レビュー

3年ぶり刷新「iPad mini」の“新しさ” アップルの新スタンダード

iPad mini(A17 Pro)。色はブルー

iPad miniは根強い人気を持つシリーズだ。

メインストリームというわけではないので更新頻度は低いが、数年に一度新製品が登場する。前回の刷新は2021年秋。3年ぶりの刷新だが、今度はどのような変化があったのだろうか。

実は今回の新モデルである「iPad mini(A17 Pro)」は、これまで以上にアップルの戦略を反映した、ある意味で象徴的な製品なのである。

iPad mini(A17 Pro)の背面

デザインも価格も維持してコスパが劇的にアップ

iPad miniの初代モデルが出たのは2012年11月のこと。以来しばらくは毎年刷新されていたが、iPad mini(第5世代、2019年3月発売)から更新間隔が長くなり、今回は3年ぶりの新機種だ。

筆者も使っているが、2021年発売の「iPad mini(第6世代)」はよくできた製品だ。USB-CにApple Pencil対応、シンプルなデザインという現行iPadのコンセプトをそのままに、8インチクラスのディスプレイでまとめ上げるという構成だが、今も価値は変わっていない。

そのためか今回の新製品も、ボディサイズ・ディスプレイサイズともに、まったく変化していない。ディスプレイの縁はもう少し細くなってもいいように思うが、持ちやすさや使いやすさを考えると、特に不満があるわけでもない。背面のロゴを見ると、機種名表記が「iPad」から「iPad mini」に変わっているが、目立つ違いはそのくらいだろうか。

左が新機種、右が2021年発売の第6世代。ディスプレイ面に変化はほぼなく、裏返すとロゴが「iPad mini」になったのに気づく

大きな変化はプロセッサーにある。詳細は後ほど述べるが、かなり大きな性能変化だ。

さらに、ストレージも最小構成で64GBから128GBに増えた。

ドルベースでの価格は499ドル(税別)と据え置きであり、日本では78,800円(税込)と、少し安くなった(第6世代は84,800円)。

タブレット市場全体を見ると「低価格」ではないが、大幅な性能向上を果たして据え置きに近い価格、というのはかなり思い切った施策と言える。

性能は「最新のiPhone」に近づく

どのくらい性能が上がったのか?

その点はベンチマークの結果を見てもらうのがわかりやすいだろう。

定番のGeekbench 6によるCPUとGPUのテスト結果は以下の通り。

Geekbench 6のCPUスコア。赤枠内が新機種。最新のiPhoneにかなり近づいた
Geekbench 6のGPUスコア。ワンランク良くなっているが、CPUほど進化は目立たない

GPUの伸びは25%程度だが、CPUはマルチコアなら倍近くになった。どちらにしろ、最新のiPhoneと肩を並べるくらいになってきたのがわかる。

グラフィックについて、3D Markで「Steel Nomad Light」と「Solar Bay」でテストして見ると、さすがに最新のiPhone 16には劣るのがわかる。

3D Markでのグラフィック性能チェック。iPad mini(第6世代)は、メモリー不足で最新の「Steel Nomad Light」テストができなかった

一方で、iPad mini(第6世代)は「Steel Nomad Light」のテストができなかった。なぜなら、iPad mini(第6世代)のみメインメモリーが4GBで、他は8GBだからだ。この点から、規模の大きなアプリを動かす上で新機種の方が有利であるのはわかる。

Apple Intelligence時代に向けてメインメモリーも倍増

新iPad miniでは、プロセッサーが「A17 Pro」になり、メインメモリーも8GBになった。

これはApple Intelligenceの動作対象となっている「iPhone 15 Pro」シリーズが採用しているものと同じであり、前掲のベンチマークからもそれが裏付けられる。

AIのベンチマークである「Geekbench AI」の値も示す。

Geekbench AIスコア。最新のiPhone 16には敵わないが、同じプロセッサーのiPhone 15 Proとは近い性能に

どれもAI推論用のNeural Engineに対するテストなのだが、注目して欲しいのは、右端の「Quantized」の値だ。一般的なAI推論での性能を測る上で重要なものだが、新iPad miniやiPhoneはみな数値が高くなっている。

おそらくは、メインメモリーの量とこの推論性能が、Apple Intelligenceを動かす上で1つの基準になっていると考えられる。

新iPad miniは「iPadOS 18.0」がインストールされて出荷されるが、おそらくは来週に入るとすぐに、「iPadOS 18.1」へのアップデートが行なわれるだろう。18.1はすでに開発者向けに「リリース候補版」の提供が始まり、一般公開のカウントダウンが始まったような状況だ。

アメリカでは「iPadOS 18.1」からApple Intelligenceが使えるようになる。だが、日本では「2025年から」なので、まだその恩恵は受けられない。

ただ実は、日本でも使える機能が1つある。

リリース候補版のiPadOS 18.1を新型と第6世代にインストールしてみると、新型でのみ、「写真」アプリに「クリーンアップ」という機能が現れる。

黒枠がiPad mini(第6世代)で、白枠がiPad mini(A17 Pro)。後者はApple Intelligenceが使えるので、写真アプリで「クリーンアップ」機能が使える

これはApple Intelligenceに含まれるもので、画像の中から人や物体などを「選んで消す」「消した上でその部分を生成画像で自然な形にする」ものだ。要はアップル版「消しゴムマジック」なのだが、他のスマホや画像処理アプリでも似た機能が増えているので、生成AIを使った一般的な機能の1つになってきた印象が強い。

こうした機能からも、日本でのApple Intelligence搭載後の姿が想像できるのではないだろうか。

改良の多くは「Apple Intelligence以後」を見据える

こうした内容を考えると、新iPad miniの性能アップの狙いもかなり明確に見えてくる。

本質的にはApple Intelligenceへの対応なのだが、同時に、CPU・GPU・メモリーも強化される点が重要だ。

伝統的にiPhoneやiPadは、OSのサポートが続く限り、低スペックなものでも使い続けやすいところがあった。とはいえ、市場全体で見れば「ハイスペックなもの」に偏ったプラットフォームではある。

それがApple Intelligenceを境に、平均的なスペックが1ランク上がることになる。

全員がすぐ対応機種に乗り換えるわけではないから、短期的には影響はないだろう。だが、1年から2年のうちに、「A17 Pro以上の性能があって、メインメモリーが8GB以上の機種」であることがあたりまえになっていく可能性は高い。

とすると、A17 Proを搭載したiPad miniは、当面の間「スタンダードな動作環境」と位置付けられる可能性が高い。すなわち、長く使える機種になる可能性も高い、ということだ。

冒頭で述べたように、iPad miniは他モデルに比べ更新間隔が長い。それを考えても、価格を抑えて性能を大幅にアップさせた今回のモデルは、買い換える価値の高い製品……と判断できそうだ。

iPad miniはひと足先に「Apple Intelligence時代のスペック」になったが、残るiPhone SEや無印iPadも、いつかのタイミングで性能アップしていくことになるのかもしれない。それがいつのことかはわからないが。

ペンやSIMスロットの設計変更からも「アップルの意図」が見える

新iPad miniのスペックが1つの基準になっていくなら、それはApple Intelligenceの機能が使えることだけでなく、アプリなどの動作環境の変化も促す。少ないメモリーでは動かない、もしくは快適ではないアプリが増えていく可能性は頭に入れておいた方がいい。

高性能になったおかけで、複数のアプリを動かす際や、規模の大きなクリエイティブアプリを動かす際のスムーズさも増している。

コンテンツビュワーとしてはこれまで同様快適だし、イラスト作成やビデオ編集はこれまで以上に快適になる。「立って使える仕事道具」としての価値は高まりそうだ。

ただ、Mシリーズを搭載するiPad ProやiPad Airと異なり、「ステージマネージャ」機能は使えない。

iPad Pro(ダークモードの方)には「ステージマネージャ」がある
iPad miniは、新機種でも「ステージマネージャ」が使えない

このくらいの性能ならそろそろ使えてもいいのでは……とも思うが、画面サイズやプロセッサーの種類などで、アップルの考える「切り分け」が存在するのだろう。

同様にちょっとしたことなのだが、今回は変化している点が2つある。

1つはApple Pencilが「Pro」対応になったこと。よく見ると、本体側面にあるApple Pencilの充電端子は細くなっていて、Apple Pencil Pro対応になっている。

新iPad miniはApple Pencil Pro対応

Apple Pencilは「Apple Pencil(USB-C)」と「Apple Pencil Pro」が現行製品であり、第6世代モデルが使っていた「Apple Pencil(第2世代)」は旧モデル向けとなっている。

長くサポートを続けるためにも、ここで「Pro対応」へと切り替えておきたかったのだろう。

Apple Pencilも安価なものではないのでProへの買い替えは金銭的負担となるが、「長く使う」という観点に立てば致し方ない。

次は「SIMカードスロットの廃止」。こちらもWi-Fi+Cellularモデルの場合、第6世代までは側面にスロットがあったものの、今回からeSIMのみの対応となり、物理スロットはなくなった。

左がiPad mini(A17 Pro)で、右がiPad mini(第6世代)。Apple Pencilと連携する端子の幅が変わっている点に注目。そしてSIMカードスロットもなくなった

5月発売のiPad Pro・iPad Airも同様にeSIMのみなので、これもまたアップルの方針、というところだろうか。

ちなみに、アメリカ版のiPhoneも、すでにeSIMのみでSIMカードスロットはなくなっている。日本もいつかそうなるのかもしれない。

同じデザインでありながらこうした部分の改良を進めているところからも、アップルがこの製品を「長く供給し続ける、ある種のスタンダードモデル」と位置付けているのがわかるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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