鈴木淳也のPay Attention
第285回
「AIネイティブ」の先を見据えるメルカリ 安心・安全強化と金融の未来
2026年8月20日 08:20
メルカリは8月5日に同社会計年度で2026年度第4四半期(4-6月期)決算を発表しているが、通年での売上は2,293億円で前年同期比19.0%の増加、特にコア営業利益は442億円で60.2%の増加となっている。いずれも過去最高となっているが、国内フリマ事業をはじめ越境取引が増加したこと、金融事業ではメルカードの外部取引増加などを踏まえ、業績が拡大したことが大きい。
だがやはりポイントとしては、同社では2026年度(FY26)を2027年度以降に向けた仕込みの年と位置付け、コア事業の強化や、たびたび問題となる安心・安全の見直し、そして年度開始時に行なった「AI Native」宣言など、各種施策が功を奏し始めたのが大きいと述べている。
決算結果を踏まえた振り返りや気になる各事業の最新状況について、前半がAIを含むコア事業中心の取り組み、後半が筆者の大好きなFintech関連という形で、メルカリ執行役 SVP of Japan Business 兼 メルペイ取締役 兼 メルコイン取締役の山本真人氏に話を聞いた。
「AIネイティブ化」の取り組み
まずFY26全体について山本氏は次のように総括している。年度の初めに目標を設定し、前半は手探りで改善を進めつつ、後半に効果が表れ始めた結果として、第3四半期以降の業績の伸びが年度を通しての好業績に繋がったという考えだ。
山本氏:「この期が始まる時にも出していましたが、FY26というのは今後大きく事業を伸ばしていくための仕込みの年ということで、『コア体験の明確なアップデート』『安心・安全をいかにしっかりと作り直すか』『組織も人もプロダクトもいろいろな基盤を含めてのAI化』の3つをしっかりとやっていこうという年度でした。
この3つ自体はイコールですぐに売上や利益に結びつくものではないのですが、“どこまでやれるか”を手探りで進めつつ、特に第2四半期の終わりにあたる去年末ごろからお客様の動きや反応が変わってきて手応えを感じ始め、実際に年度の後半でマーケットプレイスとFintechを含めて数字がグッと伸びる形にできたかなと考えています。
表面的な部分で見ていくと、越境の事業が1,000億円を超えてGMV(流通取引総額)全体の10%近くを占めるようになり、Fintech事業もメルカードの利用がすごく増え、結果として取扱高と利益も伸びています。そしてこれらを牽引したのが、実は先ほど挙げた3つの土台にあたる部分ではないのかなと。
この土台部分にあたる3つの取り組みについて、テクノロジー企業たるメルカリがどのようにAIに取り組んでいったのか。過去2-3年ほど、IT各社のAI取り込みについてはいろいろと話を聞いてきたが、その手法や深度は千差万別であり、非常に興味のある部分でもある。
山本:「AIネイティブ化では『プロダクト体験』『人の働き方』『組織構造と業務プロセス』の大きく3つのエリアで進めていました。合計100人のタスクチームを組成して、社内の33職種の領域全部に関しての業務プロセスの棚卸しを行なうことで、業務1つ1つをAIによる置き換え、あるいは効率化によって会社全体としてAIの単純導入によって改善が見込めるかが見えてきます。結果として年間100万時間分の効率化ポテンシャルのうち、約半分にあたる49.5万時間を効率化できました。
ただ、これだけではまだ限定的で、今までのやり方そのままにAIを使っているだけでしかないと考え、棚卸しの過程で特にポテンシャルの規模が大きい部分を重点エリアとして特定し、業務プロセス自体をAIベースで完全にガラッと変えるとどうなるのかという設計も行ないました。
一番大きいのが当たり前かもしれないですがプロダクトエンジニアリング=ものを作るところ、このほかにはCS(カスタマーサービス)や不正対応などといったお客様対応のエリア、またPR(広報)などです。まだ途中ではありますが、これが実現することで77万時間の余剰の追加時間が生まれるのが分かってきたところです。
山本氏によれば、AIによってエンジニアの生産性、つまり開発量(コード生成量)が1人あたり7.6倍になり、これが従来でいう同じ作業が13%程度の時間で済むようになる。実際の作業は業種や職種によって異なってくるものの、大枠では85%程度の時間が浮くという計算だ。ただ、こうした極端な効率化が可能な職種は限られており、職種によってAI導入効果が大きいところとそうでないところでかなりの“デコボコ”が生じる。これらをならしていくと、社内全体として半分程度の効率化が実現できましたという感じになるのかもしれない。
これだけだと単なる効率化だが、エンジニアの生産性が上がった結果、開発スピードが上昇していろいろな機能リリースがかなり進むようになるなど、周辺効果が表れつつあると同氏は説明する。ここまでは社内の効率化の話だが、これを外に向けると“C向け”のサービスを主体としたメルカリでは顧客体験や取引の活発化に結びつくことになる。例えば「AI出品機能」という出品時の情報入力をスムーズで短時間に行なえる機能があるが、買う側に対しては将来的にショッピング(AI)エージェントへの対応やレコメンデーションにより単位時間あたりに見る商品数が増加することで、業績面ではGMVの増加につながる。
また、山本氏はもともとメルカリ内部でもメルペイの立ち上げを行なった金融寄りの人物として筆者は認識しているが、メルカリ社内のエンジニア比率はマーケットプレイスとFintechで7対3くらいの比率であり、どうしてもFintech絡みの開発パワーが限定的という弱点があった。これまでやりたくてもできなかったことがAIによって可能になったということで、金融事業におけるAI与信やAIによるさまざまな判定精度を向上させることで商品開発に大きく寄与した。
今回のAIネイティブ化宣言より前の段階ではあるが、今年度の業績向上に大きく寄与したメルカードの「ゴールドカード」も、AIによる恩恵が大きい。ゴールドカードでは与信枠が広がるため、貸し倒れを恐れて枠を絞ってしまっては商品価値が毀損される。
与信判定はシンプルなAIというよりは過去のマシンラーニングを含めたアルゴリズムによる部分が大きいが、現状の回収率は99.4%で年々改善が進んでいるという。
安心・安全は実績の積み上げで
現状でメルカリの一番のコア事業はやはり「マーケットプレイス」だが、3つのテーマにも挙がっていた「安心・安全をいかにしっかりと作り直すか」という部分をAIを交えて改善していくことが重要となる。
山本:やはり不正の発見とか未然防止というところをAIによってより強化していくというのを継続的にやっていますし、そこはすごく大きいエリアだと思っています。根本的には問題が起きた後に対応するということよりも、問題が起きないようにすることが一番のお客様の安心・安全につながると考えています。メルカリでいえば、AIによって利用者の方の不正スコアというかどれくらいそういった危険性があるのかといったところを事前に判定したり、最近でいえば高額商品の購入や出品には本人確認を必須にするとかです。
これはAIではないのですが、パスキー登録者も1,300万を突破しており、AIによっていろいろなものを事前に検知しつつ、さらに安全性を高めるためにKYCやパスキーを組み合わせるといった具合です。
もっとも、AIそのものは万能ではないため、ある程度判定精度を向上させることは可能でも、出品を事前に止めるなどすべての事象に対応できるわけではない。2025年には鑑定センターと全額補償サービスを始めているが、事前の予防策を強化したうえで、それでも何か問題が発生した場合には補填や救済を提供していくことで安心・安全を実現していく。
この成果としては、CPT(Contact Per Transaction:取引あたりの問い合わせ数)という指標に表れており、2年前の0.49%から0.35%まで改善されている。もともとの数字が大きくないので分かりにくいが、3分の2程度まで減っている計算だ。
また山本氏によれば補填スピードも重視しており、トラブルに対する全体の保証率が99.5%で、それが48時間以内に実施されたのが92.6%だという。これは特に過去1年で大きく改善が進んでいるようだ。
カスタマーサポート対応の重要さは、2024年末にかけてメルカリ上で問題になった「返品すり替え詐欺」で炎上騒動になったことでも明らかなように、“C2C”のマーケットプレイスとしてのプラットフォームの安全性に関わる問題だ。返答までの時間短縮によるレスポンス改善や問い合わせのAI対応を含め、2027年度は特に力を入れて顧客満足度を向上させていく意向だ。
実際、こうした細かな改善についてポジティブな評価よりもネガティブな評価の方がSNS等で伝搬しやすく、その汚名返上も難しい。直近では梨問題が話題になった。「何か言い訳や説明をするよりも、実際の結果をもって皆さんに実感し、体験を安心に感じてもらえ、繰り返し使っていただけるかというところにやはり注力していくのが一番大事だと思っています」(山本氏)
メルカリが金融事業で描く将来図
Fintech領域については前出の通りメルカードならびにメルカードゴールドの伸びが業績に寄与している。
累計発行枚数は合わせて約630万枚で、その大きな特徴としては30歳以下の利用割合が29.2%と高く、業界平均と比べても倍近い。一般に若年層は収入上の理由から与信がつきにくく、取扱高を伸ばすうえでのカード利用では貢献度が低くなりがちだ。
前述のAI与信と合わせ、従来型のカードでは付与されなかったような与信枠が設定される点が、メルカード利用層にとってアドバンテージとなるが、これが可能なのも、「メルカリ内で買って売る」というコンセプトに基づいた与信判定が行なわれていることによる。
だが山本氏によれば、それで終わらない点がメルカードの特徴であり、当初この事業をスタートするにあたって描いていた未来図が実現しつつある点を強調する。
山本:(流通系カードなどの)提携カードでよくある成功ストーリーとしては、自社内ストアでの利用が増え、『他社に手数料を出すくらいなら……』ということで自社内だけで完結してしまうケースも多い。ですがFintechの柱となるには、実際に内部で使われることでメインカード化してきて、外部での決済が増えるフェイズに移行していきます。
あくまで私の考えであり一般論ではないかもしれませんが、メルカリ内部で使われる金額よりも外部で使われる金額の方が大きくなるかどうかは大きな分水嶺だと考えています。この比率が実際に大きくなったのが今年の大きな点です。
つまり同氏が描くメルカードのメルカリ内での役割は自社のエコシステムで資金を回すだけでなく、エコシステム内で個々のユーザーのメインカードとして育てた後、外部利用へと拡大させて取扱高そのものを増やしていくことにある。
もともと2018年前後の国内キャッシュレス勃興期に売上金の受け皿かつ決済手段としてのデジタルウォレットとして立ち上げられた資金移動業のメルペイだが、ウォレットの活用方法の1つとしてさらなる利用を促すメルカードが登場し、支払い元(Funding Source)となる銀行口座として“みんなの銀行”と組んだ「メルカリバンク」がスタートした。現在ではメルコインを経由して暗号資産ウォレットとしての性格も持ち合わせており多彩だ。
ただ山本氏によれば、単純にこの銀行口座やウォレットに証券や保険、ローンといったサービスを広げるよりも、あくまでメルカードやメルカリのサービスをよく使ってくれるようなユーザーにターゲットを定め、育てていくことに注力したいようだ。
山本:メルカリバンクはサービスの多様化というよりも、売上金の一時保管や即時引き出しの利便性を高める目的で提供を始めています。またこれにより、われわれは現在のところ売上金、与信枠、ポイント、暗号資産といった複数の支払い元を持つようになりました。正式名称ではないのですが『複合決済機能』というものがあり、これら支払い手段を残高不足時に手動で切り替えることなく自動的にシームレスに一括利用可能なサービスを提供開始しております。
また、若い方だと与信がなく、与信を使うこと自体に抵抗があったりしますが、米国ではCredit Builderと呼ばれるカードがあり、借りて返すを繰り返すことで与信を“育てる”仕組みが成立しています。このような形で将来的なメインカード利用者をシームレスに育てていくことも進めています。
クレジットカードの与信では『勝手にリボ払い』のような機能が付与され、そこが不信感の元になっていたりしますが、透明性を高めることで利用を促すことが重要だと考えます。
Fintech事業における将来計画だが、まず他社で参入が増えている「プラチナカード」は現状で提供予定がないという。ゴールドカードを含む与信ロジックのアップデートで対応していく予定だ。
また暗号資産ではなくステーブルコインに関する意向を聞くと、現時点でステーブルコイン導入の具体的計画はないものの、海外動向やユーザーのニーズを見極めつつ検討を進めていくという。ステーブルコインは現状で越境ECなどを中心に利用が広まりつつあるが、メルカリにおける越境ECは商品の流れがほぼ国内から海外であり、支払いは海外から国内という向きになる。
つまり、越境ECで売上金を受け取るのはほぼ国内事業者であり、日本円で受け取れた方が嬉しいし、売上金をステーブルコインで保持する理由もないため、ニーズ自体が現状でほとんどないのではないかというのが山本氏の見立てだ。
またエージェンティック・コマースは、買い物体験を語るうえで「どこまでAIで代替させるのか」という部分が重要だという。
山本:かつてのAmazon Dashボタンのように日用品など『手間』となる買い物はAIエージェントに代替されていくかもしれませんが、メルカリが扱うようなエンタメ、ホビー、ファッションといった『買い物自体の楽しさや発見』をともなう領域ではその部分が重要であり、ニーズ自体は低いと分析しています。むしろメルカリにおけるAIの役割は出品の手間を減らしたり、『欲しいものを発見したりお勧めすることをサポートする仕組み』にあるのではないかと考えます。





