トピック

バス運転手不足の現在と未来 自動運転やAT限定大型二種新設で変わる?

2020年初頭から感染が拡大した新型コロナウイルスは、バス業界にも大きな影響を及ぼしました。それまで右肩上がりで増え続けていた訪日外国人観光客は消失。国内旅行客も減少しました。観光需要がなくなったことで、観光バスは危機に瀕しました。2023年になって、ようやく復調の兆しが見えてきました。

そのほか、バス業界は自動運転という最新技術の波にも直面しています。自動運転の活用を模索するバス会社も多い中、バス運転手はどうなるのでしょうか?

2014年に国内初のバス運転手専門の求人サイト「バスドライバーnavi(どらなび)」を立ち上げたリッツMCの中嶋美恵社長に激変するバス業界の今後について聞きました。

リッツMC 中嶋美恵社長

高速バスや観光バスは運転手にとって花形

――「どらなび」では、バス運転手の職種形態を「路線バス」「高速バス」「観光バス」「送迎バス」「リムジンバス」の5つのカテゴリーに分けています。一般の人から見ると同じバス運転手ですが、どういった違いがあるのでしょうか?

中嶋氏:同じバスの運転手でも形態ごとに仕事の量・質・やりがいが違いますし、それぞれに向き不向きもあります。ただ、バス会社によっては明確な区分がない場合もあります。働き方もさることながら給料システムも違いますので、一口にバスの運転手になりたいと言っても、どれになりたいのか?ということから考えてもらいたいです。

求人は、たくさん応募があればいいというものではありません。重要なことはマッチングです。仕事を探すとき、まず給料がいくらとか、自宅から通勤しやすいといった条件面が重要視されますが、自分が思っていた業務内容であるかどうかも実は肝心な要素です。

自分がやりたいと思っている仕事なのか。さらに、自分に合っていて、やりがいを感じられるのかを見極める必要があります。また、勤務形態によって生活リズムが大きく変わります。自分の生活スタイルや、時には生活をともにする家族にも影響します。

そこがマッチしていないと、仕事を続けようという覚悟ができず、せっかく採用に至っても長続きしません。事前にご自身が希望している職種形態の働き方や条件面をご確認頂くことをお勧めします。

どらナビに掲載されているカテゴリーごとの仕事の特徴紹介の一部

――近年、高速バスで事故が目立ちました。高速バス運転手の求人に影響は出ていますでしょうか?

中嶋氏:特に高速バスの運転手への応募が減少しているという傾向は見られません。バス運転手に必要な大型二種免許は、運転免許の中でも最高峰に位置付けられています。いつか大型二種免許を取得し、バス運転手になって活躍したい!という方はたくさんいらっしゃいます。

高速バスや観光バスの運転手は、路線バスでキャリアを積んでからキャリアアップする方も多いです。ですので、バス運転手になりたいと考えている人にとって、長距離・高速道路を走る高速バスや観光バスは花形ともいえます。

バス会社のなかには、路線バスの経験が10年ないと高速バスの運転手にはなれないという規則を設けている会社もあります。そのほか、事故率が低いとか無違反じゃないと高速バスの運転手になれないという会社もあります。運転技術だけではなく、接客対応やお客様の声を加味する会社もあります。

――コロナ禍で需要が大幅に減少した高速バスは花形だったのですね。高速バスは大きく分けて昼行便と夜行便がありますが違いはあるのでしょうか?

中嶋氏:高速バスはコロナ前、国内需要はもちろん訪日外国人観光客の需要なども重なり、便数が伸びていました。一般的に高速バスというと夜行のイメージが濃いかと思いますが、運行本数は昼行便9に対して夜行便1という割合です。夜行は長距離路線、昼行は短距離または長距離路線です。

高速バスの運転手がしたいという方も多いので、便数が激減してしまったコロナ禍でも応募者は一定数を保っていました。高速バスの運転手の仕事をしていると、乗客から「運転手さん、運転、上手だね!」「乗車中ぐっすり寝られたよ」と言われることがあります。これは最高の褒め言葉です。このような言葉をかけられることに、やりがいを感じるそうです。

多くの高速バスが発着するバスタ新宿

――路線バスなどでは女性運転手もちらほら見られるようになりましたが、高速バス・観光バスで女性運転手は少ないように思えます。何か理由があるのでしょうか?

中嶋氏:女性がバス運転手に応募される際、どうしてバス運転手になろうと思ったのかその理由をお聞きすると、「女性バス運転手がバスを運転しているのを見てカッコいいな、私もバスを運転したいなと思ったので」という方がとても多いです。つまり、住まいや職場など身近で走っている路線バスへ応募する方が自然と多くなるということです。

路線バスを運転しているうちに高速バスや観光バスにステップアップする方もいらっしゃいますし、最初から高速バスや観光バスに憧れて応募される方もいらっしゃいます。近年、女性のバス運転手への応募者は微増ではありますが、確実に増えてきています。

路線バスはコロナ禍以前から運転手不足

――高速バス・観光バスはコロナ禍で需要が減少しました。現在、回復基調にありますが、高速バス・観光バスの運転手を取り巻く状況を教えてください。

中嶋氏:コロナ禍で観光需要は9割の減少が見られました。それに伴い観光バスや高速バスの需要も減少しました。経営が厳しかったバス会社は希望退職を募ったようですが、雇用調整金や自宅待機による給料減額といった措置を講じて凌いだ会社もあります。

コロナで運転手がそのまま離職してしまうケースも多く、いまだ運転手の数は元に戻っていません。現にゴールデンウィークから需要の回復が顕著に現れ、早くも運転手不足の兆しが出ているのです。

一方、路線バスはコロナ禍以前から運転手不足に陥っていました。そのため、路線バス・観光バス・リムジンバスといった具合に幅広い事業をしているバス会社は、観光・高速バスの運転手を路線バスへと配置換えしてコロナ禍を乗り切りました。

観光・高速の需要も回復基調にあるので、観光・高速バスの運転手は元の部署に戻りました。そのため、路線バスの運転手が再び不足する事態が生じています。

路線バスの運転手が再び不足している

――コロナ禍はバス業界にとって大変な事態だったのですね……。

中嶋氏:コロナ禍は、バスに乗客が乗れないというバス会社にとって非常に苦しい状況でした。しかし、逆にコロナ禍でも需要が堅調だったバスもあります。それが、送迎バスです。

送迎バスというのは、企業が工場などで働く労働者を出退勤の便宜を図るために運行したり、患者や生徒・学生のために駅から病院・学校まで運行しているバスを言います。特に、工場や倉庫は公共交通網が整備されていない場所にあるので、製造業にとって送迎バスは欠かせません。

さらに、コロナ禍ではネット通販の利用者が増えました。それに伴って、物流倉庫で商品の配送作業に従事する人も増えたわけですが、物流倉庫は港などに立地しているケースが多く、企業は送迎バスを用立てています。そうした工場や倉庫への送迎バス需要は、むしろコロナ禍で増えたのです。

――大型二種免許を持っていないとバス運転手はできません。大型二種免許なしでもバス運転手になりたいと考える人はどうしたらいいでしょうか?

中嶋氏:大型二種免許をお持ちでない方がバス運転手になるには、ご自身で大型二種免許を取得してからバス会社に応募するか、養成制度と呼ばれる大型二種免許を取得させてくれる制度を持つバス会社に応募するかのどちらかです。近年では養成制度を用意しているバス会社が増加しています。バス会社により、養成制度の内容が違いますので、詳細はご確認いただくくようお願いいたします。

また、大型一種でも可という求人を出している会社もあります。それが先ほど触れた送迎バスです。物流会社の倉庫や製造業の大工場などは駅から遠く離れた場所にあります。そうした倉庫や工場まで従業員を輸送するバスは、営業用ではないので白ナンバーの大型バスです。白ナンバーのバスは大型一種でも運転できます。また、ミニバスのようなバスも、一部で運転できる場合があります。

大型二種免許をもっていない場合は、自身で取得するか、養成制度を活用する必要がある

将来、自動運転によりバス運転手は不要になるのか?

――二種免許が不要のバス運転手の話が出ました。一方、最近は自動運転の技術が向上しています。実際、バス会社も無人運転バスの実証実験を始めています。将来的なことを考えると、バス運転手には二種どころか自動車免許すら不要になるのでしょうか?

中嶋氏:自動運転の技術は、その段階においてレベル1から5まであり、自動運転の技術が世に出た頃は5年から10年でレベル5にまで一気に達し、世間にもレベル5の自動運転車が普及すると言われたことがありました。しかし、大学教授や研究者といった有識者から話を聞きますと、そう簡単ではないようです。

仮に、自動運転の技術が今後も進化を続けていっても、バスという公共交通において運転席に誰も乗務しない状態、つまり無人のバスが運行できるのか?と問われれば、NOと言わざるを得ません。

例えば、航空機はオートパイロット機能がついています。それでも操縦席にはパイロットがいるわけで、航空機が無人で運航されているわけではありません。万が一の事態に備え、乗客の安全を確保する目的も含めてパイロットが乗務しているわけです。

自動運転のバスも同じです。遠隔で運行を監視する指令員を配置したとしても、緊急時にすぐに現場に駆けつけられるわけではありません。そうなると、やはり運転席に乗務員がいる必要があります。

現行の大型二種免許はMT車しかなく、AT車限定免許はありません。自動運転技術が向上するにしたがって大型二種のAT限定免許が新設される可能性があり、すでに政府でも議論が始まっています。大型二種のAT限定免許が新設されれば、運転手への門戸が広がりますから、運転手の採用状況にも変化が出てくるでしょう。

今後、さらに自動運転技術が向上していくことで、大型二種の自動運転限定みたいな免許ができるかもしれません。そうした免許が新設される事で運転手本来の仕事は変化しますし、もしかしたら運転手という呼び名も変わるかもしれません。それでも、運転手そのものが不要になるわけではないと考えています。

バス運転手は、単にお客様を目的地までお連れするだけの仕事ではなく、地域の重要な足であり、観光立国日本の立役者であり、災害時や緊急時になくてはならない交通インフラであり、決して大げさではなく、日本を支える仕事であると思っております。

――バス会社で働く、運転手以外の職種はどのような状況でしょうか?

中嶋氏:不足しているのは運転手ばかりではありません。整備士や運行管理者、そしてバスガイドも不足しています。そのため、多くのバス会社から「どらなびで、整備士・運行管理者・バスガイドの求人も扱ってほしい」というリクエストをいただきます。整備士と運行管理者は、少しずつ窓口を設けていますが、バスガイドまでは手が回っていません。

どらなびは、特に人材不足になっているバス運転手の採用に特化した、求人をネットで探すことができるサイトとしてスタートしました。ネットは情報を手軽に、迅速に、そして大量に得られます。一方で、それだけでは実際にどんなバス会社なのか十分に知ることはできません。

就職・転職というのは人生において大きなライフイベントです。本人のみならず家族にも影響がありますし、その方の人生の方向が大きく変わります。ですから、実際に担当者に会って話を聞きたい、色々と確認したいと考える人は多いです。

どらなびとしては、毎年春と秋に開催しているバス会社の採用担当者と運転手を希望する人とのマッチングをするイベント「どらなびEXPO」で、そういったニーズに応えられればと考えています。

中嶋美恵
1969年、兵庫県神戸市生まれ。近畿大学卒業後、株式会社伊藤園に入社。1998年にリクルートに転職し、2005年からは楽天トラベルで楽天バスサービスの立ち上げに参画。2011年、リッツMCを起業し、医療・介護業界に特化した人材採用支援サービス事業を立ち上げる。それまでの医療・介護業界に特化した人材採用支援サービス事業を2014年に閉鎖し、バス業界に特化した求人サイト「バスドライバーnavi」をスタート。2017年からは、一般社団法人女性バス運転手協会代表理事も務める。そのほか、国土交通省の自動車運送事業のホワイト経営の「見える化」検討会委員や高知県運輸業女性活躍推進実行委員会アドバイザーなどの公職も歴任。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。