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「レベル4」解禁で変わる自動運転 ソフトバンク「BOLDLY」が目指すもの

2023年4月から道路交通法が改正され、「レベル4」の公道での自動運転が解禁された。「レベル4」とは「特定自動運行計画」を事前に都道府県公安委員会に提出した上で「特定自動運行の許可を受けた者(特定自動運行主任者)」による遠隔監視など一定の条件を満たせば、車内に運転手を必要としない自動運転のことだ。「レベル3」では何か不測の事態が起きた場合には人間が対応するが、「レベル4」では緊急時対応もシステムが行なう。つまり運転主体が人間からシステムになる。特定の走行環境条件(ODD:Operational Design Domain)と言われる。自動運行装置の使用条件のこと)の下ではあるが、その環境下では、いわゆる「完全自動運転」が可能になる。

「レベル4」が可能になれば、従来の「レベル2」や「レベル3」と異なり運転をシステム任せにできる。価値はそれだけにとどまらない。自動車は簡単にいうと「横に動くエレベーター」として活用度がさらに高まる他、一人で複数車両を遠隔監視できれば人件費を抑えることもできる。よって、人手不足に悩む巡回バスなどに自動運転を適用することも可能だ。

一人が複数台を同時監視できることがレベル4のメリット

しかし、全国各地約130カ所で自動運転バスの実証実験を続けてきたソフトバンクの子会社・BOLDLY(ボードリー)の代表取締役社長 兼 CEOの佐治友基氏は「人件費削減だけがレベル4の価値ではない」と語る。将来的にはそれも可能だが、まずは「公共交通の担い手を集めやすくなる」メリットのほうが大きいという。

BOLDLY 代表取締役社長 兼 CEO 佐治友基氏

BOLDLYによる自動運転の定常運行

「HANEDA INNOVATION CITY」で自動運転バスを定常運行中

BOLDLYと鹿島は、羽田みらい開発などと共同で羽田空港に隣接した大規模複合施設「HANEDA INNOVATION CITY」で自律走行バス「NAVYA ARMA (ナビヤ アルマ)」(フランス・Navya製)の定常運行を2020年9月から開始。BOLDLYの自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher(ディスパッチャー)」を使って自動運転車両の運行を遠隔地で管理・監視している。

2021年12月以降は、「HANEDA INNOVATION CITY」と羽田空港第3ターミナル間の公道で自動運転の実証実験を計5回行ない実績を重ね、将来的には別のターミナルへの延伸を含む本格運用を目指している。

「HANEDA INNOVATION CITY」で運用中の自動運転バス。車両はNavyaの「NAVYA ARMA」

バスは3DマップとGPS、センサーを使って決められたルートを自動走行し、バス停で停止している。横切る車両や人を発見した場合は警告音を発しながら停止する。自動運転レベル4の対応として、救急車のサイレン音を把握して安全に停止する機能も開発したという。

接近してくる車両をセンサーで検知して自動的に停止

ルートのうち一部区間は建屋のなかで、GPSは届かない。そこでは3DマップとLiDAR(レーザーセンサー)のみを使って走行する。取材で訪問したときは一部分が工事中だった。このような環境の一時的な変化によって3Dマップとの一致度が低くなった場合、特に大幅な変化があった場合は走行できなくなるので手動で走行する。「NAVYA ARMA」は数年前に発売された車体だが融通が効くハードウェアで、走行中にも手動と自動運転を滑らかに切り替えられる。

GPSが使えない屋内でも3Dマップで走行可能
LiDARで周囲の状況をセンシング
3Dマップと一致しない場所では手動で走行
手動走行に用いるゲームパッド

車内の様子はカメラが設置され、遠隔地から車内の様子を把握することが可能。音声も聞くことができる。この運行を管理するシステムがBOLDLY独自の「Dispatcher」で、様々なメーカーの自動運転車両を接続することができる。「これまでに29種類の車両を接続してきた」という。走行ログは全て記録され、たとえば走行中のアラートや道が狭くて対向車とすれ違う時には手動運転が必要だったなど、走行程度によるヒートマップ表示も可能だ。各地の運行の様子を1台のパソコンから見ることもできる。佐治氏はBOLDLYが2020年11月から自動運転バスを定常運行している茨城県境町で走行中のバス内のリアルタイムの様子を見せてくれた。

茨城県境町を走行中の自動運転バス車内の様子
走行中のアラートによるヒートマップ表示

自動運転開始から終了までシステムが実行するのが「レベル4」だ。行先の指定や発車の「指示」は人が行なうが、それは「運転」ではなく、タクシー運転手への「指示」と同様の行為とみなされる。つまりステアリングを切ったりブレーキやアクセルなどの運転操作は人は行なわない。

そうなると何が良いのか。まず「人手を集めやすくなる」。運転はしないにしても、人は従事しなければならない。だが免許が必須ではなくなる。運用箇所が増えれば増えるほどこの効果は大きくなる。当然、人件費も浮く。

「レベル4」が「毛細血管」の末端路線を支える

2025年までは自動運転バス黎明期、本格普及期は2030年以降と考えられる。前述のように「レベル4」の価値は人件費削減だけではないというのがBOLDLYの佐治友基氏の見解だ。実際に完全自動運転が可能になればどんな世界が開けるのか。自動運転が拓く未来像について話を伺った。

「バス会社からすれば、ドル箱路線は人が乗っていたほうがいいんです。そのほうが臨機応変な対応もできますので。バスには色んな人が乗ってくるので急病人も出るし、酔っ払いが車内を汚すこともありえます。自動運転はむしろ毛細血管、ラストワンマイルのようなところ、運転手が乗るまでもないような路線で使われるものです」。交通事業者からすれば人件費を浮かせるよりも、既に現状として、自治体から維持を頼まれているコミュニティバスや末端路線を人手不足からカバーしきれていない申し訳なさがあるのだと佐治氏は語る。

毛細血管を維持することで末端を切り離さないようにすることが、身体の中心部分を維持するための第一歩だ。1970年代の乗合バス旅客輸送量は年間約100億人だった。今はおよそ42億人くらいに減っているが、高齢者の免許返納や若者が免許を取らないことからバスのニーズ自体はむしろ高くなっているという。

「自動運転が当たり前になってくると、人件費を下げることよりも、むしろ『1人で1台運転するよりは遠隔監視者になって1人で3台くらいマネジメントしてくれ』となります。そうするとドライバー1人当たりの生産性があがって給料も上がる。走らせる便数も増えるのでバス会社の収益も上がる。自治体の人たちにも喜ばれる。住民は便利だからバスに乗るようになる。そうすると運賃収入だけではなく周りの商業施設での売上波及効果も上がる」

つまり「現状は交通需要に応えられてない。バス会社を本来の儲けに戻していくことが必要」というわけだ。「バスはシェアでもあり、サービスでもある。需要は伸びています。ですが人手不足、ドライバー不足で応えられていない。そこに自動運転がハマる。自動化技術においては既存の職が奪われるのではという声もありますが、実際には、日本バス協会はじめ『はやく作ってくれ』と言われている状況です」。

全国で共同遠隔監視

「レベル4」になると、1人が複数台を見ることで生産性を上げることができる。それだけではなく、営業所同士、地域間、事業者間が連携することで1地域だけでは維持できないものであっても「全国で共同遠隔監視もできる」と佐治氏は語る。「ピークレートの管理も共同でリスク分散できる。相互に見守ることができるのがレベル4のメリット」だという。

レベル4のメリットの一つに、人材募集がある。現在自動運転バスを運行している地域で運転手の役割を担っているオペレーターは、バス会社で通常集まる平均年齢層に比べると若い。8割が40代以下で、女性比率も4倍。つまり「バス会社が若い人や女性が集めやすいのが自動運転」というわけだ。「これまで地域の交通に興味を持ってなかった層が公共交通に興味を持ってくれる」ようになる効果もあるという。

自動運転バスオペレーターには若い人たちが集まる

公共交通の担い手を集めやすくなるだけではない。自動運転が可能になると人材に求められるスキルも変化する。運転技術は不要で、「親切丁寧な人柄や、英語で観光案内ができる人たちなど、求められるスキルセットが変わる。つまり新しい風が吹くようになる」という。

多様な業界出身者がバスに関わるように

「レベル4」が可能になったからといって、人が不要になるわけではないのだ。たとえば、2020年から定常運行を行なっている茨城県境町の事例を通して、地域の人たちからは車内の人の目はやはり重要だということもわかってきている。

「お年寄りだけ、子供たちだけでバスを利用するのは危険だと。しかし地域の大人の目があるから子供たちだけでも安心感を持ってもらっている。自動運転バスは『横に動くエレベーター』なんですけど、エレベーターと違ってどこに行っちゃうかわからない不安感がある。実際に最初は『不気味だから乗らない』という人もいました。そこで敢えて『車内添乗員がお手伝いします。地域の世話をします。人がいるんです』と強調しました。今はいわば『エレベーターガールがいた時代』なんです」

ドライバー不要の「レベル4」になっても人の役割は重要

自動運転で「運賃脱却」

自動運転によるコストダウンは「まだ先の話」だという

その先には無人化によるドライバー人件費、運行コスト削減もある。佐治氏は「実現は可能」と語る一方で「でも、バス会社はコスト削減を目的としていない。我々もそもそも、公共交通の予算を圧縮したくてやってるわけではない。むしろ、彼らが本来得られる利益を儲けてほしいと思っている」と何度も強調した。

「バスのビジネスモデルは運賃脱却の時代が来ている」という。地域ごとに人口規模や状況、維持したい路線は異なる。割くべき公共交通の予算の考え方も違う。しかし現在はそもそも必要な予算をかけることができておらず、運賃収入だけでは不足し「赤字路線はよくない」ということで結果的に減便、やがて廃線へと繋がっている。自治体からの補填もあるが、騙し騙しやりくりしているに過ぎない。

だから考え方を変えるべきなのだという。末端路線を自動運転で維持できるようになれば、路線数や便数を維持・向上させ、全体の利便性を上げられる。その結果、中心部の路線でも、バスがより使われるようになる。それが佐治氏らの思い描く世界だ。

しかし、いきなりそこへは行けない。だからまずは、予算とイノベーティブな考え方を持つ自治体で自動運転が維持できるモデルを構築する。それがうまく回るようになれば、アーリーアダプター的な自治体も後に続く。そうすることで徐々に、2030年までに100地域まで普及させていきたい――。そう考えているという。

ちなみに、BOLDLYの協力の下、自動運転バス3台を走らせている茨城県境町では累計16,000人以上が利用している。コストは5年で5.2億円。いっぽう、経済効果については自治体は13億円と計算している。移動総量を増やすため運賃は0円だが、他の自治体や企業などの視察は1便につき10万円とっており、年に10回で130万円となる。仮に運賃100円取っていたとすると、1.3万人から集めたのと同じことになる。ちなみに境町の人口は約2万4,000人だ。これはもちろん、いわゆる「ファーストペンギン」効果の側面が大きいが、実際にこのような効果はある。

茨城県境町でのケース。予算の半分は地元産業にもなる

問題は人口も減少し、予算も持っていない多くの自治体だ。まずは「公共交通にお金をいくらかける必要があるのか」という視点を持って、かけるべき予算は割くと考えて予算を組まないといけないという。こういった議論や考え方の転換は国土交通省や財務省でも起きている(詳細は「アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」を参照)。

今後、バス業界全体でも大きな業界再編が起こるかもしれない。経営側がどうなるにしても、各地域にバス営業所が置かれて運行する体制は変わらない。どんな技術を導入しようが、すぐに全ての赤字路線が黒字になるわけではない。効率化し、筋肉質な体質にする必要がある。

多くのパートナー企業や事業者と連携して自動運転バス運行体制を構築している

自動運転について考えることは、少子高齢化がさらに進む日本で、交通インフラをどのように社会全体で維持するのかという話そのものなのだ。関連省庁でも考え方は徐々に変わりつつあるという。佐治氏は「ようやく、こういう話ができるようになってきた」と苦笑した。5年前は多くの人に理解されず、耳を傾けてくれなかったそうだ。

自動運転はまずバスから始まる

2030年までに自動運転バス1万台の普及を目指す

全国路線バス6万台のうち2030年までに1万台の普及を目指す

今後、路線バス6万台のうち、1万台を自動運転バスに置き換えて、運行不能になりつつある末端路線を維持していきたいというのが佐治氏の考えだ。2023年のCESでもドイツZFが自動運転バスを今後数年間で数千台規模で供給すると発表したが、BOLDLYでも数年後にはメーカーから数百台を供給してもらう体制づくりを進めているという。今回の法改正により、一定の使用条件のなかで用いることが明記され、自動車メーカーのリスクはそのぶん下がった。クルマ自体に問題ないのに何かあったら運行管理者の責任だというわけだ。

いっぽう中国では既にBYD製など多くのEVバスが走行中だ。今後、どのくらいの期間でどうメンテナンスしていかなければならないのかが実際にわかるようになる。それらを睨みながら経済合理性を探る。

BOLDLYの運行管理ソフトウェア「Dispatcher」は、API接続か車載器を載せることで、多くのメーカーの自動運転車に対応できる。これは独立系ITベンダーでないと作れないという。「自動運転時代は常に最新の機能が使えることが重要です。自社システムを保有することがメリットではないんですね。メーカーではないからプラットフォーマーを目指せるんです」。