鈴木淳也のPay Attention

第163回

飲料自販機ビジネスの最前線で何が起きているのか

サントリーが2022年3月より展開を開始した「ボスマート」。自販機の購入システムを使って軽食の販売が可能に(写真提供:サントリー)

人口減少や諸般の理由からくる昨今のインフレ傾向、そしてコロナ禍における人流の変化など、小売を取り巻く事情は年々厳しさを増している。経営統合や効率化などさまざまな工夫によって既存の小売店舗が生き残りの道を探るなか、最新テクノロジーを駆使して新しい市場を開拓しようとしている企業もある。

代表的なものが、「無人決済店舗」と呼ばれるジャンルの小売店舗だが、商品点数を可能な限り増やしつつ、人の店内での動きをカメラや重量センサーなどで追跡することで商品の移動状況を把握し、決済処理を自動化する。結果として、コンビニなどにおいてはレジに拘束される従業員の数を減らすことが可能になり、これまで人件費の問題から日販に対して黒字経営が難しかったエリアでの展開が行なえるようになった。つまり、新たな商圏の開拓が可能になったというわけだ。

このビジネスモデルを明確に追いかけているのが「TOUCH TO GO(TTG)」だ。2020年3月に「無人決済コンビニ」を出店して話題になった同社だが、ANAグループと共同展開の空港物販店舗「ANA Festa」や、ファミリーマートとの提携で展開する無人決済コンビニなど、2022年の年の瀬が近付くなかで同技術を採用した店舗が拡大している。そのTTGがターゲットとしている領域が「マイクロマーケット」と呼ばれるもので、コンビニでの日販の採算ラインを最新技術で3割程度押し下げつつ、それよりも日販規模の小さい10万円前後以下の市場への店舗展開を目指している。以前のレポートで下記のスライドとともに紹介しているが、ガソリンスタンド併設コンビニの「フード&カフェ 太陽鉱油 千葉新港SS店」がその一例だ。

販売チャネルと各チャネルにおけるおおよその日販規模(出典:TTG)

さて、今回のテーマはTTGが示したスライドにあるマイクロマーケットよりもさらに下、「飲料自販機」の領域だ。日本自動販売システム機械工業会(JVMA)の資料によれば、紙パックやカップ型のものを含む飲料自販機の国内での普及台数は2021年末時点で約225万台となっており、前年比98.7%の微減。自動販売機というカテゴリでは冷凍食品販売機や券売機といったジャンルで増加に転じているものの、全体としてみれば減少傾向にある。台数的な減少幅でいえばまだこの水準で留まっているが、飲料自販機での販売額自体はコロナ禍に突入した2020年以降は顕著に減っているという指摘もある。人の外出機会が減り、オフィスや出先などで飲料をあまり購入しなくなったことが大きいだろう。

先ほどのスライドが示すように、飲料自販機の平均日販は2,300-2,500円程度。1日の販売額が2,000円未満という自販機も存在しており、小売の日販としてはほぼ限界に近い。一方で、台数そのものは前述のようにほぼ頭打ちであり、減少傾向さえ見られる状況で、企業間提携や統廃合など業界内でも生き残りをかけた動きが強くなっている。こうしたなか、大手2社はこの分野に新たなビジネスモデルを見出しつつある。

自販機で法人オフィスの新たな市場を獲得する

自販機ビジネスの発展に向けて取り組む1社がサントリーだ。前述のように全国的な自販機の台数が減少傾向にあり、台数当たりの売上も落ち込むなか、新商品投入やAIによる自販機ごとの商品の最適化、また自販機限定でデジタル特典がもらえる各種キャンペーンの展開など、商品そのものの魅力を向上させる取り組みだ。だが実際に同社が現在注力分野として力を入れているのが法人向けビジネスだ。ビルやキャンパスなどの施設内に設置させる自販機において、従来の枠を越えて「サービス自販機」という形で付加価値を加えたユニークな自販機を開発している。

1つは弊誌でも紹介している「社長のおごり自販機」で、2人の社員が同時に社員証を“タッチ”することで2本のドリンクを無料で得られるというもの。福利厚生の一環だが、仕掛けとしては「異なる組み合わせの社員2人がいないと利用できず、オフィス内のコミュニケーションを円滑化させる」という目的がある。全国展開を開始した3月以降は問い合わせも増え、年内は当初目標だった100社から倍にあたる200社に上方修正、2023年の目標として500社1,000台としている。

そして、「社長のおごり自販機」の全国展開と同時期に新たにスタートしたのが「ボスマート」と「DAKARA給水所」だ

「ボスマート」は飲料以外のインスタント食品や菓子などを販売するサービス。自販機に併設された棚から商品を取り、選んだ商品に該当する商品の購入ボタンを押すだけ。自販機そのものに現金または電子マネーの決済機能があるため、現金回収が自販機への商品補充と同じサイクルで行なえる。

シンプルだがこの仕組みが画期的な点として、価格設定の自由度とサービス展開の容易さが挙げられる。

例えばサントリーの一般的な自販機の場合、冷蔵庫の部屋数が30なのに対し、ボタンの数は36個ある。同じ商品が自販機のディスプレイに複数並んでいるのはこれが理由だ(注目商品を目立たせる意味もある)。つまり、円筒形の飲料ではなく冷蔵庫内には入らない商品であってもボタンだけは設置できることを利用し、商品点数を増やせる。加えて、値段設定は自由に行なえるため、300円台や400円台といった商品も設置できる。また商品の補充や現金回収は自販機のルートドライバーが行なえるため、サントリーの自販機さえ設置していれば対応してもらえる。

現金盗難リスクがなく、飲料自販機と同様に導入費も月額費もかからない。2021年のテスト導入が8,000台で、2022年は1万2,000台を目指すと同社では説明する。

自販機の余っているボタンを新たな物販チャネルにするボスマート。写真のような簡易什器のタイプのほか、自販機の決済と連動してロックが解除されるガラスケース型のセキュリティタイプのものが選べる(セキュリティタイプのものは追加費用が必要)。だがサントリーによれば、基本的にオフィス内の設置で商品の持ち出しはほぼないようだ(写真提供:サントリー)
利用方法。自販機をセルフレジとして利用する仕組みとなる

もう1つの「DAKARA給水所」は熱中症対策ソリューションで、例えばガラス加工場など構内がつねに高温にさららせる環境において、従業員の定期的な水分接収を必要とするケースがある。

人によっては1日2リットルの水分を摂るケースもあるようだが、仮に通常の清涼飲料水では糖分の過剰摂取リスクなどもあり、どの従業員がどの飲料をどれだけ飲んでいたかを管理する術がない問題があった。アナログ的な手法に頼らざるを得ないが、これを自動化するソリューションとして用意されたのが「DAKARA給水所」で、専用カードをタッチすることで会社指定の商品群だけを引き換えで入手できるようになっている。

従業員がどの自販機でどの飲料を入手したかが一元管理できるため、こうした職場での水分摂取ニーズに向けて2023年に100台提供を目標としている。また応用として、どのカードでどの飲料を選んだかが把握できるため、オフィスの応接やウェルカムドリンク提供にも利用できるという。

「DAKARA給水所」の事業所設置例(写真提供:サントリー)

こうしたサントリーの最新の取り組みについて説明するのは、サントリー食品インターナショナルVM事業本部マーケティング部の森新氏だ。

「法人ビジネスはここ数年で始めた大きなチャレンジで、直接ユーザーにサービスを提供できる特別な接点。コンビニでは20人のお客のためだけにサービスを提供するのは難しいですが、自販機は設置場所に応じて自在に変身できます。可能性も大きく、現状で法人オフィス内の飲料消費は64%が持ち込みで、有料自販機の市場は19%と2割程度でしか獲得できていません。つまり5倍の潜在市場があるわけで、いろいろな方法でチャレンジできるということです」(森氏)

同氏によれば、冒頭の経緯にもあるようにコロナ禍の影響としてオフィスのダウンサイジングが進んでおり、自販機を撤去したり台数を減らすケースが出てきている。各社生き残りをかけた対策が行なわれることになるが、付加価値によって“残る”メーカーになることが重要となる。

ボスマートの特徴として、日本全国をサントリーの販売網200支店でカバーできる点にあり、ルート配送できる場所であればどこでも設置が可能という。都市部のみならず、地方まで含めてカバーできる点は大きいだろう。企業のみならず、ホテルやゴルフ練習場、スポーツ施設、マンションのセキュリティ内の共用部など、さまざまな展開が可能だ。

また、企業は自販機以外の商品追加のために新たな納入業者を増やしたくないという思惑もあり、1社ですべてが完結するボスマートはその点で優位となる。現状ではまだ飲料側のニーズの方が大きいが、取扱商品の工夫や認知度向上の過程でより大きなビジネスとして顕在化が期待される。

サントリー調べで、法人オフィス内の飲料消費の内訳。「無料」とあるのはウォーターサーバやコーヒーなどの飲料を含んでいる
サントリー食品インターナショナルVM事業本部マーケティング部の森新氏

C向けで顧客接点とキャッシュレスを強化するコカ・コーラ

サントリーが新市場の開拓に乗り出す一方で、飲料メーカーと自販機ビジネスでは国内最大手となる日本コカ・コーラは、この分野を「キャッシュレス」と「ロイヤルティマーケティング」の最前線にしようとしている。古くはNTTドコモとの協業でスタートした「Cmode」があるが、おサイフケータイのスタートに合わせて各種電子マネー対応を進めるなど、ある意味で「キャッシュレス」の最前線にいた同社。2014年に開始したポイントカード事業の成功を受け、「スマートフォンを使ったロイヤルティプログラムを展開しよう」という形で2016年に始まったのが「Coke ON」だ。

Coke ONはもともと「自販機での商品購入時にもらえる15個のスタンプを集めると好きなドリンクチケットと引き換え」というシンプルな仕組みで、自販機への再訪を促す役割を担っていた。前述のように自販機そのものの設置台数が減少傾向にあり、1台あたりの販売額を向上させつつ、新しい施策ができないかという形で登場したアプリだったが、現在ではCoke ON対応自販機は44万台で同社の全80万台の過半数を超え、アプリそのものも4,100万ダウンロードを達成した。2018年には決済機能を提供する「Coke ON Pay」が提供されたが、当初LINE Payのみでスタートした同サービスも対応決済を少しずつ増やし、コロナ禍での低接触ニーズの高まりもあって現在ではCoke ON利用者の半数がCoke ON Pay経由での購入だという。

同社はCoke ONの拡張機能としてサブスクリプションのCoke ON Passを'21年4月に提供しているが、実際の利用客はサブスクリプションと並行して通常のドリンク購入も行なうため、全体としてリピート率向上に寄与しているようだ。またドリンク回数券を今年9月に提供しているが、こちらはライトユーザーの自販機利用頻度が上がったという。そして、このCoke ONブランドの最新シリーズとして登場した新機能が「Coke ON Wallet」となる。

2018年に登場したCoke ON Pay。当初はLINE Payのみの対応とやや微妙な状況だったが、現在ではクレジットカードを含む複数の決済手段に対応し、利用を大幅に伸ばしている(写真提供:日本コカ・コーラ)

Coke ON Wallet提供の背景について、日本コカ・コーラ ベンディング事業部シニアマネジャーの永井宏明氏は次のように説明している。

「新たに始まったばかりの『Coke ONウォーク』もそうですが、ポイ活ブームにのって若い方にも利用でいただけるサービスを用意しました。新サービス導入にあたっては2つの観点があります。1つは自動販売機事業者のコカ・コーラとしては、自動販売機を“小売店”の1つとして見ており、やはり無人ということで接客やおもてなしの面で他の販売チャネルと比較して劣っている部分がまだまだあると考えていること。もう1つはドリンクメーカーとして新しく出てくる飲料ブランドをよりアピールしたいということです。これを支えるのがCoke ON Walletで、チャージできる電子マネーの『Coke ONマネー』、そしてキャンペーン的に付与する『Coke ONポイント』の2つが組み込まれています。ドリンク回数券では好きな飲料1本、スタンプでは15個で1本と固定だったものが、“ポイント”では“マネー”も合わせて自由に目標額を設定できるため、画一的ではない手厚いキャンペーンが展開できるようになります」(永井氏)

日本コカ・コーラ ベンディング事業部シニアマネジャーの永井宏明氏(写真提供:日本コカ・コーラ)

シンプルさが特徴だったもともとのCoke ONだが、より柔軟なサービスやキャンペーンを展開するために他の決済サービスやスーパーが導入する独自の“ハウスマネー”に近い仕組みを導入したのがCoke ON Walletだといえる。

ただ、このような形でより複雑な金融サービスに近い仕組みの導入は、「金融専業でもないコカ・コーラには少々荷が重い」という考えから今回はBaaS(Bank as a Service)を提供するインフキュリオンとの提携を選んだ。Coke ON Payでは決済の仕組みそのものは外部にすべて投げていたため(自社で“バリュー”を持たない)、独自のポイント管理を必要とするCoke ON Walletもまた、インフキュリオンとの提携でアウトソースする道を選択したのだろう。同時に、インフキュリオンとの提携はより将来を見据えた動きのなかでの選択でもある。

Coke ON Walletを構成する2種類の“電子マネー”

「2023年には『つり銭チャージ』と『自販機チャージ』の2つのサービスが始まりますが、長年にわたって自販機の電子マネー対応を進めているものの、現状でまだ過半数のお客様が小銭で支払っている状態です。日常のなかで小銭を使う機会が減ってきているなかで、いつまでも自販機だけは小銭を受け入れており、これを少しずつデジタル化していきたい、小銭をデジタル化するというアイデアというのは内部でもずっと議論してきました。Coke ONのキャッシュレス比率が上昇するなか、モチベーションを喚起するロイヤルティプログラムとWalletを組み合わせるサクセスモデルは、StarbucksやWalmartなどをモデルケースとしています」(永井氏)

なお、「つり銭チャージ」と「自販機チャージ」の対応は自販機のファームウェアを書き換える必要があるとのことで、“順次対応”という形でいきなり全国展開はされない。またCoke ON Wallet決済のPayPayアプリのような外部提供についても「興味はあるが、まずは自社で足固め」ということで、自社内での有効活用を実証しつつも、他社から要望があれば検討していくというスタンスだと永井氏は説明する。

なお日本コカ・コーラではなく「コカ・コーラ ボトラーズジャパン」の事業だが、前項で紹介したボスマートと同種のビジネスである職域向けキャッシュレス無人売店「POP GARDEN」が2023年1月にスタートすることが予告されている。同じグループでありながら、この「POP GARDEN」はCoke ON Wallet/Payには未対応であり、まだまだやるべきことは多い。

Coke ON Walletが2023年以降に順次対応する「つり銭チャージ」と「自販機チャージ」
コカ・コーラ ボトラーズジャパンが展開する職域向けキャッシュレス無人売店「POP GARDEN」

また「つり銭チャージ」の狙いの1つについて、「従来であれば、戻した釣り銭をそのまま受け取って外部利用されていたことが多いと思うが、これを自社内に環流できるか」という実験でもあるという。そのためには小銭を使ったチャージに何らかのプレミアを乗せるなど、いくつかのアイデアが必要とのことで、やはりCoke ONがそのあたりの鍵を握ることになりそうだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)