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お台場の未来館で「量子コンピュータ」を体験した 宇宙観測の最前線も公開

日本科学未来館

日本科学未来館(未来館)は、4月23日に2つの新しい常設展示「量子コンピュータ・ディスコ」と「未読の宇宙」を公開しました。同館では10年以上ぶりという大型のリニューアルで、研究の最前線が体験できるようになっています。ここでは一般公開前日に行なわれた関係者向け内覧会の模様をお伝えします。

所在地は東京都江東区青海2-3-6。最寄り駅は新交通ゆりかもめ「東京国際クルーズターミナル駅」(徒歩約5分)、「テレコムセンター駅」(徒歩約4分)。開館時間は10時~17時(火曜と年末年始は休館)。入場料は大人630円、小学生~18歳210円、未就学児無料。土曜日は小学生~18歳も無料です。

量子コンピュータをDJで体験!

今回の大きな目玉が3階にできた「量子コンピュータ・ディスコ」です。最近ニュースなどで耳にすることが多くなった量子コンピュータの仕組みをDJのような操作で体験できる展示になっています。

量子コンピュータ・ディスコ
量子コンピュータ・ディスコの展示内容

量子コンピュータ・ディスコは壁で仕切られた中に作られており、まず入り口には量子コンピュータの振る舞いを歌詞にした「量子コンピュータのうた」というラップミュージックが流れていて、DJ体験への気分を高めてくれます。

量子コンピュータのうたが映像と共に流れていました

続いての「ダンスフロア」が量子コンピュータ・ディスコの心臓部。体験マシンで曲を選択してダンスフロアに流すことができます。

ドラゴンクエスト序曲や残酷な天使のテーゼといったゲーム音楽やアニメソングなどの身近な曲が用意され、表示される8曲から1曲を最終的に選ぶ操作をします。

量子コンピュータ・ディスコの体験マシン

体験マシンに「量子ゲート」というパーツをはめ込むことで、曲の選択が可能になります。量子コンピュータは1つの量子ビットに1と0の両方が存在する「量子重ね合わせ」状態を使うのが従来のコンピュータ(古典コンピュータ)との大きな違いです。

量子重ね合わせ状態の説明もありました

体験マシンでは、この量子重ね合わせを「複数の曲のミックス」として表現し、実際の量子コンピュータ同様に確率によってどの曲がフロアに流れるかが決定されるようにしました。曲ごとの確率などはディスプレイに表示されます。

混ざって聞こえている曲から1曲が確率で選ばれてダンスフロアに流れます

このマシンは結構本格的な作りになっていると感じました。というのも、実際の量子コンピュータ向けプログラミングで使うゲートが記号も含めてほぼそのまま採用されているからです。ビット反転は「Xゲート」、量子重ね合わせを作るのは「H(アダマール)ゲート」といった具合です。

現在は量子コンピュータの実機を動かせるクラウドサービスがあるので、ここで学んだ量子ゲート操作の知識をそうしたプログラミングで活かせるようにしたとのこと。ここで興味を持ったら、実機の操作にもチャレンジしてみるとより理解が深まると思います。

(参考)実機を利用できるサービスの一つ「IBM Quantum Composer」で量子プログラミングをしたところ。アカウントを作れば月に10分まで無料で使えます

さて体験マシンによる操作の実際ですが、レッスン、トライ、フリーというコースが選択できます。まずはレッスンコースのチュートリアルで基本が学べる流れになっています。

コースが選択できます

量子ビットを学ぶ前に従来のビット(古典ビット)についての解説もありました。古典ビットは3ビットで8通りが表現できますが、8つ全てのパターンを作らないと8曲を聴くことができません。また、1度に聞くことができるのは1曲に限られます。

古典ビットの練習。Xゲートを使って特定のビット列を作り、任意の1曲が選べることを学べます

そこでHゲートをはめて量子重ね合わせ状態を作ると複数の曲を同時に表現できます。3つのビットそれぞれに1つずつHゲートを置くと、それだけで8曲全てを表現できることが体験できます。この状態では8つの曲が同確率で表現されているので、曲をフロアに流す「Mボタン(観測)」を押すとランダムに1曲が選ばれます。

量子プログラミングで象徴的なのが、量子重ね合わせを行なうHゲート
全ての量子ビットにHゲートを置いたところ。8曲を同時に表現できます。このとき、出現確率は均等割になるので12.5%ずつです。確率は音量の違いとして表現されていました

さらに制御のゲートや曲の聞こえる位置を回転させる(位相回転に相当)操作などを通して目的の曲の確率を上げ、最終的にフロアに流すことができます。

例えばRゲートで回転の操作することで、ある曲の出現確率を高めるといったことができます

体験マシンは3量子ビットですが、最大15ステップまでのプログラミングが可能。今回使ったゲート以外にも色々なゲートが用意されており、習熟すればフリーコースで高度なコントロールもできるそうです。

様々なゲートが用意されていました

体験マシンは5台あり、1回の体験時間は10分。入ったところで整理券が受け取れるので発行してからトライできます。量子コンピュータは量子力学を扱うこともあって、基本的な概念の把握もなかなか難しいもの。そうした中で量子コンピュータに興味を持つきっかけとしては非常に面白い体験装置だと感じました。

国産の量子コンピュータチップを初公開

量子コンピュータ・ディスコでは体験マシン以外の展示も充実していました。「量子コンピュータがわかるショートムービー」では量子コンピュータとは何で、どういう意義があるのかを紹介しています。このムービーはYouTubeでも公開されており、先の体験マシンの解説もあるので予習として見ておくと良さそうです。

ショートムービー
量子コンピュータの振る舞いを思わせる映画やゲーム、マンガ作品の紹介も

進んで行くと、「量子コンピュータを生んだ、計算と物理の再会ものがたり」コーナーがあります。コンピュータ発展の歴史を「計算」と「物理」という切り離せないテーマの関わりで年表形式にまとめてありました。

計算と物理の2つのラインで歴史が学べます
難しい話でもありますが「ゆる解説」といったわかりやすい表現もありました

歴代の有名なコンピュータがレゴブロックで再現されているのも必見。ENIACをスタートに、時代が進むごとにコンピュータは小さくなり、パソコンの時代を迎えます。しかし、量子コンピュータの登場で、またコンピュータが巨大化した様子も感じることができるようにしているそうです。

ENIACのレゴ。引き出すと出てくる緑のブロックは視覚障害者がコンピュータのサイズや位置関係を知るための工夫です
こちらはIBMの有名な汎用機であるSystem/360。レゴによる再現はいずれも大阪大学レゴ部が担当しています
初期のパソコンのApple II。コンピュータが机に載るほどの大きさになりました

そして量子コンピュータのレゴの右上には、理化学研究所が2025年に開発した144量子ビットの「超伝導量子ビット集積回路チップ」が展示されています。このチップは国内で初めて一般公開される貴重な展示となっています。同じチップを使った量子コンピュータが今後研究に使われるそうです。

大阪大学にある量子コンピュータを再現したレゴ。よく見ると机の上に量子コンピュータの模型が。右上にはチップの実物があります

ちなみに最新技術ということで、理化学研究所の要望によりチップの撮影は禁止されています。今回はチップをアップで写さないことなどを条件に特別に撮影しています。

さらに進むと、もう少し踏み込んだ量子コンピュータの仕組みについての展示がありました。1つ目は原子を使う量子ビットの動きの説明です。原子核をまわる電子の様子を砂鉄使った模型で展示しています。

量子ビットの解説
2つの電子の軌道で量子ビットを表します。Hゲートを置くと重ね合わせ状態に変化します

2つ目は量子ビット操作の仕組み。パネルの前のレバーを操作することで映像をズームし、量子コンピュータの内部がわかるようになっていました。

レバー操作で大きな世界から量子の世界に進みます

3つ目はエラー訂正の説明です。量子コンピュータ実用化に向けての大きな課題の一つがエラー対策。どのようにエラーを訂正するのかをゲームで学べます。

エラー訂正も重要な技術と考えられています

量子コンピュータの「現在地」を表現した展示もありました。すごろくのようなパネルで、「いまここ!」という吹き出しが現在達成している部分になります。最新の論文では、1量子ビットのエラー訂正が上手くできるレベルとのことで、まだまだ実用化への道のりは長いことがわかります。

「現在地」の根拠となっている論文も置いてありました

現在地を表す吹き出しは動かせるようになっていて、研究の進歩に合わせて進めていくそうです。光合成の仕組みの計算などを経て、量子コンピュータを使うことが当たり前になるのがゴールになっていました。

エリアの最後には「量子コンピュータにコレできる? ガチャ」があります。レバーを回すと量子コンピュータにまつわる100以上のQ&Aから1つが選ばれて表示されます。多数の質問を事前に集めて回答を用意しておくことで、来館者が思うであろう疑問に答えられるようにしたそうです。

一覧も出るので質問を探すこともできます
新展示ではありませんが、量子コンピュータ・ディスコの隣にはデジタルとアナログの違いを説明する装置などもありました

世界のデータがまるわかり! 「ジオ・スコープ」が一新

今回のリニューアルに合わせて、科学データを閲覧できる装置「ジオ・スコープ」(3階)が一新されました。もともと2011年から公開されていた展示ですが、データやUIが古くなってきたことから作り替えたそうです。

ジオ・スコープ

タッチパネル式のディスプレイを使って20のテーマでデータを見ることができます。「宇宙から見た雲の動き」や「世界の地震」は毎日更新される最新のデータが反映されているそうです。

大きなディスプレイで見ることができます

今回、「世界の電力消費量」や「大気中のエアロゾルの濃度」など8つのテーマが新たに加わりました。また、「ビッグマックの価格変動」といった人間の活動に関わるテーマも新採用されています。

20のテーマが収録されています

地図に表示される複数のテーマのデータを見比べることで、関連する様々な発見もできるとのことです。例えば「雲の量と砂漠の位置には関係がありそう」などといった具合です。

世界の地震の画面。1960年からのデータを年ごとに見られます
こちらは渡り鳥の移動ルート。アニメで軌跡がわかります
ビッグマックの価格変動。日本より高騰している国も多いようです
テーマによっては地図の図法を変更できます。オーサグラフにすると、面積が重要になるテーマでより正確に認識できるようになるそうです

ジオ・スコープは5台あり、うち1台は視覚障害者でも理解できるように音の大小や高低で表現するモードも搭載されています(一般の人も体験可能)。

壮大な宇宙観測の最前線を目の当たりに

さらに5階のリニューアルで今回誕生したのが「未読の宇宙」という宇宙観測にまつわる展示です。「未読」とは未解明を表した言葉とのこと。

3階から5階へはエスカレーターもありますが、このオーバルブリッジを歩くと地球儀の「ジオ・コスモス」を近くで見られます。なお4階に展示スペースはありません
5階はロケットエンジンなどもあり、宇宙関連の展示がメインになっています

巨大な観測・実験装置を使って研究者がどのように宇宙の謎に挑んでいるのかを見ることができます。様々な装置を模型などで再現することで、研究施設を凝縮したような空間にしたそうです。

未読の宇宙の入り口

入り口には「霧箱」が置かれています。宇宙から来る粒子や自然放射線の軌跡を見ることができる比較的知られた実験装置ということで、「宇宙観測への入り口」として親しみやすいことから設置されました。

リニューアルに合わせて霧箱の窓サイズがこれまでの約4倍になり、宇宙から届くミュー粒子の軌跡がより観測しやすくなっています。

見やすくなった霧箱

内部のメインエリアには観測機器の模型が多数並んでいます。どの展示も説明を聞いたり装置を動かしたりとインタラクティブに宇宙観測の仕組みを知ることができるようになっていました。

メインエリア
多波長観測の展示
こちらはニュートリノ観測の展示
重力波観測の装置も動かすことができます
加速器の実験も体験できるようになっています
メインエリアを取り囲む360度に巨大スクリーンを設置。各種の観測結果が順番に表示されます

展示解説では、生成AIを使った3つのキャラクターと自由に語り合える仕組みも取り入れています。

ニュートリノを観測する光電子増倍管も展示されていました

量子力学100周年にふさわしい体験

新規常設展の公開に当たって、日本科学未来館 館長の浅川智恵子氏が登壇しました。

日本科学未来館 館長の浅川智恵子氏

まず量子コンピュータ・ディスコに関して、「量子コンピュータは世界中の大学や研究機関、企業が開発競争を繰り広げている次世代のコンピュータです。実現すればスーパーコンピュータではできなかった複雑な計算が可能になり社会に大きなインパクトがあると期待されています。しかし、ほとんどの方は量子コンピュータは聞いたことがあるしすごそうだけれど、なんだかよくわからないというのが本音だと思います。今回はディスコ風のDJ体験になっていますが、これは量子コンピュータのプログラミング体験そのもの。この体験が量子コンピューターへの興味を深めるきっかけになれば幸いです」と挨拶しました。

未読の宇宙については、「最先端の天文学に挑戦しました。20世紀になって、可視光だけではなく宇宙からは膨大な電磁波が届いていることがわかりました。20世紀の終わりにはニュートリノの観測で日本がリードし、さらに21世紀になって重力波の観測にも成功しました。今回の展示では宇宙からのメッセージの美しさと、それを読み解こうとする人類の英知。それでもまだわからないところがある宇宙の秘密を感じてほしい」と話しました。

量子コンピュータ・ディスコの総合監修を担当したのは、大阪大学基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏。

大阪大学基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏

「量子力学が誕生して100周年。今年は量子コンピュータを知ってもらうには非常にいい年です。私が量子コンピュータの研究を始めた頃は、100年経ってもできないと思われていました。しかし、すごくテクノロジーが進化して皆さんが使えるような時代になりました。ただ、理解するのが難しい分野でもあります。今回の体験を通じて将来量子コンピュータを作るような教え子たちが育ってくれることを目指して、展示の取り組みをさせていただきました。これから1年、2年、3年と経って、量子コンピュータがどんどん進化したねと言ってもらえるように我々研究者も頑張りたいと思います」と語りました。

未読の宇宙の総合監修を担当したのは、東京大学卓越教授の梶田隆章氏。

東京大学卓越教授の梶田隆章氏

「未来館ではこの前身の展示にも関わらせてもらい、その時はスーパーカミオカンデを紹介しました。それから約四半世紀が過ぎ、ニュートリノ研究はハイパーカミオカンデに引き継がれようとしています。また重力波の観測も300例があり、宇宙の観測で重要な役割になっています。ニュートリノや重力波の観測は光学望遠鏡や多波長観測と連携することで、より深く宇宙を捉えることが可能になってきました。こうした手法が天文学では急速に発展しています。展示では、現在どのように宇宙の謎を調べていこうとしているのかをぜひ多くの皆様に知ってもらいたいと思います」と話しました。