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ヘリコプター遊覧飛行と広告の新しい関係。アクアライン上空で体験

主要都市圏を走るタクシーでお馴染みのサイネージ広告がヘリコプターにも

主要都市圏で「GO」のロゴの付いたタクシーを利用したことがある方にはお馴染みだと思うが、後部座席から見える位置に取り付けられた「タブレット」では広告動画が配信され、移動中はずっとその画像や音声が耳目に触れ続けることになる。このタクシーにサイネージ広告「Tokyo Prime」を配信している企業がIRISだ。

同社は7月、このTokyo Primeでの運用実績をベースにした広告配信システムとサイネージ端末の選定や運用支援を各種“モビリティ関連事業者”に提供する「デジタルサイネージOEM事業」の開始を発表している。

ここでいう“モビリティ”とは、人の移動がともなう運搬事業のことだが、タクシーやバスのみならず、特定の敷地や構内で提供される移動サービス、さらには空や水上での移動など場所を問わない。このOEM事業の第1弾として「ヘリコプターサイネージ」の開始をうたっており、今回事業概要をうかがいつつ実際に体験することができたので紹介したい。

ヘリコプターの遊覧飛行で広告を体験

同事業の座組ではIRISが広告配信システムの開発や運営とサイネージ端末の供給、広告商品の企画や販売営業をテレシー、そして媒体社として活動するのがSpace Aviationとなる。

つまり従来のタクシー広告に当てはめれば、Space Aviationがタクシー会社、タブレットの供給や配信システムがIRIS、広告代理店がテレシーとなる。営業区域の決まっているタクシーと比べ、現状でヘリコプターはヘリポートの拠点間移動が中心となり営業形態が異なる。

現状で考えられる主な営業形態は、特定のヘリポートを中心とした遊覧サービス、特定拠点間の高速輸送、チャーターによる時間貸しなどだ。

今回遊覧飛行に利用したSpace Aviationの4人乗りヘリコプター

今回の事業では、2025年に開催される大阪・関西万博など、多くの人が訪れるイベントなどでの需要を見越し、ヘリコプターによる輸送需要を喚起することを視野に入れている。

今回は、夏休み企画としてIRIS従業員や家族を主な対象とした遊覧体験フライトの扱いとなっており、同時に事業の存在を広くアピールすることで広告主を募集するという狙いがある。

GOタクシーを利用する方は認識されているかと思うが、広告のほとんどはビジネスユーザーを対象としたものだ。「GO」アプリの宣伝や、「Sky」の広告がヘビーローテーションで流れていたりするが、IRIS代表取締役社長の眞井卓弥氏によれば「タクシー広告で見たということで認知度が広まり、非常に好評を得ている」という声が聞こえてきている。

ただ、遊覧飛行やチャーターによる拠点間移動など、ヘリコプターでの輸送需要はビジネスユーザーのそれとは異なる。そのため、ヘリコプターで流すTokyo Primeの広告もタクシーと同一ではなく「もう2段階くらいターゲットを引き上げて、富裕層にかかるような広告、例えば車やブランド品の紹介などを想定している」(眞井氏)という。

実際のフライトだが、今回の遊覧体験では千葉県の木更津にある「龍宮城ホテル三日月」の第2駐車場を離発着のヘリポートとし、東京湾アクアラインの海ほたるを周回する10分弱のコースとなっている。使用した機材は4人乗りのもので、筆者の回ではパイロットのほかに後部座席に2人が搭乗する形で運航され、周辺スポットをパイロットのアナウンスで紹介されながら空の旅を楽しむ形となった。

駐車場のヘリポートから離陸した直後の様子。東京湾アクアラインの海ほたるを周回する10分弱のコース
サイネージは後部座席から見える位置に取り付けられている
タブレット上で流れる広告動画。現状ではまだタクシー向けのTokyo Prime広告が流れてくるが、今後はよりターゲットをビジネス層から富裕層に絞ったものを増やしていくという
広告サイネージを搭載したヘリコプターで海ほたる周辺を遊覧する

さらにターゲットを絞った広告配信

今回の遊覧飛行を体験しての個人的な感想だが、筆者はかなり上背があり、今回遊覧に利用した4人乗りの機材だと体をやや丸める形で乗り込むため、視点がサイネージの位置よりも高い位置にあり、広告をのぞき込むのが難しかった。

またヘリコプターは上空を飛ぶためにタクシーよりも採光率が高く、画面が反射しやすい。そして遊覧という性質上、外の景色を見る時間が長くなるため、サイネージを眺める時間は相対的に減る印象だ。加えて、フライト中はヘッドフォンとインカムを装着した状態となるため、サイネージから音声を出力できない。仮にできたとしても、ヘリコプターのローター音でかき消されるため、タクシー広告であるような「画面は見なくても音だけで広告を聴く」といったことは難しい。

眞井氏によれば、タクシーとヘリコプターでの媒体としての違いは認識しており、流す広告を変えるだけでなく、情報を削ぎ落としてシンプルにターゲットに訴えるような広告作りが必要だということを認めている。

また、各人の搭乗時間にも注目しており、例えば遊覧飛行であれば回数をこなすために10分弱など短いサイクルで入れ替わりが発生するのに対し、拠点間移動であれば片道15-20分程度、チャーターのケースでは1時間半から2時間に及ぶこともあるという。通常のタクシーの平均乗車時間が15-20分程度であることを考えれば、こうした利用属性に応じた広告の出し方の違いも出てくる。

特に後者ほど富裕層に近くなるため、ターゲットそのものが変化すると考えていい。将来的にMaaS(Mobility as a Service)の一部として組み込まれると思われるヘリコプターによる空輸だが、広告配信ビジネスとの組み合わせを考えると、いろいろできることは多そうだ。

このほかタクシー広告とヘリコプター広告の違いとしては、通信環境が挙げられる。タクシー広告ではコンテンツ配信などのアップデートをオンライン経由で行なう形になっているが(GOのタクシーでは決済機能がタブレットに搭載されていることが多い)、ヘリコプターでは航空法の規定でフライト中の通信が許可されていないため、地上に降りたタイミングでアップデートを行なう必要がある。

それ以外のハードウェアとしての条件は両者に違いはないが、眞井氏によれば「バッテリを取り外すカスタマイズを行なっている」という通常の市販のタブレットとは異なるものを採用している。理由としては、タクシーやヘリコプターともに夏場は車内が非常に高温になることでバッテリがすぐに膨張して故障を誘発するため、外部電源供給方式を採用しているという。ヘリコプターであればシガーソケットかUSBのいずれかが利用できることが多いため、それを利用する形となっている。

こちらはより大型の5人乗りのヘリコプター内部。機内持ち込み用のスーツケースなども搭載できるため、旅行者の拠点間輸送にも利用できる
5人乗りヘリコプターでのサイネージの取り付け位置。機材によってシガーソケットまたはUSBのいずれかで電源を取得可能

“モビリティ”と広告配信の仕組みは非常に相性がいい。移動の間はその人物を特定の場所に固定しておけるため、広告閲覧機会が増えるからだ。電車や路線バスは沿線利用者を対象にしたある程度のマス広告にならざるを得ないが、タクシーや今回のヘリコプターなど個人や数人程度の限られたグループ輸送に特化するのであれば、さらにターゲティングが容易になる。潜在的な適用範囲も広く、今後移動手段が多様化していくなかで、さまざまな試みが進められることになりそうだ。

Space Aviation代表取締役CEOの保田晃宏氏(左)とIRIS代表取締役社長の眞井卓弥氏(右)。なお、眞井氏は「GO」を運営するMobility Technologiesの執行役員でもある