レビュー

iPad Proは11インチ版が(筆者に)最適な理由 by 西田宗千佳

11月7日に新しいiPad Proを買った。

筆者が購入した11インチ版iPad Pro。Smart Keyboard Folioと第二世代Apple Pencilも併せて購入している

今回は12.9インチモデルと11インチモデルがあり、「どちらを選ぶか」がけっこう話題にもなっている。

筆者はすでにAV Watchに12.9インチモデルのレビューを掲載しているが、あれはあくまで借り物。私物としては11インチを購入している。担当編集からは「なぜ11インチにしたか、理由を書いて」と依頼されたので、ちょっと書いてみたいと思う。機器の詳細はレビュー記事やニュースをご覧いただきたいが、「西田はなぜ11インチを選んだのか」という話からは、今のiPadをめぐる事情の一端が見えてくるような気がしている。

発売日にはアップルストア前に行列も

11月7日、西田はちょっと焦っていた。

レビューのために機材は借りていたが、借り物は借り物。自分で日々使うためには当然購入する。自分の中で、iPadは、PCと同等以上に仕事に使う道具であり、本や映像、音楽を楽しむ機器でもある、筆者にとっては、なくてはならないものだ。なので、現在使っているiPad Proの後継が出るということなら、やっぱり買わざるを得ない。この時期に十数万円が飛んでいくのは厳しいが、まあ、しょうがない。

筆者は10月30日にニューヨークでiPad Proの発表会に参加し、その後のハンズオンで一足先に実機に触れている。発売前に貸し出しを受けてレビューも書いた。

が、ふと気づくと、発売2日前になっても予約をしていなかった。忙しかったこともあるが、11インチにすべきか12.9インチにすべきかを迷っていた、ということもあるのだ。そのうち、アップルのオンラインストアでの配送可能日が、「11月末から12月」に伸びていた。このままだと、私物としてのiPad Proを手にするのが遅くなる。

というわけで、前日に決断し、アップル銀座へ朝イチで行って、在庫を買おう……と決めた。iPadやMacについては、アップルストアは初日にそれなりの在庫を持つことが多く、iPhoneよりは入手が楽だ。一方、筆者は「SIMフリーのセルラー版を買う」と決めていたため、量販店での購入は難しい。量販店ではWi-Fi版か、携帯電話事業者を経由したセルラー版しか購入できないからだ。

といったあたりを決めて床についたのだが、これが良くなかった。10月末の発表会以来のハードスケジュールで、すっかり寝坊してしまったのである。起きたのは9時40分頃。アップルストアは10時開店なので、開店時間には間に合わない。

急いで行ってみると……びっくり。想像以上の行列ができていたからだ。入店待ちの人が数百メートルに渡って行列を作っていた。MacBook Airの発売日と重なったこともあり、行列が予想以上に伸びていた。

Apple銀座の11月7日の行列。この日はiPad Pro以外にもMacBook Airが発売になったため、特に行列が出来やすかったのだろう

「やばいな」と思ったのだが、裏技はある。アップルストアのオンライン版で購入と決済を行ない、「受け取りをアップルストアにする」ことで、並んで待つよりも早く入店できるのである。意外と知らない人が多いようだが、かなり便利な方法なのでおススメである。ただし、「店頭受け取り」は発売日にならないと指定できない場合もあり、本当に当日、その店で受け取れるかは、ちょっと「バクチ」な要素がある。その点はご了承いただきたい。

前置きが長くなったが、こんな経緯を経て、11月7日午後、筆者は、アップルストアで「iPad Pro 11インチ 256GB・Wi-Fi+Cellular版・スペースグレイ」と、専用のSmart Keyboard Folio、そして第二世代Apple Pencilを手に入れたのである。

購入直後の筆者。この日は別件で、借りていたiPad Pro 12.9インチも持ち運ぶ必要があったため、結果的に大荷物を抱えて移動することになった

サイズによってiPadのUIは違う

さて、筆者は今回11インチモデルを選んだ。実のところ、12.9インチモデルとの間で、相当に迷ったのは事実である。しかし結果的には、これで良かったと思っている。その理由を説明するには、筆者のこれまでの「iPad Pro遍歴」を解説する必要がある。

筆者は2015年に12.9インチとして、初めてのiPad Proが登場した時、すぐに購入している。電子書籍閲覧も含め、快適だろうと想定できたからだ。実際、想像以上に良かった。「大きすぎる」という話はあるが9.7インチではちょっと物足りなかったため、大型の方がいい、と思ったのだ。発売時は出費を抑えたくて「Wi-Fi・32GBモデル」という最小構成で買ったものの、あまりに快適だったので、数カ月後に「Wi-Fi+Cellar・128GB」のモデルに買い直している(ちなみに、その時の32GBモデルは、小寺信良さんの元へドナドナされていった)。

で、その後2017年6月、iPad Proは「10.5インチ」と「12.9インチ」の2モデルにリニューアルする。この時は、10.5インチを選んだ。

小さい方に戻るのかよ! と突っ込まれそうだ。いや、その通り。12.9インチは大きかった。というより「重かった」。10.5インチを使ってみると、ほんの1インチ弱にもかかわらず、9.7インチ版で感じた窮屈さが改善されていた。なので、「これなら10.5インチでもいいか」と思って選んだのである。

実は、選択の理由はサイズだけではなかった。いや、結局サイズに起因しているのだが、話はもうちょっと複雑だ。

iPadを複数サイズで使い分けたことのある人でないと気づきづらいことなのだが、iOSのソフトウェアキーボードは、スクリーンサイズによってレイアウトが違う。さらには、ソフトウェアの「最適化状況」によってもレイアウトが変わる。

画像は、上が12.9インチの、下が11インチのソフトウェアキーボードである。12.9インチはより一般的なQWERTYキーボードのレイアウトを模したもので、11インチは数字キーなどが省略されている。

12.9インチ版iPad Proのソフトウェアキーボード。数字キーなども用意され、より物理的なQWERTYキーボードに近いレイアウトだ
11インチ版iPad Proのソフトウェアキーボード。数字キーはなく、一部の操作用のキーもない。よりシンプルな構造になっている

さらに。古いiPadでは、次のようなソフトウェアキーボードになる。新しいiPad Proに最適化が終わっていないアプリでも、このソフトウェアキーボードが表示される。左側のキーが少ないのがおわかりいただけるだろうか。

9.7インチ版・もしくは10.5インチ版のソフトウェアキーボードはこうした表示になる

些細なことに思えるかも知れないが、これが、筆者が12.9インチから10.5インチへ切り替え、そして、今回も11インチを選んだ理由である。

UIとしては、一見「慣れた、ハードウェアのキーボードレイアウトに近い方がいい」と思うだろう。だが、タブレットのソフトウェアキーボードとしては、実際には「そうではない」と筆者は思っている。タブレットは両手で本体を持って、親指などでキーを操作することが多い。すると、小さいキーはやっぱり押しにくいし、キーの左右に「文字入力以外の要素」があるとミスタイプも起きやすい。これが「ソフトウェアキーボードも必ず両手の指すべてを使って、机の上に置いてタイプする」なら、12.9インチで採られているようなアプローチでもいいのだろう。だけれども、実際にはタブレットは「そうは使わない」ものだ。12.9インチを使っている時には、本体の大きさもあって、その部分がストレスに感じた。

これは、良くも悪くもiOSの特徴に絡む部分でもある。

iOSは設定を増やさない。Androidなら、キーボードのレイアウトをかなり自由に変更できるのだが、ハードウェアが固定されているiOSではそうなっていない。一方で、新しいハードが出ても、最適化されていないアプリは「旧型の画面イメージをエミュレーションする」ような形で動作するので、とりあえず互換性問題は出づらい。前出の「9.7インチ版でのキーボード」として出ているスクリーンショットは、この「最適化されていないアプリでの表示例」である。要は、アプリによってソフトウェアキーボードのレイアウトが変わってしまうのだ。これはiPhoneで画面サイズが変わった時にも見られるもので、iOSで互換性を維持するための必要悪のようなものである。

そもそも筆者にはどうにも、12.9インチのiPad ProのUIが「本当に最適なもの」とは思えない。ホーム画面のアイコンの数やサイズはもう少し可変であるべきだし、ソフトウェアキーボードも好みによって使い分けができる方がいい。

その辺も含めた「使いやすいバランス」が、10.5インチ、ひいては11インチの方が良い、と判断しているポイントである。11インチはディスプレイサイズがさらに大きくなり、使い勝手が良くなった。

正直、ボディサイズ的には12.9インチにも魅力はあった。Smart Keyboardがリニューアルされた結果、「小さいiPad Proに大きなiPad Proのキーボードをつけて入力を改善する」という裏技も使えなくなっている。キーの入力は12.9インチモデルの方がちょっと快適だ。

だが、前述のような理由があること、11インチでもそこまでタイプ感は悪くないこと、そして、なんだかんだ言っても「軽い」ことから、11インチモデルを選ぶことのなったのだ。

11インチでは「ソフトの最適化」がより重要に

一方、11インチモデルをじっくり触ると、12.9インチモデルを発売前にレビューした時には気づかなかったこともわかってくる。

発売前の段階では、筆者が事前に借りられたのは12.9インチのみで、11インチは発表会後にほんの短時間触ったのみだった。だから、本来指摘しておくべき点を見過ごしていたのである。ここでは少し、情報を補完しておきたい。

まず、11インチでも「アスペクト比は変わらない」としていた。実際、アップル側は「アスペクト比は変わっていないし、どちらのモデルでも同じだ」と説明していたが、実際には微妙に異なる。

12.9インチiPad Proはサイズが変わらなかったので同じだが、11インチは10.5インチから、アスペクト比が少し変わっている。4:3から「約4.3:3」になったのだ。若干のサイズ変化であり、それが極端に使い勝手に影響するものではないが、「最適化されていないアプリ」の存在が、事情を面倒なものにする。

新しいiPad Proに最適化されていないアプリでは、11インチの若干横に伸びたディスプレイや丸くなったディスプレイの角に対する対策が行なわれている。対応作業はさほど難しいものではないらしい。一方で、最適化されていないアプリは見かけがちょっと変わる。

実は、12.9インチでは、最適化されたアプリとそうでないアプリの表示の差が非常に小さい。だが11インチでは、ディスプレイ解像度の変更に伴い、最適化されているかどうかで明確な差が出ている。要は、「最適化されていないアプリは、11インチモデルでは両端に黒い枠ができる」のだ。

また、どうも描画速度も落ちるようで、パフォーマンスが変わるアプリもあった。さらに、最適化できていないアプリの場合、アプリを画面分割で複数同時に使う「Split Screen」機能が使えない場合がある。これは、12.9インチだと最適化が行なわれていないアプリでも問題なく使える一方で、11インチでは使えない。

11インチiPad Proに最適化されている「Safari」の例。当然だが、画面の隅々まで利用できる
11月19日現在、Microsoft Word for iPadは、11インチiPad Proに最適化されていない。そのため、画面の左右には大きな黒い領域ができてしまう。ワープロならともかく、電子書籍アプリや動画アプリでは興ざめだ

このことは、発売前のレビューで指摘しておくべき内容だったし、12.9インチの方だけを見ていた結果とはいえ、指摘できなかったことには忸怩たるものがある。映像や電子書籍系のアプリでは、最適化されているかどうかで快適さがけっこう変わるからだ。各アプリメーカーは、ぜひとも最適化を行なっていただきたい。

アップルはもう少し、11インチについては「発売前に情報を出す必要があったのではないか」と思うし、筆者ももう少しなにかできたのでは、と思う。

もっとも、ハードウェアとしての出来はいいし、今から旧機種に戻りたいとは欠片も思わない。11インチを選んだことは自分にとって正解だったと思っている。

USB-Cになったことで持ち歩くケーブルやアダプター類はかなりリストラが進んで荷物が減ったし、「万が一」のためにカバンに入っていたモバイルバッテリーも取り出してしまった。iPad Proのバッテリーが足りなくなる事態は今のところないし、スマホを短時間充電するくらいは、iPad Proに任せてもいいからだ。

ちなみにキーボードについては、11インチ用のSmart Keyboard Folioを日常的に使っているが、出来心で自宅に転がっていたMac用の「Magic Keyboard」をSmart Keyboard Folioの上に置いて使ってみたところ、これも意外なほど快適であることがわかった。Smart Keyboard Folioのキーが押されることもなく、タイプ感の良い、ちょっと大きなキーボードが使える感覚になる。膝の上でも問題なく使える。常に両方持ち歩くかどうかはともかく、Magic Keyboardは軽いので、こういう使い方もアリだな、と思ったのは事実である。

ちょっとした実験として、Bluetooth接続の「Magic Keyboard」を、Smart Keyboard Folioの上に置いて使ってみた。これ、意外に快適なんでは……?

iPad Proとしての機能面でも、不満はない。10.5インチに比べると画面が広くなったのは間違いないし、動作も速い。Apple Pencilに関する不満も解消された。筆者が購入したのはストレージが256GBのモデルなので、メインメモリーは1TB版と違って4GBだ。だが、その差は、今のiPadアプリではほとんど感じることができない。だから、ここも(価格面を考えても)満足だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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