鈴木淳也のPay Attention

第141回

コンビニと自販機の間に。無人決済店舗のSaaS的展開

TOUCH TO GOの技術を導入した「トモニー中井駅店」

今回のテーマは「無人決済店舗」だ。以前に「Amazon Go型無人決済店舗は日米で真逆の商圏を開拓する」のタイトルで、この分野の先駆けであり、米国と英国で事業を展開する「Amazon Go(Fresh)」と、日本での「TOUCH TO GO(TTG)」を中心とした最新事情とそれを取り巻く話題について紹介したが、今回は改めてその「ビジネスモデル」に着目したい。

Amazon Goが米ワシントン州シアトルにある米Amazon.com本社で従業員を対象としたベータテストを開始して以降、同様の技術を研究開発するスタートアップが多数出現し、中国ではCloudPickをはじめとした企業がこの技術を使った最新店舗をほぼ間を置かずに開設したりもした。

だがこのトレンドは下火になりつつあり、各ベンダーは展開に苦慮し、Amazon Go自身も新規店舗はStarbucksとのコラボレーションやフル規格のスーパーにJust Walk Out技術を導入した「Amazon Fresh」を除けば、ほぼ展開が止まっている。むしろ既存のAmazon Booksや4-starといったリアル店舗の閉鎖を加速し、Just Walk Outとは無縁の実験店舗「Amazon Style」を米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のグレンデールにオープンするなど、商売を差し置いて実証実験に熱心な印象がある。

最近では2021年10月にスーパーチェーンの英TescoがイスラエルのTrigoと共同で英ロンドン市内に無人決済店舗の「Tesco Express High Holborn」をオープンしているが、やはり実証実験の域を出ておらず、ビジネス的な視点での展開はまだまだこれからだ。

こうした状況下で、TTGはファミリーマートとその親会社である伊藤忠商事、そして東芝テックらと手を組み、「労働人口減少時代の店舗運営」「新たな市場開拓による商域の拡大と売上の増加」という2つの課題にリーチをかけつつある。2021年9月11日の日本経済新聞の報道で、ファミリーマートはこの無人決済店舗を2024年度末までに全国に1,000店舗拡大すると紹介されているが、この流れは諸外国での状況とは真逆だといえる。

「マイクロマーケット」というこれまでの小売では実現が難しかった市場を開拓しつつ、採算性の面から無人決済店舗の拡大を可能にするTTGの戦略について、代表取締役社長の阿久津智紀氏に話をうかがった。

TOUCH TO GO(TTG)代表取締役社長の阿久津智紀氏

売上規模や場所に応じて選べるメニュー

まずTTGのサービス戦略だが、現状で「SENSE」「MICRO-W」「MICRO」「MONSTAR」の4種類のメニューがあり、店舗面積や売上規模に応じて使い分ける形となっている。セルフオーダーと決済のみの機能を提供するMONSTARを除いたものが、いわゆる無人決済店舗に該当するものだ。

SENSEは店舗形状によってカスタマイズが行なわれるもので、棚の数や配置、カメラの設置台数などが異なってくる。MICROは一種の「店舗“キット”」となっており、あらかじめ用意された部材を現地で組み立てる形となるため、組み立て日数は現状で3日半程度、今後さらに半分程度に短縮が可能になるため、作業工数低減によるコスト削減にもつながる。MICRO-WはシンプルにMICROを倍のサイズに広げたものだ。

TTGのサービスメニュー
MICROの設置例。「フード&カフェ 太陽鉱油 千葉新港SS店」にて

ただ、この仕組みをTTGのようなスタートアップ企業1社のみで展開するのは非常に難しいのも事実だ。まず流通網がないので商品の搬入などが行なえない。提携先のファミリーマートはこうした流通に関するものをすべて持っている一方で、最新技術に関するノウハウが不足している。これが両者が組んだ背景となる。

同様に、最初の店舗のシステムはTTGが組めても、全国展開が始まると厳しい。トラブル時のサポートも、当初の時点では展開が首都圏中心であり、何かあっても社員がすぐに駆けつけることができたが、全国ではそれも難しい。

こうした部分をサポートするのが店舗向けソリューションでは業界最大手の東芝テックで、店舗にシステムを導入する、いわゆるSI(システムインテグレーション)的な業務のほか、全国規模のオンサイトサポートなどは同社の力を借りることになる。

「店舗展開を10段階で表すとすれば、0から1の部分はTTGが担当し、東芝テックは0-1にあたる部分を見つけてもらったり、1から10にあたる部分の展開や保守をお任せする。ファミリーマートをはじめ、先日の羽田空港のANA FESTAの展開で0から1の部分ができたので、今後の全国展開に向けた礎ができた」と阿久津氏は述べる。

実際、TTGとしては初の首都圏外店舗「ANA FESTA GO 中部ゲート店」が6月15日に中部国際空港(セントレア)の制限エリア内にオープンしており、無人決済店舗のファミリーマートについても今後は全国展開がスタートすることになる。

なぜTTGはSaaS型のビジネスモデルなのか

筆者がTTGのビジネスモデルで最も興味深いと思っているのが「SaaS型のサービス」という部分だ。

保守管理を含めたシステム利用料は定額であり(例えばMICROは月額20万円から)、賃料や光熱費といった固定費は目安が分かる。ここに商品を入れる売上原価と、基本はリモートで商品の補充や年齢確認、各種対応にあたる人件費を加味すれば、赤字にならないラインが自ずと見えてくる。つまり、どれだけの売上が確保できれば小売というビジネスがTTGで成り立つかが明確なのだ。

基本的に、小売業で固定費として事業を圧迫する要因の1つが人件費であり、これを“省力化”するTTGでは売上の採算ラインは下がる(人件費がゼロではない点が重要だ)。

下記はMICROを用いたときの収益モデルだが、日販が3万円のレベルでもギリギリ営業利益が確保できている。とはいえ、これでは赤字にならないというレベルでしかないので、東急ストアの「たまプラーザ テラス」店にある従業員休憩室内のMICRO店舗のように、従業員向けの福利厚生を想定したようなものでなければ、商売としてもう少し売上がほしいところだろう。

無人決済店舗という特徴により、固定費の増加要因となる人件費が売上に応じて増えないため、比較的少ない売上でも営業利益を確保できる

「正直いうと日販3万円は厳しいところで、やはり手売りにはかなわない部分がある。これより下の規模になると自販機などの選択肢が上がってくるため、TTGが狙うのは現状のコンビニよりは下で、これまで商圏の拡大が難しかった『マイクロマーケット』になる」(阿久津氏)

マイクロマーケットは売上規模からこれまで一般小売の進出が難しかった市場で、想定としては一般的なコンビニよりもさらに小さな店舗スペースであったり、ビルやマンションの敷地内といった利用者が限られる場所だ。ニーズとしては病院や大学キャンパス内への出店希望もあったりと、すでに飽和状態にあるコンビニなどの小売業にとっては「利益率は低いが開拓が狙える市場」として注目を集めている。近年ではそういった場所に多目的自販機が設置されるケースもあるが、商品の種類やアイテム数に自ずと制限があり、コンビニとの乖離が大きい。この点で採算性を考慮しつつアイテム数を増やせるTTGは有力な選択肢になり得る。

TTGが狙うのはコンビニと自販機の中間にあたる「マイクロマーケット

市場ターゲットは分かったが、なぜこれが「SaaS」と結びつくのだろうか。SaaS(Software as a Service)は近年のエンターテインメント業界ではお馴染みの定額制サブスクリプションモデルだが、ソフトウェア(仕組み)を“買い切り”ではなく料金を支払っている期間だけ利用できるというもの。最初に導入コストを支払う必要がなく、月額料金はそこまで高くない。買い切りモデルと比較した場合、両者の支払額が逆転するのはたいていの場合、利用開始から2年ないし数年後というケースになる。その間、サービスはつねに最新のものが提供され、提供事業者にとっても毎月決まった収入が入るのでビジネス的にも売上が立ちやすい。

これをTTGに当てはめた場合、同社はハードウェアを含めて初期費用を請求せず、毎月のシステム利用料のみを利用者(この場合は店舗の運営者)に請求する。当然、初期コスト分の負担があるためTTG的にはマイナスだが、これはやがて年数の経過とともに償却が行なわれ、収入の多くは利益となる。同業者の多くが初期の導入費用やコンサルティングの部分で稼ぐビジネスモデルを模索するなか、非常に面白い試みだと思う。

もう1つは人件費の部分だ。無人決済店舗ということで本来は人員は必要ないと思われるかもしれないが、前述のように搬入やトラブル対応で店員は必要だし、現状のコンビニ業態で弁当のような食品販売やアルコール/タバコなどの年齢確認が必要な商品では近くで人員が監視することが求められている。

つまり、営業時間中は最低限1人が店舗に(リモートであっても)何らかの形で張り付いていなければいけないわけだ。

これについて阿久津氏は「サテライトが鍵」という。サテライトとは、例えばファミリーマートのケースであれば通常のコンビニが近くにあり、その近くにTTGで無人決済店舗として運営される「サテライト店舗」というもの。これにより、人件費にまつわる運営コストを圧縮し、少なくとも2つの店舗で売上を増やすことが可能だ。

この形態を利用したのが「ファミリーマート岩槻駅店」で、無人決済店舗は駅のコンコースに設置され、メインとなる店舗は駅東口の1階にある。同様に、羽田空港のANA FESTA GOも無人決済店舗に隣接して有人のANA系列店が設置されており、こちらもサテライトの扱いだ。

無人決済店舗の「ファミリーマート岩槻駅店」では、駅の1階にあるファミリーマートと一体での運営が行なわれている。サテライト運営の例だ

アップデートし続ける店舗

先ほどSaaSモデルでは「つねに最新のサービスが受けられる」と述べたが、TTGも例外ではない。TTGのシステムにも“バージョン”が存在し、つねにアップデートが続けられている。店舗は旧バージョンを使い続けてもいいが、新バージョンの利用も可能だ。このあたりの不具合を解消して新しい技術やニーズをキャッチアップできる柔軟性も特徴といえる。

例えばANA FESTA GOでは一部に不満の声があったマイレージとの連携について、従来までは会計の最後に行なっていた紐付け作業を、まず最初に行なうフローに変更された。「後から付与できなかった」という声に応えたものだ。また最初のTTG店舗である高輪ゲートウェイ駅構内のコンビニでは、新たな決済手段として「現金」「(QR)コード決済」が利用可能になった。阿久津氏は「ファミリーマートの店舗では要望を受けて最初から現金利用を可能にしていたが、高輪ゲートウェイでも同様に現金対応にした。駅内ということでSuicaなどに対応すれば十分という考えもあるが、実際には無視できない現金ニーズがあり、売上に大きく影響する」と述べている。コード決済のサポートも5月に開始されたばかりで、「おそらく他の店舗に比べても高速で処理されると思います」(阿久津氏)ということだ。

TOUCH TO GOの1号店である高輪ゲートウェイ駅構内の店舗
現在のTOUCH TO GOは完全なキャッシュレス店舗ではなく、現金利用も可能になっている
(QR)コード決済にも対応。Viewカード系のゲートウェイを利用して高速処理を可能にしているとのこと

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)