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プロ作家たちが語る「AI×小説執筆」の現在地 AIが「書く」「読む」を変える

ChatGPTをはじめとする生成AIの普及に伴い、プロ作家たちもストーリーづくりやアイデア出しに生成AIを活用しはじめています。こうした生成AIを活用して小説のアイデアの幅を広げ、魅力的な小説を書くコツを解説したのが書籍「小説を書く人のAI活用術」です。

本書は2024年10月に発刊されて以来、多くの読者の好評を受け、2025年6月に重版が決定しました。重版を記念し、著者である山川健一氏、今井昭彦氏、そして葦沢かもめ氏の3名による座談会を行ないました。創作の最前線に立つ3名それぞれの立場から、AIを活用した小説執筆はどのように進化していくのか、AIは「読む」「書く」という行為をどう変えていくのか、語り合っていただきます。

小説×AIの活用方法がどんどん開拓されている

――「小説を書く人のAI活用術」の発刊後にもAIの進化や、さまざまな活用法の開拓があったかと思います。ご自身で試されたり、見聞きされたりして「面白い」と感じたAIの使い方はあるでしょうか。

山川:1つの例として、 小説のディテールを補完するためにAIを活用するのは良いやり方ですね。たとえば、私が運営するオンラインサロン(『「私」物語化計画』)のメンバーで長編小説を書いた人がいました。この作品に女性が登場するんですが、書き手は男性で、女性のファッションには詳しくないんです。そこで、女性のファッションを描写するために、ピンポイントでAIを使っていました。

山川健一氏

――たとえばAIに「これこれの年齢・性格・職業の女性の服装を考えて」と指示するような。

山川:そうそう。この使い方によって作中の女性がどんな服を着ていたかといったディテールが補完されて、作品として明らかにグレードアップしたんですね。これは上手い使い方ですよ。

葦沢:登場人物の設定の話でいうと、私は「AIが登場人物や世界観についての記憶をなくす」現象をなくすために試行錯誤しています。AIを使う方は経験があるかもしれませんが、AIと長くやり取りしていると、AIはよく登場人物などの設定を忘れるんですよね。

葦沢かもめ氏

今井:男性の登場人物がいつの間にか女性になっていたりしますね。

今井昭彦氏

葦沢:そうですね。そうした物忘れをするのはAIの記憶力の限界というか、モデルによって認識できるテキスト量の上限があるからです。なので、長編を書くような長いやり取りをしていると、AIの記憶力が限界に達して、物忘れが発生します。

――小説を書くうえでは記憶を無くされては困りますね。どんな対策があるのでしょうか。

葦沢:私は、AIに専用のいわば『設定資料集』を持たせるような工夫をしています。少し技術的な話になりますが、私は「Cline」という本来はプログラミングを手伝ってくれるアプリの『メモリバンク』という仕組みを小説執筆に応用しているんです。

これは、作家の意図、登場人物のプロフィールや世界観のような「忘れてほしくない情報」をファイルにまとめておいて、AIに「何か書くたびに、必ずこの資料集を見てね」とお願いするようなしくみです。AI自身の曖昧な記憶に頼るのではなくて、決まった情報が書いてある資料を参照させることで、AIが物忘れをするのを防ぐわけですね。

AIに「設定資料集」を参照させることで、AIの物忘れを防止できる

――専用アプリを使っているのですね。その方法は、たとえばブラウザ版のAIサービスでは使えないのでしょうか。

葦沢:完全な対策ではないのですが、ある程度は再現できます。たとえばAIとの会話がある程度進むたびに「これまでの会話を要約してください」と指示すると、それまでの会話の内容がその都度ある程度保存されるので、AIが物忘れしにくくなります。

山川:それを知っていれば、AIと「なんで俺が言ったことを覚えてないんだ」なんて喧嘩しなくてすむね。

AIは「書く」行為そのものを変える

――これだけAIの活用が広まってくると「文章を書く」行為そのものが大きく変わってきそうですね。

山川:AIというものが登場した以上は、AIが前提でないと、もう文学は成立しないと思います。われわれ作家はもちろん、今はビジネスでも使われているし、子どもでもAIを使ってストーリーを作り、文章を書ける。だからAIというのはもう必須のものです。文学だけが聖域で、そこにAIの影響がないということは絶対にないですね。

葦沢:私の周りでも、多くの人が生成AIを使うようになってきている実感があります。これまで人はペンで文章を書いていて、そこからキーボードを使うようになって、今はAIを使いはじめている。「自身が考えていることを文章にする」という点で共通していれば、ペンもキーボードもAIも、どれを使っても「書く」という言葉に含まれるだろうと予測しています。

――キーボードからAIは、ペンからキーボードよりも大きな変化のように見えます。

葦沢:キーボードで文章を書くときには、いわゆる予測変換を使いますよね。予測変換は「この言葉を打った人はこの単語を打とうとするだろう」と予測してくれるしくみで、AIと同じディープラーニングという技術を用いて設計されています。キーボードを使って文章を打っていた人は、文章を書く行為の一部をAIに手伝ってもらっていたと言うこともできます。その意味で、AIを使って文章を書くことはキーボードで文章を書くことの延長線上にあると考えています。

「読み手」としてのAIのポテンシャル

――「小説を書く人のAI活用術」ではおもにAIと協力して「書く」ことにフォーカスしましたが、AIが「読む」ことも最近では実用度が上がってきているようですね。

今井:そうですね。私は試験的に「あらすじをAIに読ませて評価させる」ことをしています。「主人公が成長しているか」「ストーリーに意外などんでん返しがあるか」などの評価軸をAIに与えて小説を読ませると、それぞれの評価とともに、どういう伸びしろがあるか、どう改善すべきかのアドバイスを生成できます。

――あらすじを評価させることができるんですね。人間の読み手との違いを感じることはあるでしょうか?

今井:特に「感情」の部分で人間との違いを感じます。小説の面白さとは何か、というのを突き詰めると、結局それは「人間の感情が揺り動かされたか」なんですよね。面白い物語は感情を動かす。ただ「感情が動く」ことの意味をまだAIは理解していない。人間の感情を動かす要素をうまく言語化して整理してやって、AIへの指示に落とし込む必要があるんです。

葦沢:私も「AI編集者」を作って、小説の感想やアドバイスをAIに出させることを試しています。大ざっぱに「編集者としてアドバイス出して」って指示すると、それなりのものは出してくれるんですけど、まだまだ解像度が粗いところがあるかなと。

――やはり、評価ポイントを明確に指示することが必要なんでしょうか。

葦沢:そうですね。先ほどの今井さんのように、「こういうポイントで見て」と評価軸を指定して評価させると、評価の質が上がるような印象があります。実際に、星新一賞の優秀賞を受賞されていた形霧燈さんが、AIを使って小説を評価させてブラッシュアップしていた、という話をされていました。「AIに読ませる」利用方法も実用レベルになってきている印象がありますね。

AIに評価軸を与えると原稿を読む精度が高まる

山川:なるほど。そのへんのノウハウがたまってきたら、新人賞の下読みの一部をAIに任せてもよいかもしれないですね。どんなに大量の作品でも、粛々と全部平等に読むでしょう。

今井:小説の評価の話だと「100点満点で何点か」をAIに採点させて、面白い結果が生まれることがあります。僕の友達でショートショート作家がいるんですけど、彼はいろんな文学賞に応募するのが趣味で、応募する前に自身の作品を必ずAIに読ませて、点数をつけさせる。すると「82点以下で選考を通った試しはない」「95点を出したらたいてい通る」と言ってました。現状のAIにもそれなりに見る目はあるんだな、と。

山川:ただ、そういう評価を作家全員がやりはじめて、AIに言われた通りにどんどん直していくと、なんだか似通ってきそうだよね。いろんな作家の作品が画一的になっていく危険性はないかな?

葦沢:それは感じますね。「AI受けがいい作品」を効率的に作ることばかりに注力しても、その作家ならではの作品を作ることには結びつかない。AIのアドバイスを鵜呑みにするのではなく、あくまで自分が作りたい作品の軸を持ったうえで、クオリティ向上の手段の1つとして使うのがよいと感じます。

――「書く」と「読む」の双方をアシストさせるAIの活用術がどんどん開拓されているのですね。未来の創作のパートナーが生まれはじめていると感じるようなお話をうかがえました。本日はありがとうございました!

※この座談会の話題のうち「読者からの反響」「多くの書き手がAIの使い方を模索している」「AIを使いこなせる人の条件」といったテーマについてはインプレス 出版事業部 公式noteに掲載しています。よろしければ合わせてお読みください。(編集部)

(取材・文:鹿田玄也)

小説を書く人のAI活用術 AIとの対話で物語のアイデアが広がる

・価格:1,980円
・発売日:2024年10月17日
・ページ数:272ページ
・サイズ:四六判
・著者:山川健一、今井昭彦(ぴこ山ぴこ蔵)、葦沢かもめ
内容
第1章 ChatGPTを使って物語を作る
第2章 ChatGPTで作る桃太郎
第3章 AIとの対話による物語創作
(対談)AIをフル活用する、最前線の作家たちが語る小説の未来
(コラム)生成AIで小説を書く場合のルール
第4章 恐怖に立ち向かうために
第5章 ChatGPTは僕らが自分自身を超越するためのお手伝いをしてくれる
第6章 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
第7章 「怪物のデザイナーと少年」を叩き台にプロットの作り方を検証する
第8章 新しい小説「ひとりぼっちの恋人」のプロットを考えてもらおう
第9章 「ジェノバの夜」こそが「怪物」を生む
第10章 AIと小説を書く実践的なステップ

<著者プロフィール>
山川健一
1953年7月19日生まれ。千葉市出身。県立千葉高校、早稲田大学商学部卒業。大学在学中に「天使が浮かんでいた」で早稲田キャンパス文芸賞を受賞。1977年(昭和52年)『鏡の中のガラスの船』で群像新人文学賞優秀作。アメーバブックス新社取締役編集長、東北芸術工科大学文芸学科教授・学科長を経て、次代のプロ作家を育てるオンラインサロン『「私」物語化計画』(https://yamakawa.etcetc.jp/)を主宰。早稲田大学エクステンションセンター専任講師。著作85冊が一挙に電子書籍化され、iBooksで登場。85冊を合本にした『山川健一デジタル全集Jacks』、発売中。近著に『物語を作る魔法のルール/「私」を物語化して小説を書く方法』(幻冬舎/藝術学舎)がある。

今井昭彦(ぴこ山ぴこ蔵)
1960年、大分県生まれ。1983年頃からフリーランスのコピーライター、ラジオCMディレクターとして、芥川賞、直木賞から江戸川乱歩賞受賞作に到る様々な分野の小説・マンガのCMを1,000本以上制作。現在、あらすじドットコム(https://www.arasuji.com/)主宰。ストーリーデザイナー。どんでん返しにこだわるドンデニスタ。近著に『大どんでん返し創作法』『続・大どんでん返し創作』『どんでん返し THE FINAL』『〈3冊合本〉面白いストーリーの作り方+物語が書けないあなたへ』『切り札の書』『桃太郎にどんでん返しを入れてみた!』などがある。

葦沢かもめ
SF作家。AIを執筆に取り入れた小説で、第9回日経「星新一賞」優秀賞(図書カード賞)。第2回AIアートグランプリ佳作。AI共作小説が『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』掲載。日本SF作家クラブ会員。