レビュー

高価なiPad Proを使いながら考えたタブレットの未来

筆者が購入した13インチ iPad Pro。色はシルバーで、Wi-Fiモデル

5月に、3年ぶりにiPadを買い替えた。当時発表されたばかりの「iPad Pro」の13インチモデルだ。円安もあって販売価格が高くなったことが話題にもなったが、確かに高かった。とはいえ、製品の質は高く、満足度も同様に高い。現在も毎日使っている。

一方で、タブレットの今後の価値を考えたとき、また別の見え方もあった。ちょっとその話をしてみたいと思う。

「軽さ」「画質」は圧倒的に価値あり

筆者はこの5月・6月にかけて、海外出張が多かった。実のところ、日本にいた時間よりも海外にいた時間の方が長いくらいだ。

新iPad Proは発表後にレビューなどで色々触ってはいたものの、私物として購入したものを受け取り、セットアップしたらすぐに海外。細かい設定も終わっていなかったので持っていくこともできず、しばらくはプライベートで使うことができなかった。

6月も半ばを過ぎ、海外出張ラッシュがひと段落してからiPad Proを触って、改めて感じたことが2つあった。

「うわ、こんな薄くて軽かったっけ」ということと「コントラスト向上の効果、高いなあ」ということだ。

新iPad Pro(左)と2021年モデルのiPad Pro(12.9インチモデル)。写真は5月に製品レビューを行なった時のもの

どちらも、新たに採用された有機EL(OLED)ディスプレイの効果と言える。

レビューでもこの点はプラスの評価をしていたのだが、2、3週間ほとんどiPad Proに触らない生活のあとだと、特によくわかる。

特にコントラスト向上の効果は非常に高い。HDR対応の映像だけでなく、ごく普通の映像でも立体感を感じやすくなる。この点は、安価なテレビとハイエンドテレビの差に近い。映像だけでなく、モノクロの電子書籍を読む際にも、コントラストの良さは見やすさ・快適さにつながる。

筆者はこれまで、2021年に発売された「12.9インチ iPad Pro(第5世代)」を使っていた。ミニLEDを採用し、コントラストや輝度が向上したモデルである。3年使い続けていただけあって、感覚としてその重さが染み付いていた。

13インチモデルと大きさはほぼ同じなので、ふと持ち上げた瞬間に「うわ、こんなに軽かったっけ」と感じてしまったわけだ。

事実、2021年モデルと2024年モデルでは、重量が100g程度軽くなっている。もともと2021年モデルがかなり重いということもあるのだが……。

もうこの2点で、購入は間違いではなかったし、今も使っている。

高いので「Wi-Fi版」に宗旨替え

タブレットのサイズについては論争の種になりがちだ。サイズの小さいものを求める人もいるだろう。12.9インチは「大きすぎる」「重すぎる」と言われることも多かった。

筆者の場合、コミックや雑誌、画像中心の資料的な電子書籍を読む・扱うことも多く、映像もかなり見る。仕事的にいうと、取材に持ち出すこともあるし、書籍や雑誌の製作作業(いわゆるゲラの朱入れ)をするにも、ペン+大きめの画面の方がやりやすい。

12.9インチ版はiPad Proにしかなく、そのためにiPad Proを選び続けてきた……とも言える。

ただ今回はその辺が変わった。

iPad Airに13インチモデルが登場したし、iPad Proが高価なものになったからだ。

製品レビューを通じ、「明らかに軽くて画質も良い」「処理性能も高い」とわかっていたが、一方でレビューでも「価格の面は大きいから、iPad Airの存在感が強くなった」と結論づけていた。Airにすれば出費は抑えられる。どうすべきか、発表直後からしばらく迷い続けていたのは事実だ。

で、結局自分はiPad「Pro」を買った。一人のAVファンとして、画質の違いは見過ごせないと感じたためでもある。前述のように、その選択が間違いだったとは思っていない。

しかし高いものは高い。

年初にはVision Proも買っている。Windows PCも大きく変わる年なので、そのテスト機材は手に入れねばならない。海外出張にかかる費用はどんどん上がっていく。

悩みに悩んだ末、ちょっと妥協したのが「Wi-Fiモデルにすること」だった。

これまで、iPadについてはずっとWi-Fi+Cellularモデルを選んできたのだが、ここでWi-Fiモデルにして、iPad向けに使ってきた通信費もカットすれば、価格分を吸収できるのでは……という計算である。

筆者が買ったのは色がシルバーでストレージが256GBのもの。要は一番安価になる選択だ。これで218,800円。いつもの選択だと、254,800円になる。しかも、iPad向けの通信費(NTTドコモでデータプラスを使っていたので月額1,100円)がカットできる。これで1年あたり13,200円の出費減だ。

筆者が買ったモデルを今見積もってみるとこんな感じに

さらに、旧モデルをアップルに下取りに出せばもう少し実質支払い金額も減る。

ただこちらは、3年間の間に蓄積していたボディの歪みの問題もあり、下取り金額は雀の涙になっており、結果的にたいした値引きにはならなかった。

「持っていてもしょうがないか」と思って引き取ってもらったが、新旧比較用にあえて持っていても良かったかもしれない、と後悔はしている。前掲の写真のうち、厚みを比較したものに「レビュー時撮影のもの」と断りが入っているのは、私物として買ったものとは色が違うし、今はもう旧機種が手元にないので撮影できないためでもある。

Wi-Fi版を選んだ理由

判断には取材スタイルの変化もある。

以前はiPadでかなりの取材をしていた。だが現在はMacでの取材に戻している。別にiPadが仕事に使えないから……ではない。筆者の場合にはメモを取る・原稿を書くことが主体なので、それだけならiPadであっても不都合はほぼ感じない。

変化は「写真」の扱いにあった。

取材での撮影で「テザー撮影」を使うことが増えたからだ。

テザー撮影とは、カメラをPCなどに「ケーブルで」つなぎ、撮影すると同時にPCなどへと表示・蓄積する方法。スタジオ撮影などで使われることが多い。

筆者はある時期から、取材中の撮影に多用するようになっている。機材をセットアップする手間はかかるが、撮影後の時間が大幅に節約できるのが大きい。また、取材中の様子をSNSにアップするにも、「スマホで撮影してスマホからSNSへ送る」より、「PC内の画像をSNSに送る」ほうが、書き込みも楽で二度手間が減る。

昨今の取材中は、こんな感じでカメラをMacにつないでテザー撮影している

現状、テザー撮影についてはPCかMacを使うのがベストだ。iPadだと、無理ではないが難しい。

話が長くなったが、こんな事情もあって「携帯電話回線が内蔵のiPad」である必然性が薄くはなっていた。ならばWi-Fiでも……という選択になったわけだ。

本当はMacもテザリングではなく、携帯電話回線で直接通信をしたい。多人数が参加するイベントなどではWi-Fiがうまく働かない場合が多いためだ。カメラ連携で「有線のテザー撮影」にこだわるのも、Wi-Fiでのカメラ連携は信頼度が落ちるためだったりする。この辺は解決策その他、また語るときもあるだろう。

Vision Proが予感させる「タブレットのジレンマ」

というわけで、iPad Proには非常に満足している。

確かに、M4の性能はさほど活かしていないと思う。だが、この軽さや画質を両立したタブレットは他になく、筆者としてはその価値を重要視する。次の大幅な刷新まで数年はあるだろうから、当面使い続けたい。

本質的に、タブレットはある種の贅沢品だ。

PCやMacは必要。スマホも必要。ただその間にあるタブレットは、それらで代替できるシーンが多いものでもある。

しかし、「板状で一定の大きさがあってペンが使える」ことは、特定の領域で刺さる。

絵を描く人には「どこでも使えるキャンバス」としての価値があるし、筆者のようにコンテンツビュワーとしての価値を重視する人もいるだろう。人によって刺さる用途はまちまちだ。「ある意味で贅沢だが必要だし、欲しいもの」として選ばれ、買った人にとって強い価値を持つのがタブレットである。

そう考えれば、「安価で求めやすいもの」も必要だし、「高価だがハイクオリティなもの」という結論に至る。

一方、コンテンツビュワーとして考えると、実は微妙な変化もある。

製品が悪いのではない。強いライバルがあるからだ。

それはApple Vision Pro。

筆者は国内・海外を合わせると、年間に20回近く飛行機で移動する。iPad Proは、自宅のソファやベッドで使うだけでなく、そうした移動中にリラックスするための必須アイテムでもあった。

だが、今年2月にVision Proを購入以降、飛行機内での用途はほぼVision Proにとって代わられている。5月・6月の出張にiPadを持って行かなかったのはそのためでもある。

コンテンツビュワーとして考えた場合、「Vision ProとiPadの関係」はなかなか悩ましい

映像だけなく、電子書籍の利用が意外なほど便利なのだ。新聞紙のようなサイズで目の前にコミックや小説を配置して読むのは、新鮮だし快適な体験でもある。タブレットを使う時は「手で持つ」必要があるが、その負担がないのもいい。

「600gもあるものを頭につける方が辛いんじゃないのか」と言われることもある。そう感じる人もいるだろう。

ただそうした重さは、「首が前に倒れている」姿勢の時に感じるもので、椅子などにもたれかかってしまえば問題はない。飛行機内の場合なら、席にもたれかかってしまえばいいのだ。

仕事場で寝転がり、iPad Proを手で持って本を読む感じを再現して写真を撮ってみた。表示しているコミックは鈴木みそ氏の「銭」。著者より許諾を得て利用
同じく仕事場で寝転がり、「Vision Proで本を読む」感じをスクリーンショットで。見た目のサイズはiPadより大きく、負担もほとんどない

もちろん、Vision ProはiPad Pro以上に高価だ。現状で、誰にでも勧められるわけではない。そもそも、「高い」と愚痴りつつVisio ProとiPad Proを両方買っているのがちょっとアレな状況だ。

しかし、未来を考えてみよう。

Visio Proと同等以上の表示品費の機器が、もっと手軽な価格で手に入るようになるとしたら?

結局問題は、「肉眼で見るのと同等以上の環境を、いわゆるHMDで得られるとしたら、ディスプレイはどう変わるのか」ということなのだ。

コンテンツビュワーとしても、アプリの実行環境としても、Vision ProはiPadの上位存在と言える。ペン入力にこだわらないなら、タブレットをHMDが代替していく未来は十分にありうる。もしかするとペン入力だって取り込まれるかもしれない。

別にアップル製品に限ったことではない。他社からVision Proより良いものが出てくる可能性だってある。

Androidの2Dアプリ(要は普段スマホやタブレットで使っているもの)が簡単に入手できて、そのまま空間内で動作し、画質も良好なHMDは確実に出てくる。Googleとサムスンが共同開発中のものはおそらくそんな方向を狙っているし、Metaもゲームに加え、そうした空間コンピューティング的要素を強化している。

だとすると、タブレットはどうなっていくのだろう?

今日、ベッドに寝転がって本を読むならiPad Proの方が手軽で、非常に満足している。しかし、飛行機の中ではVision Proの方が快適で、体験の質もずっといい。ソファで映画を見るときに、テレビよりも上であると感じることは多い。

将来のVision Pro後継製品は確実にもっと軽いものになり、日々の利用も変わる可能性が出てくる。「高品質なVision Proの後継」と「大画面だが安価なiPad」の組み合わせに変わるかもしれない。

タブレットが便利なのは「四角い画面を持って使う」という前提があるからだ。だが将来、その前提が崩れていくとしたらどうだろう? どんな機器までその前提は覆り得るのだろうか?

最近はそんなことを考える時間が増えている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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