レビュー

iPad Pro 12.9インチ(2021)と暮らしてわかった「価格の価値」

iPad Pro 12.9インチモデル。つけているのは2020年モデルのMagic Keyboard。

2021年版iPad Pro(12.9インチモデル)が届いてから、1カ月が過ぎようとしている。いわゆる「ミニLED搭載モデル」。もちろん私物だ。

「iPadに20万円は高いんじゃないか」「ハイエンドになり過ぎている」という声もあり、それはもちろんよくわかる。

だが、毎日iPad Proを使っている筆者は、「高いんだけど、その価値はあるなあ」と正直思っている。この辺は、発売前にレビューを書いた時と、結論としては変わらない部分だ。

では、1カ月使ってみて、ミニLEDを搭載したiPad Proの使い勝手を語ってみたいと思う。

なお、この原稿はiPad Proだけを使って執筆した(編注:編集作業はWindowsパソコンを使っています)。

【2020年】iPad Proは12.9インチ版が最適になってしまった理由 by 西田

【2018年】iPad Proは11インチ版が(筆者に)最適な理由 by 西田

結局入手はアップルストアから

ここ数年、アップル製品はアップルから直販で買うことが多かった。だが、今回、iPad Proは量販店で買うつもりだった。というか、予約までした。そこそこな額のポイントが溜まっていたため、それをつぎ込んで購入費用を削減しようと思っていたためだ。

だが、出荷日になりアップル予約組が続々と入手していく一方で、私の分はいっこうに出荷される様子がなかった。別に出遅れたつもりはないのだが、量販店への入荷数が問題だったのかもしれない。

「しょうがない、待つか……」と思っていたら、ネットで重要な話が。

「アップルストアには在庫があるので、アップルストア受取にすれば即日手に入る」

ああ、なるほど。コロナ禍でいつもとは異なる営業状況だけれど、その手は今回も使えるのか。

ということで、発売開始から2日ほど経って、まだ出荷されない量販店オンラインショップでの予約を取り消し、アップルストアの店頭受取でオンラインから購入した。オンラインでの購入から受取時間まで1時間半くらい。店頭での受取作業もほんの10分ほどで終了。入店者数を限定して、受け取りだけをスムーズに行なうような形だったので、感染リスクに対する心理的な不安は無かった。

なお、6月21日段階では、筆者と同じモデルの場合、アップルの通販による納期は4~6週間後。東京都内のアップルストアにはすでに店頭受け渡し在庫はなかった。

6月21日現在、アップルストアには受け渡し用在庫がなくなっている

まあ、今回ポイントでの割引は叶わなかったが、他になんとでもなる。実際、iPad Proになるはずだったポイントは、数週間後にワイヤレスヘッドホン2つの予約に化けた。

今回購入したのは、12.9インチiPad Pro。Wi-Fi + Cellularモデルで、ストレージは256GB。色はシルバーだ。昨年はスペースグレイだったので、あえて変えてみた。

今年購入したのはシルバー。といってもデザインは2020年モデルと差がない
厚みを比べると、2020年モデルの方がほんの少し薄い
箱のデザインは変わっているが、サイズなども「いつものiPad」のもの。同梱品も同じだ

iPad Proはストレージ1TB以上のモデルがメインメモリー16GB、それ以下の容量だと8GBになっている。そのため「1TBか2TBのモデルを買わないと」という意見も見受けられるが、筆者は「iPadでは、正直そこを気にしてもしょうがない」と思っていた。メモリー利用モデルがmacOSとは違うので、容量があればあるほど快適、というものでもないからだ。

メインメモリーが6GBだった2020年モデルのiPad Proでも快適であり、8GB+プロセッサーのパフォーマンスアップで十分だろう、という判断だ。

それに、費用だって馬鹿にならない。ただでさえiPad Proは高価なモデルだ。これまでの経験から、Wi-Fi + Cellularモデルであることは必須。256GBと1TBの価格差は7万円程度になり、「なら256GBでいいんでは……」と判断した次第である。

純正キーボードである「Magic Keyboard」は新型に合わせて若干サイズが変わっているのだが、2020年モデル向けでも実用上まったく問題ないことがわかっている。Apple Pencilも買い換える必要はない。

というわけで、今回は本体のみの購入で済んだ。価格は税込で159,800円。

十分高いって?

うん、知ってる(遠い目)。

2020年版より目に見えて高速。でもメモリーの差はわからず

さて、使い勝手を見ていこう。

2021年モデルになってまず感じるのは「たしかにこれは速い」ということ。ベンチマークの値で、2020年モデルと比較して3割から4割速いのはわかっていたが、日常的な動作もひと回り速く感じる。

これは数字で表すのが難しいのだが、キーボードをタイプしてから文字が表示されるまでの「遅延」も、さらに短くなって反応が良くなっている気がする。

2020年、iPad Proで相当量の原稿を書いたのだが、それは遅延が短くて「脳から直接文字が出ていくような感触」により近かったからだった。それがM1版MacBook Proを買うと、インテル版の時より遅延がかなり短くなり、iPad Proに近い速度になった。というか、若干M1搭載Macの方が快適だ、と感じるようになっていた。

それが同じM1搭載のiPad Pro・2021年モデルになってみると、さらに遅延が短くなって「脳への直結感」が増している。

日本語での文字入力は、慣れや変換効率など、多数の要素が介在する作業だ。だから、私が感じているiPad Proの快適さが誰にとっても快適なものである……と言う気はない。しかし、この反応の速さは、やっぱり「高いだけのことはある」と思う。

筆者は色々なところで、「iPad Proで原稿を書くのは、デッカくてネットのつながるポメラを使うようなもの」という表現をしてきた。その意識は今も変わらない。むしろM1版によってさらに「パフォーマンスが上がるとはこういうことか」という印象を持つようになった。

結果として今は、調べ物をしながらちょこちょこ書く時はMacかWindows、データは揃っていて書くことに集中する時はiPad Pro、という少し贅沢な使い方をすることが多い。

なお、前出のように、Magic Keyboardは2020年モデル向けでもまったく問題なく使える。だが、そもそも去年1年で相当な量(多分、iPad Proからだけで150万字くらいの原稿を書いているはずだ)をタイプしている関係か、ちょっとキーの感触がだいぶ「お疲れ」な感じがしている。買い換えるほどではないのだが。消耗品と考えると、Magic Keyboardの価格(34,980円)はちょっとお高い。

一方で、メモリーが8GBか16GBかは、事前の予想通り、使い勝手にはほとんど影響していない。記事のために借りていた機材はメインメモリーが16GBだったのでベンチマークの値と比較してみたが、CPUベンチマークでも、ビデオの圧縮でも、8GBのモデルと差が出ない。

現状のiPadでは、本当に大量にアプリを起動し、Photoshop級のアプリをゴリゴリ使わない限り、8GBと16GBの差は出ないのではないか。少なくとも、「原稿を書く」「Lightroomで写真を加工・整理する」「Premiere RushやLumaFusionで数十分以内の動画編集をする」レベルだと、筆者には差があるように思えなかった。

だから、筆者にとっての選択としては、ストレージ256GB・メインメモリー8GBという選択は正解だったと思う。イラストレーターや写真家の人だと、また違ってくるのかもしれないが。

ミニLEDの「画質改善」には慣れるが……

12.9インチモデルを買ったなら、やはり気になるのは「ミニLEDの効果がどうか」という話だろう。

発売前レビューを書いたとき、「画質の違いははっきりとわかる」と説明した。その気持ちはまったく変わっていない

筆者の主観ではやっぱり違うし、ミニLEDの2021年版を見慣れてから2020年モデルに戻ると「ミニLEDの方が良い」と感じる。

一般にミニLED版の良さは「明るい部分の輝度の高さ」と言われる。確かに、夜空での星のきらめきや夏の強い日差し、ガラスの反射のような部分でのインパクトは非常に強く、間違いなく魅力だ。

とはいうものの、日常的にHDRがガンガンに効いた、ピーク輝度の高い映像ばっかり見るのか、というと、やっぱりそうでもない。

重要なのは「立体感がより感じられること」だろう。主にコントラスト改善の結果だが、見比べると違いがわかる。これはiPad Pro同士だけでなく、MacBook Proを含む、一般的な液晶を使ったノートPCとの比較でも同じ感想となる。

WWDCで公開された資料・映像によれば、アップルはプロ向けの「Pro Display XDR」やミニLEDである「Liquid Retina XDRディスプレイ」、さらには通常の内蔵ディスプレイで、「EDR(Extended Dynamic Range)」という独自の技術を使っているという。これはHDRをOS側でディスプレイに合わせて表現するためのもの。同じコンテンツで各デバイスの特性を引き出すために、そうした仕組みをうまく使っているのである。

WWDCで公開されたセッションビデオより引用。アップル製品内では「EDR(Extended Dynamic Range)」という技術を使い、HDRとそうでないコンテンツ両方を適切に表示し、画質面でのメリットが出るよう工夫している

ただ、こうしたことは「比べるとわかる」「気づけばわかる」話なのも事実なのだ。筆者は主観として十分大きな差だと思うが、そう思わない人がいても不思議ではない。

別の言い方をすれば、コントラスト改善による立体感の方は「慣れればこっちが自然」になってしまい、「これがすばらしい」という感想も薄れてくる。旧機種に戻したり、MacBook Proと並べてみたりすると「ああ、やっぱり違うわ」と思うのだが、逆に言えば、知らなければ「そんなもんか」で済む程度の違い、とも言える。

これは絵にしても音にしても、「一定クオリティを超えたオーディオビジュアル機器」の宿命といえるものでもある。

特にiPadの場合、写真や動画を見ている時間以上に、ウェブや文書作成で文字を見ている時間も長い。ここでは「HDRが」「高コントラストによる立体感が」みたいな話はあまり関係ない。

あたりまえの「黒さ」が快適

だが、「今から2020年モデルに戻れるか」と言われると「それはもういやだ」と思う。日常的に使った時に感じる良さも多いからだ。正確には「自然さ」、と表現すべきだろうか。

筆者にとってiPadは、テレビ以上に長い時間映像を見ている機器になっている。テレビはテレビの前に行かないと見ないが、iPadは仕事中に横に置いて映像を見たり、ベッドの中で見たり、移動中にみたりと活躍の場が多い。楽しむための映像だけでなく、オンライン会見や資料映像など、仕事柄見ないといけないものも増えており、それらをチェックするためにも使う。そうなると、いかに自然に、快適に映像・画像を見られるか、ということは大きな価値を持ってくる。

まずシンプルな点として、映像を見るときに「枠が黒い」のがいい。

iPad Proの縦横比は約4.3対3。多くの映像は16:9、映画は(だいたい)21:9。電子書籍は(これもおおむね)8:5だ。そうすると画面には黒い未表示領域ができることになる。多くの機器のディスプレイの「フレーム」は黒で、その内側に未表示領域が来ることになる。

文字にすると面倒だが、みなさん日常的に体験しているはずだ。一般的な液晶ではここと、ディスプレイのフレームの間が「ほんのり白い」。エリア分割駆動のない液晶では、バックライトの明かりが漏れてこうなってしまうのは避けられない。

だがミニLEDではここが「黒い」。MacBook Pro(M1版)と並べてみたが、違いははっきりとわかるだろう。

左がミニLEDのiPad Pro、右がMacBook Pro。明るい室内でスマホを使って適当に撮っても、このくらい「黒さ」の違いがわかる

「そのくらいのこと……」と思われるかもしれないが、慣れるとこれがかなり効く。不自然な枠が気になりづらく、コンテンツの視聴に集中できる。MacBook Proや他のPCで映像を視聴している時などに、むしろフレームの黒浮きが気になってしまう。

この辺はテレビでも事情は同じ。有機EL・バックライトエリア駆動あり液晶では気付きにくくなっているが、エリア駆動のない液晶では目立ちやすいもの。これも「ちゃんと黒い」状況に慣れていると、そうでない環境が不自然に思えてくる。

もちろん画質上の欠点もある。

特定のシーンでの「光漏れ(ヘイロー)」はある。前傾の写真で、iPad Proのみ、色がついた部分のちょっと上が完全な黒でなく、ほんのり色づいているのがわかるだろうか? あれがそうだ。全黒表示の一部に映像が出る時などに現れる。バックライトの分割数が画面のドット数に比べ少ないから現れるもので、液晶テレビでも、大なり小なり存在する。iPad Proは出るシーンと出ないシーンが液晶テレビなどに比べ極端な気がする。これはおそらく制御のクセだ。

とはいえ、普通に映像を流すと気になりづらいものだし、動画として流れてしまうとさらに分かりづらいものなので、日常的にはスルーできるものではある。

また「黒さ」もディスプレイを斜めから見ると薄れてくる。ディスプレイの保護ガラスと液晶の間のギャップが完全にゼロではないこと、液晶自体にわずかな視野角の影響があることなどが理由だろう。とはいえこちらも、従来に比べれば「黒い」ことに違いはなく、枝葉末節のレベルではある。

コントラストを下げても見やすい「自然さ」が最大の価値

黒が浮いたりヘイローが出たりするという、液晶ならではの種の現象を抑える方法もちゃんとある。

それは輝度を下げることだ。

明るいからぼんやり白いのが目立つわけで、輝度を下げれば目立ちづらくなる。目の疲れを防止するにも、輝度はあまり高くない方がいい。そこは、(比較的)短時間しか視聴せず、離れたところから見るテレビとは事情が異なる。

だが、そうすると今度は全体のコントラストが下がり、絵や文字が見づらくなり、品質が下がる。コントラストはトップ輝度と非表示状態の輝度差の中で表現されるものだから、輝度が下がると当然、ディスプレイの性能そのものよりも低くなる。

ところが、だ。

ミニLED版を使ってみると、輝度を下げても見やすいのがわかってくる。正確にいうと「明るさは下がっているがコントラスト感は維持されている」ように感じるのだ。輝度が落ちたとしても、そもそもコントラスが従来の液晶よりも豊かなまま維持されることがその理由だろう。

筆者も老眼になってきたせいか、過去に比べコントラストの感受性は落ちてきたように思う。特に薄暗い場所では、もう少し明かりが欲しいと感じるシーンが増えた。そのせいか、2020年版のiPad Proでは、コントラストを求めて「明るいと思うが輝度を少し高めにする」ことが多かった。

しかしミニLED搭載版になってから、それは変わった。2020年モデルより輝度を下げても快適に使える。これは主観の問題であり、カメラで撮影しても分かりづらい領域かと思う。

そして、「輝度を下げてもコントラストが維持される」というミニLED版の特性は、色々な場所で使う機器でこそ重要……ということもわかってきた。

テレビでも、有機ELや部分駆動バックライト液晶を使えば十分なコントラストを得られる。だが、テレビは一定の場所に設置して使うもので、輝度の調節はあまりしない。マニアでない限り、コンテンツや周囲の明るさに合わせて調節することはしないものだ。だから最近は「オートモード」が増えている。

一方、iPadのようなデバイスは明るい仕事部屋からベッドの中まであらゆる場所に持ち歩くため、輝度を調節しながら使うことが多い。そうすると、どんな輝度でもコントラストを維持しやすいミニLED搭載は、単に画質が良くなるだけでなく、使い勝手維持の面で大きな意味を持ってくるのだ。

これは短時間でなく、毎日使ってはっきりとわかってきた利点と感じる。

なお、以前に比べ輝度を下げて使うことが増えたということは消費電力も下がっているわけで、おそらく以前よりもバッテリー動作時間の面では有利だろう。だが、コロナ禍で長時間外出して作業することも減っているので、その点はちゃんと検証できていない。

高いがその価値あり。PC/タブレットでもハイコントラストは「一般的」に

というわけで、高い買い物であったiPad Proは「買ってよかったもの」だ。購入したことへの後悔は一切ない。

去年iPad Proを買った人がミニLEDと速度アップのためだけに買い換えるべきか……というと「懐に余裕があれば」としか言いようがない。11インチ版との間で悩む人には「ちょっとした画質とサイズ、どちらが優先ですか? Airだともっと安いですが」という答えになる。

ただなにより重要なのは、ミニLEDなり有機ELなりの「高コントラストディスプレイ」は、間違いなくPCやタブレットにも導入が進むものである、という点だ。そうした製品は(それぞれ画質傾向に違いは出るだろうが)ミニLED搭載iPad Proに似た特徴を持ってくる。多くの人は今年買わないとしても、来年・再来年と進めば、こうした特性を多くの人が体感することになり、選択肢の1つになっていくことだろう。

それがわかっただけでも筆者にはプラスだ。そしてやはり、快適になったことも疑いはない事実である。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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