鈴木淳也のPay Attention

第134回

中央銀行デジタル通貨(CBDC)の最新ポイントを整理する

3月29-31日まで東京で開催された金融庁主催のFIN/SUM 2022「金融・決済インフラの未来」のセッション

過去、本連載でも何度か取り扱っている「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」の最新事情をまとめたい。

3月29-31日の3日間にわたり東京の丸ビルホールで開催された金融庁主催の「FIN/SUM 2022」において「金融・決済インフラの未来」というセッションが行なわれたが、この中でテーマの1つとしてCBDCが取り扱われた。日本の中央銀行においてこのCBDCの検討を進めている日本銀行 決済機構局 局長の神山一成氏がパネラーの1人として同セッションに登壇していたが、同氏の話を取っかかりに、日本をはじめとする先進各国でのCBDCの現状をみていく。

日本銀行 決済機構局 局長の神山一成氏

ビットコイン狂想曲の裏で走る「決済通貨」への道のり

日本で動き出した「デジタル通貨」プロジェクト

「中国がデジタル通貨の試験サービスを開始」の背景を探る

リテール型にシフトする先進国のCBDC戦略

CBDCはシンプルにいえば、現状「現金」として扱われている金融資産をデジタル的な取引で扱う試みだ。

ボストン連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of Boston)のドキュメント内にある定義を借りれば、「物理的な通貨(Cash)」「中央銀行の有効な金融機関によって保持される準備金(Reserves)」に加えて、「第3の中央銀行が発行する通貨」という位置付けになる。

もう1つ、特に先進国において重要な「間接金融」という考え方だ。

中央銀行は「銀行の銀行」であり、主に国の金融政策を担っている。日本においては銀行は日本銀行内に当座口座を持ち、これを用いて銀行間での“クリアリング”処理を行なっている。また、銀行自身は顧客である法人や個人の口座を持ち、そこを介して各種金融サービスを提供している。

このように複数階層を持つのが一般的な金融システムだが、前者の日銀と銀行の間での取引を「ホールセール型」と呼び、後者の末端への金融サービスを提供する取引を「リテール型」と呼ぶ。CBDCにおいてもカバーする領域においてホールセール型CBDCとリテール型CBDCの2種類があり、その位置付けが変わってくる。これがCBDCの基本だが、その取り組みや各国中央銀行での意識がここ2年ほどで大きく変化したというのが前段のセッションでの話題だ。

中国は2020年より4都市+αでのCBDC、つまり「デジタル人民元(DCEP)」の試験運用をスタートし、特に2022年冬季の北京五輪においては現地でのパイロット運用をアピールしている。欧州中央銀行(ECB)は2021年10月に「Digital Euro(仮称)」の取り組みを正式にスタート、米国の中央銀行にあたる連邦準備理事会(FRB)においても「TechLab」のほか、ボストン連銀とマサチューセッツ工科大学(MIT)の共同プロジェクトである「Project Hamilton」をスタートしており、3月にはバイデン米大統領がCBDCを含むデジタル資産の研究開発にまつわる大統領令に署名したことが伝えられている。

ボストン連銀とMITの共同CBDCプロジェクト「Project Hamilton」

もともと先進国の中央銀行はCBDC導入には積極的ではなく、その理由として「すでに安定してい動いているシステムを置き換えるリスク」「置き換えるメリットの可否」があった。そのため、新しい技術の研究開発の重要性については認識しつつも、比較的難易度や影響の少ない「ホールセール型CBDC」の検討が中心だった経緯がある。

だが中国がデジタル人民元で「リテール型」をプッシュしてきたことから影響力を無視できなくなり、一気にリテール型にまでその領域を拡大させ、かつ計画を前倒ししたという流れだ。リテール型の難しさはその影響範囲の広さにあり、現在市場に出回っているすべての金融取引について民間の金融機関やユーザーを巻き込みつつ展開しなければならない。先進国の中央銀行らは「すぐにCBDCを導入するわけではない」と口を揃えるものの、後の変化にすぐに対応できるよう研究開発と実証実験は積極的に進めていくというスタンスを維持している。

CBDCを推進する理由

先進国におけるCBDCといえば「デジタル人民元対抗」という文脈で語られがちな話題だが、各国での実証実験の内容を見る限り、幾分か「その先」を見据えたものであることも分かる。日本銀行が「概念実証」と呼ぶフェイズ1はすでに3月時点で完了しており、結果報告も行なわれている。

基本機能を中心にスケーラビリティやボトルネックの検証が中心のようだが、さらに周辺機能を加味したフェイズ2が間もなくスタートする。これが完了すると民間を巻き込んだフェイズ3に突入することになり、いわゆる「リテール型」を見据えた実証実験が行なわれることになる。

日本国内における日本銀行の実証実験の概要(出典:日本銀行)

これは日本国内でのケースだが、各国においても似たような段階で取り組みが進んでいるといえる。ボストン連銀のProject HamiltonではMIT Digital Currency Initiative(DCI)が推進するオープンソースの「OpenCBDC」を活用しているが、このOpenCBDCの実運用での検証とフィードバックによる機能強化を2つのフェイズに分けて実施している。

同プロジェクトが公開しているドキュメント群によれば、フェイズ1では「秒間10万トランザクションと数億ユーザーをサポートするスケーラビリティ」「24時間365日稼働を可能にする可用性」「堅牢なセキュリティ」「将来的な変更に対する柔軟性」といった部分が検証される。

さらにフェイズ2については下記の文言があり、「スマートコントラクトへの対応」「プログラミング性」「監査性」「オフライン決済」といった部分にも触れられ、よりさまざまなケースを想定していることが分かる。実際、日本においては応用部分は「デジタル通貨フォーラム」がさまざまなユースケースを検討しているほか、災害の多い国土事情でオフライン決済の検討はなくてはならず、「単純に現金をデジタル化する」という話では終わらないのも確かだ。

> In Phase 2 of Project Hamilton, the Boston Fed and MIT DCI will explore new functionality and alternative technical designs. Research topics may include cryptographic designs for privacy and auditability, programmability and smart contracts, offline payments, secure issuance and redemption, new use cases and access models, techniques for maintaining open access while protecting against denial of service attacks, and new tools for enacting policy. In addition, we hope to collaborate and explore these challenges with other technical contributors from a variety of backgrounds in the open source repository.

ただ、推進理由のより興味深い部分は、先進国に先駆けてCBDCを積極導入している新興国での取り組みにある。CBDCを導入することで、それら国々が現在抱える金融面での課題を解決していこうという部分だ。

これに関して、ブータンのCBDCプロジェクトを推進したRippleが興味深いBlog記事を2本公開している。これに合わせて、同社の中央銀行エンゲージメント担当バイスプレジデントのJames Wallis氏にインタビューする機会を得たので、もう少し背景を探ってみたい。

CBDCs: From the “Hype” to the “How” of Making Financial Inclusion a Reality ? Part 1
CBDCs: From the “Hype” to the “How” of Making Financial Inclusion a Reality ? Part 2

同社がCBDCの技術を供与したブータンだが、いわゆる「アンバンクト(Unbanked)」という金融サービスが国内に行き渡っていないエリアの1つだ。同国がCBDCを導入した狙いの1つに、国外送金を簡単で安価にするという目的がある。Bitcoinを法定通貨にしたエルサルバドルの事例もあるが、新興国の特徴として国外への出稼ぎ労働者の送金が生活の命綱という点がある。

従来のコルレス銀行を用いた送金システムでは時間も手数料もかかり、受け取り自体も容易ではないという問題もある。送金ネットワークとしてのRippleNetと、中間通貨としてのXRPを活用することで、これらの問題を解決していこうというのがブータンにおけるCBDCのポイントだったとWallis氏は説明する。

「物理的な通貨をデジタルで置き換えるということは、それだけで大きな意味がある。例えば世界で最初にCBDCの運用を開始したバハマは複数の島が点在する国家だが、人々は島々を船で行き交い、送金もまたその交流の中で行なわれる。デジタル化することでより活発な取引が可能になる。また金融サービスが行き届いていない地域においても、P2Pでのローンやさまざまなサービスのニーズがあることが分かっており、そうした需要を喚起するきっかけとなる」(Wallis氏)

また、新興国においては金融インフラよりも携帯インフラの方が発達していることが多く、これを取っかかりに金融サービスが提供できるという目論見もある。これらの国でもスマートフォンの所持率はそれなりに高く、シンプルな機能のみを搭載するフィーチャーフォンだけの状態であっても「M-Pesa」のように送金・決済サービスが提供されているケースもある。

前段のBlog記事でも触れられているが、この携帯電話を「ID(身分証)」代わりとして活用することで、CBDCを通じてアカウントを開設させ、取引履歴(クレジットヒストリー)をもって信用枠を設定してローンを提供したりと、さらなる活用が可能になる。筆者がルワンダの首都キガリを訪問したときは、国で一番の高級エリアであるキガリハイツでさえも1時間の間に何度も停電する始末で、電力事情が安定しない。ゆえにCBDCの検討においてオフライン対策は必須となる。

CBDCの未来を占う

新興国と先進国でCBDCに対する温度差があるのは、こうした国が抱える課題が背景にある。国の発展に金融システムのモダン化とデジタル化が必要な新興国と、“いまある”システムを安定運用し続ける必要のある先進国とではスタンスに違いが出るのは当然だ。

一方で、先進国らに“野心を抱く”と評価されている中国のデジタル人民元といった具合に、それぞれに異なる推進理由を持つ。このCBDCの今後と実際について、Wallis氏の見解を一問一答形式で紹介したい。

-- 中国の動きを先進国らは警戒しているが、実際どのように考えているか?

Wallis氏:中国は大きな経済であり、CBDCの取り組みにおいても多くのユーザーを取り込み、正しく進んでいると考える。一方で、現在の取り組みは中央集権的であり、取り組み方の1つに過ぎない。ユースケースもシンプルで、純粋に既存のキャッシュを置き換えたに過ぎない。いま世界の主要貿易通貨をみると、米ドル、日本円、ユーロ、英ポンドの4つとなるが、それら国ではまだ研究段階のプロジェクトが走っている状態で、導入にあたってはさらに4-5年の期間を要するだろう。だが他の国でCBDCの導入が進むことで、それがさらに加速して早まるかもしれない

-- デジタル人民元が各国の決済の一部に食い込む、例えば日本の商店がデジタル人民元を受け入れるケースなどは考えられるのか。また逆に、CBDCの仕組みを使って日本人が他国で買い物をできたりするのか?

Wallis氏:他国がその国のCBDCを受け入れるかは金融ポリシーによるもので、実際にそうなるかは国の政策しだいだ。逆のケースで、日本のCBDCが例えばアフリカのケニアで使えるかどうかは、2国間での協定による。通貨の相互交換ではレートを含めた2国間協定が必要になるが、実際にすべての国でそうしたやり取りを行なうと膨大な組み合わせが発生することになる。そこで仲介を行なう“ブリッジ通貨”というものが登場することになるが、RippleのXRPは“米ドル”などのハードカレンシーとは異なる、“ニュートラルブリッジ”として機能することができる(On Demand Liquidity)

-- 主要国通貨をそのままリテール型CBDCに置き換えると、パフォーマンスやスケーラビリティの面で技術的ハードルがあるという意見もあるが、どう考えるか?

Wallis氏:現状のプロジェクトなどを見る限り、問題はないと考える。CBDCとはいってもすべての現金を一度に置き換えるわけではなく、徐々に広まっていく流れだ。今後についてだが、求められるパフォーマンスについては技術の進展とともに問題が解決されていくと私は信じている

-- リテール型CBDCではアカウントは中央銀行が保持するとして、ウォレット機能はどこが提供するのか?

Wallis氏:リテール型CBDCはおそらく民間の金融機関である銀行がウォレットを提供するようになるだろう。例えば三菱UFJ、三井住友、みずほといった銀行が日本にあるが、それら銀行のアプリがウォレットの役割を果たすようになる。中国でのケースでもそうだが、民間との密な連携がリテール型CBDCではより大きな意味を持つ

Ripple中央銀行エンゲージメント担当バイスプレジデントのJames Wallis氏

今回の話題のフォローにあたっては各種ニュースのチェックのほか、Wallis氏へのインタビューを始めとする聴き取りでさまざまな情報を得たが、CBDCにはまだまだ課題があり、その解決に向けて各国が研究開発の途上にあるという段階だということだ。

例えばCNBCが1月に報じたところによれば、デジタル人民元はまだまだ普及に課題を抱えていることが述べられている。理由はいくつか挙げられているが、AlipayやWeChat Payといった国民的にすでに普及したサービスの代わりにあえて利用するメリットが分かりにくいこと(おそらくメリットがほとんどない)、ウォレットそのものの使いにくさにあるという指摘だ。おそらく、この先行ケースは今後リテール型CBDCの導入に進む先進国の検討課題となるだろう。

もう1つ重要なポイントとして、CBDCの相互運用性がある。先ほどもブータンのケースで触れたが、国外送金がCBDCに期待するポイントの1つである以上、円滑な金融取引にはなくてはならない仕組みだ。ECB、FRB、BoE(Bank of England)がCBDCの相互運用性の検討を始めたというニュースが3月に報じられたが、今後2~3年の月日を経てより議論は深まっていくはずだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)