鈴木淳也のPay Attention

第193回

9カ月で150万枚。「メルカード」の“大成功”と新たな使われ方

メルペイ代表取締役CEOの山本真人氏。同氏はメルカリ執行役員 CEO Fintech、メルコイン取締役も兼任

メルペイは9月7日、同社の「メルカード」の発行枚数が150万枚を突破したことを発表した。サービス自体は一部ユーザーを対象に2022年11月にスタートし、翌12月に全希望者に対して一般開放が行なわれたが、そこからのカウントで約9カ月ほどで150万枚の大台に達したことになる。

メルペイ代表取締役CEOの山本真人氏によれば、「年間を通して新規発行で100万枚を達成すればクレジットカードの世界では大成功の部類にあたり、片手で数えられる程度しか存在しない」という。また、現状のペースでいえばすでに「初年で200万枚」の大台が見えている。この「メルカード発行枚数150万枚」にまつわる背景と、近年金融領域で起きているトレンド、そしてメルペイならびにメルカリがどのような世界を目指しているのかを同氏に聞いてみた。

メルカードは一般への全面開放開始から約9カ月間で150万枚発行の大台に到達

クレジットカードは数ある“(支払い)チャネル”の1つ

メルカードのリリースに関する背景については、以前に本連載でのレポートのほか、別誌面で筆者が寄稿した記事の中で山本氏ならびに、メルカリ上級執行役員SVP of Japan Region(メルカリグループ日本事業責任者)兼CEO Marketplace兼メルペイ取締役兼メルコイン取締役の青柳直樹氏の両名へのインタビューの中で触れている。コード決済事業に参入する一方で、“後付け”のように登場した印象のあるクレジットカード事業だが、その実は2019年にメルペイがスタートして以降、メルカリを含む行動履歴を利用した「与信サービス」を育て、それを踏まえた延長線上にメルカードは存在する。

つまり、メルペイにはこの「与信サービス」をコアにした金融プラットフォームがあり、コード決済やクレジットカードはその“数ある出口の1つ”という位置付けに過ぎない。実際、どのような形でこれら“出口”が利用されているのだろうか。

山本氏:クレジットカードという視点では他社も出していますが、メルカードはあくまで決済チャネルの1つとして使っているだけで、従来のメルペイやスマート払いが紐付いています。日本のキャッシュレス決済の様相もここ数年で変化してきており、その決済比率は35%を超えたといわれていますが、これにはPayPayみたいなコード決済も含めつつ、実際にはクレジットカードがその多くを占めています。メルペイ自身がコード決済やiDをやっていますが、使われ方自体が広がっています。実際にどのくらいの比率で使われているかの切り口でデータは出しておらず、内部でも細かく見ているわけではありませんが、見ている範囲では複数ある“チャネル”がけっこうばらけて使われている印象です。

ある人はクレジットカードを使うといったように特定の“チャネル”にこだわるのではなく、同じ人がシーンによって使い分けているのか、いろいろな支払い方を選んでいます。実際、加盟店との話のなかで最初にiDを入れて、次にコード決済、今度はクレジットカードという形で“アドオン”のように決済手段が乗ってくるわけですが、意外と“チャネル”が増えるごとに使われる機会が増えていく傾向が見えます。ここで重要なのが支払い管理の集約で、決済ごとにバラバラに明細が出てくるのではなく、メルペイであればどの支払い手段でどこで支払ったか、すべてが一度に見られます。これが大きなメリットでしょう。

2022年11月に発表されたメルカード。カード到着後アプリでアクティベートなど、日本のクレジットカードとしては新機軸な機能を盛り込んでいた

支払い情報の集約と管理が大きな特徴とされるが、実際にこの点を評価されたのであれば差別化のポイントとなる。次に重要になるのは「どれだけ普段使いのカードになるか」という点だが、このあたりについて同氏はどう考えているのか。

山本氏:(業界全体で見て)クレジットカードは新規でそれなりにコンスタントに発行枚数が出ていますが、その陰で解約もあり、純増数でいえばそれほどではありません。成人で1人あたり2-3枚はクレジットカードを持っているわけですから、特徴が出せていないカードが追加されたり、生き残るのは難しいのが現状です。メルカードは始まったばかりということもあり、解約もほとんど出ていませんが、アクティブ率はは想定よりも高いといえます。数字こそ公表していませんが、「メルカリできちんと使う」という基本的な部分が定着していえるでしょう。

ただ150万という水準は、メルカリでアカウントを持っているユーザーは5,000万人いますから、まだ新しくカードを持ってもらえる層がそれだけ存在することを意味します。今後も発行枚数は引き続き増えていくと同時に、メルカリ外のユーザーも取り込んでいければと考えています。

メルカード

アプリで金融サービスを利用する新しいスタイル

メルカリやメルペイが持つ、この種のマーケットプレイスや決済サービスにおいて他社が持っていないような特徴として「女性や若年層の利用比率が高い」という点が挙げられる。これは金融サービスとしては大きな強みで、とかくビジネスマンや男性層に偏りがちな業界において、他ではリーチできない層へのアクセスや新規開拓が可能ということを意味する。一方で以前のZ世代におけるクレジットカード事情のレポートにもあるように、これらはどちらかといえば現金払いを好む層でもあり、金融サービスに巻き込むにはそれなりの“工夫”が必要だ。このあたりの、特にZ世代に対する考え方について山本氏はこう説明する。

山本氏:メルカリは10代から使い始めてもらえるので、メルカリを使い、次の展開としてメルカードに広げるというのは当然あります。いまはまだメルカードの対象となるのは20歳以上ですが、成人年齢の引き下げや金融教育の話もあり、ニーズとしては18歳に対しても金融系のサービスが広がっていくのは確かでしょう。われわれもメルカリとメルカードを使っている大学生へのインタビューを行なっていますが、実際に狙ったとおりの使い方をしているという印象です。

もともとこの世代はクレジットカードを嫌う傾向がありますが、1つには引き落とし日が憂鬱というものです。これは皆さんが経験しているものだと思いますが、そこまで収入が多くない層にはインパクトが相対的に多く感じられます。それを避けたい方にはメルカードを使っていただければと思います。

明細を見て驚く理由は、それを確認するタイミングで始めて金額を知ったりするからですが、メルカードであれば日々メルカリのアプリを確認するなかで明細がチェックできます。

そして“管理”というのがポイントなのですが、これは単に決済の金額を見るというだけでなく、支払いのタイミングを翌月のどの日に設定してもいいし、あるいはまだ精算月になっていない支払いもその場でメルカリの売上金を使って“消し込み”が可能です。ベストなのは実際に支払い日が来るタイミングまでにその金額を“ゼロ”にすることで、その組み合わせが揃っているのがメリットです。売れると分かっているものを資産と考え、それと合わせて買い物をするのがZ世代の特徴といえます。

メルカリとメルペイではZ世代の消費動向調査を最近になり発表しているが、そこで興味深かったのは「商品の購入時に、すでに家にあって売却の可能性のある持ち物を“資産”と考えて消費行動を行なう」という点だ。つまり、現金の持ち合わせはなくても、手持ち品の売却を前提に“手持ち資金”を計算するわけだ。またメルカリの出品スタイルも「複数の商品を何個も同時に出品し、それがいずれかのタイミングで順番に売れていく」というもの。なので一度に売却して売上金が一気に入ってくるのではなく、非同期で不定期に売上金が入ってくるという形だ。前述の山本氏が「売上金で少しずつ“消し込み”」と触れていたのも、こうしたメルカリでの売却スタイルを反映している。

Z世代における消費行動をメルカリの視点で見たレポートを発表するイベントの模様

このように、メルカードの特徴の1つとしてアプリの存在が不可分となっている点がある。実際、既存の金融サービスをあまり利用しなかった若年層ほどこうしたアプリ文化に慣れ親しんでおり、その親和性も高い。メルペイとしてこのあたりも意識しているのだろうか。

山本氏:その通りで、アプリは徐々に新しい決済の戦場になってくると思います。従来の決済は払う瞬間にフォーカスしていましたから、どうしても「何ポイントお得になるか」といった部分での差別化に注力していたわけです。ですが徐々に単純なお得だけとかポイントだけでは人が動かなくなってきており、どういう点をメルカリを使っている方々にアピールできるか、まだメルカリを使っていない方に感じていただけるかを考えています。

また一方でいろいろな決済手段が登場し、1個に収れんされるわけでもなく、いくつかが並行して使われる状態になりました。BNPLが数年前に出てきたときに問題となったのが、複数のBNPLを同時に使っているとどれがどのタイミングで引き落としになるのか、アプリが分散しているために管理できないという点でした。実際、その傾向は感じており、少なくともメルペイの中ではこれらをきちんと統一するようにしています。

とはいえ、メルペイですべての決済をカバーできるわけではありませんし、給料が振り込まれる口座がメインバンクで、それに紐付いたカードがメインカードになるという“パス”があります。メルペイはそれとは別の部分、例えばメルカリとしての趣味性の高いものとか、ちょっとした生活費、日常でほしいものをメルカードで買って、あくまで趣味の世界と普通のものとを分けるといった使い方でしょうか。

従来であれば給与はメインバンクの口座へと振り込まれて、それ以外の用途には口座振替などを利用してメルペイなどのアカウントにチャージし、直接の生活費とは別の用途での利用に活用していたりしていた。ただ現在では「給与デジタル払い」の話が登場し、給与振込時にあらかじめ資金移動業がベースのサービスへと給与の一部を割り当てることが可能になる。このデジタル給与払いについてメルペイではどう考えているのか。

山本氏:デジタル給与払いが始まったとして、口座を分けて入金できるようになったところで給与自体は増えていないので、いままで暗黙的に行なっていた口座ごとの使い分けを便利にするくらいの位置付けになります。「ポイントが付与されますよ」といった話があるかもしれませんが。メルカリとしては、例えばUberのように働いたらそのタイミングでお金が入ってくるといった受け取り方、支払い方の柔軟性の方に興味があり、こうした仕組みが実装できるのであればメルカリとの親和性も高くなり、興味を持って進めたいと考えます。

メルペイをプラットフォームとした循環経済について説明する山本氏

メルペイが抱く将来ビジョン

メルペイではスタート時から壮大なビジョンを掲げており、リアルとデジタルを含むあらゆる資産(Asset)をメルカリを通じて循環させることを目指して進んできた。メルカードの発行はその意味で一定のマイルストーンに達した印象があるが、メルペイでは現状をどう見ているのか。

山本氏:メルペイのスタート時から青柳と一緒にやってきましたが、現在位置はずいぶんと進んできたと思っています。Cash-inとCash-outという概念があり、与信機能やBitcoinを含むさまざまな資産をCash-in要素とすれば、Cash-outこの循環経済をより活発なものにすべく機能を加えてきました。当初描いていたうちの6-7割ほどの機能は実装できましたが、その後にさらに増やしていきたいというものも増え、結果的には半分にも届いていない状態です。機能を拡充しつつ、その恩恵を受けられる人を増やしていくのが目標になります。

メルカードの視点でいえば、まだメルカリ全体から見るとマジョリティにはなっていません。これをよりスタンダードな支払い手段として使ってもらえるようにすることでしょう。またデータから見えているのは、カード利用の方が出品する率が高いということです。ポイントがメルカリ内の買い物で付くため、メルカードで買い物するというのは当初から想定していたのですが、カード非保持者の出品経験が60%程度に留まるのに対し、カード保持者は82%まで上昇します。多くの方が「売って払う」を考えられる装置になってきたという実感はありますが、払う方の柔軟性をより高めつつ、メルカリで出品する“セラー”向けの機能をより便利にして、ベネフィットを出していければと考えています。

結局、メルカリはCtoCのサービスなので、例え“入り口”が売り手か買い手のいずれか片方だったとしても、取引相手が“C”だと認識するなかで売りと買いがうまくつながって、徐々に循環に入ってくるイメージです。メルカードはその加速装置になればと思います。

興味深いのは、突然始めたように思えるBitcoinなどの仮想通貨事業メルコインも、この循環経済を構成する一部として以前から考えられてきたものだという点だ。Bitcoinを資産とした場合に、変動する価値によって資産を増やしたり、あるいは買い物に充当することが可能だ。この点は通常の売上金をプールするだけでは資産自体は増えないため、できないことでもある。また“モノ”を資産とした場合、その価値を決めるのはメルカリというマーケットプレイスに参加する人間だ。NFTなどのデジタル資産も含め、前出の青柳氏によれば将来的に保険などのデジタル商品を扱うことも視野に、すべてを取引できる場所としてメルカリは存在する。メルペイとは、この取引を潤滑に行なうためのプラットフォームという位置付けなのだろう。

2019年2月に開催されたMercari Conferenceにおけるメルペイのサービス発表。登壇者は左からメルカリ代表取締役CEOの山田進太郎氏、青柳氏、山本氏。当時から基本的なビジョンは変わっていないという

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)