トピック
なぜ日本の衛星は欧州の小型ロケットを選ぶのか 広がる打上げの選択肢
2026年10月1日 08:20
2026年9月5日、ドイツのIsar Aerospaceはノルウェーのアンドーヤ射場から小型ロケット「Spectrum」を打上げ、2回目の飛行で5機の超小型衛星の軌道投入に成功しました。わずか30秒で飛行中断となった2025年の初飛行に続き、2回目で軌道投入まで成功したことになります。この一歩によって、同社は開発計画段階から実際に衛星を運んだ事業者になりました。
このIsar Aerospaceと日本のアストロスケールは、JAXAの商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J2」を2027年度にSpectrumへ搭載する契約を発表しています。日本の重要な宇宙実証計画にとって、打上げ手段の確実性を判断する材料が一つ増えました。
これまで日本の衛星打上げで海外を利用する場合は圧倒的に米国ロケットが利用されていました。そこでなぜ、欧州の小型ロケットが選択肢に入ってきたのか、その事情を整理します。
なぜ小型衛星に「専用の打上げ」が必要なのか
小型ロケットの価値は、単に小さな衛星に向いているということではありません。衛星の事業計画に合わせて、打上げ時期と行き先を選びやすいというメリットにあります。
地球観測や通信に使う衛星コンステレーションでは、数多くの衛星を順次投入し、故障や寿命に応じて衛星を補充していく計画が必要になります。こうした場合に一度に大量の衛星を運ぶ大型ロケットの相乗り(ライドシェア)は有力な選択肢ですが、かならずしも1機の衛星に軌道や打上げ時期が合っているとは限りません。
必要な軌道が特殊な衛星、特定の時期に投入したい衛星には、「専用便」といえる小型衛星の専用打上げに価値があります。航空便でいえば「運賃」だけでなく「便数」や「出発日」「到着地」で選ぶ市場といえるでしょう。
需要増の背景には、衛星を一度打上げて終わりにしない事業が広がっていることがあります。内閣府資料によれば、2025年に軌道上へ打上げられた人工衛星は4,517機あり、2016年から約20倍に増えているといいます。
大型ロケットのライドシェア便もあるため、衛星の数がそのまま小型ロケットの需要になるわけではありませんが、衛星数の増加は、投入時期や軌道を選べる輸送サービスへの必要性を高めています。
小型ロケットの需要に応える動きは米国で次々と始まり、さらに欧州勢が続きました。米国ではNASAが小型衛星の打上げ手段として小型ロケットの最初の顧客となる育成プログラムを始めたことで、アンカー需要を生み出す動きがありました。
同様に育成プログラムを始めたのが欧州宇宙機関(ESA)です。2019年ごろから始めていた支援プログラムを、2023年に「European Launcher Challenge」に発展させ、ESAが顧客となって新興企業のロケット打上げサービスの供給を増やす取り組みに拡大しました。欧州にはすでに政府系企業が運用するロケットがありますが、より多くの事業者と選択肢を持つことが可能になります。
Isar Aerospaceは何を売ろうとしているのか
その中で、軌道投入成功で頭一つ抜けたIsar Aerospaceの事業は、ロケット1機の販売ではなく、小型・中型衛星を継続的に運ぶ輸送サービスの提供を目指しています。
2018年設立の同社は、ロケットの開発、製造、試験をほぼ自社で手がけています。Spectrumは2段式で、液体酸素とプロパンを推進剤に使い、上段エンジンの複数回点火によって投入先の柔軟性を高める設計となっています。低軌道へ最大1,000kg、太陽同期軌道へ最大700kgの投入能力を持ち、衛星事業者が単独で時期と軌道を決める専用打上げ、他の衛星との相乗りで主衛星(行き先や時期の主導権がある)となる方式と、所定の軌道へ相乗りする方式のサービスを打ち出しています。
9月15日には、米国の衛星打上げ支援企業SEOPSがSpectrumによる追加5回の専用打上げを契約しました。予定期間は2028~2030年で、Isar Aerospaceによれば2028年の予約枠は埋まりつつあるといいます。契約の積み上げと共に、市場の期待が膨らんできています。
同社は将来、年間最大40機を製造できる施設の整備を進めています。事業としての試金石は、今回の成功を反復できるかでしょう。
ロケットの量産能力だけでは便数は増えないことから、機体試験、衛星の受け入れ、射場設備、天候や海域の安全確認まで含めて運用を整える必要があります。2回目の飛行までにも複数の打上げ延期があり、衛星側にとって大切な「一度飛んだ」実績だけでなく予定変更時も含めた打上げ時期の見通しをどれだけ提供できるかがカギになってきます。
アストロスケールにとって打上げ先の軌道がなぜ重要か
このIsar Aerospaceの打上げを日本から予約したのがアストロスケールでした。搭載されるADRAS-J2ミッションは、JAXAの商業デブリ除去実証「CRD2」の第2段階に当たり、軌道上に残るH-IIAロケット上段に接近し、捕獲、軌道離脱に挑みます。
ドッキングのための機能を持たない大きな物体へ接近する衛星には、打上げ後に目的の場所へ向かうまでの条件も重要です。したがってロケットの役割は「宇宙に行ける」だけでは足りません。ターゲットとなるデブリに接近できる軌道へ、ミッションの予定に合う時期に送り出す必要があるのです。専用便が必要なミッションの典型といえるでしょう。
この契約はアストロスケールグループとIsar Aerospaceにとって2件目であり、英国Astroscale UKのELSA-M実証に続くものです。日本企業が欧州のロケット事業者を、複数のミッションで活用し始めていることになります。
欧州の小型ロケットは、どこまで来たか
欧州では複数の民間企業が小型・中型の打上げサービスを競う段階に入ってきました。先行するIsar Aerospaceに続き、スペインのPLD Spaceは、2023年に実証機MIURA 1を飛ばし、衛星打上げロケットMIURA 5の初飛行に向けて開発中です。
フランスのMaiaspaceは、再使用型と使い切り型の両方の機能を持つ小型ロケットMaiaを2028年に商業運用を開始する目標を持っています。ドイツのRocket Factory Augsburgも軌道投入用のRFA Oneを開発しています。
この9月、QPS研究所はMaiaspaceとMaiaによる地球観測衛星の複数打上げ契約を結んだことを発表しました。2029年以降に専用、相乗りの打上げ機会を利用するといいます。
三菱電機は2026年3月、PLD Spaceへ5,000万ユーロを出資し、MIURA 5による小型衛星の打上げサービスを優先的に得る方針を発表しました。同社は衛星コンステレーションを利用した観測サービスを進めており、衛星を製造できても適切な時期に打上げられなければ、地上の顧客へデータを届ける計画が遅れてしまいます。衛星観測事業のスケジュールを守るための打上げ枠の確保という意味合いがあるでしょう。
相次ぐ日本企業と欧州宇宙輸送との契約は、欧州の小型ロケットが事業計画に組み込まれるインフラとして扱われるようになったといえます。
日本の衛星需要と追いつかない国内ロケット
ここで日本側に目を向けると、小型ロケットを必要とする衛星事業はすでに存在しています。特に地球観測衛星コンステレーションでは、衛星を継続的に追加・更新する必要があり、事業計画に合わせて打上げ時期や軌道を選べる輸送手段の確保が重要になります。
一方、日本の民間小型ロケットは、まだこの需要を十分に受け止められる段階にはありません。スペースワンの「カイロス」は3号機まで軌道投入に至っておらず、インターステラテクノロジズの「ZERO」も2027年度の軌道上実証を目指して開発中です。日本にはH3やイプシロンなどの基幹ロケットがありますが、小型衛星が希望する時期と軌道へ専用で飛べるサービスという点では、まだ供給が限られています。
内閣府も、この需給のずれを政策課題として捉えています。宇宙政策委員会の宇宙輸送小委員会では、2015~2024年に日本で開発された衛星130機のうち、国内ロケットで打上げられたのは65機、50%が海外のロケットを頼っていたとしています。
他の宇宙輸送を持つ国との比較では、米国は約80%、中国は約99%の自国衛星を自国ロケットで打上げているといい、国内の衛星需要を国内の宇宙輸送につなげられなければ、打上げ需要が海外へ流出するという問題意識です。
もちろん、日本の衛星を日本のロケットで打上げられる体制を整えることは、宇宙輸送の自立性という点で重要です。一方で衛星事業者の立場からすれば、国内ロケットの完成を待って事業を止めるわけにはいきません。地球観測衛星は打上げて初めてデータを販売でき、コンステレーションでは1機の遅れがサービス全体の計画にも影響します。
実際、Synspectiveは2026年9月、自社の12機目となる観測衛星をニュージーランドから米Rocket LabのElectronで打上げました。アストロスケール、QPS研究所、三菱電機など日本の衛星事業者は、すでに国際的な打上げ市場の顧客なのです。
これまでその受け皿は米国勢が中心でした。しかしSpectrumが衛星の軌道投入実績を作った今、欧州の小型ロケットも現実的な選択肢になりつつあります。日本の政策にとっては国内需要の流出でも、衛星事業者にとっては事業を止めないための調達先の多様化でもあります。この二つの立場の間に、現在の日本の小型衛星打上げをめぐる緊張関係があります。
衛星データの提供やデブリ除去は、打上げ可能な便を確保して初めて実施できます。Isar Aerospaceの軌道投入成功は、欧州ロケットが日本の衛星事業にとって利用可能な選択肢になる可能性を一段と高めました。
ただし、1回の成功だけで安定した打上げサービスが確立したとはいえません。日本の衛星事業者にとって当面重要なのは、国内の輸送能力が育つのを待ちながら、米国や欧州を含む複数の打上げ手段を確保して事業を止めないことです。これまで米国中心だった選択肢に欧州勢が加わりつつある今、その開発動向は日本にとっても無関係ではなくなっています。







