだ。

Metaは今回の施策で、Horizon OS向けの「Horizonストア」を作る。現在のMeta Questストアと、よりオープンな「App Labs」という配布形態を統合し、1つのストアで幅広い配布形態を目指す。さらには、PC向けにSteamなどで配布されたゲームを遊ぶことも(従来通り)許容する。

前出のラブキン氏は「Horizonストアについては、コンソールスタイル(注:家庭用ゲーム機のような契約と審査に基づく形)ではなく、開発者がすぐに参加して提供を始められるモデルで、可能な限り迅速に処理できることを目指す」「Windows PCに近い形。どんなものを使っていただいてもいい……という考え方」と説明する。

つまり、自分たちの強みであるストアはより自由度を高めつつ維持し、オープンさで他者との差別化を図る流れと言える。

おそらく課題は、いわゆるXR向けのアプリよりも「2D」アプリだろう。

現在のXR機器が、ビデオシースルーを使ったMixed Realityの方向に向かっている。Metaも「Mixed Realityになってスイッチが切り替わったようだ」(ラブキン氏)と説明しており、マスへの拡大には必須の状況である。

そしてマス向けになっていくと、ゲームだけでない使い方も大切になり、そうすると「2D」アプリ、すなわち既存のアプリを空中で使うことの価値が高まっていく。

AVPでも明確になったことだが、対応アプリの数はやはり重要だ。AVPはiPhoneやiPad向けのアプリがそのまま使えるので、アプリの数を稼ぎ、空間に配置して使うという用途を見出しやすい。すべてのiPhone・iPadアプリが使えるわけではなく、「AVP向けに公開しても良い」とデベロッパー側が許諾したものに限る、という制限はあるのだが、それでも、数がある分便利に使える。

MetaはGoogle Play StoreをHorizonストアの中に組み込むことを期待しているが、Googleとの競合上、それが簡単でないことも理解しているようだ。Googleは当然、そこを差別化点としてくるだろう。

一方で、MetaはHorizon OSの中に空間フレームワークを用意し、少ない変更で「2.5D」化する道を用意する。そうすることで、既存のスマホアプリの開発者がHorizon OS上で差別化したアプリを供給し、ビジネスをしやすい基盤を準備しようとしているわけだ。

他社が動く前に戦略を開示したMeta

では、Google・サムスン連合はすぐにMetaを脅かすのだろうか?

これはちょっと難しい。Metaはここまでかなりの投資を続けており、ハードウェアの利幅もギリギリまで削ってビジネスをしている。研究開発にも積極的であり、大きな機能アップも継続している。

直接的にMetaに競合するには、相当なコストをかけた展開が必須になる。そこまで彼らは「本気」を出すだろうか? Googleはこの種の市場に何度も挑戦し、すぐに手を引いている。「どこまで持続するか」が大きな課題になる。

むしろ、Google・サムスン連合は低価格でゲーム市場も意識したデバイスよりも、少し高価でAVPとMeta Quest 3の間を伺うような機器を出してくると予測している。そうするとそこまで数は出ないだろうし、短期的にプラットフォームの数で圧倒するパターンにはならないだろう。そして、2DアプリストアであるGoogle Play Storeがあるという強みも活かしやすい。

Meta Quest 3

Googleはサムスンと組んで作るデバイスの先で、より大きなXRプラットフォームを準備中とも言われる。それをどこまで大きな市場にできるかは、現状予測しにくい。

MetaがHorizon OSとそのエコシステムの準備をするには、まだ時間が必要だ。おそらく大きな展開は、今年ではなく来年(2025年)になるのではないだろうか。Meta Quest 3自体も、発売時に予定されていた機能の全てが実装された状況ではない。他社も時間を必要としている段階で、まず先に今後の施策を公開したというところではないか……というのが筆者の見解だ。

何かあるとすれば、5月の「Google I/O 2024」で発表があるかどうか、という点にかかっている。筆者も渡米して現地取材を予定しているが、より楽しみになってきた。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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