鈴木淳也のPay Attention
第74回
国際カードブランド4社と電通が集まった「スマートワレット協会」の狙い
2020年12月2日 08:15
一般社団法人スマートワレット協会は11月26日、クレジットカードの国際ブランド4社と電通が参加を決定したと発表した。同協会は、非接触IC(NFC)によるタッチ決済(コンタクトレス決済)と連携する「スマートワレット」の仕様標準化を目的としており、例えばタッチ決済時にポイントの同時付与など、日々の生活でストレスなく使えるタッチ決済が利用可能になることを目指す。
今回、同協会理事で事務局長に就任した木下直樹氏に設立の背景、仕様標準化で目指す世界などについて話を聞いた。
--国際4ブランド+電通でスタートするスマートワレット協会ですが、このようなメンバー構成になった背景を教えてください。特に電通が入ったことによって何が可能になるのでしょうか?
木下氏:タッチ決済と連携する「スマートワレット」の仕様標準化ということで、すべてのブランドが入ることが重要です。ダイナースは、日本においてイシュアーしか存在しておらず、国際ブランドとして活動していないため参加されませんでしたので、今回参加に同意いただいた4ブランド(アメリカン・エキスプレス、JCB、Visa、Mastercard)が揃うことにこだわりました。直前まで紆余曲折ありましたが、最終的にこのような形で主要4ブランドがすべて入った国内団体はあまりないと思います。
電通が入っている理由ですが、スマートワレット協会設立のスタート地点がVisaと電通に在籍する社員と私で勉強会を開いたことが始まりです。勉強会を進めるなかで決済の世界で今後求められるものを何かを考え、それぞれの所属する会社に働きかけ、さらに他の主要ブランドへと拡大していった結果、協会設立に至りました。
実際、決済の世界では決済だけでは完結せず、クーポン広告やポイント、ロイヤルティプログラムと密接に紐付いています。そのため決済だけをデジタル化しても購買行動の一部がデジタル化されるだけで、ポイントカードやスタンプカードはプラスティクカードのままで、管理がバラバラだったりします。
Society 5.0を参考にすれば「近代的ではない」ということですが、電通が参加することで広告を接点に、いろいろな業界や流通を結びつけ、さらに生活者目線で動ける仲介役としての役割を果たします。
電通自身としても、メディア広告のシェアが落ちるなかで、GoogleがCookie廃止をうたうことでインターネット広告の世界も大きく変わりつつあり、広告手法の進化など、考えるべきことはいろいろあります。そもそも他の広告代理店の入会を妨げるものではなく、あくまでタッチ決済と連携する「スマートワレット」の仕様標準化を目指す団体になります。
--いま勉強会の話が出ましたが、それがどのように「スマートワレット」に結びついたのでしょうか?
木下:海外視察での決済事情の研究から始まっています。例えばスウェーデンではカード決済の普及だけでなく、国民番号をそのままポイントカードに紐付けて決済に利用する仕組みがあり、「現金なんてしばらく使っていない」という世界が広がっています。街中には携帯電話番号が掲示され、これがそのまま送金や決済に活用されているが、携帯番号の公開そのものはプライバシー侵害ではないと考えている。調べていくと、同国では教会が戸籍を管理して全員の情報を把握するという歴史があり、現代では税務署が国民番号を管理することでお金の流れが把握され、納税申告も必要ない。
その結果誕生したのが「Swish」ですが、日本ではそもそも個人情報を預けるような行為に抵抗があり、バックボーンが違うのでそのまま受け入れられません。
次に韓国を訪問し、Samsung Payの開発者、現地で共通の交通系ICカードを発行するT-money、SK Planetの3つの事業者に聞き取りを行ないました。韓国では1997年に国が破綻してIMFの支援を受けたわけですが、その際に問題になったのが「公正に納税できていない」ということでした。そこで国税が店舗にクレジットカード端末を置くことを要求し、カードで集計された数字と店舗が申告する売上に相違がないかをチェックし、その差が大きければ罰金を科すということで健全化を進めました。
同時にカード利用者には利用額の20%の所得控除と宝くじの権利付与を行ない、「使わなければ損」という流れを作ったことで、世間でいわれる「キャッシュレス決済比率96%」という世界を実現しています。
その韓国ですが、ポイントカードの紐付けは「i-PIN(アイピン)」という仕組みが使われています(※注)。インターネット用の本人確認手段が必要ということで仕組みが用意され、6つの団体の好きなところに申請が可能で、韓国でのインターネットのサービス利用で必要なものです。
※「i-PIN」はクレジットカードや携帯電話など新しい本人確認手段が多数出現し、利用効果減少により2018年10月31日付けで廃止を発表済み)
このうち、SK Telecomのスピンオフ企業であるSK Planetが、「Syrup」というポイントプログラムをまとめるサービスで、アグリゲータとして充分に儲かっていることが分かりました。表には出てこないものの、各方面からいろいろなデータが入ってくるので、それを加工して販売していました。
彼らが言い切っていたのは「スマホで決済をやっても儲からない」ということで、例えば手数料0.01%を頑張って得るよりも、ポイントカードでメーカーとビジネスを行なった方がいいというものです。最も衝撃的だったのがSamsung Payの話で、あまりにも決済で儲からないのでアプリ上のクーポン広告で収入を得ていたという話でした。
これが決定打となり、仮に日本国内でNFC決済を普及させようと思っても、すでに普及しているFeliCaよりも使い勝手が悪いようでは広がりが見込めない。一方でオリンピックを契機にクレジットカードもタッチ決済に移行しつつあり、「ならば何かアドオンがないと普及は難しいのではないか」という考えに至り、「スマートワレット」で志向する「同時処理」に行き着いたわけです。
--具体的にどのような「アドオン」を「同時処理」しようと考えたのでしょうか?
木下氏:単純に、普段皆が抱えているストレスを解消することが目標です。
例えばデパ地下に行って食材を買い、1,000円そこらの買い物に駐車券やポイントカードを出しつつ、クレジットカードで決済する。そして最後には「○○のポイントカードをアプリで持っていますか?」と聞かれ、たかだか1つの買い物で大騒ぎです。
これだけテクノロジーが発達しているのにもかかわらず、駐車券は磁気カードで、ポイントカードとクレジットカードは分離している。「みなが持ってるスマートフォンを使えばいい」と考えるわけです。提供者側は「ユーザーが便利になります」とはいうものの、ユーザー目線でいえば実際には都合のいいサービスの押しつけになっています。
韓国の場合、大きな財閥が複数ブランドの店舗を展開しており、Syrupもまたそうした環境で浸透させやすいという土壌がありました。このように韓国内ではデータ共用もブランド内で行なえましたが、日本では特定の一企業がそういったことを提唱しても、その企業のマーケティングツールとなることが多いのが現状です。
同様の話は中国でもあり、TencentのWeChatとAnt Financial(Alibaba)のAlipayというサービスプレイヤーがいて、そこに集約される形で一気に普及が進み、2社がデータを占有するという流れができた。この仕組みは日本では難しいと思われ、あくまでクレジットカードのEMV思想に則ってある程度のプレイヤーが集まって共通仕様を作り、その上で仕様に基づいたサービスを展開していくという考えです。
本来であれば、プラットフォームの上で各社がうまく競争していきたいところですが、協調できるところがもっとあるはずです。例えばアプリをインストールするたびに、いちいち名前や住所、電子メールアドレス、生年月日、電話番号を聞かれ、「何回同じことをやらせるんだ」となります。店舗によっては「初回登録特典で500円もらえます」ということになれば、我慢してまた同じことを繰り返したりします。
そういった行為が、2ステップや3ステップで済むというのが理想的です。
みんながスマートフォンを持って必需品となるなか、お店の方々には「本当にそんなに個人情報が必要ですか? アプリがあればコミュニケーションの方法はありますよ?」と伝えたく、それがSociety 5.0に繋がるともいえる状況ではないのかと思えます。
--今後、スマートワレット協会への参加を考える企業にとって、どのようなメリットがあるのでしょうか?
木下氏:スマートワレット協会はあくまで仕様を決める団体で、データをわれわれが握るわけではない点に注意してください。データ同士を突合するときに、それをやりやすいものを作ろうという考えです。例えば、たまたま通販サイトで釣り道具を見たからといって、以後も釣り道具ばかりお勧めされるのはおかしいです。広告を送るときはより的確に、単純にメーカーの商品力や流通の目利きというのではなく、ターゲットとする消費者の元に届くのが理想的です。ポイントプログラムにしても、道に10円玉が落ちていてもそれを拾おうとする人が少ない一方で、10ポイントを得るために動くという人は多いです。その先にベネフィットが見えていることが重要で、私自身がおサイフケータイをやっていた時代に決済とポイントを連動させることがうまくいかなかったという苦い経験があります。
「モバイルNFC協議会」を運営していた当時(※注)、「あまりにも儲からない」ということが問題になっていました。システムの運用費用もさることながら、各社ごとにセキュリティポリシーが合わず、各社から協議会に出席しているというサラリーマンという立場の限界もありました。
※主に2010年代前半、木下氏はSIMベースのセキュアエレメント(SE)を使ってモバイル決済サービスなどを提供する「モバイルNFC協議会」の事務局長だった
本来であればNFC普及の取り組みも政府がやらなければいけないものですが、勉強会に参加していたVisaのメンバーが2020年の東京オリンピックに向けたスポンサーとして、NFCを含むカード決済が日本国内で、もっと使えるようにしたいと、他のカードブランドを集めて協会を作ろうという流れに至っています。
協会としては、EMV自体のしっかりとしたスペックは世界に普及しているので、そこを基準にして日本の市場にマッチしたポイントカードを一気通貫で使えますという仕様をAPIで取り込んでいきます。
もともと米国ではMastercardとVisaともにポイントカードとロイヤリティを一体化するサービスがあったのですが、そのままでは日本に持ち込むのは難しいので、国内向けにアレンジしようという方向で進みました。
またポイントだけでなく、MaaS対応も主眼に入れています。MaaSについても決済ブランドとしてはいくつもの仕様が存在することは望ましくありませんし、ユーザー目線でも面倒なことになるため、こうした対応が必要になると考えています。あくまで生活者主体で、サイバーとフィジカルが今後合流していくなかで1本にまとめていくことが協会の目標です。