鈴木淳也のPay Attention

第73回

日本で動き出した「デジタル通貨」プロジェクト

東京の日本橋にある日本銀行本店

以前に中国政府が取り組んでいる中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)のプロジェクト「DCEP(Digital Currency Electronic Payment)」について紹介したが、これはデジタル通貨の実験プロジェクトとして4都市(後に+1都市)をターゲットに、Tencentなどの民間のサービス事業者を経由してデジタル通貨での決済や送金などを可能にする仕組みだ。

CBDCのメリットの1つとしては、処理のデジタル化により従来の現金に比べて通貨の流通をスムーズにすることが挙げられる。

「すでにキャッシュレス決済などでデジタル化が実現できているじゃないか」という声があるかもしれないが、これらサービスや銀行間でやり取りされるお金とは一種の借入金のようなものであり、サービスを提供する事業者側の信頼性でもって残高が担保されているに過ぎない。

一方で、現金は中央銀行が発行主体として価値を保証するもので、CBDCとは中央銀行が“お墨付き”を与えたデジタルな通貨という点で一般的なキャッシュレス決済サービスとは異なっている。

2020年後半に盛り上がるCBDCの取り組み

このCBDCだが、DCEPの話題を皮切りに2020年後半に入り大きく盛り上がりを見せつつある。

1つは欧州で、キャッシュレス化の進展により国内取引金額の1%程度まで現金流通量が減少しているスウェーデンではCBDCの「e-Krone」のプロジェクトが進んでいることが知られているほか、欧州全体でも2021年半ばをめどに具体的な実証実験に踏み込む動きがあるという。

DCEPと並んでより踏み込んだプロジェクトを進めているのはカンボジアで、同国中央銀行では「Bakong(バコン)」というCBDCが今年2020年10月末に開始されたことが報じられている。Bakongという名称は同国のシェムリアップ東側にあるアンコール遺跡の1つに由来するものだが、日本のソラミツのHyperledger技術をベースにした「Iroha」を用いて稼働しており、“中央銀行”が発行主体になっている点で特徴がある。

一般に中央銀行は、通貨の発行量の調整などを担い、個人や法人を相手に資金のやり取りを行なうのは市内の銀行だ。ところが、カンボジアという国自体が人口も経済規模も小さいこともあり、直接的に金融サービスに乗り出している点が他国とは異なっている。

各国で進行中のCBDCプロジェクトの一覧(出典:デジタル通貨勉強会)

一方で、日本では今年10月9日に日本銀行が次のようなCBDCの取り組みを発表している。

・中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針の公表について
・主要中央銀行による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用可能性を評価するためのグループが報告書「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」を公表

簡単にまとめれば、日本銀行として現時点でCBDCを発行する計画はないものの、今後市場の変化によって対応の必要性に迫られた場合に備え、実証実験(PoC)を通じて問題の洗い出しや必要な制度の整備を進めていくという趣旨になる。位置付けとしては欧州中央銀行のスタンスに近い。PoCの実施は2段階のフェイズを想定しており、2021年中の開始を目指しているという。

日本銀行が実施するCBDC実証実験の狙い(出典:日本銀行)
日本銀行のCBDC実証実験の実行概要(出典:日本銀行)

興味深いのは、これと並行して民間主導でCBDCを検討する「デジタル通貨勉強会」のプロジェクトが走っており、11月19日に最終報告書のリリースと「デジタル通貨フォーラム」の設立を発表している。

先日、読売新聞で「デジタル通貨、30社超が参加し実証実験へ…3メガ銀・JR東・セブン&アイなど」と報じられたが、IIJ系のディーカレットを主体に勉強会のメンバーに加え、各業界の主要各社を交えた30社以上が、それぞれの分野で求められるCDBCの仕組みを検証していくことが狙いとなっている。

基本的には日銀主導のCBDCとコンセプトと同様に、プラットフォームの共通基盤となる「共通領域」と、サービスやビジネスごとに異なるロジックやスマートコントラクトを走らせられる「付加領域」の2層構造を想定しており、両者は競合するものではないと筆者は理解している。まだまだ勉強中で、かつ取材案件が同時に走っている段階ではあるが、本稿含め、本連載で今後何回かにわたってCBDCに向けた取り組みを取り上げていきたい。

2層構造のデジタル通貨プラットフォーム

今回はまず、デジタル通貨の基本的な概要と、「デジタル通貨フォーラム」の活動についてまとめる。

よく日本のキャッシュレス化において取り沙汰される問題の1つに「決済手数料の高さ」が挙げられるが、「高さ」の理由には複合的な要因があり、必ずしも特定の1社や組織に由来するものではない。

この文脈でよく取り上げられるのがNTTデータのCAFISと全国銀行データ通信システム(全銀システム)の2つだが、この2つのシステムに日本の金融取引が依存しており、その利用料が最終的に消費者や小売店などの手数料に転嫁されているというのは事実として正しい。根本的な問題として、現在のキャッシュレス決済というのは銀行間で残高の移し替えを行なっている仕組みであり、クレジットカードであろうがQRコード決済であろうが、あるいは銀行口座引き落としであろうが、消費者の仲介役の決済サービス、決済サービスと小売店といった具合に、相互の口座で残高の移し替えを行ない、もしそれが異なる金融機関であれば全銀システムを通じて手数料が徴収されるという流れになる。

つまり、全銀システムを通じてのクリアリング処理の回数が少ないほど手数料が少ないということを意味している。これが「支払いサイトが月1回または月2回」という制限につながる。あるいはこの処理をシンプル化して手数料を可能な限り引き下げたのがJ-DebitやBankPayということになる。

全銀システムの処理能力は世界有数とされるが、こうした従来の銀行口座間の取引を24時間365日稼働可能で、かつセキュリティ的にも信頼性の高いプラットフォームとして運用し、かつビジネス間での各種取引を新たなアプリケーションとして上乗せ可能な仕組みを構築するのが「デジタル通貨フォーラム」の目標となる。

位置付けでいえば、前者の部分が「共通領域」、後者のビジネスロジックの部分が「付加領域」に相当する。付加領域でやり取りされるのは金銭に留まらず、契約情報や各種証明書など、取引を行なううえで必要な情報が含まれる。ブロックチェーンにおける「スマートコントラクト」の仕組みだが、これを同時に走らせられることがプラットフォームとして求められる。

2層構造のデジタル通貨プラットフォームの概念図(出典:デジタル通貨勉強会)

最終報告書では、次の19のユースケースが挙げられている。図版は「物流・配送と支払決済の連携」に該当する部分だが、単純にデジタル通貨として金銭のやり取りのみが行なわれているわけではない点に着目したい。

・製造業のサプライチェーンと支払決済の連携
・小売業の納入チェーンと支払決済の連携
・物流・配送と支払決済の連携
・金融資産取引の効率化とリスク削減
・貿易金融におけるデジタル通貨の活用
・電力取引におけるデジタル通貨の活用
・電子マネーとデジタル通貨の連携
・銀行間決済へのデジタル通貨の活用
・地域通貨へのデジタル通貨の活用
・行政事務へのデジタル通貨の活用
・ポイントサービス・経済圏活性化へのデジタル通貨の活用
・ファイナンスへのデジタル通貨の活用
・クレジットカード会社の加盟店払いへのデジタル通貨の活用
・保険業務へのデジタル通貨の活用
・NFT(Non-Fungible Token)取引へのデジタル通貨の活用
・MaaS(Mobility as a Service)へのデジタル通貨の活用
・海外送金へのデジタル通貨の活用
・スマートフォン間でのオフラインでの少額決済
・グループでの資金管理へのデジタル通貨の活用

物流における支払いと追跡のスマートコントラクト適用例(出典:デジタル通貨勉強会)

各国間でCBDCの開発競争が続いているようにも感じるが、実際には既存のインフラにおけるスケーラビリティやセキュリティなどの面での課題を解決し、インフラそのものを次世代型の共通基盤へと押し上げていくことが日本のデジタル通貨プラットフォーム開発における主眼なのだと筆者は考えている。

直接CBDCに介入する気がない日銀を含め、デジタル通貨フォーラムもまた「他国と比べて遜色ない次世代流通基盤を作る」という事前準備のものだ。筆者も上記で挙げられている実験の一部を近々取材する予定で、日銀やデジタル通貨フォーラムへのヒアリングも含め、後日改めて詳細をまとめていきたい。

デジタル通貨フォーラムが実施するPoCのロードマップ。ほぼ日銀のペースに沿っている

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)