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紀伊國屋書店のオールナイトイベントが大盛況 異例の「深夜フェス」に挑んだワケ

紀伊國屋書店の新宿本店で1月末に開催された、書店としては異例のオールナイトイベント「KINOFES 2026」が大きな反響を集めました。告知から約4時間でチケット全634枚が完売し、登壇者や関係者を含む700人以上が“深夜の本屋”に集結したといいます。

「本屋で、夜明けだ。」をコンセプトに、当日は20時30分から翌朝6時まで1~8階をフル開放。「本発見ツアー」やストーリー体験型の「ミステリーツアー」といった参加型企画に加え、トークショーが館内各所で同時多発的に行なわれ、Xでは「最高に楽しい」「また開催してほしい」といったポジティブな感想が多数投稿されました。

なぜ老舗書店がオールナイトイベントに踏み切ったのか。企画の狙いやヒットの背景、イベントに込めた思いを、「KINOFES」の責任者を務めた紀伊國屋書店 新宿本店 本店長の星真一氏に聞きました。

なぜ書店がオールナイトイベントを?

紀伊國屋書店 新宿本店では、もともと年間約300件のイベントを開催してきました。 著者の新刊イベントを中心に毎月20~30本ほど実施していますが、 こうしたイベントの一番の目的は、「本屋に来てもらうきっかけをつくること」だと星氏は話します。

「最近は本屋を取り巻く状況が厳しく、本を買うだけならネットや電子書籍で事足りてしまいます。ですが、書店に来ると『本と目が合う』体験ができると思っています。店内を歩いているときに、探していたわけでもない本がふっと視界に入ってきて、なぜか気になってしまう。そうした体験を通じて、本屋って楽しいなと思ってもらえて、継続的な来店につながると楽観的に信じているんですよね」(星氏)

紀伊國屋書店新宿本店 本店長 星真一氏

紀伊國屋書店は、2027年に創業100周年を迎えます。その節目に向けた広報施策を検討する中で、「KINOFES」の構想が生まれました。

「さまざまなアイデアが出る中で『フェス』というキーワードが出てきて、それがしっくりきたんです。音楽フェスのように、たくさんの人が来て、さまざまなイベントが同時多発的に開催されている場を本屋で提供するところを想像すると、面白いし、本屋の魅力を発見してもらうことにもつながりそうだなと感じました。ただ、日中の通常営業時間内だと難しい。では閉店後にやってしまおう、と。『夜だったら特別感があるよね』と盛り上がっていく中で、キノフェスの原型ができていきました」

「非日常」にこだわった演出

イベントでは、多様なジャンルの出演者による一夜限りのライブトークやパフォーマンスなどを実施し、「今までにない本屋体験」を打ち出しました。

なかでも通常のイベントと明確に趣が違ったのが「ミステリーツアー」です。参加者がスマホの指示に従って店内を巡る体験型の企画で、「この棚の本を見てください」「検索端末を操作してください」といった案内がすべてスマホ上に表示されます。その指示に沿ってフロアを回遊していく仕立てです。営業時間外だからこそできる演出にもこだわりました。

「真っ暗なフロアの中を探索してもらったり、店頭の検索端末にはこの企画のためだけに架空の書誌データを仕込んで、存在しない本が検索結果として表示されるようにしたりといった仕掛けも用意しました。謎解きのシナリオやギミックは外部から『ミステリー』を専門とする制作会社にも入ってもらい、打ち合わせやテストプレイを重ねながら、大型書店の特性を生かしたオリジナルストーリーを実現できました」

歩き疲れた人には、ヨガマットやサウナマットを配布して床に座ったり寝転がったり、自由な姿勢で本を読む体験も用意しました。さらに、漫画編集者の千代田修平さんと店内を一緒に歩きながら、「このマンガが面白いよ」といった会話をしつつ作品を紹介していく「本発見ツアー」も実施。登壇者についても、普段のラインナップからは少しはみ出す顔ぶれを集めたそうで、さまざまな角度から非日常感のある体験を提供しました。

当日はミステリーツアーや本発見ツアーなどを実施

夜間オペレーションの壁をどう乗り越えたか

一方で、運営面のハードルは決して低くはなかったといいます。個々のプログラム自体は特別難しいものではなかったものの、「同時多発的」に行なうことで、動線設計や人員配置には相応の工夫が必要になりました。その中で、「紀伊國屋書店 新宿本店ならではの強み」も見えてきたといいます。

「テナントとして商業施設に入っている店舗だと、夜間オペレーションを変えようとするとエレベーターやエスカレーターの稼働の関係で、ビルオーナーとの交渉が必要になります。その点、新宿本店は自社ビルなので、自分たちの裁量で夜間の運用を組み替えられました」

自社ビルだからこそ実現できたオールナイト企画

また、夜通しだと食事をどうするかという飲食まわりの課題もありました。

「食事に関しては、店内に飲食を提供できる設備があるわけではないので、そこは一度外に出てもらうしかありません。そこで、途中出入り自由とし、リストバンドを見せれば再入場できるようにしました。遅くまで飲食店が多く営業している新宿という立地だからこそできるやり方だったと思います。それに、大きい店舗だから人員も多く、イベントを動かすだけのスタッフ数が確保できていたことも大きかったですね」

「いい意味での雑さ」と「堅い会社のギャップ」が成功要因

イベントの参加者は20~30代が中心。ポイントカードを持っていない人が大半だったことから、「紀伊國屋以外の本屋に行く人」「あまり本屋に通わないけど、本やカルチャーには関心がある人」が多く集まっていたと星氏は分析します。その意味で、新しい層の開拓という点では、想定以上の成果があったといいます。

「とくに手応えを感じたのは、イベントで紹介した本以外の本がかなり売れたことです。イベントを楽しんでもらうだけでなく、じっくり本棚を眺めながら自分の感覚で選んだ本を手に取ってもらえた。その行動に、本屋が本来持っている価値を感じてもらえたのだと思いますし、それが数字としても見えたのは、僕らにとって非常にうれしい反応でした」

イベントの参加者は20~30代が中心

反響の大きさは、当初の想定を大きく上回ったといいます。チケットが告知から4時間で完売と予想外に早く売り切れてしまったため、集客のために用意していたアイデアのほとんどが実行には至らず、次回以降に持ち越しとなってしまったほどでした。

星氏は、今回の成功要因として「いい意味での雑さ」と「ギャップ」のふたつを挙げます。

「今回成功したのは、いい意味での“雑さ”が生んだ居心地の良さがあったからだと思います。SNSでは『自由度が高くてよかった』といった声がとても多かったです。イベントは開催しているものの、参加するかどうかは完全に自由でした。実際、イベントには一切参加せずにずっと座って本を読み続けていた方もいましたし、ゲームをしている方もいました。そうやってイベントの“余白”をそれぞれが自由に使えたことが、非日常の楽しさにつながったのかなと感じています。それに、紀伊國屋書店という堅いイメージのある会社がオールナイトでイベントをやる、そのギャップのインパクト自体を面白がってもらえたのでしょう」

今後の展望として、オールナイトイベントは来年も開催予定だそう。しかも2027年は紀伊國屋書店の100周年にあたる節目の年であり、「今年以上にパワーアップした内容にしたい」と星氏は意気込みを語ります。

「今回を振り返ると、もっと非日常に振り切ってもよかったという反省もあります。非日常感の演出には、まだまだ工夫の余地があります。たとえば、お酒が飲めたり、歌手が一晩中歌っていたり。あえてエスカレーターを止めてみる、照明をもっと落としてみる、といったアイデアも出ています。どこまで実現できるかはわかりませんが、来年は今年以上に振り切った非日常をお見せできればと思っています」

福永 太郎

フリーランスの編集者・ライター。ライフスタイル系メディアの家電記事の担当を経て独立。現在は複数のWebメディアに寄稿。