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バス運転手が不足 問題解決のカギは新卒と女性

バス業界にも高齢化の波が押し寄せています。とりわけ深刻になっているのが、高齢化に伴う運転手不足です。しかし、不足した運転手を補うために求人を出しても、「応募がない」と採用担当者は頭を抱えるほどの問題になっています。

他方、バス運転手になりたいと考えている人も少なくありません。そうしたミスマッチを解消するべく、2014年に国内初のバス運転手専門の求人サイト「バスドライバーnavi」(通称:どらなび)を立ち上げたのが、リッツMCの中嶋美恵社長です。中嶋社長に、「どらなび」を立ち上げた背景や経緯、そしてバス業界の現状などを聞きました。

リッツMC 中嶋美恵社長

2010年頃は運転手不足はなかったバス業界

――まず、バス運転手を巡る求人の状況から説明をお願いします。

中嶋氏:「どらなび」を立ち上げたのは、9年前の2014年7月です。意外に思われるかもしれませんが、バス業界は2010年頃まで運転手の求人で困るような状況にはありませんでした。

なぜなら、バスの運転手は中高年の間では花形の職種だったからです。欠員が出ても自社HPや車内広告を出せますし、親会社が鉄道を運行していれば駅などにも求人広告を出せます。バス会社は、とにかく人がよく目にするところに求人を出せるという強みがありました。そのうえ花形の職種ですから、募集を出してもすぐに応募があり、バスの運転手は買い手市場でした。

ところが、2013年末から2014年にかけて状況が変化します。運転手不足が急速に進んだのです。その背景には、運転手のボリュームゾーンを担っていた団塊の世代が一斉に退職してしまったことが考えられます。

そこで運転手を補充するべく募集をかけたのですが、これまでのように応募がありませんでした。また、応募があっても条件が合わずに採用できなかったり、採用できてもすぐに辞めてしまう方が多い。とにかく、担当者が口を揃えるのは応募が極端に減少したということです。

公共交通機関であるバスの運転手不足を解消することは非常に急務であり、なんとか力になりたいと思い、2014年に「どらなび」を立ち上げました。

どらなびトップページ

――中嶋さんのキャリアを拝見いたしますと、バス会社で勤務していた経歴はありません。どういった経緯から、バス運転手専門の求人サイトを立ち上げることになったのでしょうか?

中嶋氏:私はバスマニアでもなく、関連会社も含めバス会社に勤めた経験もありません。それまでバス業界とは無縁な人生を送ってきました。バス運転手の求人サイトを立ち上げたのは知り合いから「バス会社が運転手を採用できず困っている」と声をかけられたことがきっかけです。なぜ、バス会社の経験がない私に、バス会社の人が声をかけたのか? それは私の経歴にあります。

私は大学を卒業後、伊藤園に勤務しました。その後、リクルートへ転職します。リクルートでは人材系の営業をして採用のノウハウを積みました。7年後、今度は楽天トラベルへ転職します。

楽天には6年間勤務しましたが、最初の2年間はバスサービスという事業に携わりました。この事業では、主にネットで高速バスの予約ができるサイトの運営を手掛けます。ここでバス業界とのご縁ができます。

バス事業を離れた後も楽天には4年ほど在籍して、その後に独立するわけですが、当初はバス関連の仕事をしていませんでした。

ある日、「バス業界は人手不足で困っている。特にドライバーが集まらない。何とかならないだろうか?」と相談を持ち掛けられました。

どこのバス会社にも、人事を長く担当されているベテラン職員はいますが、自分の会社のことはわかっても他社の事情までは把握していません。そのため、他社がどんな採用活動をしているのか? 人事制度や社員の待遇はどうなっているのか? といったことがわからないのです。

他方で、リクルートやマイナビといった就職や転職を専門的に扱っている会社に長らく勤めていた採用のプロもいますが、バス業界の独特の事情や慣習を把握していません。

――どの業界でも人手不足が深刻化している昨今、とにかく求人を出せば人が集まるという時代は終わったということですね?

中嶋氏:最近の求人媒体は、専門性が強くなっています。飲食専門やアパレル関連専門などは目にする機会も多いと思います。コアな分野ではトリマー専門の求人サイトなどもあります。

私はバス専門の求人サイト「どらなび」を立ち上げる前に、紙・Webを問わずにバスの求人広告が載っている媒体を徹底的に調べましたが、バス運転手の求人を専門的に扱っているものはありませんでした。

大手の求人媒体を見ても、バスの運転手の求人広告は多くても5社ほどでした。こうした求人の状況ですと、バスの運転手になりたいと考えている人は「バスの運転手を募集しているのは○○社しかないから、仕方なく受けている」という状態になります。採用するバス会社にとっても「人が足りないから、とりあえず応募してきた人を採用しよう」という考え方をします。それがミスマッチを起こす原因につながります。

ミスマッチのまま採用しても、とりあえず運転手を確保できますが、すぐに離職してしまうのです。

年々減っている大型2種免許保持者

――バス運転手が不足しているのは、バスの需要が増えているからなのか、それとも定年退職などで運転手が減っていることが理由なのか、どちらでしょうか?

中嶋氏:要因としては両者ともあると思いますが、後者の運転手が定年などで辞めてしまっている一方で、新卒・中途ともに採用できていないケースが多いと受け止めています。やはり、バス運転手の課題には高齢化の問題があります。

バスの運転手は大型2種免許を持っている必要がありますが、保持者は年を経るごとに減っています。私がどらなびを始めた2014年は、大型2種免許を持っている人は全国に約100万人以上いました。しかし、現在は80万人まで減っています。しかも、持っているドライバーの6割が60歳以上です。20代30代で大型2種を持っているのは全体の5%に過ぎません。

警察庁 運転免許統計のデータをグラフ化

――大型2種免許保有者が、そこまで高齢化している理由は何でしょうか?

中嶋氏:そもそも若者が自動車免許を取らなくなっていることが大きな理由です。かつては、18歳になると同時に自動車学校に通うことは一般的で、ペーパードライバーも少なかったです。ところが、今は18歳になっても自動車教習所へ通わないという方も多くいます。また、免許を取ってもペーパードライバーもしくはAT車限定免許という人が増えています。

東京や大阪といった都市部では、鉄道やバスなどの公共交通機関が発達しています。そのため、自分で自動車を運転しなくても生活に支障をきたすことはありません。そうした複合的な要因が重なり、自動車の運転という行為が日常生活に組み込まれないのです。

日常的に自動車の運転をしていないと、職業として自動車を運転するイメージが沸きづらいようです。それが運転手という職業になりたいと考える若者が減っている要因にもつながっています。

以前にトヨタが自社製品の自動車のCMを流すのではなく、「免許を取ろう」というCMを流したことがありました。少子化により、今後は運転手の絶対数は減るわけですが、それ以上に若者は自動車を運転しないようになっていますし、免許を必要と考える人が減っています。だから、当然ながら若者を採用できないのです。

加えて、業界の慣習も大きく影響しています。バスの運転手は、これまで中途採用をメインにしてきました。新卒採用をしていない会社ばかりだったので、20代の若い運転手を採用する習慣がありません。業界の体質を変えていくためにも、私は新卒採用や第二新卒採用をどんどんやりましょう!と呼びかけています。

どらなびでもバス運転手への就職に関する特集を組んでいる

課題解決には女性にバス運転手になってもらうことが必要

――少子化で若者の数が減っています。新卒採用・第二新卒採用のほかにも人事面で取り組まなければならない課題はありますか?

中嶋氏:それは女性の採用です。これまでの経緯を見ると、バス会社は男性をメインに採用してきました。それなので、業界全体で女性は圧倒的に少ないのです。私がどらなびを始めた9年前は、女性比率が1.4%でした。こうした環境ですと、女性にバスのドライバーになりませんか?と呼びかけても反応が鈍いんです。

女性バス運転手の採用活性化や環境改善などに取り組む女性バス運転手協会を2017年に立ち上げ、ようやく活動が6年目に入りました。私が代表理事を務めている同協会の目的は、バス運転手の女性比率を高めることです。

それらの取り組みの成果もあり、最新のデータでは2.2%まで上がっています。これはバス業界が女性に運転手という職種を選んでもらおうと努力した結果で、一歩前進といえます。

――バス会社も、女性運転手の求人を出しても応募がないのではないか?と最初から諦めているように感じます。

中嶋氏:求人票などには明記されていませんが、女性を採用しないというバス会社があったのは事実です。それは男性の運転技術が優れているからという理由ではありません。これまで運転手は男の世界で、トイレやロッカールームは男性用しかない営業所があったからです。

バス会社は7割が赤字と言われており、老朽化したトイレやロッカールームを更新せずに使い続けていた会社も少なくありません。また、女性用のトイレやロッカールームを新設する財源的な余裕はありません。そうした経済的な事情から、女性の採用が進みませんでした。

確かに、女性用の設備をすべて造るのはお金がかかります。しかし、私はせめてトイレだけでも整備できれば女性運転手は増えていくと思います。トイレを男性用・女性用と区別することは、労働安全衛生法にも定められています。トイレを男女別にすることは、女性運転手を採用する上での最低限のラインです。

――採用側にも女性運転手を採用できない事情があったわけですが、女性も応募前から尻込みしてしまうという事情はありませんか?

中嶋氏:バスの運転手になりたいと考えている女性は少なからずいます。実際、女性から女性バス運転手協会に電話がかかってきて「女性でもバスの運転手になれるのでしょうか? 積極的に採用している会社を教えてくれますか?」という問い合わせをいただくこともあります。

また、女性からバス運転手を敬遠してしまう風潮があることも事実です。それは、これまでバス運転手の多くが男性だったからです。

私が多くのバス会社からヒアリングした経験に基づく実感では、同じ営業所に女性運転手が5人以上在籍していると、求人に「女性歓迎」「女性優遇」といった文言を入れなくても自然に女性が応募してくるようになります。

――女性運転手が増えることで、男性運転手にもメリットはあるのでしょうか?

中嶋氏:私が女性運転手の採用を積極的に推奨している理由は、いくつかあります。その中でも、大きな理由が人口の半分は女性という点です。女性も活躍できる仕事ということを広めることで、担い手が見つかる可能性が倍になります。

さらに、2024年4月には自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)の改正が施行されます。これにより、バス運転手の時間外労働などの基準が大きく変わります。

それを目前に控え、バス会社は早急に運転手の数を増やす準備をしなければなりません。つまり、今から求人をかけなければならず、運転手の数を増やすためには、女性運転手の採用は避けて通れません。

男性運転手の立場で考えると、これらは働き方改革といった労働環境の改善になるわけです。それは男性運転手にとってもメリットがあることだと思います。

中嶋美恵
1969年、兵庫県神戸市生まれ。近畿大学卒業後、伊藤園に入社。1998年にリクルートに転職し、2005年からは楽天トラベルで楽天バスサービスの立ち上げに参画。2011年、リッツMCを起業し、医療・介護業界に特化した人材採用支援サービス事業を立ち上げる。それまでの医療・介護業界に特化した人材採用支援サービス事業を2014年に閉鎖し、バス業界に特化した求人サイト「バスドライバーnavi」をスタート。2017年からは、一般社団法人女性バス運転手協会代表理事も務める。そのほか、国土交通省の自動車運送事業のホワイト経営の「見える化」検討会委員や高知県運輸業女性活躍推進実行委員会アドバイザーなどの公職も歴任。

どらなびでは、バス会社の採用担当者と運転手を希望する人をマッチングする「どらなびEXPO」を開催。

東京開催の告知
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。